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【三作目・完結済み】最強勇者の俺、倒すべき魔王が余命一ヶ月の少女だったので、看取ることにした  作者: 立花大二
第3章:最後の願い

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第35話:絶対者の絶望

 洞窟の入り口に立つ男――ゼーリオンは、まるで、そこにいることが当たり前であるかのように、静かに佇んでいた。

 だが、その存在そのものが、周囲の空間を歪めていた。空気が凍てつき、洞窟の壁には霜が降り、焚き火の炎は青白く揺らめいて、今にも消えそうだ。


「……貴様が、ゼーリオンか」

 俺は、眠るエリアを背後にかばいながら、聖剣を構えた。

 全身の細胞が、警鐘を鳴らしている。

 目の前の男は、危険だ。ギルヴァレスなど、比較にすらならない。

 それは、生物としての格が、根本的に違うという、本能的な恐怖だった。


 ゼーリオンは、俺の警戒を意にも介さず、その血のように赤い瞳で、俺の背後にいるエリアを、品定めするように見つめた。

「……ほう。随分と、器が摩耗しているな。魂の力が、漏れ出してしまっている。……これでは、我が力を注ぐ前に、壊れてしまうかもしれんな」

 彼は、エリアのことを、まるで無機質な道具のように語る。

 その態度に、俺の怒りが、沸点に達した。


「……エリアに、触れるな」

「フン。まだ吠えるか、勇者よ」

 ゼーリオンは、初めて、その視線を俺に向けた。

「お前の名は、聞いている。我が計画の、唯一の障害。……だが、それも、ここで終わりだ」


 彼が、そう呟いた瞬間だった。

 俺は、攻撃の予備動作も、魔力の高まりも、何も感じ取れなかった。

 ただ、気づいた時には、俺の目の前に、ゼーリオンの顔があった。

 彼は、音もなく、空間を跳躍したのだ。


「――なっ!?」


 反応が、間に合わない。

 ゼーリオンの、細く、しかし鋼のように硬い指が、俺の首を、鷲掴みにした。


「ぐ……っ、あ……!」

 凄まじい力で、気道が圧迫される。

 俺は、そのまま、赤子の手をひねるように、軽々と持ち上げられた。

 足が、宙に浮く。

 聖剣を振るおうにも、腕に力が入らない。


「……これが、勇者か。聞いていたより、随分と、脆いではないか」

 ゼーリオンは、心底つまらなそうに、俺を見下ろした。

 その赤い瞳は、何の感情も映していない。まるで、路傍の石でも見るかのような、絶対的な無関心。


 強い、とか、速い、とか、そういう次元の話ではなかった。

 俺とゼーリオンの間には、決して覆すことのできない、絶対的な序列が存在していた。

 それは、人間が、神に逆らえないのと、同じだった。


「……り……あ……ん……さ……」

 背後で、エリアのか細い声が聞こえた。

 彼女は、目を覚まし、目の前の光景に、絶望しているのだろう。

 やめろ。見るな。


「ほう。まだ意識があったか、器よ」

 ゼーリオンは、俺を掴んだまま、エリアへと視線を移した。

「ちょうどいい。見せてやろう。お前が信じる、そのちっぽけな希望が、いかに無力で、無価値であるかを」


 そう言うと、ゼーリオンは、俺を掴んでいない方の手を、ゆっくりと、エリアに向けた。

 その指先に、漆黒の魔力が、小さな点のようになって収束していく。

 それは、俺が放った〈終焉の光芒〉にも似た、すべてを消滅させる、破壊の力。

 だが、その密度も、純度も、俺の技とは、比べ物にならない。


「や……め……ろ……」

 俺は、声を振り絞った。

「……やめて……ください……!」

 エリアも、悲鳴のような声を上げる。


 だが、ゼーリオンは、その懇願を、せせら笑うかのように、指を弾いた。

 漆黒の点が、一直線に、エリアの心臓めがけて、放たれる。


 ――もう、だめだ。


 俺の心が、完全に、折れた。

 絶望が、俺のすべてを、塗りつぶしていく。


 しかし。

 その、漆黒の魔力が、エリアに届く、寸前だった。


 ゴッ! と、横殴りの風が吹き荒れ、何かが、漆黒の魔力とエリアの間に、割り込んだ。

 それは、巨大な、氷の壁だった。

 漆黒の魔力は、氷の壁に突き刺さり、甲高い音を立てて、その場で消滅した。


「……何?」

 ゼーリオンが、初めて、わずかに驚きの声を上げた。

 俺も、エリアも、目の前で起きた、信じられない光景に、言葉を失っていた。


 洞窟の外から、静かだが、強い意志を宿した声が、響き渡った。


「――間に合ったようですね」


 そこに立っていたのは、漆黒のローブを身に纏った、一人の男。

 手にした杖の先端からは、絶対零度の冷気が、立ち上っている。

 その顔を、俺は、忘れるはずもない。


「……ゼノン……!」


 かつての仲間。

 そして、俺の行動を、誰よりも愚かだと断じた、リアリスト。

 その男が、今、俺たちを救うために、絶対的な絶望の前に、立ちはだかっていた。

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