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第73話 戻る灯りと、待っている形

夕方、空は早く暗くなり始めていた。

 冬の光は短い。

 影が、すぐに地面へ落ちる。


 台所で火を入れる。

 ぱち、と小さな音。

 部屋の中に、温度が生まれる。


 味噌汁を温める。

 湯気が、ゆっくり立ち上る。


 縁側の戸は閉じている。

 外はもう冷えている。


 「今日は来ぬな」

 みーちゃんが言う。


 「うん」


 朝は会わなかった。

 坂にも、人の気配はなかった。


 それだけのこと。


 でも、少しだけ静かだ。


 炬燵に座る。

 タマが布団の中で丸くなる。


 湯飲みを一つ、置く。


 手が、少し止まる。


 置いたままにする。


 理由はない。


 ただ、そこにある。


 外で風が鳴る。

 戸がかすかに揺れる。


 音は少ない。

 でも、完全な静けさではない。


 「待っておるな」

 みーちゃんが言う。


 「待ってない」


 少し間を置いて、そう答える。


 嘘ではない。

 でも、全部でもない。


 湯気がゆっくり消える。


 味噌汁を飲む。

 温度が体に広がる。


 変わらない味。


 でも、少しだけ広い。


 ふと、戸の方を見る。


 開かない。


 当たり前だ。


 でも、見てしまう。


 「来る日もある」

 みーちゃんが言う。


 「来ない日もある」


 それでいい。


 無理に続けるものではない。


 でも、消えるものでもない。


 灯りが部屋に広がる。


 影がやわらかくなる。


 湯飲みは、まだそこにある。


 使われないまま。


 でも、邪魔ではない。


 待つことと、置いておくことは、違う。


 この家には、

 ただ、戻れる形がある。


 それだけで、十分だった。


 夜が深くなる。


 外は冷え続ける。


 中は、変わらない。


 戻る場所は、

 誰かが来なくても、

 ちゃんとそこにある。

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