第99話 風に乗る花びらと、変わらない席
朝、空は高く晴れていた。
昨日より光が強い。
庭へ出ると、木の花はさらに増えていた。
三輪。
四輪。
数えなくても分かる。
昨日より確かに増えている。
「早いのう」
みーちゃんが言う。
「春だから」
そう返す。
冬の時間はゆっくりだった。
春は少し急ぎ足だ。
◇ ◇ ◇
縁側へ座る。
風が吹く。
枝が揺れる。
そのときだった。
一枚。
小さな花びらが離れる。
風に乗る。
ゆっくり。
ひらひらと。
そして縁側の板の上へ落ちた。
まだ咲き始めたばかりなのに。
少し驚く。
「落ちた」
小さく言う。
みーちゃんが見る。
「花じゃからな」
当たり前みたいに言う。
確かにそうだった。
咲くものは散る。
冬に雪が溶けたのと同じだ。
少しだけ笑う。
◇ ◇ ◇
台所へ戻る。
窓は開いている。
風が通る。
湯を沸かす。
火の音が静かに響く。
味噌桶の蓋を開ける。
変わらない匂い。
その匂いに安心する。
湯飲みを並べる。
四つ。
もう迷わない。
◇ ◇ ◇
坂の下で戸の音。
足音が二つ。
佐伯さんとゆうた。
いつもの朝。
縁側の前で止まる。
「おはようございます」
「おはよう」
ゆうたは木を見る。
すぐに気づく。
「増えた」
嬉しそうな声。
「増えたね」
そのまま返す。
ゆうたが縁側へ上がる。
そして板の上の花びらを見つける。
しゃがむ。
そっと拾う。
壊さないように。
「落ちてる」
「風でね」
ゆうたが掌を開く。
小さな白。
少しだけ光を受けている。
しばらく見ている。
それから縁側の端へ置く。
雪玉を置いた場所とは違う。
でも、どこか似ていた。
「ここ」
ぽつりと言う。
少し笑う。
「うん、ここ」
同じように返す。
◇ ◇ ◇
縁側へ座る。
三人。
そして空いた一席。
春の光。
風。
花。
湯気。
全部が混ざる。
佐伯さんが言う。
「最初に来た頃、雪でしたよね」
「そうだったね」
ゆうたも木を見る。
花を見る。
それから言う。
「白い」
雪も白かった。
花も白い。
でも違う白だ。
「春の白だね」
そう返す。
ゆうたが少し考える。
そしてうなずく。
◇ ◇ ◇
風が吹く。
もう一枚。
花びらが落ちる。
今度は庭へ。
草の上へ。
緑の中の白。
きれいだった。
みーちゃんが目を細める。
「忙しいのう」
「何が?」
「季節がじゃ」
確かにそうだった。
雪が消え。
草が出て。
若葉が伸び。
花が咲く。
そしてもう花びらが落ちる。
春は立ち止まらない。
◇ ◇ ◇
やがて昼が近づく。
ゆうたが立ち上がる。
佐伯さんも立つ。
「また来ます」
「うん」
ゆうたは縁側の端を見る。
自分が置いた花びら。
まだそこにある。
それを確認してから坂を下りる。
足音が二つ。
少しずつ遠ざかる。
◇ ◇ ◇
縁側に残る。
花びらが一枚。
風に揺れる草。
四つの座布団。
空いた席。
そして春の光。
季節は変わり続ける。
花も散る。
でも、この場所は今日もここにある。
それだけで十分だった。




