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第38話 怨霊になった姉と母

「カース……」


 いきなり僕を呼ぶ声がして、目を開けた。


「え?」


 思わず声が出てしまった。誰かが僕に(またが)っているのだ。まさかケーナが夜這いを仕掛けてきたのではないかと隣を見ると、彼女は背中を向けて寝息を立てていた。


 じゃあ、婦人か双子姉妹のどちらか――そんな妄想は窓から差し込む月光によって、打ち壊されてしまった。


 顔が半分無かったからだ。巨人の手でむしり取られたかのように欠けていて、一つしかない片目で僕をジッと見ていた。


 黒髪を見て直感的に奴だと思ったが、髪が短かった。それに瞳が赤ではなく、パッチリとした黒目だった。この顔立ちに見覚えがあった。まさか、まさか、そんな馬鹿な……。


「……コナ?」


 僕が恐る恐る聞くと、ゆらゆらしていた身体がピタッと止まり、瞳だけこっちの方を向いた。


「アタリぃいいいいいいいいい!!!!」


 彼女がそう叫ぶや否や、何かキラッとしたものが迫ってきた。僕は力強く振り払ってベッドから転げ落ちた。


 ドスッと音が聞こえ、起き上がって見てみると、枕にナイフが刺さっていた。それはあの時、クーナの墓の前で僕を殺そうとした時に手にしていた短刀だった。


 横目で見るコナは強烈で、脳らしきものがグチョグチョになっていて、それがまるで群がっている蛆虫(ウジムシ)に見えた。


 コナは急に「アアアアアア!!!!」と短刀を抜いては刺してを繰り返した。僕は両脚が震えて、その場から動けなかった。


 コナがこんなにも発狂しているのに、ケーナはまだ寝ていた。という事は、僕しか彼女が見えない、聞こえない――いや、考えたくもない。


 怨霊はアイツらだけで十分だ。そんな、そんな……僕の身内までならなくていいだろ。


 コナは枕がボロボロになるまで刺すと、首が九十度に曲がって、僕の方を見た。直角に曲がっているから折れているのは確実だが、コナは全然痛がる様子は見られなかった。


「お前のせいだ」


 コナははっきりとそう言った。


「お前のせいで、私は悪魔みたいな奴らに灼熱の炎に(あぶ)られながら拷問を受けているんだ。

 朝も昼も夜もない場所で……。

 お前が、お前がいなかったら、私はもっと楽しい人生を送っていた。

 なのに、私は死んで、お前が幸せになるなんて理不尽だ! 不公平だ!」


 コナはそう言うと、刃をこちらに向けた。


「一緒に地獄に落ちろぉおおおおお!!!」


 叫びながら飛びかかってきた瞬間、ようやく脚が動き出し、ドアまで一直線に向かった。


 背後から「グヘァ」という声が聞こえたから壁に激突したのだろう。


 僕はドアを壊す勢いで開け、急いで一階に向かった。


「待てよぉおおおおおおお!!!」


 背中からコナの雄叫びが聞こえてくる。捕まればメッタ刺しなのは間違いない。転げ落ちるように階段から降りると、また僕を呼ぶ声がした。


 逃げたいのに立ち止まってしまった。ゆっくり振り返ると、そこには母が立っていた。


 最後に裁判所で会った時として同じ姿をしていた。表情は穏やかで手を差し伸べてきた。


「カース、一緒に行きましょう」


 これがどういう意味か瞬時に理解した僕は「ごめんなさい! 僕はまだそっちには行きたくないんです!」と叫んだ。


 すると、急に女神のようなほほえみから一転、人形のような無表情に変わった。


「どうして……?」


 母がボソッと呟いた。


「お前のせいで私は死んだのに?

 お前のせいで私は死んだのに?

 お前のせいで、お前のせいで、お前のせいで、お前のせいで、お前のせいで……」


 故障したおもちゃみたいに何度も同じ事場を同じトーンで答えた。その姿は異様で、早くここを抜け出さないと殺される未来が頭にき浮かんだ。ダッシュで入り口まで駆ける。


「カ〜〜〜〜ス〜〜〜〜?」


 背後から僕を呼ぶ声が重なって聞こえてきた。二人とも追いかけてきているのだろう。ドアを蹴破る勢いで出るや否や、目の前に炎が迫ってきた。


「熱っ!」


 熱さを感じるという事は本物なのだろうか。しかし、建物に引火している訳でもなく、地面から燃え上がっているように見えた。


 まるでここから出させまいと立ちはだかるように燃える炎に、僕はたじろいでしまった。


 が、背後からコナと母が迫ってきてい

る四の五の言ってられない。やるしかないんだ。僕は覚悟を決めて、炎の中に飛び込んだ。しかし、罠だった。目の前に頭のない騎士が僕の腕を掴んだ。


「は、離せ……」


 僕は必死に引き剥がそうとするが、首なし騎士の力が強く、全く離れなかった。すると、首から芽が出た。ニョキニョキと成長して、(つぼみ)が出来た。パカッと開くと、カローナの頭が出てきた。


「カカカカカカスススススス」


 極寒に震えたかのように呂律の回っていない喋り方で僕の名前を呼んでいた。


「ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい!」


 僕はもう謝る事しかできなかった。全て僕のせいで、みんな死んでしまったから。カローナはガクッと頭を下げたかと思えば、勢い良く顔を上げた。


 顔がグチャグチャに潰れていて、原型を留めていなかった。


「あちゃべんりゃ、いもりゅこぉ」


 理解不能な言葉をブツブツ言いながら両手を僕の首にかけた。


「ごめん――あがっ、ぐっ!」


 なんて馬鹿力なのだろう。髪長の怨霊とは比べ物にならないほどのパワーで、お漏らししてしまった。


「あっ、ガッ、ゴ……」


 ヨダレをだらしなく垂らしながら何か策はないかと思ったが、身体中が痺れたように動けなかった。


「カース」


 また僕を呼ぶ声が聞こえた。僅かな視界の中に、キャーラが立っていた。学園長室で会った時よりもやせ細っていて、ムンクが描いた『叫び』という絵を思い出した。


「死んで」


 闇のように真っ黒な眼で僕を睨むと、カローナの握力が増した。グギャッと鈍い音と共に、僕の意識は途絶え……。


「そこで何をしているのだね?」

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