閑話 王宮 その1
ポーションの販売自由化を求め、ラインハルトはエリスが書いた手紙をコーネリア・カトローズ、つまりエリスの母親に渡すべく王都に戻ってきていた。
「コーネリア様、お忙しいなか申し訳ありません。エリス様からの手紙をお届けに参りました」
ラインハルトはカトローズ家の館に戻るやいなや、直ぐ様にコーネリアが執務を行っている書斎に向かう。
コーネリアは侯爵夫人として様々な案件の書類に目を通していたのだが、その手を止めてラインハルトから手紙を受けとる。
そして手紙の中に目を通し、ラインハルトに顔を向き直す。
「……エリスは元気にしていますか?」
「はい、エリス様はオルタスの町に馴染むために頑張られております。そしてポーション作りを始められたのですが色々と問題があり、コーネリア様のお力添えを頂きたくお願いに参ったのです……」
「そのようですね…………確かにポーションの販売に関してはギルド、そして一部の貴族が利権を握ってます。だからこそ他の貴族がポーション作りに関わろうとしないのですよ?」
それはつまり他の貴族が口を挟めないほど、高い地位にいる貴族が関わっているということである。
この問題に切り込んだなら少なからずの歪みを産み、敵を作ることに成りかねないのだ。
「……分かっております。ですがエリスの為にも、どうかご尽力頂けませんでしょうか?」
ラインハルトの願いにコーネリアは目を瞑り考え込む。
そして導きだしたその答えは、ラインハルトが思いがけないものでもあった。
「……それでは国王様にお会いし、陳情することにしましょう。但し貴方も一緒についてくること。これが条件です」
「私が付いていくなど…………いえ、分かりました。お供させて頂きます」
共に王宮へ向かうことになるとは思っていなかったラインハルトは焦りの色を見せるも、コーネリアの意図を汲み取り納得する。
「良かったわ……それではこれから直ぐに向かいますよ」
「い、今からなのですか?」
「ええ、元よりこれから王宮に出向く予定になっていたのです。貴方も直ぐに仕度をしてください」
「畏まりました」
こうしてラインハルトはコーネリアに御供し、王宮へ向かうことになった。
そして謁見の手続きを終えて二人は国王に拝謁し、ポーション販売の自由化を求める陳情を行う。
「……というわけでありまして国王様にはどうか、ご一考して頂きたく思っております」
ラインハルトが国王様に許しを得てコーネリアに変わり説明を行う。
その説明に真っ先に反応したのは国王様ではなく、共に説明を聞いていた臣下の男であった。
「貴様、何を言っているのか分かっているのか? この国のギルド制度を支える財源を破棄しろと言っておるのだぞ。貴様にその責任が取れると言うのか!」
臣下の者はポーションの販売益が冒険者ギルドの運営の一助となっているのは事実であり、財源を失うことは混乱をもたらすと言っているのだ。
だが本音を口にすることはないが、特定の貴族への配慮という意味合いの方が大きい。
貴族の名家ともなると様々な場所に人材を輩出しているのだが、それは当然に王宮内部にでもあり他の貴族家にもだ。
もしもポーション販売の自由化が認められることがあろうものなら、他の貴族も含め反発は必至である。
「ポーションの販売益がギルド運営の助けになっているということは分かっております。ですがそれが本当に冒険者たちの利益に繋がっていますでしょうか?」
「一体何が言いたいのだ? ギルドが品質の高いポーションを冒険者に届けることが間違っていると言うのか?」
冒険者の利益など十分に考えていない臣下は頭を捻る。
「いえ、そうではありません。確かにギルドが品質を保証したポーションを販売することは良いことです。しかしそれがポーション作製へ参入することへの高い壁ともなり、十分な量のポーションが冒険者に行き渡っていないことも事実であります」
利益を吸い上げられポーションの作製者に残るのは、僅かなお金だけだ。
魔力を多く持つのはほとんどが貴族であり、その僅かばかりのお金を求めポーション作製の事業に乗りだそうとするはずがない。
「それはギルドの問題ではなかろう。魔力は貴重であり有限であるのだ。数が限られるのは仕方がなかろう」
一般の人が勝手に作ることが出来ないからこそ貴族が独占しやすい。
特定の人しか作れず作製量が必然的に絞られるからこそ、ギルドで買うしかなくなっているのである。
けれども下級貴族や貴族崩れの者たちにとっては利益が出るのであれば作製を担っても良いと考える者も多いはずで、魔力が貴重だからではなくしがらみの多さが邪魔をしているのだ。
「有限であると仰られるのであれば、尚更ポーション作製を促す策が必要ではありませんか? そしてポーションが行き渡ることは、冒険者の生存率にも大きく関わります。冒険者の活躍があってこそのギルドですから、その方が確実にギルドの為になるはずです」
ラインハルトは説得を続けるも臣下の者たちは納得せず、とにかく既存の体制を維持すべきだと言うのだ。
しかし、話を伺っていた国王が遂に口を開き、臣下たちは慌てることになる。
「──やってみるがよい」
国王様は否定することなく、ラインハルトの提案を了承したのだ。
「お、お待ち下さい国王様! そんなことをすれば、多大な混乱が起こることになります!」
「ならば、一つの町で試験運用してみれば良い。どのような運用をすべきかは、既にそちらの者が考えているのであろう?」
国王様はラインハルトに声を掛ける。
「もちろんでございます、国王様。後程に提案をまとめ提出致します」
「うむ。上手くいけば良し、駄目ならば元に戻せば良いだけだ。これでもまだ問題があるのかね?」
国王は臣下に視線を送る。
「い、いえ……畏まりました。それでは準備を──」
「その必要はない──」
国王は王座から立ち上がる。
「グランリッヒの名において命じる。オルタスの町はこれより、ポーションの売買を自由に行って良いものとする」
国王の宣言に臣下たちは跪き、右手を心臓にあてて敬意を示す。
これで貴族が介入し先延ばしすることも、形骸化した試験運用もすることは出来なくなった。
ラインハルトは王命を補足すべき事項をまとめ臣下に渡す。
しかし退室した後に部屋に響くのは……。
「…………チッ、調子に乗るなよ」
こうして恨みをかったことが後の事件に繋がることを、ラインハルトはまだ知らないのであった。




