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第36話 最後の挨拶

 そうこうしているうちに、学園長室まで来た。ジャーメラがドアをノックすると、またしゃがれた声が聞こえてきた。あれがこの校舎の声なのだろうか。彼女は先程と同じ回答をすると、自動的に開けてくれた。


「カース!」


 開くやいなや、いきなり誰かに抱きしめられてしまった。ほのかにピクニックの時に嗅いだ花の香りが鼻孔をくすぐった。


「カース……あぁ、良かった。生きててよかった……」


 しばらくは抱擁されたが、ジャーメラが「学園長、苦しんでいますよ」と言った事で離してくれた。久しぶりにキャーラの顔を見た。が、二年前に比べて目元の隈が目立っていた。


 顔もどこか痩せていて、ダイエットというよりは病気に罹っている時に近いような印象を受けた。


 僕は何も言わずにジッと眺めていたが、キャーラは心の中を見透かしたように、「あぁ、驚いた? 学園長って結構忙しいから、なかなか寝れない日が続いて……」と笑みを浮かべた。


 無理やり作ったような笑顔に見えた。キャーラはヨシと言って立ち上がると、ジャーメラがいる方を向いて「アレを持ってきて」と命じた。


 ジャーメラはハイと言って学園長室から出ると、キャーラが大きな木の机に向かった。キャーラが座った時、頭と同じくらいの高さの本の塔が机の上に何個もあったのが真っ先に目が入った。


 部屋全体をよく見てみると、どこもかしこも本だらけで、なぜこんなにあるのか気になった。


「この本には全生徒と教員の成績が記されているの」


 キャーラは本をペラッとめくりながら言った。


「そこをじっくり見て、生徒だったら留年か退学か、教員だったらクビにするかどうかを決めるの。

 逆に良かったら昇級したり、給料を上げたりするから、いい加減にはできないのよ」


 キャーラは少し愚痴るような言い方で話した後、羽根ペンを持って何か書いていた。この学園の全生徒と教員数は分からないが、学園の規模から察するに相当の人数である事は間違いない。


 何か手助けをしたかったが、知識のない人間がやっても足手まといになるだけなので、黙って見守る事にした。


 その時、ドアをノックする音が聞こえ、例のごとく校舎の声との問答があった後、ジャーメラが入ってきた。


 手にフラスコみたいな容器を持っていて、中には黄緑色の液体が入っていた。


「はい、これ」


 ジャーメラが僕の前に差し出してきた。なぜ僕にプレゼントするのか理解できず首を傾げていると、キャーラが「それは飲むと歯が元通りになるポーションよ。彼女はポーションを専攻にしている先生なの」と言った。やっぱり教員だったのか。


 僕はジャーメラを見ると、彼女は「そういえば、言ってなかったですね。すみません」と舌を出して軽い口調で謝った。


 ポーションを研究している先生なら大丈夫……なのだろうか? 試しに臭いを嗅いで見ると、無臭だったが一気に飲んでみた。味は少し苦かった。ちょっと舌で味を確かめていた時、突然歯茎がズキズキ痛み出した。


「ウググググ……」


 顎がハンマーで叩かれているかのような痛みが襲ってきて、膝から崩れ落ちて悶絶した。


「カース!」

「チュパッ!」


 ケーナとキャーラが僕に駆け寄ってきた。


「あなた、これ失敗じゃないの?!」


 キャーラがキッとジャーメラを睨んだ。


 彼女は「いや、そんなはずは……」と真っ青な顔をしていた。しばらくジタバタしていたが、痛みが段々ひいてきた。少し口の中を動かすと、カチカチという音が聞こえてきた。


「あっ! 歯が綺麗になっている!」


 キャーラが僕の顔を見て言った。ケーナもどれどれと覗き込むように見ていた。


「どうぞ。確認してみてください」


 ジャーメラに手鏡を渡されたので、口を開けて見てみると、二年前みたいに真っ白で健康そうな歯がびっしり並んでいた。


「これで人に会っても大丈夫ね」


 キャーラはそう言うと、机に戻って何かを持ってきた。星の形をしたハンカチだった。


「それを持って行きたい場所に頭を浮かべながら呪文を唱えると、瞬間移動して行けるの。

 この学園には寮もあるけど、カースにはそこで住みながら通った方が良いと思うから……」


 すると、突然キャーラが喋らなくなってしまた。僕達に背を向けたかと思えば、「こ、これから教員達と会議をしないといけないから早くそれを使って帰って」と冷たく返していた。でも、その声は震えていた。


「キャーラ姉さん」


 僕は言わずにはいられなかった。


「姉さんこそ無理しないで。元気な姿でまた会おうね」


 一瞬キャーラの肩が飛び上がったが、何も返事しなかった。僕はジャーメラにお礼を言ってから、ハンカチを握ってケーナのお店を思い浮かんだ。


「ポーラ」


 僕がそう唱えるとすぐに、自分の足元が光りだした。ケーナも僕の肩を掴んでいた。僕は最後にキャーラに何か言おうとしたが、その前に視界が真っ白になってしまった。


 目を開けると、ケーナの元酒場に戻っていた。どうやらこのハンカチは本物らしい。僕はこのハンカチを絶対に無くしてはならないと、腕に巻きつけて肌見放さず持ち歩く事にした。


 帰宅後はすぐさま馬車を呼んで、ケーナの知り合いの牧場へと向かった。手荷物は既に送っておいたらしい。僕はキャーラから貰ったハンカチを見ながら新しい土地での生活に思いを馳せた。

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