第70話 戻る足音と、少しだけ違う並び
朝、空はうすく晴れていた。
雲の切れ目から光が落ちている。
昨日より、少しだけ明るい。
台所で湯を沸かす。
火の音が、静かに広がる。
味噌桶の蓋を開けると、匂いが変わらず立つ。
縁側の戸を、半分だけ開ける。
冷たい空気が細く入る。
坂の下で戸の音。
少し間があって、足音が一つ。
そして、もう一つ。
佐伯さんと、あの子ども。
昨日は来なかった。
今日は来た。
それだけのことが、少しだけはっきりする。
縁側の前に立つ。
「おはようございます」
佐伯さん。
「おはよう」
子どもは何も言わない。
でも、昨日より自然に立っている。
「入っていいですか」
「どうぞ」
戸は開いている。
そのまま入る。
靴をそろえる動きが、もう迷わない。
居間へ。
炬燵。
湯気。
いつもの場所。
今日は、三人。
タマが布団の中で動く。
子どもがすぐに近づく。
「ここ、あったかい」
もう確かめる必要はない。
「座っていい」
「どうぞ」
炬燵に入る。
今度は、迷いなく中まで入る。
佐伯さんも座る。
湯を三つ用意する。
湯気が重なる。
しばらく沈黙。
でも、昨日と違う。
空いている感じがない。
子どもが湯飲みを持つ。
今日は顔をしかめない。
少し慣れた。
「昨日、来なかったね」
自然に言葉が出る。
子どもが少しだけこちらを見る。
「雪」
それだけ言う。
佐伯さんが補う。
「朝、道が滑って」
「そう」
それで十分だった。
理由は、小さくていい。
来る日も、来ない日も、
同じ流れの中にある。
みーちゃんが縁側で言う。
「戻ったな」
「うん」
でも、同じではない。
ひとつ、間を挟んだ分だけ、
並びが少し整っている。
子どもがぽつりと言う。
「ここ、来る」
短い言葉。
でも、はっきりしている。
「どうぞ」
それだけ返す。
特別な約束はしない。
でも、場所はある。
しばらくして、二人が立ち上がる。
「また来ます」
佐伯さん。
子どもは何も言わない。
でも、振り返らない。
それでいい。
二人が坂を下りていく。
足音が二つ。
縁側に戻る静けさ。
でも、昨日とは違う。
来ない日を挟んで、
来る日が、少しだけ深くなる。
この場所は、
ただ続いているだけではない。
少しずつ、
形を持ちながら、
続いている。




