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第80話 もう一度の形と、重なる手

朝、空は明るかった。

 雲はあるが、光がやわらかく広がっている。

 冷えは少しだけ緩んでいる。


 縁側に出る。


 あの場所は、そのままだ。


 何も置かれていない。

 でも、空いている感じはしない。


 「来るな」

 みーちゃんが言う。

 「うん」


 坂の下で戸の音。


 足音が一つ。


 間を置かず、もう一つ。


 佐伯さんと、あの子ども。


 今日は、子どもが先に坂を上がってくる。

 少しだけ速い。


 縁側の前で止まる。


 何も言わない。


 そのまま、あの場所へ行く。


 しゃがむ。


 手で土を触る。


 少しだけ湿っている。


 雪の名残。


 「ここ」


 小さく言う。


 「ここだね」


 そのまま返す。


 子どもが手を丸める。

 でも、雪はない。


 少し考える。


 周りを見る。


 縁側の端に、昨日の残りの雪が少しだけある。


 そこへ行く。


 両手で集める。


 小さな白。


 それを持って戻る。


 もう一度しゃがむ。


 手の中で丸める。


 少しだけ形になる。


 完全ではない。

 でも、丸い。


 それを、そっと置く。


 前と同じ場所。


 「できた」


 ぽつりと言う。


 「できたね」


 それだけ返す。


 佐伯さんが後ろから見る。


 少し笑う。


 「ちゃんと覚えてるんですね」


 「覚えてるね」


 形ではなく、場所を。


 それでいい。


 タマが縁側から出てくる。

 新しい雪玉の横で止まる。


 小さな足跡がつく。


 子どもがそれを見る。


 少しだけ笑う。


 「増えた」


 短く言う。


 「増えたね」


 それだけで十分。


 みーちゃんが言う。


 「重なったな」


 「うん」


 前の形は消えた。

 でも、同じ場所に、また置かれる。


 それで続く。


 「入っていいですか」


 佐伯さんが言う。


 「どうぞ」


 戸は開いている。


 靴をそろえる音。


 居間へ。


 炬燵。

 湯気。

 いつもの場所。


 今日は、三人。


 タマが布団の中へ戻る。

 子どもも続く。


 動きが、もう自然だ。


 湯を三つ用意する。


 湯気が重なる。


 外には、新しい形。

 中には、変わらない温度。


 子どもがぽつりと言う。


 「また、なくなる」


 「なくなるね」


 それだけ答える。


 「また、つくる」


 少しだけ強い声。


 「いいね」


 短く返す。


 佐伯さんが静かにうなずく。


 みーちゃんが縁側で言う。


 「続けるな」


 「うん」


 消えることを知っていて、

 また置く。


 それが、続くということ。


 やがて二人が立ち上がる。


 「また来ます」

 佐伯さん。


 子どもは、今度は一度だけ振り返る。


 それでいい。


 二人が坂を下りていく。


 足音が二つ。


 縁側に戻る。


 小さな雪玉が、そこにある。


 不完全な形。


 でも、確かに置かれている。


 冬は、

 同じ場所に、

 何度でも形を置ける季節だった。

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