第34話 行きたい
ケーナに介護さながらの入浴を終えると、いつの間にか汚い衣服は綺麗に無くなり、清潔な衣服に変わっていた。
下着も花畑にいるかのような香りが漂っていた。僕は自分でやろうとしたが、片足立ちができなくなり、ヨロヨロとバランスを崩してしまった。
結局、ケーナにパンツを持って貰って、その上から脚を入れるという事になった。ズボンも同様にしてもらった。上は二本足でやるので、自力で出来た。これをケーナは頭を撫でて褒めてくれた。
※
浴室から出ると、ケーナに椅子に座って待っててと言われた。僕はさっきしてもらった時を思い出しながらゆっくり腰を降ろした。
ケーナは僕が無事に座っているのを確認してから、姿を消した。確か奥に厨房があったから、きっと料理を作るのだろう。
かなり掛かるかなと思っていたが、予想の十倍ぐらい早く持ってきた。
「胃がビックリするといけないから、しばらくはこれを食べて」
目の前に出されたのは、木のスープ皿に入った液体だった。小さな粒が何匹も浮かんでいた。僕はそれが害虫の赤ちゃんのように見えて、反射的に手でそれらをすくい取った。
ボタボタとこぼれ落ちる前に、ジュルルルと口に入れてみるが、変な感触がした。随分柔らかいのだ。幼虫よりも弾力はなく、食べている実感が湧かないほど無味に近かった。
僕が変な顔をしているのが分かったのか、ケーナは「麦粥よ」と教えてくれた。
麦粥? 麦のお粥?
だから、こんなにサラサラしているのか。味は壊滅的だが、ほんのり温かいのは久しぶりだった。また手ですくい取ろうとした時、ケーナは慌てて「これを使って」とスプーンを渡していた。
あぁ、そういえばそんな道具を使っていたっけ。僕は思い出せる限りでやってみた。スプーンを短刀みたいに握り、皿の縁まで口を近づけて、浮かんでいる麦をスプーンを使って誘き寄せて、口の中に放り込む。
うん、やりずらい。懸命にスプーンを使っていると、ケーナがクスッと笑った。
「違う! 違う! 私のを見てて」
そう言われたので、ケーナの方を見た。指2、3本でスプーンを持ち、それだけでスッとすくい取った。こぼさないように慎重に運び、少しだけ口を開けて中に入れた。
「……どう?」
美味しそうな顔で僕を見ていた。僕も見様見真似でやった。少しシャツが汚れたが、どうにかスプーンだけで口まで運べるようになった。ケーナは大偉業を成し遂げたかのように褒めてくれた。
※
スプーンの使い方がうまくなってきた所で、ケーナがこの二年間で起きた事を話してくれた。
まず、キャーラがランタンドン学園の学園長に就任したこと。歴代の中では最年少らしい。最年少で就任と聞くと、カローナを思い出してしまい、今まで食べてきたものを吐き出しそうになったが、どうにか堪えた。
あとはこの町の事についてだった。城が立った事により、カーメラーが完全に王都になったこと。領主だったマール卿は大臣に昇格したこと。
ちなみに元々王都だった所は、壁をグルリと囲うように建てて、王都の騎士団が厳重に管理しているらしい。
大臣曰く『王都に継ぐ第二の都市を作るから』だそうだ。旧王都の復興なんて、僕にはどうでも良かったが、ケーナのお店に関しては耳を傾けざるを得なかった。
この店は閉店してしまったらしい。原因は飲食店が大量に建てられた事により、客がドンドンそちらの方に持って行かれてしまったこと。
後は、環境が悪くなった事により、上質な乳製品や食材が手に入らなくなって、美味しい料理が作れなくなったらしい。
だから、こんなに味が薄いのか? いや、濃い味付けだと僕の胃が受け付けられないからワザとそうしているのか?
そんな事が頭の中でグルグル回っていたが、ケーナが「引っ越す事にしたの」と言われた瞬間、ピタッと止まった。ケーナはジッと僕を見ながら話を続けた。
「実は乳製品を仕入れていた牧場のご婦人から手紙が来たの。
私と同様に劣悪な環境に耐えられなくなった婦人のご家族が夜逃げして、別の地で新しく建てたから、よかったらあなたも一緒にどうって事が書かれていた。
弟も一緒であれば住み込みで働かせていただきます――って、返事を書いたら『ぜひ』と快諾してくれたわ。
キャーラもこの話に賛同してくれたけど、学園の事もあるから王都に留まるって……。
どうかな?」
当然の展開に戸惑うばかりだった。
王都を出て、新しい地に引っ越す?
それは嬉しい事だが、そのご家族に迷惑は掛からないだろうか。ケーナは顔見知りだから大丈夫なかもしれないが、二年も牢獄に入れられた僕を受け入れてくれるのか不安だ。
それに怨霊の事もある。また伝染病みたいに次から次へと死んでいく様を見るのは御免だ。
ケーナは僕の心情を察したのか、「大丈夫よ。彼らは良い人達だからすぐに仲良くなれる。
それに引っ越す先は、昔のカーメラーに似ていて、とてものどかで空気も水も綺麗で美味しくて、きっと気に入ると思う」と微笑んだ。
(昔のカーメラー……)
欲深くなく自然と調和して生きていたあの町。酒場で飲ん兵衛達と大合唱したあの町。カローナが大好きだと言っていたあの町。水も綺麗という事は、怨霊も来れなくなるかな。だったら……。
「……行きたい」
僕がボソッとそう言うと、ケーナは嬉しそうな顔をした。
「そう言ってくれると思った! でも、その前にキャーラの所に行かないと、姉さんも心配していると思うし……」
確かにそれもそうだ。キャーラの学園長姿も見てみたし。僕は承諾すると、ケーナは喜んだ。




