第51話:旅の終わりと始まり
カサンドラと別れた後も、俺の旅は続いた。
だが、その旅の意味合いは、以前とは、確かに変わっていた。
もはや、それは、自分に罰を与えるための、苦行ではなかった。
エリアが、仲間たちが、命を懸けて守ったこの世界が、今、どんな顔をしているのか。
それを、確かめるための、静かな巡礼となっていた。
俺は、様々な場所を訪れた。
ゼノンが生まれ育った、魔法都市。
カサンドラが信仰を学んだ、大聖堂。
そして、俺とエリアが、束の間の平穏を過ごした、湖畔の街ルナリア。
ルナリアの街は、ゼーリオンによって氷漬けにされたという悲劇の痕跡を、まだ、色濃く残していた。
だが、人々は、絶望してはいなかった。
生き残った者たちが、肩を寄せ合い、懸命に、街の復興に尽力していたのだ。
俺は、ここでも、名もなき旅人として、数ヶ月間、その手伝いをした。
氷を砕き、瓦礫を運び、新しい家を建てる。
その労働は、辛く、厳しいものだった。
だが、俺の心は、不思議と、穏やかだった。
人々が、失われたものの上で、それでも、未来を築こうとしている。
その、力強い生命の営みそのものが、俺の、凍てついていた心を、少しずつ、温めてくれるようだった。
季節が、さらに、いくつも巡った。
俺が、シオフキ村を旅立ってから、五年という歳月が、流れていた。
俺の旅は、ついに、最後の場所へと、辿り着こうとしていた。
それは、かつて、エリアと共に訪れた、あの、廃教会の跡地だった。
憎しみに燃える少年に、出会った場所。
俺たちが背負う罪の重さを、初めて、突きつけられた場所。
俺の記憶の中の、荒れ果てた廃墟とは、似ても似つかない光景が、そこには、広がっていた。
崩れていた教会は、綺麗に修復され、その周りには、小さな、しかし、活気のある村が、新たに、生まれていたのだ。
畑は、緑豊かに、実り、子供たちの、元気な笑い声が、響き渡っている。
俺は、呆然と、その光景を、見つめていた。
時間は、確かに、流れている。
傷は、癒え、そして、新しい命が、芽吹いている。
俺が、村の入り口に佇んでいると、一人の、逞しい青年が、こちらへ、歩み寄ってきた。
年の頃は、十五、六か。
日焼けした顔に、快活な笑みを浮かべている。
「よぉ、旅の人かい? 珍しいな、こんな辺鄙な村に。……腹、減ってないか? 良かったら、うちで、何か食ってけよ」
俺は、その青年の顔を、見つめた。
その瞳の奥に、見覚えのある、強い光が、宿っている。
間違いない。
かつて、俺たちに、憎しみの言葉をぶつけてきた、あの、少年だ。
彼は、俺のことに、全く、気づいていないようだった。
当たり前だ。
今の俺は、ただの、薄汚れた、中年の旅人にしか、見えないのだから。
「……いや、いい。……ただ、少し、立ち寄っただけだ」
「そうかい? 遠慮すんなよ」
青年は、にかりと笑うと、自分の仕事へと、戻っていった。
その、力強い背中を見送りながら、俺の胸に、温かいものが、こみ上げてきた。
よかった。
この子も、ちゃんと、前を向いて、生きている。
俺は、安堵の息をつき、教会の庭へと、足を向けた。
かつて、エリアが、愛おしそうに眺めていた、あの場所。
そこには、俺の、目を疑うような光景が、広がっていた。
庭一面に、青い、小さな花が、まるで、空の欠片を散りばめたかのように、咲き誇っていたのだ。
エリアが好きだった、『希望の花』。
かつて、彼女の魔力の影響で、一度は、完全に、枯れてしまったはずの花。
それが、今、こうして、以前よりも、ずっと、力強く、再生している。
それは、まるで、世界そのものが、俺に、語りかけているかのようだった。
『もう、いいのだ』と。
『お前の罪は、赦された』と。
俺は、その場に、ゆっくりと、膝をついた。
そして、一輪の、青い花を、そっと、指先で、撫でた。
エリアの、頬を撫でるように、優しく。
その時、俺は、はっきりと、悟った。
俺の、贖罪の旅は、ここで、終わりなのだと。
俺は、十分に、見た。
十分に、確かめた。
俺たちが、愛した世界が、今も、こうして、美しく、力強く、息づいていることを。
俺は、立ち上がった。
そして、歩き出した。
来た道ではない。
新しい、道へ。
俺には、もう一つだけ、やらなければならないことが、残っていた。
この、長い、長い旅の、最後の、報告を。
そして、俺自身の、本当の、帰るべき場所へ。
俺は、南へと、向かった。
エリアが眠る、あの、海が見える丘へ。
その足取りは、もう、巡礼者のものではなかった。
ただ、懐かしい、我が家へと帰る、一人の男の、確かな、足取りだった。




