第79話 消えた跡と、置かれたままの場所
朝、空は少し明るかった。
雲は薄く、光がやわらかく落ちている。
冷えはあるが、重くない。
縁側に出る。
雪は、ほとんど消えていた。
白は残っていない。
土の色が、静かに戻っている。
あの場所を見る。
雪玉は、もうない。
水の跡も、ほとんど乾いている。
ただ、そこに、何かがあった形だけが残っている。
「消えたな」
みーちゃんが言う。
「うん」
それだけ。
台所で湯を沸かす。
火の音が、今日も同じように広がる。
味噌桶の蓋を開けると、匂いが変わらず立つ。
戻る。
縁側の端。
昨日までの位置。
何もない。
でも、空いている感じはしない。
「残っておる」
みーちゃんが言う。
「うん」
形はない。
でも、場所はある。
坂の下で戸の音。
足音が一つ。
少し遅れて、もう一つ。
佐伯さんと、あの子ども。
いつも通りに上がってくる。
縁側の前で止まる。
「おはようございます」
佐伯さん。
「おはよう」
子どもがすぐに縁側の端を見る。
何もない。
少しだけ足を止める。
近づく。
しゃがむ。
手を伸ばす。
何も触れない。
でも、そのまましばらく止まる。
「なくなった」
小さく言う。
「なくなったね」
それだけ返す。
少し沈黙。
子どもが立ち上がる。
「でも、ここ」
縁側を指す。
「ここ」
もう一度言う。
「うん、ここ」
同じ言葉を返す。
それで十分だった。
「入っていいですか」
佐伯さんが言う。
「どうぞ」
戸は開いている。
靴をそろえる音。
居間へ。
炬燵。
湯気。
いつもの場所。
今日は、三人。
タマが布団の中で動く。
子どもが潜る。
動きが、もう迷わない。
湯を三つ用意する。
湯気が重なる。
外は元に戻る。
中は変わらない。
子どもが湯飲みを持つ。
少しだけ考えてから、言う。
「また、つくる」
短い言葉。
「いいね」
それだけ返す。
佐伯さんが少し笑う。
「今度はもう少し大きくですね」
子どもが小さくうなずく。
みーちゃんが縁側で言う。
「続くな」
「うん」
消えることは、終わりではない。
また置くことができる。
それで続く。
しばらく三人で座る。
言葉は少ない。
でも、空いていない。
やがて二人が立ち上がる。
「また来ます」
佐伯さん。
子どもは何も言わない。
でも、今日は振り返らない。
それでいい。
二人が坂を下りていく。
足音が二つ。
縁側に戻る。
何もない場所。
でも、そこは空ではない。
置かれていたものが、
ちゃんと残っている。
冬は、
消えたあとに、
続き方を残していく。




