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第82話 雨になる音と、冬の境目

朝、空気が少し違っていた。

 冷たいのに、硬くない。

 雪の日の静けさとも違う。


 縁側に出る。


 空は低く曇っている。

 白ではなく、灰色に近い。


 小さな雪の形は、さらに崩れていた。

 角はなく、輪郭も曖昧。

 でも、まだそこにある。


 「今日は降るな」

 みーちゃんが言う。

 「雪?」

 「雨じゃ」


 その言葉のあと、

 ぽつ、と音がした。


 最初の雨粒。


 雪の残る地面に落ち、

 小さく沈む。


 台所で湯を沸かす。

 火の音と、外の雨音が重なる。


 味噌桶の蓋を開ける。

 匂いは変わらない。


 戻る。


 雨は少しずつ増えていた。

 屋根を叩くほどではない。

 でも、止まらない音。


 坂の下で戸の音。


 足音が二つ。


 少し急いでいる。


 佐伯さんと、あの子ども。


 二人とも、少し肩を縮めている。


 縁側の前で止まる。


 「雨ですね」

 佐伯さん。


 「雨だね」


 子どもは、雪の跡を見る。


 しゃがむ。


 触ろうとして、やめる。


 雨で崩れている。


 「なくなる」


 ぽつりと言う。


 「なくなるね」


 そのまま返す。


 少し沈黙。


 雨音だけが続く。


 子どもが空を見る。


 「雪じゃない」


 少し不満そうな声。


 「冬でも、雨は降る」


 言うと、少し考える顔。


 それから、小さくうなずく。


 「入っていいですか」


 佐伯さんが言う。


 「どうぞ」


 戸は開いている。


 靴をそろえる音。

 少し湿っている。


 居間へ。


 炬燵。

 湯気。

 いつもの場所。


 今日は、三人。


 タマが布団の中で動く。

 子どもがすぐに潜る。


 「ぬれてる」


 小さく言う。


 「乾くよ」


 短く返す。


 湯を三つ用意する。


 湯気が重なる。


 外では、雨音。


 雪を崩し、

 形をほどいていく音。


 子どもが湯飲みを持ちながら、

 ぽつりと言う。


 「全部なくなる?」


 少し考える。


 「雪はなくなる」


 そこまで言って、少し止まる。


 「でも、場所は残る」


 子どもがこちらを見る。


 それから、小さくうなずく。


 もう、その言葉を知っている。


 みーちゃんが縁側で言う。


 「境目じゃな」


 「うん」


 雪から雨へ。


 白から、水へ。


 冬は、少しずつ形を変えていく。


 でも、並んだ時間は、

 簡単にはほどけない。


 やがて二人が立ち上がる。


 「また来ます」

 佐伯さん。


 子どもは、外を見る。


 雪の形は、もうほとんどない。


 それでも、少しだけ笑う。


 それでいい。


 二人が坂を下りていく。


 雨の中に、足音が二つ。


 縁側に戻る。


 外は静かに濡れている。


 冬は終わっていない。

 でも、少しずつ、

 次の季節へ近づいていた。

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