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第37話 幸せな村

 引越し先は村だった。牧草地がほとんど敷地を占めているパルタート村の人達は、あの頃のカーメラーのように穏やかな性格をしていた。


 牧場を営んでいる家族、ニャーチル家も同様で、僕らを快く迎えてくれた。牧場主であるニューエご婦人とニャイ、ニュイの双子の姉妹の家族構成で、双子は僕と同い年だった。


 ニャイは紫のショートカットヘアで季節気候関係なく短パンをはいていた。牛や羊の飼育をしながら空いた時間で剣術を磨いていた。彼女曰く、騎士になりたいらしい。その活発的な姿を見ていると、どこかコナを思い出した。


 逆にニュイは引っ込み思案で、本ばかり読んでいた。魔法に関する本をよく読んでいるので、魔法使いになりたいらしい。話し声は極端に小さく、近づいても全く聞こえないほどだった。


 誰かの足音でかき消されるぐらいの音量なので、もし何か話したい時は筆談でするようになった。


 紙に書いてやり取りをしていると、ニュイがどこかクーナと重なって見えた。



 ケーナは牧場の近くにレストランを開いた。カーメラーで働いていた経験のおかげか、料理がさらにうまくなり、お店は瞬く間に大繁盛した。


 ニャイとニュイが小さい頃から一緒にいたからか、ケーナの事を姉として慕っていて、暇が出来たら彼女の手伝いをしていた。


 ニャイはウエイトレスで客から注文を受け取り、ニュイは厨房で配膳や皿洗いといった事をしていた。


 本当の姉妹かと思うほど阿吽の呼吸でこなしていたので、ケーナがこの家族と一緒に暮らしたい理由が分かった。



 僕とケーナは一緒の部屋に住んでいた。ニューエ婦人は二つ部屋を用意してくれたが断った。


 水が澄んでいるとはいえ、怨霊(やつら)がいつどこで潜んでいるか分からない以上、一人部屋にいる事はできないと思ったからだ。


 断った時にニューエ婦人は目を丸くして「大丈夫なの? だって……年頃でしょ?」と僕らの顔を交互に見ていた。


 ケーナはおしゃぶりを外して、「大丈夫です。私とカースは小さい頃から風呂に入ったり寝たりしてきた仲なので」と言ってまた付けた。


 だが、婦人は「それは子供だから許されるのであって、さすがに14歳の男の子と寝るのは……」と不安そうな顔をしていた。


 もしかして、僕がケーナに夜這いを仕掛けると考えているのだろうか。


「大丈夫です。僕は誰かと一緒にいないと寝れないタイプなので」


 僕がそう言うと、婦人はギョッとして「あぁ、そうだったね……そうね。うん、分かった」と僕らの家庭の事情を察してくれたのか、一緒の部屋にしてもらった。


 しかし、ケーナと一緒にお風呂に入ろうとした時は、さすがに止められてしまった。


 娘達に変な影響を与えたら困るし、村の人達に嫌な噂が広まったら困ると懇願されてしまったので、仕方なく別々に入る事になった。


 ケーナは僕の代わりに、ニャイが一緒に入浴するようになった。ニュイはその後から一人で入っていた。僕は実験的な意味で、一人入浴を試みた。


 すると、風呂に上がって身体を拭いても怨霊は全く出てこなかった。やはり、水の綺麗さが奴らを遠ざけるのだろうか。


 でも、マークシャー家の屋敷にいた時はそんなに水が汚れていると思った事はなかったはずだが。


 そういえば髪長の怨霊は滝壺に落ちても平気だったっけ。だとするならとっくに襲い掛かってきてもいいはず。でも、現れなかった。



 ランタンドン学園に入学するには、筆記試験と体力試験で半分以上の点数を取らないといけないらしい。


 僕は失った二年分を取り戻すかのように猛勉強し、鍛錬を重ねた。不思議な事に、自我が崩壊していたのが遠い昔に感じられた。まだ数ヶ月しか経っていないのに。


 それもこの村とケーナのおかげだろう。だから、失いたくない。これ以上、奴らの暴走を止めないと、また新たな犠牲者が生まれる。そのためには学園に入らないと。


 一時は入学して意味があるのかどうかと悩んでいて、それが行き過ぎて国王の暗殺までしようとしたけど。


 もしも神が僕に慈悲を与えてくれるのならもう一度チャンスがほしい。もう一度奴らに立ち向かう勇気をください。そのためには、僕も頑張らないと。



 そうこうしているうちに、試験の日。ランタンドン学園は世界中から志願者がやってくるため、一カ所で開催すると大勢の志願者が集まって大変な事になるらしいので試験は各地で行われるとのこと。


 その日も学園側から試験官らしき人達が何人かやってきて、志願者を招集させた。


 この村も学園に入りたい者はたくさんいて、村中の14歳くらいの年の子達が大勢集まっていた。


 筆記試験は魔物や魔法に関しての知識が問われ、体力試験は基礎的な剣術や体術、ランニングや柔軟といった体力測定みたいな内容だった。


 試験が終わると、すぐに採点が始まった。尋常ではない速さで作業をこなしている彼らに、村の人達を含め僕らはあっけに取られていた。


 一時間も経たないうちに、全志願者の採点が終わった。結果が書かれた紙が次から次へと志願者達の手に渡っていった。


 ある者は嬉し涙を流し、ある者は悲痛な叫びを上げていた。僕は恐る恐る見てみると、『合格』と書かれた赤文字が目に入った。


 僕はケーナを見た。言わなくても理解したのか、ケーナは走って僕に近づくや否や、ギュッと抱きしめた。


おめでとう(チュパチュパ)


 おしゃぶりでそうお礼を言いながら力強く抱擁した。


 

 その日の夜、ニューエ婦人はお祝いのパーティーを開いた。僕だけでなく、ニャイとニュイも受かっていた。


 ニャイは体力試験、ニュイは筆記試験でトップだったらしい。今日はケーナの得意なハンバーグも作ってくれて、僕は口一杯に頬張った。パーティーの最後にみんなで歌をうたった。



春になれば

心は晴れ晴れ

笑顔で宴を開く

信じている事を

咎める事なく

争いは無くなる



 クーナが酒場で歌っていた『春になれば』だった。僕はようやく春が来たような心地になって、思わず涙をこぼしてしまった。


 これにニャイは「感動しすぎでしょ〜!」と笑ってくれたおかげで、場が盛り下がらずにすんだ。


 その後、ケーナに優しく頭を撫でながら子守唄を歌ってくれた。歌はもちろん、あの歌だった。 

 

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