表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【三作目・完結済み】最強勇者の俺、倒すべき魔王が余命一ヶ月の少女だったので、看取ることにした  作者: 立花大二
第3章:最後の願い

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

34/55

第34話:失われていく世界

 黒い影の恐怖から逃れるように、俺たちの旅は、これまで以上に過酷なものとなった。

 街道を避け、森を抜け、岩がちな荒野をひたすらに進む。人との接触を完全に断ち、食料は、俺が狩りで得る獣や木の実だけが頼りだった。


 そんな極限状態の中で、エリアの衰弱は、目に見えて進行していった。

 彼女の視力は、ほとんど失われかけていた。

「……リアンさん、今、お日様は出ていますか……? なんだか、ずっと夜みたいで……」

 晴れ渡った昼間ですら、彼女の世界は、深い霧に覆われた薄闇に閉ざされてしまっているようだった。


 そして、ある日、聴覚にも、その兆候が現れ始めた。

「……え……? リアンさん、今、何か……?」

 俺が話しかけても、彼女は何度も聞き返すようになった。鳥のさえずりも、風の音も、彼女の耳には、もう、遠い残響のようにしか届いていない。

 世界が、少しずつ、彼女から遠ざかっていく。

 その残酷な現実を、俺は、ただ無力に見つめていることしかできなかった。


 言葉でのコミュニケーションが、次第に困難になっていく。

 俺は、彼女との唯一の繋がりを失うまいと、必死だった。


「……エリア」

 夜、洞窟で火を焚きながら、俺は、彼女の冷たい手を握り、その手のひらに、ゆっくりと指で文字を綴った。

『い・た・く・な・い・か』

 エリアは、最初、きょとんとしていたが、やがて俺が何をしているのかを理解すると、その表情を、ぱっと輝かせた。


『だ・い・じょ・う・ぶ・で・す』

 彼女は、おぼつかない手つきで、俺の手のひらに、返事を書いてきた。

 その指先は、震えていて、力がない。

 だが、その一文字一文字から、彼女の、懸命に生きようとする意志が、痛いほどに伝わってきた。


 それから、手のひらの上の会話は、俺たちの、新しい日常になった。

 俺は、彼女に見えない景色を、言葉にして綴った。

『い・ま・し・か・が・い・る』

『き・れ・い・な・は・な・が・さ・い・て・る』

 エリアは、そのたびに、嬉しそうに微笑んだ。彼女は、俺の指を通して、失われゆく世界を、必死に感じ取ろうとしていた。


 ある夜、彼女は、俺にこう綴ってきた。

『り・あ・ん・さ・ん・の・こ・え・が・き・き・た・い』


 その言葉に、俺の胸は、締め付けられた。

 俺は、彼女の耳元に口を寄せ、できる限り、大きな声で、ゆっくりと、彼女の名を呼んだ。

「……エ・リ・ア」

 エリアは、必死に耳を澄ませ、やがて、聞こえたのか、聞こえなかったのか、分からないまま、ただ、幸せそうに、こくりと頷いた。


 過酷な旅だった。

 だが、不思議と、孤独ではなかった。

 言葉を失い、五感を失っていく中で、俺とエリアの心は、むしろ、以前よりもずっと深く、固く、結びついていくのを感じていた。

 肌を触れ合わせ、手のひらの文字を交わす。

 その、原始的で、不器用なコミュニケーションだけが、俺たちが、まだ共にここにいるという、唯一の証だった。


 だが、その穏やかな時間も、長くは続かなかった。

 旅を始めて、二十五日が過ぎた頃。

 エリアは、ついに、食事をほとんど喉に通らなくなった。

 俺が狩ってきた獣の肉を、どんなに柔らかく煮込んでも、彼女は、それを飲み込む体力すら、失ってしまっていたのだ。

 彼女の命を繋ぎ止めていたのは、もはや、俺が水筒で与える、わずかな水だけだった。


 余命は、あと、五日……いや、それよりも、もっと短いかもしれない。

 俺は、眠る彼女の顔を見下ろしながら、絶望的な気持ちで、地図を広げた。

 故郷の海までは、まだ、この険しい山脈を越えなければならない。

 今のエリアの状態で、果たして、間に合うのか。


 その時だった。

 俺の懐で、カサンドラが残してくれた羊皮紙が、ふわりと、温かい光を放った。

「……!」

 それは、以前にも一度だけ感じた、聖なる力の輝き。

 だが、今回は、ただ光るだけではなかった。

 羊皮紙の上に、光の文字が、ひとりでに浮かび上がってきたのだ。


 それは、カサンドラの声が、直接、俺の心に響いてくるかのような、不思議な感覚だった。


『――リアン。聞こえますか。……時間が、ありません』

『……黒い影……ゼーリオンが、あなたたちのすぐそこまで、迫っています』


 俺は、息を呑んだ。

 あの絶望的な脅威が、もう、すぐそこに。


『……でも、まだ、希望はあります。……ゼノンが、動きました』

『彼は、真の敵に気づき、今、あなたたちを助けるために、向かっています』

『……どうか、それまで、持ちこたえて……』


 光の文字は、そこで、ふっと消えた。

 カサンドラ……! 生きていたのか……!

 そして、ゼノンが、俺たちを助けに……?


 それは、信じがたい報せだった。

 だが、安堵したのも束の間。

 洞窟の外から、空気が凍るような、圧倒的な冷気が、流れ込んできた。


 俺は、弾かれたように、入り口へと目を向ける。

 そこに、一人の男が、音もなく、立っていた。

 白銀の長髪。血のように赤い瞳。

 そして、その全身から放たれる、すべてを無に還すかのような、絶望的な魔力。


「……見つけたぞ、勇者リアン。そして、我が父祖の魂を宿す、器よ」


 その声は、悪夢そのものだった。

 黒い影――ゼーリオンが、ついに、俺たちの目の前に、その姿を現したのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ