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11 優雅なお茶会?

 王族に限らず、貴族の習慣というものは理解しがたいものがある。

 まず、彼らの生活の基本は夜である。観劇や舞踏会といった社交の場に顔を出すため、基本的に寝るのが遅い。そして遅い時間に起き出しては朝昼を兼ねた食事をとり、それからまた夜に向けて備えるため、夕刻前に優雅なお茶会を開くのだ。一回分弱、庶民の生活とずれていると思うと分かりやすい。

 しかも優雅なお茶会(アフタヌーンティー)には色々と細かい作法があるのだというから、困った話だ。つい最近まではそんなことは考えてもみなかったわたしだけど、王宮づきの魔術師ヴェイドに引き取られたときから、わたしの苦難は決まっていたのだろう。

 自慢ではないけど、わたしは(ひな)びた人種だという自覚はある。ケーキの食べ方も知らなければ、位の高い相手にきちんと対応することもできない、そんな人間なのである。

「だから、ローザリア姫のお茶会に出るなんて無理よ」

 というか無茶よ。

 切々と語るわたしを見おろしながら、アレクは面白いものを見つけたように笑った。

「馬鹿だな、どうせ僕やローズしか来ないんだから」

「馬鹿はどっちよ。“王子さまと王女さま主催”のお茶会に、のこのこ顔を出す庶民が何処にいるっていうのよ?」

 それこそ馬鹿にされに行くようなものだ。野菜売りのおかみさんの家に行くのとは、訳がちがう。

 しかも唯一の逃げ場だったヴェイドさんは、いまやわたしの助けにはならないのだ。どうしたわけか、彼の顔が見れなくなってしまったわたしは、ヴェイドさんをことごとく避けていた。ローズ姫のお茶会というのにも、いっそ薬師長のセルネさんと参加したほうが気が楽だった。

「セルネは駄目。若者の楽しい茶会に水をさすようなことは禁止だ、フィオナ」

「一人、招待客に超年上がまざってる気がするんですけどね」

 完全に楽しんでいる様子のアレクに、わたしはうろんな目を向けた。王子さまって暇なのかしら。

「でもこのまま放置されても困るんだよ」

 嫌がるわたしに、彼は言う。

「前にも言ったが、ローズにはちゃんとした婚約者がいてだね……。状況的に、それがどういうことかわかる?」

 ええと、ローザリア姫はヴェイドさんに夢中で、でもほかに婚約者がいる。

「じゃあ、その婚約者の人ってとっても不憫だわ」

「だろう」

 アレクは、わかってくれたかと言いたげに肩をすくめた。

「僕がこんなにしつこく食い下がるのも、実はその婚約者と僕は仲がよくてね。むかし遊学にいったときからの知り合いなんだが……まあ、王族の婚約に愛情を求めるということ自体が間違ってるんだろうけどね」

 そう言ったアレクはわずかに目をふせた。なんだか寂しそうに見えた。

 調子のいい彼だが、なんだかんだ、わたしやヴェイドさんを気に掛けるところがある。妹に幸せになってほしいと言った彼の言葉に、嘘はないのだろうと思えた。

「でもあの様子じゃ、絶対楽しい雰囲気にならないと思わない?」

 ローザリア姫のあの強烈な第一印象は、簡単に払拭できる気がしない。

「意外だな、君ならあんなローズのことも“でも根はやさしそう”とかおちゃらけたこと言いそうだと思ったのに」

「そ、そうかしら」

 わたしはそう言いながらも戸惑っていた。わたしも、あんな短い会話だけで、ここまでローザリア姫に苦手意識を持つのかと自分を意外に思っていたのだ。

「うーん、恋する乙女はこわいなあ」

 余裕そうに笑うアレクが、なんだか無性にいらただしい。

「ローザリア殿下のこと?」

「どうかなあ」

 はっきり言わない彼の言葉に、わたしはのどの奥が引っかかるような気持ちになった。







「きみたちって暇だよねえ」

 アレクになかば引きずられるようにして、連れて行かれた魔術師長の執務室。まるでアレクみたいな言い方で、ヴェイドさんは言った。

「別に暇じゃないわ」

「僕は暇かな」

 冷たい声のわたしの横で、アレクが小さく笑っていた。やめてよ、暇人の二人組みたいに見えるじゃない。そしてそんなわたし達を、ヴェイドさんは片肘をついてながめていた。

 わたしはどうして、アレクがお茶会の面子にヴェイドさんを含めたのか、うすうす感づいていた。恋路の邪魔だとかいう名目で、姫にわたしをけしかけようと言うんじゃない。彼はわたしとヴェイドさんが衝突するのを、間近で見て楽しみたかっただけなのだ。

「どの道、弟の呪いを解けずに行きづまっていたんだろう? おまえは“小さい精霊”が居ないとからっきしだからな、王子として命じる。観念して僕の言うことを聞け」

 偉そうに言ったアレクは、わたしの手を引いて彼に見せつけるように持ちあげた。がっちり捕まってしまったわたしは、お姫様にでもなった気分だ。いや、そんな美しい話でもない。

「もちろん断るわよね」

 断ってちょうだい。

 王子として命令されてしまっては、この場をおさめられるのは、どう考えてもこの魔術師しかありえなかった。だがわたしの期待とは裏腹に、ヴェイドさんはあっけなかった。

「べつに良いよ。いま気分転換したい気分だ」

 こ、この魔術師!

 罵倒の言葉をのみこんだわたしに、彼はなにげなく言う。

「どうせお茶会って言ってもローズ姫の離宮でするんだろう? それにローズの茶会は豪華だぞ、フィオナ」

「なんでわたしに言うのよ」

「前に、ミルフィーユを一生懸命食べていたのを見ていた身としてはね」

「ちょっ……」

 ちょっと今さらそんなこと引き合いに出さないで!

 思わず顔が熱くなる。最初にここに来たときに、わたしが“ケーキの食べ方がわからない”と言ったことはいまでも鮮明に覚えていた。王宮の菓子を初めて前にしたわたしが、無言でそれをたいらげたのは言うまでもない。そして、どうやらそれを想像したらしいアレクが微笑む。

「一生懸命食べてたなんて可愛いじゃないか。僕も見たかったな」

「あれはまさに子ども」

 ヴェイドさんはふっと笑った。

 わなわなと震えたせいで、悪かったわね子どもで、と皮肉るタイミングを逃してしまったのは惜しかった。わたしの中身が十五歳だと知っていて彼らは言うのだから、なんて意地が悪いのだろう。

「言っておきますけどね」

 わたしはようやく口を開いた。

「ヴェイドさんが来たって、楽しいお茶会にはなりっこないのよ」

「そこら辺は想像つくなあ。どうせ、ぼくにローズを振ってほしいんだろう?」

「えっ?」

 なんでそれを知ってるの?

 目を見開いたわたしに、ヴェイドさんは続けた。

「何回も好きだと言われたから」

「あっそう」

 ローザリア姫はわたしと同じことをしていたわけね。あっさり流されても諦めないあたり、彼女とわたしは似ているのだった。わたしは微妙な顔になっていた。

「ぼくにしたら、姫に限らず今の王族は自分の子どもみたいなものだし、ローズはぼくを慕う気持ちを、恋だと勘違いしてるんだよ。年ごろの世間知らずの姫にありがちなことじゃないか?」

「あらそ」

 彼の言葉は自分に向けているのだと、気づかないわたしでもなかった。この人、わたしが傷つくなんてことは、少しも考えてはいないのね。

 …………。

 あれ?

 どうしてわたしが傷つくのよ。

「じゃあローズには、今からそちらに向かうと伝えておこう」

 混乱するわたしをよそに、満足そうなアレクはそう言って誰か王宮の人を探しに行った。彼は心強い協力者を得て上機嫌だった。

「まあ行こうか、フィオナ」

 頭上からかかった声に、わたしはびくりと身じろいだ。ヴェイドさんがいつものように、わたしに向かって手をのばす。

「……わたし、侍女さんたちにお茶会のこと教えてもらってくるわ」

 差し出された手を拒むように、わたしは彼の顔を見ずに言った。

 わたしの視線はヴェイドさんのローブのすそのあたりを彷徨っている。それに気づいた彼が息をつくのを、残念なことにわたしは聞き逃すことができなかった。



 ◆・◆・◆



 お茶会の席でのローザリア姫は、きっと不機嫌そうな顔をしているだろう。そんなふうに思った時期が、わたしにもありました。

「あなた、思ったよりもヴェイド様と親しくありませんのね」

 逆にがっかりですわ、とため息をつかれてしまったわたしだった。

 結局四人でかこんだ円卓は、順番にローザリア姫、わたし、アレク、ヴェイドさんという並びだった。ローザリア姫にいったい何を期待されていたのかは分からないが、ほぼ真正面にあの魔術師が来るのは結構きついものがあるんですからね。そこをわかってくださいませ、姫さま……。怪訝そうな顔のローザリア姫に、わたしはぎこちない笑みを返した。

 彼女だけに与えられた離宮だというその場所は、色とりどりの薔薇の花が咲き乱れていた。それが華美だと思わないのは、庭園がきちんと管理され、バランスよく花が植えられているからだった。ほんのりと風に運ばれる花弁のにおいが、王女ローザリアの存在をさらに高貴なものにみせていた。

「先ほどはいきなり悪いことをしましたわね」

 口もとに扇子をひろげたローザリアは、わたしに顔を近づけると、意外なほど落ち着いた声でそう言った。もう少しこちらに寄りなさい、と言われてわたしは神妙な面持ちで椅子を近づけた。

「――で、昨夜の噂は本当ですの?」

 いきなり核心をついてきた彼女は、ちらりと対岸の二人を見やる。男性二人はすでに戦線離脱をはかっており、作法も構わず勝手にチェスを始める始末だった。むざんにやられるアレクの横顔を視界にとらえながら、わたしは王女に視線をもどした。

「ローザリア殿下、わたしがそんな噂の相手に成りうるとお思いですか?」

 年端もいかない少女(見た目)を、まさかそんなやらかしちゃった男女間の噂に引き立てるだなんて、正気の沙汰じゃないわ。わたしの思っていることが伝わったのかは知らないが、ローザリア姫は微妙そうな顔をした。

「わたくしとて、閣下がそのような少女趣味とは思いたくありませんのよ」

 彼女はそう言うとわたしから顔を離した。

「ですが、わたくしの侍女が煩いのなんの。姫様の好敵手あらわる、だなどと無闇に吹聴されては、わたくしの矜恃に関わることですわ」

 なるほど、姫様も色々と苦労が多いのね。美しきローザリア姫は魔術師ヴェイドに恋をしている。だからローザリア姫も馬鹿ばかしいと思いながら、城の人たちにわたしの存在を指摘されて黙っているわけにもいかなかったのだ。

「だとしても、好敵手だなんて……」

 わたしは戸惑いがちに首をひねる。

「あら、ああ見えてヴェイド様は女官からは人気があるのですわ。なんといっても、父上や兄上を差し置いて見た目がお美しいですもの」

「わたしは、彼は城の人たちから恐がられていると聞いていました」

「それは直接関わる場合ですわ。遠目から観賞するぶんにはなんら問題ありませんことよ。女というものは、みな夢を見る生き物なのです。だいたい、あの方は誰にも興味を示さないのですもの。だからこそ女官たちは安心してわたくしの応援をしているのですわ」

 はあ、そういう問題ですか。

 姫の話しによれば、魔術関係に厳しいヴェイド・フロディスは直接かかわる官吏たちには恐い人間だが、はたから見ている姫君や女官たちからは絶大な人気があるとのことだった。よもや、その偶像がとんでもなく“めちゃくちゃ”で“わがままし放題”な魔術師とは思ってもみないのだろう。

 そしていまも、『実は誰が魔術師ヴェイドにお茶を供するか壮絶な争いが起きているのですわ』と、こっそり教えてくれたローザリア姫だった。ちらりと周囲に目をくばると、穏やかに微笑む侍女さんたちの間で見えない雷鳴がとどろきわたっているのが見えた。う、うむ、わたしには見えたわ。

「アレイスト王子も大変ね……」

 これはヴェイドさんに報復したいと思うわけだわ。王子殿下のめんぼく丸つぶれ。そしてわたしの小さなつぶやきが聞こえたのか、アレクがちらっとこちらを見た。

「なんだ、フィオナ。呼んだか?」

「呼んでいませんよ、アレク」

「ああそう」

 そんなやり取りをするわたしとアレクに、二つの視線が突き刺さっていた。ローザリア姫とヴェイドさんだった。

「まあ、お兄さまと仲が良いというのは本当でしたのね」

 ローザリアが面白そうな声で言った。

「あなたはお兄さまを、アレクと。そう愛称を呼んでいらっしゃるのね。お兄さまがそれを許すのは信頼している相手だけですのよ、自慢に思ってもいいのですわ」

 いやいや、結構初期のころに『長いから適当にアレクと呼んでくれ』とか何とか言われた気がするんですが。たぶん愛称を呼ばせるのに、そんなたいそうな理由はないです、姫。

 そんなわたしの困惑をよそに、じーーーーっと目をすがめてわたしを見ているらしいヴェイドさんが、ふいに立ち上がった。

「…………さて、ローズ姫。ぼくはそろそろ仕事に戻らせてもらいますよ」

「あら、もう戻られてしまいますの……?」

 ローザリア姫は残念そうな顔になる。それがまたお姫様らしく、いじらしいものに見えた。幼いころからおとぎ話を読んでもらっていたわたしである。リアルおとぎ話のこの二人を、侍女さんたちが応援したい気持ちがわからなくもない。

「楽しい時間をありがとうございました、姫。ですがレオディス殿下を一刻もはやくもとの姿に戻してあげなくては」

「そうですわね、仕方がありませんわ」

 そっと目を伏せたローザリアに、ヴェイドさんは口を継いだ。

「つきましては呪いの解除の材料として、ひとつ気高き花をいただきたい」

薔薇の花(ローザリア)ですか。構いませんわ、お好きなだけお持ちなさい」

 ローザリア?

 わたしが不思議に思っている目の前で、ヴェイドさんはにこりと微笑む。

「では失礼」

 すっと手をのばした彼は、ゆるく結われたローザリア姫の髪をそっと撫でた。そして離れた指先には、一本の赤みの強い金髪が。

 では確かにいただきました、と満足そうに整った顔に笑みを浮かべ、魔術師ヴェイドは去って行った。姫はほうけたように顔を染めて、周囲の侍女たちもほうっと息をついている。

 わたしは思わずアレクを見た。

「…………みた?」

「残念だが、あれが通常営業」と、アレクは言う。

 わたしはあっけにとられていた。それはまるで自分の親が、いたいけな少女を口説き落とす瞬間を見た心境だった。

 ああでも、これじゃ心を奪われるわよねローザリア姫……。

 わたしはすごく、不憫な気持ちになった。



.

ぜんぜん優雅じゃないお茶会。

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