16 馬に蹴られたい
「ねえ、カルー。まず最初に改めてほしいのは、そのなよっとした長ったらしい言い回しね。だいたい、奇跡の花よりもローザリア姫が綺麗だからって、何が言いたいのって話よ」
わたしは目の前の皇子に向かって、はっきりと告げた。
カルーは他国の皇子だから恋愛相談はあまり“リスタシア人”には聞かれたくないとのことで、わたし達――わたしとカルー、そしてアレクは書物庫へと避難していた。適当に窓辺に腰かけたカルーは、わたしの言葉に首をひねった。
「どうしてだ?」
「ローザリア姫はたぶん、ずばっとものを言う男の人が好きなのよ」
彼女の話を聞いていると、人から尽くされることのほうが圧倒的に多かったと思われる。だから、ずばっと王女にモノを言ったヴェイドさんが、彼女のなかで強く印象に残ったのだ。
「うーん……いちおうこんな話し方でも、我が祖国の文化なのだけれどなぁ」
「なんだ、おまえに“話が長い”という自覚があったのは意外だな」
アレクが茶化すように横やりを入れた。
「言っておくが、アレイスト。俺は幼いころから、家臣どもにああいう喋り方を教えこまれたのだ。美辞麗句を盛り込んで、長ったらしく延々しゃべることで砂漠に住むという悪魔の意識をそらすという意味合いがあってだね」
「ああもう、わかったよわかった。おまえの前じゃ悪魔も天使も裸足で逃げ出すよ」
喋り止まなさそうなカルーに、アレクがうんざりとした顔で言った。わたしはそんな二人の様子に、ため息をついた。
「あなた達、わたしの話を聞く気はあるの?」
別に聞かなくてもいいんだからね。
そういう意味合いを含ませると、彼らは互いに目配せをして肩をすくめた。なんだか納得いかない態度だと思いつつ、わたしはカルーを見やった。
「……ねえ、カルー。喋り方なんて、ローズ姫の前にいるときだけ直せばいいのよ。好きなら好きで、もっとストレートに言われた方が相手のほうだって嬉しいと思うの」
「それは君の経験上?」と、アレク。
「そうだけど――って、変なこと言わせないでよ!」
思わずヴェイドさんを思い出したわたしは、真っ赤になって声をあげた。アレクはというと、してやったりという顔で笑っている。そして、そんなやり取りを傍で見ていたカルーが、ぽつりと言う。
「なあアレク。俺は思うんだが、彼女たちは怒り方までそっくりだ」
「な、似てるだろ? 妹が二人いる気分だ」
「ちょっと、あなた達いい加減にして!」
彼らは「はい、はい」と苦笑いしながら両手をあげた。
「それにしても意外だな」
ひと通り、カルーの“喋る練習”をした後、そう言ったのはアレクだった。
「なにが?」と、わたしは首をかしげた。
「君がローズとカルーのことに口を出すなんて。妹の恋愛ごとは静観するものだと思っていたよ」
「そ、それは……」
わたしは言うべきか少しだけ迷った。向こうのほうで薬草相手に告白の練習をするカルーを見やり、わたしはなんとなく、彼に聞こえないように声をひそめる。
「たぶん、たぶんだけどね。ローザリア姫は、本当はカルーのことが好きなんじゃないかって思うの」
「あれだけヴェイド、ヴェイドと言っておきながら?」
「それはアレク、あなたが思っているだけでしょう?」
こちらをのぞきこむアレクに、わたしは言った。
「あなたが言ってた割に、ローザリア姫は激しい王女じゃなかったわよ」
目をつけられはしたものの意地悪はされなかったし、彼女は私情を割り切っているという印象だった。
「むしろ逆よ、彼女は立派な王女だったわ」
「ふむ」
「彼女が本気でヴェイドさんのことが好きなら、わたしの存在にもっと機嫌を損ねてもいいはずよ」
なのに実際は、“侍女がうるさいから”という理由でわたしに接触しただけ。
そして、王族の婚約は義務と割り切っていると言いながら、相手が『ヘタれ』という理由だけで内心腹を据えかねているローザリア姫。だから改めて彼女と話したとき、彼女は実はヴェイドさんじゃなくて、カルーが好きなのではと思い当たったのだ。
「なるほどね。フロディスはただの当て馬か」
アレクが噴き出すように笑った。まさか偉大な魔術師がそんな扱いをされるとは思うまい。アレクはちらりと、前方の“妹の婚約者”を見やった。
「あいつには教えてやらないのか? もろ手をあげて喜ぶぞ」
「……教えたら、ローザリア姫に悪いもの」
想像とは言っても、勝手に思いを伝えてしまうのは裏切り行為みたいで何だか嫌だ。それにちゃんと、真摯な想いで告白をしてほしい。女の子は繊細なのよ。そう言うと、アレクは「女って大変だな」と微妙な顔になった。
「で、作戦の内容は?」
「そこが難しいのよね」
わたしは悩むことになった。
「いま告白したって、過去にもう言っちゃってるんでしょう? 今さらストレートに言ったって新鮮味もなにもないし、そういうのって雰囲気とかタイミングも大事でしょう?」
「フィオナは意外と空想家なんだな。好みの本もやっぱり恋愛小説?」
「まさか。わたしが好きなのは魔術書とかの教本よ」
「そこだけはローズと似てないな」
この王子、どこまでローザリア姫と比べたら気がすむのかしら。一瞬むっと思ったわたしだが、彼の言葉にふとした疑問を持った。
「そこだけは、って?」
「ああ」
アレクはなんでもないことのように言った。
「ローズは甘ったらしい恋愛小説が大好きなんだ。彼女が個人所有している書物庫は、上から下まで悲恋だとか運命だとか、そういう本で埋まってるんだよ」
「へ?」
う、うそおッ!?
ということで、過去に王宮でわたしが読んだ“ティーンズ向け恋愛小説”というのは、ローザリア姫の私物だったということが判明した。内容が悪い魔法使いとさらわれたお姫様の恋愛ものだった気がするが、まさか当時のわたしには、彼女の意図は思い当たるまい。
「信じられない……」
わたしは半ば茫然としていた。
「あの砂糖を吐きそうなぐらいの甘々小説を、あの王女が……」
「だいたい、そんなのは部屋を見れば分かるだろうに」アレクはあきれたようにわたしを見た。「どうみても内装がピンクでレースたっぷりだっただろう?」
わたしはローザリア姫の、少女らしくかわいらしい造りだった部屋を思い出した。
「そ、そこまでフリフリじゃなかったもの」
「僕にしてみれば壁がピンクの時点で甘々だ」
そういうものかしら。わたしは言い返す言葉がわからず、黙り込んだ。
「フィーよ、ローズの趣味は今さらだろう」
こちらに戻ってきたカルーは、腕を組みながらわたしに訊いた。
「とりあえずだが、姫を口説くのに俺はどうしたらいいと思う?」
「う、うーん」
わたしは首をひねった。彼らは王女の同年代であるわたしに期待をしているのだろうけど、わたしもまともに恋愛なんてしたことがない。せいぜい、超年上の男に振られるぐらいが関の山。あんまり良いこと言えないかも……。
「……ロマンチックを極めてみたら、良いんじゃないかしら」
苦渋の案がそれだった。なんともひねりのない作戦だ。
◆・◆・◆
そして数日後。
「ローザリア」
爽やかに晴れた空のした、侍女を従えたローザリア王女は、回廊を歩く途中で名前を呼ばれて立ち止まった。振り返った先に見知った青年を見つけて、彼女はわずかに目を見開いた。
「カルーではありませんか。どうなさったのです、このような場所で?」
「おまえを待っていたんだ」
「え?」
そう言って、カルー皇子は、両手いっぱいの薔薇の花束を差し出した。戸惑いがちにそれに目を落としたローザリア姫は、おもむろに皇子の顔を見あげる。どういうつもりなの、と言いたげな姫に、皇子は照れたように目を伏せた。
「今朝は薔薇の花があまりに美しく咲いていたから、ローザリア……おまえのことを思い出してしまって」
「そ、そう……ですの」
やさしく微笑みかける皇子に、姫は頬を染めてたじろいだ。この婚約者から、こんなふうに花を贈られたのは初めてのことだったのだ。
「こ、これぐらいで喜ぶと思って? わたくし薔薇の花などは見慣れていますのよ」
「知っているさ。だが、俺が贈りたかったのはこちらだ」
つんと顔をそらした彼女にカルーはそう前置きして、懐から取り出した髪飾りをそっと姫の耳もとにあてた。涙型に切りだされたダイアモンドが、細い鎖でいくつも重なりあうようにあしらわれた煌びやかな作だった。それは彼女の赤みを帯びた金髪によく映え、まるで――
「朝露をうけて輝く薔薇のようだ」
カルーは満足気に彼女をのぞきこむ。
「俺の気高き花よ、お前こそが俺という砂漠のオアシスだ」
「ああ、わたしもうだめ。見てられない」
わたしは回廊の草陰で、さめざめと顔を覆いこんだ。こっぱずかしい小劇まがいの二人なんてとても直視できなかった。そんなわたしを、アレクがちょいちょいと肘でついた。
「おいおい、君が参ってどうするんだ。作戦の指揮官がそんなこと言っちゃ困るなあ」
「ねえアレク。わたし悪いけど、ロマンチックとかそういうの苦手だわ」
なんというか、カルーが乗り気すぎて悪寒がする。ロマンチック責めなんて、こんな作戦考えたわたしがバカだったと今さらながら後悔していた。王女への愛がそこまでだったとは、良い意味で予想外だったのだが。衝撃を受けているわたしを見て、隣のアレクが小さく笑う。
「見てておもしろいじゃないか。あれは後生、良いいじりのネタになるぞ」
ここに魔導具があったら映像で残したいぐらいだ、とおちゃらけたことを言うアレクに、わたしはあきれ返った。
「アレクって子どもね」
「馬鹿だな、男はいつでも子どもだ。ほら来るぞ、作戦の山場」
「う、うう……」
もうお腹いっぱいよ。わたしはローザリア姫を口説き続けるカルーに、再び目を戻した。
「なあローズ。俺は早く、おまえの薔薇の加護なんて解ければいいと思ってるよ」
カルーがそっと彼女の頬を、その手で包みこんだ。彼の神秘的な黄金の瞳が、まっすぐに彼女をとらえている。
「なぜですの?」
「でないと決して傷つかないきみの心に、俺の想いを刻みこめないだろう?」
「カルー……」
そうつぶやく姫の声には、いつもの強気な様子は感じられなかった。ただ、目の前の青年から視線が離せず、わずかに顔をよせた彼に、心が奪われてしまっているように見えた。
「愛している、俺のローザリア……お前が気高き花でなくとも、俺はおまえを選んだだろう」
そして、わずかな間があって。
「姫、俺と結婚してくれるね?」
ともに歩もう。
そう言った皇子の言葉に、こくりと姫がうなずいた。
「まさか丸々、この本の台詞を使うことになるとは」
のんきそうに一冊の恋愛小説“わたしの薔薇の王子様 第一巻”を手にしたアレクを横に、「姫が知ったら泣くわね……」と、わたしは罪悪感でいっぱいになってへこんでいた。このことは、墓場まで持っていくことにするわ。
すぐそこには、幸せそうに微笑む姫と皇子が寄り添う姿。
ひとの恋路を邪魔するものは、馬にけられて死んでしまえ。確かにいま、わたしは馬に蹴られたい気分だった。
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閑話休題?な本編。




