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12 心に強く思うこと

 ◆・◆・◆


 

「ローザリアというのは、大きなくくりではリスタシアの国花を意味していてね」

 優雅なお茶会がお開きになった後、執務室にもどったヴェイドさんは、気高き花(ローザリア)についてそう語った。わたしとアレクはそれをソファに座って聞いている。

「へーえそうなのかあ」と、アレクが棒読みでそう言う。

「ほら、これだよ」

 ヴェイドさんはそう言うと、自分のローブの襟もとに留めた徽章(きしょう)を示した。そこに描かれる紋章は、王冠を掲げる獅子が両脇をかため、中央に薔薇の楯がすえられたものだ。この紋章はリスタシアそのものをあらわし、王国内でも様々なモチーフに使われる。

「これがローザリア、大ぶりの薔薇の花だ」

「きれーだねえー」

「……この紋章のために、リスタシアは他国より“高潔なる花”と呼ばれることがあるね」

「わーそれははじめてしったなあ」

「…………、そしてローザリア姫の名づけだけど、彼女にもまたこの名がつけられたのは、第一王女だからじゃなく、彼女が生まれたときに精霊から“薔薇の加護”の魔術がかけられたからだよ。フィオナにも分かりやすく言うと、“精霊の加護を与える”という表現に近い」

「へえ、すごーい。さすがは大魔術師だよくしってるねえ」

「…………………………、そういうわけで、ローザリア姫には護りの力が宿るんだ。そして魔力は髪や指さきに宿るというからね、だから――」

 そして魔術師ヴェイドは、ぎとっとした目つきで言葉を切った。

「だからなんで、フィオナの代わりにアレイストがしゃべるんだ?」

「それは僕が好きだからに決まってるだろう?」

「ちょっと、それは言ってない(・・・・・)わよ、アレク」

 わたしは至極冷静に、真横のアレクに向かって言った。

 先ほどからアレクは、わたしの耳打ちを微妙に変換しながら喋っていた。とても面倒くさそうに、しかし律儀にも喋りつづける彼だった。

 対するヴェイドさんは、そんなわたし達の様子がよほど気に入らないのか、穏やかに笑んだ口の端を引きつらせている。

「フィオナ、言いたいことがあるなら直接ぼくに言いなさい」

「んー、おまえと話すことはないってさ」

 わたしの耳打ちを、アレクが(・・・・)言った。

「これも全部、おまえが変なことするからだろ?」

 アレクはからかうように、にやりと笑みを浮かべた。

「よくあんなクチで、うちのローズを振るなんて言えたものだな」

 おもしろくなってきた、とアレクの心の声が聞こえるのは気のせいだろうか。ヴェイドさんが面白くなさそうな顔をするのを、彼は非常に楽しんでいた。

「アレイスト、ぼくはなにも変なことはしていないだろう? 最初から、目的は気分転換をかねた材料集めだったんだから。わざわざ髪だけを取りに行くよりは、よっぽど自然だろう」

 よく言うわよね。

 憎らしげにアレクを見たヴェイドさんの指には、一本の長い髪がつままれている。ゆるく波打つ金髪は、ローザリア姫のものだ。彼が呪い解除の材料のひとつとして頂戴してきたものだった。

「だいたい、言い方がきざったらしいな」

 アレクは目をすがめながら、ヴェイドさんを不遜に見あげた。

「拝領するのが庭園の花かと思わせてそっちかよ! と僕は盛大につっこみたくなったぞ。ああ、ぼくの妹はこんな人の気持ちもわからない、嫌らしいジジイに引っかかってしまったのかと思うと悲しくなるな」

「誰がジジイだ。気高き花は、魔術師的には意味合いは“こっち”なんだ」

 ヴェイドさんは髪の毛をかかげて見せる。精霊の加護がかけられた、彼女の一部。

「でも髪の毛なんてもらって、どうするつもりなの?」

 わたしは彼に訊ねた。魔術師的だかなんだか知らないが、女から髪をもらうという行為は情緒的な意味にとられてもおかしくはない。ローズを振ると言い切った彼が、それでも欲しかったという髪の価値はいかほどなのよ。

 ヴェイドさんは、わたしの問いかけに『よくぞ聞いてくれました』という顔になった。

「まあ見てなさい」

 そして彼が軽くゆびを振ると、ふわりとなにかが宙に浮かんだ。わたしがレオディス王子の首もとから書き写したあの羊皮紙――意味不明だと思われた、呪いの文字の羅列だった。

「呪いの言葉と、加護の力。このふたつは、言うなれば“攻めと守り”だ」

 そして彼は腰のあたりに浮かんだ羊皮紙のうえに、はらりと加護のひと筋を落とした。それが互いにぶつかった瞬間、ぱちんと音をたてて火花が散る。そのなかに、ふたつの魔法陣が浮かんだのをわたしは見逃さなかった。

 黒と赤。弾けるように浮かんだ魔法陣は、一瞬にして消えてしまった。

 逆にどうやら火花が散った程度にしか見えなかったらしいアレクは、興味深そうに、ひらりと床に落ちたふたつをながめていた。

「フィオナ。ふたつが反発したとき、きみにも文様が見えただろう?」

「見えたけど」

 でもそうしたところで、魔術の理がないわたしには理解できない。なのに、ヴェイドさんはその返事に満足そうにうなずいた。

「見えたなら覚えているね?」と、ヴェイドさんはひらひらと白紙の羊皮紙を振ってみせた。「いますぐここに書いて」

「ちょっと、最初からこのつもりで見せたの?」

 なによそれ。

 それなら最初に言いなさいよと思いながら、わたしは突き出された新しい羊皮紙に目を向けた。頭のなかでは先ほど見た文様がくっきりと浮かびあがる。

「きみの記憶力はまあ、信頼しているよ。ぼくはそこまで人間離れしていないからね」

「どういう意味よ……」

 なんかむかつく。

 わたしは昨日のヴェイドさんのように苛々していた。今日は色々あったから、わたしも疲れているのだろうか? だとしても、彼の言動にいちいち腹を立てたくなるのは自分らしいとは言えなかった。

 さっきだって、アレクに言葉の代弁をしてもらっていたのは、直接話すとヴェイドさんに何を言うか分からなかったからだ。ローザリア姫から髪をもらった一件が、なぞの尾を引いているのだと理解していた。

 喧嘩をしたわけでもないのに、わたしはどうして苛々しているの?

 自分がよくわからない。

 やや複雑な心境で、わたしは羊皮紙に今しがた見たばかりの魔法陣を描きこんだ。以前はこうすると勝手に魔術が発動してしまったが、魂の均衡をとりもどした今ではそんなことは起きない。

 黒と赤。ふたつの魔法陣をわたしは描くつもりだったが、片方の黒い魔法陣を描いた時点で、ヴェイドさんはわたしから羊皮紙を取りあげた。

「あ、ちょっと」

「良い出来だ。今日一番の収穫だな」

 ま、まあ手先だけは器用だもの。少しだけ気恥ずかしい。

「ふむ、これがレオディスの呪いか。なんて書いてあるんだ?」と、アレクが紙をのぞきこむ。ヴェイドさんはちらりと彼を見やると、魔法陣の内容を読みあげた。

「汝、呪われた闇に魅入られし者。闇の力をもち、汝が生命の放出をこころみたまえ。比類なき混沌と再生の理に身をおとし、彼の者にすべてを捧げよ。そは神をも打ち返す力とならん……」

 なんのこっちゃ、と首をかしげるアレクにヴェイドさんは言った。

「まあ禁忌の術には違いない。でも呪文の全貌さえ分かれば、ここから術をひも解くことができる」

 呪いの解除は近いと満足気に微笑む彼は、つとわたしへと振り返った。そして、わたしの頭に手をおいたかと思うと、優しい所作で髪をなでた。

「フィオナ、感謝するよ。きみのお蔭だ」

「――――っ!」

 触れられた場所が熱いと思った。ローズ姫に向けたものよりももっと、嬉しげな笑顔を浮かべた彼に、わたしは気がつけば赤面していた。ぎこちなく宙をさまようわたしの視線に、彼が不思議そうにしているのがわかる。

 でもわたしは頭に浮かんだ言葉を打ち消すことに必死になっていた。


 ローザリア姫よりも、わたしのこと、特別に思う?


 そ、そんなわけないじゃない。ローザリア姫が『だいたい、あの方は誰にも興味を示さないのですもの』って言ってたもの。だからへんな期待は持たせないで、ヴェイドさん。わたし、あなたの優しさに勘違いしてしまいそうになる。

 だから、だから。

 わたしは高鳴る胸をぎゅっと抑えて、床に顔をふせた。

 魔術師ヴェイドは魔術に関してとても真摯だ。だから彼がこんなふうに笑うのは、仕事がうまくいっているからだ。なのに、彼がわたしに興味を持っているからなのだと、都合良く思いこみたくなってしまう。

 ますます彼の顔が見られなくなっているということに、嫌でも気づくことになった。




「こまった事態です」

 完全にわたし、どうかしています。

 思わず薬師長セルネを尋ねたわたしは、彼に提供された椅子に腰かけぽつりとつぶやいていた。

 目の悪いセルネさんは、いまとなっては細かい作業こそできないが、最低限の生活を送るぐらいには自分に慣れている。長年の功績が評価され、王宮に一室を与えられた彼は、ときどきわたしのような訪問者を受け入れる存在になっていた。逃げ込み部屋のような。

 ヴェイドさんとはまた違った意味で心地よい空気を感じながら、わたしはセルネさんに問いかけた。

「相手の顔を見られないというのは、どうしてだと思いますか?」

 簡素な彼の部屋は、さまざまな薬草のにおいが漂っていた。壁にはロープでくくられて束になった草や花がつりさげられ、薬品棚には、瓶詰になった花びらや粉のたぐいが所せましと並んでいた。

「単純なことです、お嬢さん」

 セルネさんは白いひげを揺らして、ほっほと笑った。その瞳はしっかりとわたしを捉えており、まるで目が見えているかのように錯覚する。

「あなたは心に強く、相手のことを描きすぎているのです」

「心に強く……」

 わたしは考えあぐねていた。

「若きお嬢さん、わしは魔術に関しては素人ですが」

 セルネさんはそう切り出すと、手もとの薬草をひとつ手にとった。わたしが王宮の花壇から摘んできた薬草だ。彼はそれを見定めるように、くるくると茎をまわした。

「強く思うことは、ただそうするだけで小さな魔術となります。暗示といった方がわかりやすいでしょうか。いずれにせよ、あなたは知らず、あなた自身に魔術をかけているのですよ」

 かの者の顔が見れないように、あるいはかの者に強く反発してしまうように。

 心に強く思うことは魔術の基本だ、と過去にヴェイドさんにも言われたことがあった。きみが自分とどう向き合うのか、それがきみを形作るすべてになる、と。

 ありえない、と否定してしまえないところが痛いところだ。

 過去に何度も魔術を暴走させた身としては、いまのこの状態も、セルネさんの言う通り“自分に魔術をかけて”いるのだと疑わざるをえなかった。わたしは途方に暮れた。

「ねえ、セルネさん。魔術を解くにはどうすればいいのでしょう?」

「自分に対して素直になること、その言葉に尽きますな」

 魔術を使うために必要なものは術式の理論と構成の理解、そして魔術を発現するための力の練り方。それはどことなく、自分と向き合い、生きることに似ている。

 それが出来れば苦労しないのよ。いまの時点ではわたしは息をつくしかない。

「フィオナさん、次の煎じ薬にはこちらの薬草を使いなさい」

 セルネはふとそう言って、選定し終えた薬草をさしだした。ぴんと張った葉が新鮮さを感じさせる。彼の目(・・・)には間違いがない。だからきっと、彼の言うことには間違いもない。

 ――自分に対して素直になること、その言葉に尽きますな。

 でもやっぱり、それができれば苦労はしない……。



 ◆・◆・◆



 再びローザリア姫と出会うことになったのは、その翌日のことだった。

 王宮の庭園には薬草だけが植えられた花壇がある。そこでせっせと摘みごろの葉を収穫していたわたしは、ふいに襲った風に手のなかの薬草を奪われた。それを追いかけて顔をあげたとき、わたしは見つけた。

「えっ、あそこにいるのって」

 わたしはまず目を疑った。王宮でもっとも高い鐘楼の、くりぬかれた手すりに腰かける乙女を見つけたのだ。高いところで風にふかれる髪は、赤みを帯びた金の色。

 ちょっと、まさか一国の姫があんなところに居るとは思わないじゃない。

「ろ、ローザリア姫!?」

 うそでしょ!?

 驚いて叫ぶと、姫は『あら見つかってしまいましたわ』とでも言うかのように、こちらを見て冗談っぽく微笑んだ。かと思うと、戸惑うことなくすっと鐘楼のなかへと戻った。




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