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第68話 当たり前にいる朝と、言葉のいらない席

朝、空は薄く白んでいた。

 雲が広がり、光が均一に落ちている。

 冷えはあるが、静かだ。


 台所で湯を沸かす。

 火の音が、今日も変わらず広がる。

 味噌桶の蓋を開けると、匂いが落ち着いている。


 縁側の戸は、半分だけ開けてある。

 冷たい空気が、細く入る。


 坂の下で戸の音。


 少しして、足音が一つ。


 間を置かずに、もう一つ。


 佐伯さんと、あの子ども。


 戸は叩かれない。

 そのまま縁側の前に来る。


 「おはようございます」

 佐伯さん。


 子どもは何も言わない。

 でも、昨日より近い位置に立つ。


 「おはよう」


 それだけ返す。


 「入っていいですか」


 「どうぞ」


 戸は開いている。

 そのまま入れる。


 子どもも迷わず入る。

 靴をそろえる動きが、少しだけ自然になる。


 居間へ。


 炬燵。

 湯気。

 いつもの場所。


 今日は、三人。


 タマが布団の中で動く。

 子どもがすぐに近づく。


 「ここ、あったかい」


 もう説明はいらない。


 「座っていい」


 「どうぞ」


 炬燵の端に座る。

 今度は、少し深く入る。


 佐伯さんも座る。

 動きに迷いはない。


 湯を三つ用意する。


 並ぶ湯飲み。

 湯気が重なる。


 しばらく、誰も話さない。


 でも、それでいい。


 子どもが湯飲みを持つ。

 少しだけ熱そうな顔をする。


 でも、離さない。


 「大丈夫」


 小さく言う。


 佐伯さんがそれを見る。

 安心した顔。


 みーちゃんは縁側にいる。

 変わらない位置。


 「馴染んだな」


 静かに言う。


 「うん」


 言葉にしなくても、分かる。


 外は静か。

 音は少ない。


 でも、家の中には、

 三つ分の時間がある。


 子どもがぽつりと言う。


 「ここ、いつもこう?」


 「だいたい」


 それで十分だった。


 また沈黙。


 でも、途切れない。


 言葉がなくても、

 席は崩れない。


 やがて子どもが立ち上がる。


 「行く」


 佐伯さんも立つ。


 「また来ます」


 「どうぞ」


 二人が出ていく。


 足音が二つ。


 縁側に戻る静けさ。


 みーちゃんが言う。


 「当たり前になったな」


 「うん」


 特別ではない。


 ただ、そこにいる。


 それが一番、

 静かに続く形だった。

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