表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
83/83

第83話 雨上がりの土と、見えてくる色

朝、雨は止んでいた。

 空にはまだ雲が残っているが、光は少し戻っている。

 空気は湿っていた。


 縁側に出る。


 雪は、もうほとんど残っていない。


 白かった場所には、土の色が戻っている。

 濡れた地面が、静かに光っていた。


 小さな雪の形があった場所を見る。


 今は何もない。


 でも、目は自然にそこへ向く。


 「消えたな」

 みーちゃんが言う。

 「うん」


 それだけ。


 台所で湯を沸かす。

 火の音が、湿った朝によく響く。


 味噌桶の蓋を開ける。

 匂いは変わらない。


 戻る。


 庭の端に、小さな色が見える。


 緑。


 雪の下に隠れていた草が、少しだけ顔を出している。


 しゃがむ。


 濡れた葉に、水滴が残っている。


 「出てきたね」


 小さく言う。


 みーちゃんが近くへ来る。


 「春の準備じゃ」


 まだ春ではない。

 でも、近づいている。


 坂の下で戸の音。


 足音が二つ。


 佐伯さんと、あの子ども。


 今日は、ゆっくり上がってくる。


 縁側の前で止まる。


 「おはようございます」

 佐伯さん。


 「おはよう」


 子どもが庭を見る。


 白が消えている。


 少しだけ不思議そうな顔。


 それから、緑を見つける。


 近づく。


 しゃがむ。


 「草」


 ぽつりと言う。


 「草だね」


 それだけ返す。


 指で触ろうとして、やめる。


 濡れているから。


 少し考えてから、

 そのまま見る。


 「雪、ない」


 「なくなったね」


 短く返す。


 でも、寂しい感じではない。


 子どもがもう一度、緑を見る。


 「出てきた」


 今度は少しだけ明るい声。


 「出てきたね」


 同じ言葉を返す。


 雪は消えた。

 でも、その下から別のものが出てくる。


 それで続いている。


 「入っていいですか」


 佐伯さんが言う。


 「どうぞ」


 戸は開いている。


 靴をそろえる音。


 居間へ。


 炬燵。

 湯気。

 いつもの場所。


 今日は、三人。


 タマが布団の中で動く。

 子どもが潜る。


 動きが自然だ。


 湯を三つ用意する。


 湯気が重なる。


 外は湿っている。

 でも、空気は少し違う。


 子どもが湯飲みを持ちながら言う。


 「また変わる」


 「変わるね」


 そのまま返す。


 「でも、ここ」


 小さく続ける。


 「ここ」


 もう一度。


 「うん、ここ」


 同じ言葉を返す。


 みーちゃんが縁側で言う。


 「次が来るな」


 「うん」


 冬が終わるわけではない。


 ただ、少しずつ、

 別の色が混ざっていく。


 やがて二人が立ち上がる。


 「また来ます」

 佐伯さん。


 子どもは、庭の緑をもう一度見る。


 それでいい。


 二人が坂を下りていく。


 足音が二つ。


 縁側に戻る。


 濡れた土の上に、

 小さな緑が残っている。


 季節は、

 急には変わらない。


 でも、静かに、

 ちゃんと進んでいた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ