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第74話 何も言わない朝と、戻っていること

朝、空は淡く明るかった。

 雲は薄く、光がやわらかい。

 冷えはあるが、重くない。


 台所で湯を沸かす。

 火の音が、静かに広がる。

 味噌桶の蓋を開けると、匂いが変わらず立つ。


 縁側の戸を、半分だけ開ける。

 冷たい空気が細く入る。


 坂の下で戸の音。


 少しして、足音が一つ。


 間を置いて、もう一つ。


 佐伯さんと、あの子ども。


 縁側の前で止まる。


 「おはようございます」

 佐伯さん。


 子どもは何も言わない。

 でも、視線が少し上がる。


 「おはよう」


 それだけ返す。


 「入っていいですか」


 「どうぞ」


 戸は開いている。

 そのまま入る。


 靴をそろえる音。

 前より自然だ。


 居間へ。


 炬燵。

 湯気。

 いつもの場所。


 今日は、三人。


 タマが布団の中で動く。

 子どもがすぐに近づく。


 「ここ、あったかい」


 同じ言葉。

 でも、確かめではない。


 「座っていい」


 「どうぞ」


 炬燵に入る。

 迷いはない。


 佐伯さんも座る。


 湯を三つ用意する。


 並ぶ湯飲み。

 湯気が重なる。


 しばらく、誰も話さない。


 昨日のことは言わない。

 来なかった理由も、聞かない。


 それでいい。


 子どもが湯飲みを持つ。

 今日は顔をしかめない。


 少し慣れた。


 佐伯さんが湯を飲む。


 「落ち着きますね」


 「そうですね」


 短く返す。


 みーちゃんは縁側の方にいる。

 変わらない位置。


 「戻ったな」


 静かに言う。


 「うん」


 言葉にしなくても分かる。


 しばらくして、子どもがぽつりと言う。


 「昨日、雪」


 それだけ。


 「そう」


 それだけ返す。


 理由は、小さくていい。


 来ることが、大事だから。


 沈黙が続く。


 でも、空いていない。


 並んでいる。


 やがて二人が立ち上がる。


 「また来ます」

 佐伯さん。


 子どもは何も言わない。

 でも、少しだけ振り返る。


 それでいい。


 二人が坂を下りていく。


 足音が二つ。


 縁側に戻る静けさ。


 昨日と違う。


 何も言わなくても、

 戻っていることが分かる。


 この場所は、

 そういう形で、

 続いていた。

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