14.どうしたの、ユウガくん
週が明けて、陽霊日。
私は早起きすると、庭のローワンの木のところへ行って、一生懸命お祈りしました。
ユウガくんが、種子派じゃありませんように。
ユウガくんと、仲良くなれますように。
筆しか持っていなかった私に、鉛筆を貸してくれた。
鉛筆の使い方を、すごくていねいに教えてくれた。
授業中に困っていたら、いっぱい助けてくれた。
そんなユウガくんが、悪い人なわけありません。だから、どうか力を貸してください。
ザワザワッ、てローワンの木が揺れました。
そっと目を開けると、ローワンの葉っぱがひらひらと舞っていて、私が手を伸ばすと静かに手の上に落ちてきました。
「お守り、ありがとうございます」
私はお礼を言って、葉っぱをエプロンのポケットに入れました。うん、大丈夫、ローワンの木の精霊様が、守ってくれる。きっとユウガくんと仲良くなれるよね。
「ミラー! 遅刻しちゃうよー!」
リーゼお姉ちゃんの呼ぶ声が聞こえました。
え、うそ、もうそんな時間? まだ朝ご飯食べてないのに。
私は急いで戻ると、食卓に着いて朝ごはんを食べました。授業はお昼過ぎまであるから、食べておかないとお腹すいちゃうんだよね。ああ、でも時間がないよう。
「ちょっとミラ、そんなに慌てて食べたら、のど詰まるよ」
「だって遅刻……んっ!? んんっ!」
返事をするのと食べるのとを同時したら、パンがのどに詰まりました。
「ああもう、言わんこっちゃない」
「ほれ、水」
私はコン兄ちゃんが差し出したコップをつかもうと、勢いよく手を伸ばしました。
「あっ!」
「あぶねっ!」
その伸びた手に、スープのお皿が当たってひっくり返してしまいました。入っていたスープがこぼれて、私の服にかかっちゃいます。
「んっ! んー!」
「おい、やけどしてねーか? 大丈夫か?」
「ああもう、水が先! ほら、飲み込んで!」
お水をごくごく飲んで、やっとパンを飲み込んだけど。
こぼれたスープが服に思いっきりかかっちゃって、エプロンとワンピースが汚れてしまいました。
「あらあら。ほら、急いでふいて」
リーゼお姉ちゃんがすぐにタオルを持ってきてくれました。大急ぎでふいたけど、エプロンもワンピースもスープまみれです。
「うう……染みになっちゃう……」
えーん、ワンピース、仕立ててもらってまだ一か月もたっていないのに。染みになったらいやだなあ。
「洗えば大丈夫よ。ほら、急いで着替えてきなさい。本当に遅刻よ」
私は大急ぎで部屋に戻って、リーゼお姉ちゃんのお下がりの服に着替えました。落ち着いた緑色の上着とスカート。エプロンは替えがあったからそれで。
「はい、時間ないよ! 走って!」
「転ばないように気をつけろよー」
「はーい! 行ってきまーす!」
うう、なんだか幸先悪いなあ。
ううん、大丈夫。ローワンの木の精霊様がお守りくれたんだもん。きっと大丈夫だよね!
◇ ◇ ◇
私を待っていてくれたせいで、ミラーズのみんなも遅刻ギリギリでした。
「セーフ! いっちばーん!」
「ま、間に合いましたね」
「遅刻するかと、思ったぁ」
「いやー、何とか間に合ったね」
「私、息、あがっちゃった、よー」
うう、みんなごめん。次からは遅刻しないよう、先に行ってね。
「あ、ユウガ! おっはよー、久しぶりだねー!」
ほとんど息を乱していないミラルダが、元気にそう叫びました。
顔を上げると、ユウガくんが黙ったままこっちを見ていました。よかった、今日は学校に来たんだ。よし、今日こそユウガくんとお話しするぞ。
「ミラ、私も協力しますから。ちゃんとお話、してくださいね」
「うん、ありがとう」
アルミラがそっと言ってくれて、嬉しくなりました。
助けてくれる友達がいるって、すごく心強い。きっと大丈夫、だよね。
「ユウガくん、おはよう」
「……」
挨拶をしたけれど――ユウガくんは返してくれませんでした。
え、なんで。朝の挨拶はちゃんと返してくれていたのに。それもしてくれなくなったの?
「おま、え……なん、で……」
「え?」
ユウガくんが、なんだか辛そうな顔になりました。
なんだろう、どうしたんだろう。
アルミラが、心配そうにこっちを見ていました。かばんを置いてこっちに来ようとしていたけれど、イザベラ先生が教室に入ってきたので、慌てて席に戻っていきます。
「おはよう、みんな。あらユウガ、久しぶりね」
「はい……すいません、休んでしまって」
「いいのよ。叔父さんとはたくさんお話しできたかしら?」
「……はい」
ユウガくんの顔が歪みました。なんだろう、これって――泣きそうな顔?
「はい、それじゃ出席を取りますよ!」
ユウガくんとお話したかったけど、朝礼が始まってしまいました。
私は席について、前を向きます。でもユウガくんはうつむいていて、なんだか苦しそうで。
「……なんで、今日は連れてきてないんだよ」
ぽつり、と。
本当に小さな声でつぶやいて、ギュッと手を握っていました。
◇ ◇ ◇
授業中、ユウガくんはほとんど先生の話を聞いていなくて、机の下に隠した本(?)を盗み見ながら、すごく必死な顔で紙に何かを書き殴っていました。
鬼気迫る、てこういう感じかも。
時々、自分の指を強く噛んで、その指先を鉛筆に押し当てているみたい。何をしてるのか気になったけど、なんだか話しかけるのが怖い雰囲気で、声をかけられませんでいた。
「あの、ユウガくん」
「ごめん、ちょっと用があるから」
最初の休憩時間、勇気を出して声をかけてみたけれど、そんなふうに言われちゃって。
ちょっと乱暴な口調にびっくりしていたら、ユウガくんは席を立って、大急ぎで教室を出て行ってしまいました。
どうしよう。
なんだか、怒っていた?
なにがなんだかわからなくておろおろしていたら、アルミラが来てくれました。
「ミラ、大丈夫ですか?」
「うん……」
「どうしたんでしょうか、あきらかに今日はおかしいですね」
「なんか、すごい必死な感じだね」
ミラルダもやってきて、困ったような顔をしていた。
必死――そう、なんだかすごく必死。なにがユウガくんにあったんだろう。なんであんな泣きそうな顔をしていて、私が話しかけたら怒っちゃったんだろう。
「ミラ、次の休憩時間、私たちで話をしてみますから」
「だね。ちょっとあいつ、おかしい。心配しないで、私に任せて」
アルミラとミラルダはそう励ましてくれたけど――休憩が終わってもユウガくんは教室に戻ってきませんでした。イザベラ先生もどこにいるのか知らないみたいで、他の先生に探すようお願いしてました。
かばんは置きっぱなしだし、帰ったわけじゃないよね?
いったいどこに行っちゃったんだろう。
二時間目はとうとう戻ってこなくて、三時間目もいないまま。四時間目になってやっと、図書室の机の下に隠れていた、て男の先生に引っ張られて戻ってきました。
「ユウガ、図書室で何をしていたのです?」
イザベラ先生に問い詰められても、ユウガくんはうつむいたまま。すいません、て何度も謝って、イザベラ先生もため息をついていました。
「……席に着きなさい」
「はい」
戻ってきたユウガくんは。
私を見るのが嫌だとでもいう感じで、露骨に目をそらしたまま、椅子に座りました。




