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【三作目・完結済み】最強勇者の俺、倒すべき魔王が余命一ヶ月の少女だったので、看取ることにした  作者: 立花大二
第3章:最後の願い

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第33話:迫る絶望と黒い影

 ルナリアの街を襲った黒い影の恐怖は、まるで実体を持った冷気のように、俺たちの背中にまとわりついていた。

 俺は、エリアを背負い、がむしゃらに走った。

 どこへ向かうという明確な当てもない。ただ、あの底知れない悪意から、一刻も早く、一歩でも遠くへ逃れることだけを考えて。


 数時間後、俺は街道から外れた森の中に身を隠し、ようやく足を止めた。

 全身から汗が噴き出し、心臓が警鐘のように激しく鳴り響いている。禁じ手を使った傷が、再び開いたかのように熱く痛んだ。


「……リアンさん……大丈夫……?」

 背中から、エリアの弱々しい声が聞こえる。

 彼女は、俺の尋常ではない様子に、何かが起きていることを察しているのだろう。

「……ああ、問題ない」

 俺は、荒い息を整えながら嘘をついた。彼女に、余計な心配をかけさせるわけにはいかない。


 俺は、おそるおそる、ルナリアの街があった方角を振り返った。

 空を覆っていた不吉な黒い雲は、いつの間にか消えていた。

 だが、それが、嵐が過ぎ去ったことを意味するのではないと、俺の本能が告げている。

 あれは、ただ、その目的を達し、静かに去っていっただけなのだ。


 一体、何だったんだ、あれは。

 ギルヴァレスのような、魔族特有の荒々しい魔力とは違う。

 もっと冷たく、静かで、それでいて、魂の芯まで凍てつかせるような、絶対的な虚無の力。

 俺がこれまで対峙してきた、どんな魔物や魔族とも、次元が違う。


 俺の脳裏に、ギルヴァレスの最後の言葉が蘇った。

『見つけたのだ! 我が主の偉大なる魂を受け継ぐに相応しい、最強の魔族をな!』

 まさか、あの気配の主が、その『後継者』だというのか。

 だとしたら、あまりにも、規格外すぎる。先代魔王ですら、あれほどの絶望的な気配は放っていなかった。


 俺が、得体の知れない恐怖に思考を奪われていると、街道の方から、数人の人影が、よろよろとこちらへ向かってくるのが見えた。

 商人風の男、若い夫婦、そして、老婆。

 誰もが、衣服は汚れ、その顔には深い絶望と恐怖の色を浮かべていた。

 彼らは、ルナリアから逃げてきた生存者らしかった。


 俺は、衝動的に、彼らに声をかけようとした。

 街で、何が起きたのか。

 だが、その足を、エリアが、俺の服の裾を引いて、そっと止めた。

「……ダメです、リアンさん」

「……なぜだ」

「……あの人たちに見られたら、私たちが街にいたことが、分かってしまうから……。そうしたら、あの人たちまで、また、酷い目に……」


 エリアの言う通りだった。

 俺たちが、あの街に立ち寄った。その事実こそが、あの惨劇を引き起こした原因なのだ。

 生存者たちに顔を見られれば、新たな追跡の手がかりを与えることになりかねない。


 俺は、唇を噛みしめ、茂みの中に身を潜めた。

 生存者たちは、俺たちに気づくことなく、すぐそばを通り過ぎていく。

 彼らの、途切れ途切れの会話が、風に乗って、俺の耳に届いた。


「……ひどい……街が、全部、氷漬けに……」

「ああ……一瞬だった……。黒い髪の、悪魔のような男が、空に浮かんで……指を鳴らしただけで……」

「ああ、神様……なぜ、我々がこんな目に……」


 氷漬け……?

 男が、一人……?

 その言葉は、俺の背筋を凍らせるのに、十分だった。

 あの広範囲に及ぶ破壊を、たった一人の魔族が、一瞬で引き起こしたというのか。

 信じがたいが、事実なのだろう。


 生存者たちの嗚咽が、遠ざかっていく。

 俺は、彼らの姿が見えなくなるまで、ただ、動けずにいた。


 まただ。

 また、俺のせいで、罪のない人々が犠牲になった。

 廃教会の前で会った、あの少年の憎悪に満ちた瞳が、脳裏に蘇る。


『お前らのせいで、お父さんもお母さんも……!』


 俺とエリアが旅を続ける限り、この悲劇は、延々と繰り返されるのだ。

 俺は、本当に、正しいことをしているのだろうか。

 エリア一人を生かすために、一体、いくつの命を犠牲にすれば、気が済むのだろうか。


「……リアンさん」

 俺の心の葛藤を見透かすかのように、エリアが、俺の手に、そっと自分の手を重ねてきた。

 その手は、驚くほど冷たい。だが、その温もりのなさが、逆に、彼女がまだ、確かに生きているという事実を、俺に伝えていた。


「……行きましょう」

 彼女は、何も言わなかった。

 ただ、その紫色の瞳で、まっすぐに俺を見つめているだけだった。

 その瞳は、言っていた。

『私たちは、もう、進むしかないのだ』と。


 俺は、深く、息を吸い込んだ。

 迷っている暇はない。

 あの黒い影は、確実に、俺たちを追ってくる。

 今はただ、逃げなければ。

 この、か細い命の灯火を、守り抜くために。


 俺は、再びエリアを背負うと、南へと向かって、歩き出した。

 背後に広がる絶望から、目を背けるように。

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