18 浅はかな思慮
「これだけ人外魔境が揃っていて、どうしてヴェイドさんは、レオディス王子の解呪にアレク達を関わらせなかったのかしら……」
わたしは首をひねった。
ヴェイドさんやアレク、ローザリア姫、カルー皇子……王宮が異能者ぞろいということはよくわかった。それなのに、実際にレオディス王子に関わったのはわたしとヴェイドさんだけだ。立場的にローザリア姫やカルー皇子を関わらせるのは難しいと思うけど、それにしたって魔術師免許があるアレクを放置しておくとはもったいない。
考えこんだわたしに、ベッドの上に半身だけ起こしたレオディス王子がくすくすと笑う。
「ふふ、人外魔境はないでしょう、先生」
寝間着に上着をはおっただけの少年は、明るい赤橙色の髪の奥で、アレクそっくりの緑の瞳を楽しげに細めた。彼の環境がそうさせたのか、わたしよりも年下だという第二王子は、わたしよりもずっと落ち着いた印象だった。
「彼らはただ、偶然変わった力を持っていただけですよ。先生だってそうでしょう?」
「それは分かってますけど……お願いです殿下。先生だなんて呼ばないでください」
わたしは気まずい顔になる。そういう呼び方は恥ずかしいのだ。そもそも無免許なんだから、先生ですらないのにという葛藤がものすごい。
そんなわたしの横から、アレクの手が伸びた。
「なんだレオ、今日は体調がよさそうだな」と、兄王子の彼は嬉しげに弟の頭をわしゃわしゃと撫でまわした。レオディス王子は彼にされるがままになっている。
「実は先ほど、ヴェイドが来てくれたばかりなんです。いつもはもっと正体不明でしょう?」
「ああ知ってるよ」
肩をすくめてみせるレオディス王子に、アレクは笑った。
こうして二人並べてみると、腹違いとはいえ、なんとなく顔立ちが似ている。王家の純粋な血筋にしか現れないという赤茶の髪は、レオディス王子とアレイスト王子の立場をなんとなく彷彿とさせたが……。
「仲がいいのね」
わたしは彼らが楽しそうに笑っているだけで、治療に携わって良かったと思った。
「普通はもっとギスギスした関係になるんだぞ?」と、わたしの隣でカルーが言った。
「王家の兄弟とはそういうものだ。ましてやアレクは、目に見える形で“王位を継ぐ資格なし”と示されているんだからなあ」
「そうなの」
カルーの言葉を聞きながら、わたしはぼんやりと彼らを見やる。
その身にわずかな精霊の血が流れるアレクは、現王レストバードの血を色濃く受け継ぐことができなかった。いくら希少な魔術師と言えど、彼への風当たりはやさしくはなかっただろう。全てにおいて弟の一歩後ろに下がらなくてはいけないというのは、結構屈辱的なことなんじゃなかろうか。
「良いお兄ちゃんなのね」
そんな境遇であっても、弟や妹をとても大切にしている。
――僕は君たちが好きだから、幸せになってくれないと困るよ。
でもその結果があの言葉であるなら、なんだか少し寂しくなる。彼はどうやって幸せになるのだろう。孤独を抱えるという意味でも、アレクとヴェイドさんはとても似ていた。だから何だかんだ仲が良いのだと、わたしは思った。
「レオ、あまり無理はするなよ。そろそろ寝ておけ」
なん言か会話をやり取りした後、アレクは大ざっぱな手つきでレオディス王子を布団へと押し戻した。「兄上も過保護ですね」と、レオディス王子は困ったように眉じりを下げた。
「これぐらいは平気ですよ。ヴェイドも多少は動いた方がいいと言っていましたし」
「まあそうね。寝てばかりだと、それだけで体力が弱るもの」
わたしは彼らに向かって言った。
寝たきりでいると筋力が落ちるから、無理のない程度で動いてもらって良いのだ。いまは王子も治癒術を受けたばかりだから、夕刻ぐらいまでは元気を保てるんじゃないかしら。でしょう? と、苦笑しながらまた起き上ったレオディス王子から目を離し、わたしはカルーへと振り返った。
「ねえ、カルー。それで……王子と会ってなにか見えた?」
病気の具合が見たいと言っていたカルーは、実際に第二王子を見て何か感じただろうか。わたしの問いかけに、カルーは小声で応えた。
「うむ、思ったより酷いなこりゃ、首まわりがまっくろだ」
「そうねえ……」
見えないというのはある意味、幸せなことである。はっきり言うとわたしの目には、レオディス王子の顔はほとんど見えていなかった。禍々しい色を帯びた黒い魔法陣のなかで、彼の顔が揺らいでいる。気のせいか、以前よりも色が濃くなったように思えた。
「あまり芳しくないな、フィー」おもむろにカルーは、レオディス王子の胸もとへと視線を向けた。
「たぶんこれが呪いなんだろうなって思うんだが……、呪いの楔が心臓まで伸びているぞ」
「えっ?」
呪いの楔?
思わぬ言葉に、わたしは目を見開いた。首まわりはともかく、心臓まで伸びているという呪いは、いまは衣服に隠れて見ることができない。わたしは慌ててレオディス王子へと歩みよった。
「ごめんなさい、レオディス殿下。ちょっとだけ診察しても良いですか?」
「え? ええ、構いませんよ」
戸惑うような顔はされたものの、王子はあっさりと胸もとをはだけた。長く陽にあたらないせいで青白くなってしまった彼の肌。そこにあるものを見つけて、わたしは小さく息をのんだ。
首もとからひとつ、彼の胸の中央にかけて植物の触手のようにも見える楔が伸びていた。
「き……」
気づかなかった。
わたしは言葉を失っていた。少しずつ大きくなっていた魔法陣は、静かに彼の心臓へと手を伸ばしていたのだろう。いったいいつから? 許されない見落としに、わたしはひどい後悔に駆られることになった。レオディス王子の呪印は、半精霊のわたしにしか直接見ることができなかったのだから。
「先生?」と、レオディス王子が不思議そうに首をかしげるのを見て、わたしははっと我に返った。
「う、ううん、なんでもないの」
わたしはぎこちなく微笑み返すと、そっと彼の胸もとの服を合わせた。わたしの反応にしっくりこなさそうなレオディス王子だったが、「そうですか」と一言だけ口にした。
「……カルーが居てよかったわ」
わたしは傍に立った皇子にぽつりと言った。
後でヴェイドさんのところに行かなくちゃいけない。わたしの目だけじゃ、気づかず手遅れになるまで放置することになっただろう。カルーはなにも言わず、穏やかな目でわたし達を見おろしていた。
「呪いも打ち消されまいと必死になってるんだろうな。だが、そこがほころびだ。解呪の手立てがあるとすれば、そこにつけこむことだぞ、フィーよ」
こちらを見返す黄金の瞳に、わたしはたじろぐようにうなずいた。
――ばんっ!
その空気を破ったのは、勢いよく開け放たれた扉の音だった。
「え?」
「カルー、探しましたわよ!」
わたしの言葉は、そんな声に遮られた。部屋の入り口を見ると、目をつりあげて、いかにも不機嫌層なローザリア姫が立っている。
「どうしたんだ、ローズ?」
驚いた顔もせず、カルーは自分の婚約者に声をかけた。だが彼女はつかつかとこちらに歩みよると、その勢いのまま捲くし立てる。
「どうもこうもありませんわ。姿が見えないと思ったら、わたくしを差し置いてみなで弟の見舞いと言うではありませんか。ずるいですわよ、カルーもお兄さまもフィオナも!」
「おいおい。レオの前だぞ、ローズ……」
アレクは言うが、愛する妹姫の怒りに完全におよび腰だった。いいお兄ちゃん王子も、こういうときに役に立たない。大好きな妹にぎろっと睨まれて、アレクは少し後ずさった。
「わたくしとてレオに会いたいと思っておりましたのに、一度も見舞いの許可がおりませんでしたわ。あなた方が簡単に会えるとはどういうことですの? お兄さまもお兄さまですわ。なぜわたくしに声をかけようとは思い当たらなかったのです」
「お、落ち着いてくれよローズ」
ローザリア姫を仲間外れにしたのは、べつにアレクのせいじゃなかったが、わたしは割り込むタイミングを失っていた。だって姫ときたら勢いがすごいんだもの。美人は怒ると迫力があるのだ。
「ローズ」と、見かねたカルーがようやく口をはさむ。おおっ、さすがは婚約者ね。彼の呼びかけに「なんですの」と振り返った姫に、カルーはにっこりとほほ笑み――
「怒った顔もかわいいよ」
「カルーは黙ってらして」
速攻で撃沈、皇子殿下はうなだれた。馬鹿じゃないの。
結局、この場を収めたのは他でもないレオディス王子だった。
「姉上、僕はこの通りです。だから怒りを収めてくれませんか。兄上達や先生も困ってますよ?」
レオディス王子が、にこやかに彼女に笑いかけた。
「僕もずっと会いたいと思っていました。姉上は泣き上戸だから心配で」
「な、泣いてなどおりませんでしたわよ……っ」
ローザリア姫は、ややうるんだ瞳で彼の傍にそっと腰をおとした。なるほど、気が強いとばかり思っていたけど意外と涙腺が弱いらしい。泣き出さないための安定剤なのか、ローザリア姫は片手でしっかりとカルーの服のすそをつかんでいた。その様子を見たレオディス王子が苦笑をもらす。
「姉上。ソイルから聞きましたが、正式に御婚約されたそうで」
「……し、仕方がなくですのよ。わたくしも良い歳のころでありますし」
つんとすました顔のローザリア姫に、弟殿下は楽しそうに祝いの言葉をのべた。その横では「仕方なくだったのか……」と、カルーがまた撃沈している。
「落ち込まないでくださいね、カルー殿。姉はずっとあなたが好きだったんで――んぐっ」
「お黙りなさいレオ! わ、わたくしそんなことおおおお思ってなど!」
なんともなごやかな光景だったが、わたしはふと思うことがあって完全にのけ者になったアレクへと振り返る。
「ねえ、アレク。わたし思うのだけど」
「なんだ俺はいま目の前の光景でにやつくのに忙しいんだ」
この王子、殴ってやろうかしら。早口でそう言ったまま、じっと妹と弟を見るアレクに、わたしはうろんな目を向ける。
「ヴェイドさんの実験のこと覚えてる?」
「ああ、ローズの髪の毛のやつか」
「呪印って薔薇の加護と反発し合うのよね? あの二人、近づいても大丈夫なのかしら」
二人に影響はないのかしら。
しかし、その疑問に返事はなかった。
ただ、ぎこちなくわたしに振り向いたアレクは、さあっと血の気が引いた顔をしていた。その向こうでは、ローザリア姫とレオディス王子が仲よさげにじゃれ合っている。そし次の瞬間、アレクは慌てたように彼らへと振り返り――
「ま、まずいローズ! レオに触れるな!」
「「え?」」
レオディスの顔に手をあてたローザリア姫が、アレクの制止に弾かれるようにこちらを見る。王子の呪印がぶわりと大きく揺れたのは、それと同時のことだった。
.




