第33話 人に戻る
牢獄から出ると、入り口手前でケーナが出迎えてくれた。二年経ってもおしゃぶりをしている姿は変わらなかった。
ケーナは何も言わずに抱きしめてくれた。こんな排泄物同然の姿になった僕を何の躊躇もなく抱擁してくれる彼女に、僕の心の奥底が動いた。けど、まともな表情ができなくなっていた。
「あ、あ、あぁ……」
僕は久しぶりの太陽の光が眩しすぎて、その場で倒れ込んでしまった。
「だ、大丈夫?!」
ケーナは僕を受け止めると、手を引いて起こしてくれた。
「あぁ……」
僕はどう返したらいいのか分からず、音だけ出すと、ケーナは「家に帰ろう」と言って僕の手を繋いでくれた。
まともに歩いていないから、ペンギンみたいにチョコチョコとしか動けなかった。脚の筋肉も弱っているらしく、何百回も転びそうになった。その度にケーナは臭い僕を受け止めてくれた。本当は嫌なはずなのに。
僕は独りで歩ける姿を見せたかったが、自分が思っている以上に衰弱していて、結局ほぼ支えられながら町に向かう事になった。
※
町は相変わらず腐乱臭が酷いが、いつの間にか城が経っていた。ゴミ捨て場に経つ城は非常に滑稽だった。
いや、町が生ゴミが大量に棄てられているような悪臭が漂っているから、『ゴミ捨て場』なんて喩えが出てきたのかもしれない。
それにしてもあの城の無駄にでかいこと。窓も多いし、清掃が大変そうだ。町の人達は僕を見るなり怯えたように逃げて行った。
「ねぇ、あれは人なの?」
幼い子供が僕の方を指差して、親に聞いていた。
親は「やめなさい! 呪われるわよ!」と抱きかかえて走って行った。呪われる――あぁ、懐かしい言葉だ。そういえば、誰かに言われたな。
えっと、ムーナ?
いや、それは爵位が剥奪される前のクーナの名前だ。適当に連呼すればいけるかな。バーナ、ボーナ、シーナ、メーナ、ポナ、プナ、スナ、アナ……。そうだ。コナだ。あぁ、王都で大暴れしたコナだ。アイツは僕を嫌っていた。僕を呪われた子だと言っていた。
あぁ、その通りだよ! 僕は呪われているんだ! 僕には何百という怨霊が取り憑いているんだぞ!
「ハハハハハハハハハ!!!」
僕は何だか可笑しくなって、ここ二年で一番の笑い声を上げた。町の人達が僕を見るや、何やらヒソヒソと話していたが、その姿見ているだけでも笑いのツボが刺激された。
「ヒャヒャヒャヒャ!! ヒヒヒヒ……」
立っていられないほど笑い続け、少し疲れて来たなと思えば、ケーナが心配そうな顔をしているのを見たら、また笑いが再燃した。
何分――いや、実際はたった数十秒かもしれない――くらい笑った後は、何だか悲しい気持ちになった。
地面にへばり付き、石畳に何度も接吻した後は、声を張り上げて懺悔した。
「あぁ、神様! 僕は呪いの子なんです!
どうか磔にしてください!
お願いします。お願いします……」
気づけば、野次馬が出来ていた。僕を奇怪な眼で見る者も、憐れむ者も、蔑む者もいた。僕は笑ったり泣いたりを繰り返した。あぁ、太陽の光が眩しい。ケーナは僕を力強く引っ張って、連れて行った。野次馬は道を通してくれた。当然だ。僕の身体から糞尿の香水が付けられているのだから。
久しぶりに見たケーナのお店に入り、空っぽの店内を通り過ぎて、僕は浴室に連れて行かされた。
ケーナはおしゃぶりを外すと、それをポケットにしまった。
「じゃあ、服を脱がすね」
そう言って、赤子のように身体を脱がし始めた。汚れた衣服はソッと丁寧に置いていた。僕の傷だらけの上半身が露わになった時、ケーナの顔が曇った。
「大丈夫。治癒魔法でどうにかなるから……」
今にも泣き出しそうな顔をしていたが、一滴もこぼさずにズボンを脱がしていた。スッポンポンになった後は、予め水を溜めていた浴槽を沸かしつつハサミでボサボサの髪の毛を切った。
髪の毛が落ちるの見ていると、あの長髪の怨霊が脳裏を過ぎり、ヒラヒラ舞う自分の頭髪を猫みたいに威嚇した。
ケーナは気にする様子もなく、僅かに生えてきた髭を剃ると言った。が、彼女がナイフを見せた途端、僕はおかっぱ怨霊が自分の身体を鋭利な遊び道具にしていた事を思い出し、膝から崩れ落ちそうになった。
「あ、あぁ、あわわわわ……」
言葉にも満たない奇声を上げてナイフから逃げようとした。
ケーナは原因を察したのか、「髭があるのも悪くないよ」と笑って、今度は歯を磨かせようとした。
「ほら、口を開けて」
僕は言われた通りに開けた。すると、ケーナが少しだけ顔を背けた。それもそうだ。この二年間、まともに歯を磨いていないのだから。
全ての歯が無惨な姿になり、害虫で汚染された口臭はきっと大便よりも酷いと思う。
しかし、ケーナは「大丈夫。キャーラに頼んで元に戻してもらうから」と笑って、とりあえず植物を食べさせられた。
味はミントに似ていた。飲み込んでも平気らしく、歯茎ですり潰した後、ゴクンと飲んだ。僕は久しぶりに植物を食べたからか、無性に涙が出てきた。
ケーナは優しく頭を撫でてくれた。ある程度収まったら、全身を洗い始めた。椅子に座らされた。けど、ここ二年硬い地面に座ってきた僕はその使い方を忘れてしまい、新しい食べ物だと思って齧っていた。
ケーナはクスクス笑って、「こうやるんだよ」と丁寧に教えてくれた。彼女のした通りに腰を降ろした後、ケーナは石鹸の植物を擦り潰して泡立たせ、その泡で足を洗い始めた。
何だかくすぐったくなって、ヒャヒャヒャと笑ってしまった。
「くすぐったい? 大丈夫。綺麗にするためだから、我慢してね」
ケーナも笑みを浮かべて僕の足の指の間まで丁寧に洗ってくれた。
次に太腿、股、腰、背中、腹、腕、手――と洗い続け、一旦お湯で全ての泡を落とした。
髪をアワアワにさせて落としたら、お風呂に浸かった。最初は信じられないほど熱くて飛び上がってしまったが、掛け湯から身体を慣らしていって、足からゆっくり使って、最後は全身まで浸かれるようになった。
お風呂って、こんなに暖かくて心地良いものだったんだ。
「ふぅ……」
僕が極楽といった顔をすると、ケーナはなぜか涙目になっていた。




