第78話 溶ける形と、残る場所
朝、空はやわらかく曇っていた。
光は弱いが、冷えは少し緩んでいる。
雪はもう降っていない。
縁側に出る。
昨日の白が、少しだけ沈んでいる。
雪玉があった場所を見る。
形は、少し崩れている。
角がなくなり、丸みも曖昧になっている。
それでも、そこにある。
「溶け始めたな」
みーちゃんが言う。
「うん」
台所で湯を沸かす。
火の音が、静かに広がる。
味噌桶の蓋を開けると、匂いが変わらず立つ。
戻る。
雪の表面が、少しだけ光る。
水が、薄く滲んでいる。
坂の下で戸の音。
足音が二つ。
佐伯さんと、あの子ども。
ゆっくり上がってくる。
雪の上に、新しい跡がつく。
縁側の前で止まる。
「おはようございます」
佐伯さん。
「おはよう」
子どもは、すぐに縁側の端を見る。
雪玉。
少し崩れた形。
近づく。
しゃがむ。
指で触る。
少しだけ崩れる。
「溶けてる」
ぽつりと言う。
「溶けるね」
それだけ返す。
少し沈黙。
子どもが手を離す。
雪玉は、そのまま。
でも、昨日とは違う。
「なくなる?」
小さく聞く。
「なくなる」
そのまま答える。
子どもが少しだけ考える。
視線が、雪玉と足元を行き来する。
「でも、ここ」
縁側を指す。
「ここ」
もう一度言う。
「うん、ここ」
そのまま返す。
形は変わる。
でも、場所は変わらない。
それでいい。
「入っていいですか」
佐伯さんが言う。
「どうぞ」
戸は開いている。
靴をそろえる音。
居間へ。
炬燵。
湯気。
いつもの場所。
今日は、三人。
タマが布団の中で動く。
子どもが潜る。
少しだけ慣れた動き。
湯を三つ用意する。
湯気が重なる。
外は溶けていく。
中は変わらない。
子どもが湯飲みを持つ。
今日は、ゆっくり。
急がない。
佐伯さんがぽつりと言う。
「こういうの、いいですね」
「どれ」
「消えるけど、残る感じ」
少し考える。
「残るね」
それだけ答える。
みーちゃんが縁側で言う。
「形は変わる」
「うん」
「場所は残る」
その通りだった。
しばらく三人で座る。
言葉は少ない。
でも、空いていない。
やがて二人が立ち上がる。
「また来ます」
佐伯さん。
子どもは、もう一度だけ外を見る。
雪玉は、さらに崩れている。
それでも、そこにある。
それでいい。
二人が坂を下りていく。
足音が二つ。
縁側に戻る。
雪玉は、ゆっくり形を失っていく。
でも、その場所は、
昨日と同じ。
冬は、
消えるものを通して、
残るものを教えてくれる。




