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 ◆・◆・◆


「意外とあっさりいってしまった」

 壮大なプロポーズの後、なんだか真面目な顔でカルーがつぶやいた。

「フィーよ、切なる俺の十年間は何だったというんだ?」

 見当違いの無駄な努力だったということよ。

 ――とはさすがに言えなかったが、あの気位の高そうな王女に、まさかのロマンチック責め作戦が成功するとは思っていなかったので……わたしはやや落ち込み気味の皇子に苦笑いを返した。

「良かったじゃない。ローザリア姫を落とすのが長年の夢だったんでしょう?」

「う、うむ。それはそうなんだが……」

 彼は戸惑いがちにわたしとは逆の方向に視線を向けた。そこには、ソイルさんが静かに座っていた。

「宰相殿の見立てはその、なんだ」彼は納得いかないという顔で言った。「まるで神の使いのように素晴らしかった。さすがあの二人の教育係をしていただけはあるな」

「お褒めに預かり光栄です、皇子」

 ソイルさんは苦笑をもらしながら、彼を見ていた。

「姫への贈り物を、最初に選んだ“紫色の妙なターバン”にしなくて良かったでしょう?」

「俺は結構、良いと思ったんだが……」

 微妙な顔の皇子だった。どうやら壊滅的にセンスがなかったらしい彼を、ソイルさんが全力で止めてくれたようだ。

 いまだ納得いかなそうな顔で、カルーはソイルさんに小切手を手渡した。ゼロがいくつも並んだ金額をみるに、ローザリア姫に贈った髪飾りの代金のようだ。けっこう高価な装飾品だった髪飾りだが、その代金をぽんと出せるとは、カルーはさすがサングレイスの皇子だった。

「姫殿下と皇子の縁談がようやくまとまりそうで、私はほっとしましたよ」

 ようやく陛下に顔向けできます、と言うソイルさんは、久しぶりに見るせいか少しやつれた印象だった。アレク達が元気すぎるのかもしれないけど、この王宮の人たちって何故みんな疲れた顔をしてるのかしら? きっとわたしには分からない苦労が多いのだろう……。

 カルーは椅子にあぐらをかきながら、面倒くさそうに腕組みをした。

「して宰相殿、可能なら祖国に書簡を送りたいのだが」

「さようですか。すぐに手配いたします」

「ああ、頼む」

 わたしはそんな二人のやり取りを、すぐ傍でじっと見つめていた。

「ソイルさんもカルーも、どうして微妙な顔なの?」

 縁談がまとまったというなら、もう少し喜べばいいのに。そんなわたしの疑問にまず答えたのは、カルー皇子だった。

「心配なんだ」

「なにが?」

 わたしは首をかしげた。

「もしかして俺は、婚約中もあんなふうに甘ったるい対応を求められるんじゃなかろうか?」

「はあ」

「毎回あんな恋愛本を読み込むのは少し……いや、かなり無理かもしれない。しかしそれではローズに嫌われてしまう」

 あっそう。

「言葉づかいを慇懃無礼にしろって言われるよりはマシよ」

 だいたいそんな理由で、ローザリア姫が婚約破棄するわけがないじゃない。これって惚気のたぐいなの?

「フィー、おまえというやつは……慇懃に間違いはないが、無礼は余計だぞ無礼は」

「はいはい」

 わたしはうんざりしながら、ソイルさんへと向き直った。じっと視線を感じた彼は、おもむろにわたしを見返した。

「私ですか?」

 わたしはうなずきを返した。

「王族の縁談って、もっと明るい話だと思いましたけど……違うのですか?」

「ああ、私は」

 ソイルさんは考え込むように口もとに手をあてた。

「レオディス殿下の容態が気になりまして……。いまの王宮内の事情では、ローザリア殿下が正式に御婚約したと、公することは難しいのです」

「いまの王宮内の事情……?」

 首をかしげたわたしに、ソイルさんは一言「レオディス殿下ですよ」と言った。ああ、なるほどね。

「レオディス殿下、王位第一継承者ですもんね」

 どうやら正解だったらしく、ソイルさんは頷いた。

「いまの病状では彼が式典に出ることは難しいでしょう。だがここで不在となっては、色々と勘繰られることになるでしょうね」

 余計な心配事が増える、と言いたそうにソイルさんは言った。その気持ちは、なんとなくわかる。

 レオディス王子が呪いに掛けられているという事実は、いまは公には伏せられている。

 世間的には、第二王子は“病み上がりの療養中”ということになっているので、婚儀の席を欠く理由はみつからない。まだ決定したわけではないが、将来は彼がリスタシアの顔になっていくのだから、サングレイスへの心象的にも次期国王の出席というのは重要なことだ。なのにアレイスト王子が出席してレオディス王子が欠席というのでは、結構おかしな話になってしまう。

「国同士のことって面倒なんですね、ソイルさん」

「建て前というのは、とても大切なのですよ」

 ソイルさんは微笑んだ。

「リスタシアは建国から四百年も経ちませんから、国としての歴史は短いほうです。戦ごとならともかく、こういう場合はどうしても相手を立てざるを得ません」

「それは非常に困るな」

 うんうんとうなずくアレク。

「ちょ、ちょっと、あなたどこから出てきたの」

 どこからか突然現れたアレクに、わたしは若干引き笑いを向けた。今朝のやり取りの後ずっと別れたままだった彼だが、相変わらずの神出鬼没ぶりだ。アレクはうろんな顔でソイルさんを振りかえった。

「レオディスが臥せっているから、婚約発表ができないだと?」

「そうですよ、殿下」

 彼の唐突な出現に、驚いた様子もみせずにソイルさんは返した。

「こればかりは諦めてくださいね」

「許さん」

「はあ」

 眉をひそめた王子は、拳をにぎった。

「ならば今すぐ小躍りしたいぐらいの僕はどうすればいい? まさか挙式に出席するなとは言わないな、ソイル? 当日の中座では、ローズの付き添い役はぜひ僕がと思っ――」

「アレイスト殿下、あまり、リスタシアに恥をかかせないでくださいね」

 ソイルさんがやんわりと“お前は引っ込んでろ”と申し上げた。まあ花嫁の付き添い役というのは、たいていは同性であるメイドの仕事だ。王子殿下の出番は間違ってもやってこないが、ソイルさんに言葉をさえぎられたアレクは、むっと気分を害したようだ。

「おまえは昔っから僕の言うこと成すこと反対ばかりだな」

「あなたがもう少しまともな物言いをしてくださればね……」ソイルさんはため息をついた。「少しはカルー皇子を見習いなさい」

「え、俺?」

「ええいカルーめ」

 思わぬところで話にあがったカルーは、理不尽にもアレクに声なき悪態をつかれた。――が、彼はそれを小馬鹿にするようにふっと笑う。

「はは、無様だなアレク。おまえのローズはこの俺がもらい受けてやったぞ」

「この……大司教の前で水でもぶっかけてやろうか」

「やれるものならやってみろ」

「ああいい度胸だやってやる」

「ちょっとあなた達へんなところで喧嘩しないでよ」

 ローザリア姫のこととなると、二人とも血気盛んなんだから。あきれるわたしに、「フィオナは黙っててくれ」とアレクは言った。

「これは僕のプライドの問題だ」

「あらそう」

 よく分からないが、アレク的にいま重要な場面らしい。というか、ローザリア姫とカッタルーダ皇子の縁談を一番応援してたの、あなただった気がするけどね。王宮の人達が疲れる原因って、きっと彼のせいだろう……。

「こんな状況だっていうのなら、レオディス王子の呪い、早く解かなくちゃいけないのね……」

 もともとのんびりするつもりもなかったけど、あまり悠長に構えている時間もなさそうだ。

 ローザリア姫とカッタルーダ皇子の婚儀は約一年後。それまでにレオディス王子の呪いを解き、以前のような体力を取り戻してもらうには、ある程度の期間が必要になる。

「治療のほうは順調ですか?」と、ソイルさん。

「どうでしょう……。いまのところ対症療法しかしていません」

 わたしは微妙な心境になっていた。

 王宮に薬師モドキとして雇われてから、わたしとヴェイドさんがやってきた内容は、おもに症状に対しての治療だけだった。それはレオディス王子にかけられた呪印が解読できていなかったというのもあるが、正直、失われていく魔力を補ってはまた失うという、いたちごっこと化していたのも事実だ。

「でもヴェイドさんのおかげで、いくらか呪いの症状を抑えることはできたみたいです。少しずつ、覚醒できる時間も増えましたしね」

 でも解呪にまでは至らない。

 魔術に関してはなんでもできるヴェイドさんは、唯一、闇魔術が苦手分野だ。わたしが王宮に滞在するようになって結構な時間が経っていたが、いったいあと、どれほどの期間を要するだろう? 遅々として進まない事態が、わたしの心をもやもやと落ち着かない気持ちにさせていた。

 そんなわたしの言葉に見かねたように、会話を黙って聞いていたカルーがふと口を開いた。

「ひとつ提案なのだが、フィーよ」

「なにかしら」

「俺もその王子に会わせてもらえないか?」

 うん?




 どういうつもりでいるのか、カルーは一度、レオディス王子の病態を見たいと言い出した。いちおうアレクの友人ということで顔見知りではあったみたいだけど、レオディス王子が倒れてから一度も会ったことがなかったらしい。

「お見舞いしたいなら、言ってくれればよかったのに」

 知らない人ならともかく、姉の婚約者なら簡単に面会の許可も下りるでしょうに。レオディス王子の私室へと向かいながら、わたしは隣を歩くカルーを見あげた。だが彼は、わたしの言葉を否定するように『ちっちっち』と指を振った。

「見舞いじゃないのさ、フィー。病気の具合が見たいのだ」

「う、うーん?」

 わたしは首をひねる。

「カルーは病人を診れたりするの?」

「いやそのような特技はないんだなあ、それが」

「真面目に言わないでもらえるかしら」

 目をすがめるわたしに、彼は余裕ぶって口の端をつりあげた。

「俺の眼なら、おまえ達とはまた異なる視点から物事を捉えられると思ってな」

「どういうこと?」

「フィーは“具眼”というのは分かる?」

 うーん、前に本で読んだことがあるわ。

「“真理を見定める眼”のことね」

「正解だ。よく知ってたな」

「使いどころのない単語なら、いくらでも覚えてるわよ」

 感嘆するカルーにわたしは言った。

 でも知識を知恵とできるかは、また別の話だ。いまのところ覚えるしか能のないわたしには、知っていたところで活用法のない知識が山ほどあった。そう言うと、「歩く辞書だな」とカルーが面白そうに言った。

「それで話は戻るが、俺の一族――つまり皇族だが、昔は輝ける太陽神テムリャに仕える大神官をしていたそうだ。……本当かは知らないぞ? なんせウン千年は前の話だからな」

 ウン千年だなんて、気の遠くなりそうな話だわ。国土の半分が砂漠地帯というサングレイスは、結構歴史の深い国だった。

 カルーは続けた。

「かの大神官は神に与えられた“真理を見定める眼”を有していた。だからかは知らないが、俺の一族は何十世代かに一度、先祖がえりを起こすんだ」

 わたしは彼の、不思議な黄金の瞳を、改めてじっと見る。

「カルーのその瞳が、具眼なのね」

「変わった色だろう?」

 彼の瞳はよく見ると、角度によって色合いが違う。猫目石のようにも見える神秘的な輝きは、確かに心の奥まで見透かしてしまいそうな気がした。

「なんだかお日様みたいだわ」

 手の届かない場所から人々を見つめる光。もしかすると、砂漠地帯に広がるというサングレイスの民族衣装がそう思わせたのかもしれないが、彼の黄色の瞳はてらてらとした強い陽の光みたいだとわたしは思った。

 そして、まじまじと眺めるように彼を見ていると「フィーは珍しい反応ばっかりするんだな」と、カルーが小さく笑った。珍しい?

「だからアレクやローズは、おまえと関わりたがるんだろうな」

「ええと、どういうこと?」

「具眼を気持ち悪いと思ったことはないのか?」

「うーん、あんまり……」

 それよりも破天荒な人を一人知っているので。ヴェイドさんの存在がすべてを凌駕してしまっているわたしに、「その反応自体が稀なんだ」とカルーは言った。

「美しき花よ、おまえはあの二人の母親の話を聞いたことがあるか?」

 わたしは目を瞬いた。アレクとローザリア姫の?

「何度か、ちらっとアレクが言ってるのは聞いたけど……」

 あまり母親について、彼らと話したことはなかった。わたし自身、自分の親についてきちんと話せる状態とは思っていなかったのだし。

「あの二人の母親は、精霊と人との間に生まれた女だったんだ」

「へっ?」

「ただ、精霊の腹から生まれたわけではなく、普通に人間の女の腹から生まれたから……混血の半精霊といっても他の人間とさほどの違いはなかったようだが」

「そ、そうなの……」

 う、うーん、だから逆バージョンのわたしは変に偏った能力がついてしまったというわけ? 彼のお蔭で新たな疑問が生まれることになったが、まさかリスタシアの王子と王女が精霊の血を引くとは意外だった。この場合、半々精霊ということになるのだろうか。

 少しこんがらがってきたわたしだが、次のカルーの言葉に目を見開いた。

「精霊の血が混じるおかげで、アレクは魔術学院を余裕で卒業したようだし、ローズも祖父にあたる精霊から薔薇の加護を授けられたというわけでな」

「ちょっ……!」

 ええ!?

「ちなみに、アレクとは卒業後の留学で知り合ったんだが――フィーよ、なぜそんな変な顔をしているんだ?」

「だって」

 ローザリア姫の祖父があの強い加護をかけたというのも衝撃だったが、それよりも! わたしは思わず彼に言った。

「アレクが魔術師? 嘘でしょ?」

「うーむ、いちおう魔術師長の補佐官にと推されている立場なんだが」

 気がつけば、またすぐ隣でアレクが腕を組んで立っている。本当にいつの間に……というか補佐官って!

「ちょ、ちょっと、だからあなた神出鬼没だったの?」

 確かに『アレクってどこにでも居るわね』と常々思っていたけれど、彼が魔術師というのなら説明がつく。しかも魔力量が多いとされる精霊の血を引くのならなおさらだ。

「俺も成績だけは良かったから、転移術は真っ先に覚えたな。ありゃすごく便利だ。雨の日とかとくにね」

「し、信じられない……」

 まさか転移陣をばんばん使う奇特な魔術師が二人も身近にいるだなんて。

「フロディスに似てるって自分で言っておいて、まさかとも思わなかったのか?」

「まさか!」

 ヴェイドさんみたいな人は一人で十分よ。結構な衝撃を受けながら言ってやると、「いまさらおそい」と、アレクは否定するように横に指を振った。

「でも正直、君らみたいな化け物級の横に並ばせられるのかと思うと、ごくごく普通の魔術師の身としては気が引けるよ。普通に王子やってたほうがマシだったな」

「なにを言う、アレク。俺たちはわりと普通の王族皇族だぞ」

「そういやそうだな、カルーよ」

 嘘をおっしゃい。

 お互いに顔を見やって笑う彼らに、わたしはただ、あきれ返るしかなかったのである。




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