第84話 乾いていく庭と、少し軽い空気
朝、空は久しぶりによく晴れていた。
雲は少なく、光が庭いっぱいに落ちている。
冷えは残っているが、陽の匂いがした。
縁側に出る。
濡れていた土は、少し乾いている。
昨日見えた草の色も、今日ははっきりしていた。
小さな緑。
まだ頼りない。
でも、ちゃんとそこにある。
「明るいな」
みーちゃんが言う。
「うん」
光があるだけで、空気は変わる。
台所で湯を沸かす。
火の音が、今日は少し軽く聞こえる。
味噌桶の蓋を開ける。
匂いは同じ。
でも、季節の側が変わり始めている。
戻る。
庭の端に、小さな鳥が降りていた。
地面をつつき、少し歩く。
タマが縁側から見ている。
追わない。
ただ見ている。
「のんびりしてるね」
そう言うと、みーちゃんが目を細める。
坂の下で戸の音。
足音が二つ。
佐伯さんと、あの子ども。
今日は、子どもの足取りが少し速い。
縁側の前で止まる。
「おはようございます」
佐伯さん。
「おはよう」
子どもが庭を見る。
すぐに草を見つける。
近づく。
しゃがむ。
「増えてる」
小さく言う。
昨日より、本当に少し増えている。
「増えたね」
そのまま返す。
子どもが指を伸ばす。
今度は、そっと触る。
すぐ離す。
「やわらかい」
ぽつりと言う。
「春の草だから」
そう答えると、少しだけ考える顔。
佐伯さんが空を見上げる。
「晴れると違いますね」
「違うね」
光があるだけで、
同じ場所でも軽くなる。
風が通る。
冷たい。
でも、冬だけの風ではない。
子どもが縁側へ戻る。
タマが近づく。
自然に撫でる。
もう迷わない。
「入っていいですか」
佐伯さんが言う。
「どうぞ」
戸は開いている。
靴をそろえる音。
居間へ。
炬燵。
湯気。
いつもの場所。
今日は、三人。
でも、少しだけ空気が軽い。
子どもが炬燵に入りながら言う。
「前よりあつい」
「外が違うから」
それだけ返す。
湯を三つ用意する。
湯気が重なる。
外には光。
中には変わらない温度。
その並びが、落ち着く。
みーちゃんが縁側で言う。
「ほどけ始めたな」
「うん」
雪は消え、
土が見え、
草が出る。
冬の固さが、少しずつゆるんでいく。
でも、ここに集まる時間は、
ほどけないままだった。
やがて二人が立ち上がる。
「また来ます」
佐伯さん。
子どもは、庭をもう一度見る。
緑は小さい。
でも、ちゃんと増えている。
それでいい。
二人が坂を下りていく。
足音が二つ。
縁側に戻る。
乾き始めた庭に、
春の色が少しだけ残っている。
季節は、
静かに空気を変えていく。
その変化の中で、
並ぶ時間だけは、
変わらずここにあった。




