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過労死しそうな勢い。圧倒的睡眠不足。
『やあ、私、メガネ。よろしくね!』
察してください……orz
寮母高飛び事件のショックで、私はその日もまた休んでしまったが、翌日からは登校できるようになった。
いくら何でも筋肉痛で1週間近く休んでしまったのは、我ながら情けない。
少し鍛えなくては! とは思ったものの、マリンに鍛えてもらうと1か月は寝込む自信がある。
小さなことからコツコツと。 少しずつ鍛えていけばいいのだ。
そんなわけで私は、徒歩通学をする事にした。
梅ちゃんは昨夜から別の部屋に移っているので、一人での登校です。
ちょっと早起きして、途中休憩用の飲み物等もエイミーに用意してもらい、それらの荷物は全て新しく派遣されて来た護衛(以前の護衛はマリンの家に訓練に出された)に持ってもらい、寮を出発した。
「アンジェラ嬢、貴女は学習能力が無いのか」
「あ、メガネ」
寮の門を出たところで、生徒会長に声を掛けられた。
彼の名前は、リチャード・クリス・ヴィリアーズ。 ヴィリアーズ伯爵家の三男坊。
濃いグレーの髪に、同じくグレーの瞳、そして何と言ってもその一番の特徴は、理知的なメガネ。
攻略対象の一人にして、実は私の一番お気に入りのキャラでもあった。
「先日の一件で、徒歩通学の生徒に関しては護衛を付けて集団登校となったんだ。 集合時間は2時間後。 勝手に登校する生徒が居ては困るから、交代で見回りをしていたんだが、まさか当事者の貴女がねぇ」
外見は申し分ない彼だが、ゲームファンの間では「姑」と呼ばれていた。
とにかく神経質で独占欲が強く、ねちっこくてうるさい。
「で? 騒動の原因である貴女が、護衛を付けているとは言え、なぜ単独で登校しようと? 何か理由があると言うのであれば聞かせてもらいましょうか。 僕も睡眠時間を削って見回りをしてるんだ」
ねちねちぐちぐちとお小言を言っているリチャードに振り返り、満面の笑みで制服のスカートの裾を摘まんで挨拶する。
「ごきげんよう、すてきな朝ですわね。 今日も爽やかな朝日を浴びて、光り輝いていますわね。 ずっと前から憧れておりました。本日は朝からお会いできて、とても嬉しいです。 あぁ、なんて知性に溢れているのかしら」
「え? あ、いや、あの……君にそんな風に思われていたなんて、その・・・・・・意外だけど、嬉しいよ。 ただ、一部の生徒からメガネと呼ばれているのは知っているけれど、できればリチャード、と、呼んでくれないかな。 そして、僕も、君の事、アンジェラ、って呼んでもいいかな」
頬を染め、頭を掻きながら、リチャードが何か言っている。
そう、「姑」の他に「チョロメガネ」という呼び名もあったはずだ。
「あら、生徒会長。 ごめんなさい、いらっしゃったのに気付きませんでしたわ。 ごきげんよう。 私はメガネに挨拶をしていたのですが。 ところで今、伯爵家のご子息である貴方が、公爵家の娘である私を、名前で呼び捨てにしたいとおっしゃいましたか? 我が公爵家を侮っているのですか? 理由をお伺いしてもよろしくて?」
「え? メガネに、挨拶? メガネ?」
「そうですわ。 理知的で思慮深く、スマートで輝いている、メガネですわ」
「えぇっと・・・・・・君は、僕では無く、メガネに憧れていた、と?」
「当り前じゃないですか。 なんで私が付属物に憧れなきゃならないんですか?」
「付属物、って……僕が? 僕がメガネの付属物だと?」
頬を染めるどころでは無く、怒りで顔を真っ赤にしたリチャードに畳みかけるように言って聞かせる。
「生徒会長、貴方、いつも学年主席ですわね」
それも次回の試験までだ。
次回はいきなり梅ちゃんが全教科満点でトップに躍り出るからだ。
「あぁ。 僕は努力は怠らない。 誰よりも勉強しているんだ。 寮に帰ってからも、食事と入浴の時間以外は全て勉強に充てている」
得意げに言っているが、だから女性に免疫が無い。
それだけ勉強していて、異世界から来た梅ちゃんに抜かれるのだから、哀れだ。
「あら? それは本当に貴方の努力の結果なのかしら? 例えば、貴方、メガネが無かったらどうかしら?」
「う……それは……勉強もできないし、答案用紙に答えを記入するのにも困るだろうな」
「そうでしょう? 貴方、メガネが無かったら、人の顔さえも判別できないわよね? 人付き合いもできないって事よね。 運動はどう? メガネ無しでは歩くこともままならないのでは?」
「ひ……否定は、できない」
畳みかけるように、メガネが無ければ何もできない自分、というのを刷り込んでいく。
そして、主従を逆転させる。
「貴方、メガネが無いと何もできないのね。 メガネに感謝しないとね。 メガネのおかげで、今の貴方がいるのね」
「うん、そう……かな、そうだね。 アンジェラ嬢は、だから僕のメガネが好きなんだね。 もし、僕じゃなくて、メガネが貴女の名前を呼び捨てにしたいと言ったら、貴女はOKするのかな?」
「もちろんよ、メガネにならば、アンジェラではなく、是非、アンジーと呼んで頂きたいわ」
最初はからかうだけのつもりだったんです。
壊すつもりは無かったんです。
悪条件が重なりすぎました。
勉強ばかりで、高圧的にしか人に接した事の無かったリチャード。 友達もいなかったリチャード。 初めて異性に告白されたと有頂天になっていたリチャード。 怒りで理性を失っていたリチャード。
そして、毎日睡眠不足で、疲れ果てていたリチャード。
『やあ、アンジー! 俺はメガネだよ! 俺と友達になってよ!』
リチャードが突然、甲高い声で腹話術を始めました。
あっけにとられながらも、なんとなく話を合わせて頷くしかできません。
『こいつ、リチャードっていって、俺の友達なんだ。 ダメなやつなんだけど、アンジーも友達になってやってくれよ!』
「え、ええ。 よろしくね、リチャード」
リチャードは満面の笑みで、黙って何度も頷いていた。
「じゃあ、私、そろそろ行くわね。 護衛が居るから、集団登校は勘弁して欲しいのだけれど。 皆さんの速度に追いつけるとも思えないので」
『そりゃ許可できねえな。 俺が付いてってやるよ!』
リチャードはにこにこしながら、メガネを外して私の手に持たせた。
「でも、メガネが居ないとリチャードが困るでしょう?」
『大丈夫だ。 こいつ、ひとりじゃなんもできねえけど、スペアっていう俺の弟分がいるからな!』
リチャードはポケットからスペアのメガネを取り出してかけた。
『はじめまして、アンジー。 僕はスペアです。 これからもよろしくね』
曖昧に微笑み、頭を下げてから寮の門を出た。
なんとなく、手に持ったメガネに話し掛けてみたが、返事は無かった。




