第89話 ケンの新しい家
ケン=マッケンジーは、リエリス=キュンメとサーラ=キュンメを伴なって、ゴルゴダの町の南西にある彼の土地に移送スキルで降り立つ。
この場所に正式な地名は無くて、無機質な番号で呼ばれているが、所有権を持つケンが役所に申請すれば正式に認められる。
例えば、『ゴルゴダ町外2480番 ケン=マッケンジーの土地』という感じである。
ヨシトのように故郷の地名を付けてもいいが、前世にそれほど思い入れが無い彼には今の所、その気は無い。
「さあ着きました。お2人とも、僕の土地へようこそ!」
自己活性魔術が効き始めて少しテンションの高いケンに、サーラは目を見開いて詰め寄る。
「…ケン、今の移送スキルはとんでもない。小隊を丸ごと移送出来るじゃないか!」
「僕は、自由魔素との親和性が高いから有利なんです。直径7m以内に収まる物なら運べますよ」
これは、自由魔素との親和性が高いからだけではなくて、彼が2つの並列思考を使って移送結界を構築しているという事情もあるのだが、そんな事は彼女は知らないし、余計に規格外になってしまう訳だから驚くのは当然だ。
そんなサーラに対して、当然だという表情のリエリス。
『予測』ギフト持ちで彼の能力を知っている彼女は、気にした風もなくあっさり言い放つ。
「それくらい出来て当然よ。偉そうに言ってるけど、きっとウッドヤットさんの足元にも及ばないのでしょう? …それより、向こうに見える小屋が、あなたが造った家なの?」
彼女が指し示したのは、100m先の高台にある木製の平屋建ての小屋だ。
あれがケンの家だとすれば、少し期待外れだが、3人が泊まれるほどの大きさは十分あるように見える。
その小屋を半日程度で建てたケンは苦笑して、それを否定する。
「あれは、地下倉庫の入り口です。家を造る材料を入れておく為に、練習を兼ねて、僕が最初に作ったものですよ。その後に、地下に石室が出来て倉庫になりました。ちょうど小屋の下に良い岩盤が張り出していたんで家の基礎の材料に使ったんです。せっかくだから先に見ますか?」
ケンの説明に、さすがのリエリスも驚いたようだ。
小屋といっても、かなりしっかりした造りのように見えるから、素人が造った物としては立派だと褒めてやろうと思っていたからだ。
この場所は魔素ライン近くにあり、地震がかなり多いそうだから、そうしないといけないのかもしれない。
「…なるほどね、メインディッシュの前の前菜って訳ね。せっかくだから見せてもらうわ」
リエリスが、そんな理由付けをしている横で、ケンはポリポリと頬をかく。
「いや、そんなつもりじゃなくて、単に位置情報を覚えた場所の近くに、たまたま小屋が在っただけですよ」
するとサーラがクスクスと笑う。
「たまたまなら、リエリス姉さまの『予測』が働かなくても当然ですよね。相変わらず、ケンは面白い」
「…そうよサーラ、この男は恋人に恥をかかせても平気な馬鹿なのよ。せっかくだから、もっと面白くして見せてねケン。期待してるわよ」
そう言ってリエリスが、小屋の方へ歩いて行こうとすると、「待って、リエリスさん」と彼が呼びとめる。
「今から、探査スキルで魔物の気配を探ります。それまでは念のため動かないで下さい」
彼は素早く浮遊魔術を行使して、上空40mくらいの高さに浮き上がる。
すぐに探査スキルを何度か念入りに発動するが、少なくても半径1、2km以内に魔物の気配は感じられない。
もちろん、相手が土に潜っていた解らないが、念の為に平地の周辺のあちこちの地面に魔物を探知する魔道具を設置しているので警備は万全だ。
いくら魔の森から離れているといっても、擁壁に守られていない一軒家には、これらの装備は絶対必要な物である。
彼は上空から地面に降り立つと、2人のキュンメに向かって話す。
「…お待たせしました。魔物や魔木はいませんから、もういいですよ。探知魔道具を敷地の周りに設置してますから、何かあったら約1分間警報が鳴ります。獣除けの魔術陣も平地の4隅に設置してますから、この辺りに居るだけなら問題ないはずです」
「…そうだよな、ここはネオジャンヌの街中じゃ無かった。警報器の設置は、野営をする時の最低限のルールだ」
急に軍人の顔に戻ったサーラを見て、ケンはあわてて言い訳する。
「本当に大丈夫ですよ。ここは、ちゃんと準備さえして置けばすごく安全なんです。魔素ラインの近くには魔木は生えませんし、人が集まってる町なら別ですけど、魔物もめったに近付きません。魔素ライン上で戦闘になったら厄介ですけど、正直、このメンバーが居て負ける気がしませんから」
ケンの話は常識的なので、サーラも納得した様だ。
その横で、リエリスは『馬鹿ね』という顔で彼を見ている。
休暇に来ているサーラを心配させるようでは馬鹿に違いないので、ケンは内心で反省する。
「さあ、ケンもサーラも行きましょう。先に地下倉庫を見るんだから、早くしないと日が暮れてしまうわ」
今の時刻は午後4時過ぎ頃なので、リエリスの意見に従って3人で小屋に向かった。
彼は物置小屋の入り口の前に立つと、両開きの大きなドアについている鍵を開ける。
小さな小屋には似つかわしくないが、倉庫だから荷物の出し入れがしやすいようにしているのだろう。
この世界の鍵は、魔素をほとんど含まない鉱物や意志付けしにくい物質で作られている。
操作魔術が使える世界だから、単純な鍵は通用しないのだ。
ケンが扉を開けると、3人は小屋の中に入る。
小屋の中は確かに物置で、窓が小さく薄暗くて、壁の両側に天井まである棚があり、木の床の上には整然と余り物の建築資材が置かれている。
「…こっちです。小さな窓しか無いので暗いですけど、今、明かりを付けます」
彼は照明魔術を行使すると、荷物の脇を抜けて、小屋の中央にある作業台の所に歩いて行く。
そして、寄木細工になっている作業台の一部を何回か動かす。
最後に、作業台ごと横にスライドさせると、床に1、5m四方の石の扉が現れた。
ケンがその扉の上にある金属に意志付けすると、カチリという音がして鍵が開いたようだ。
恐らく、ケンの思紋に反応する魔道具による鍵なのだろう。
彼が力を込めて、ゆっくりと上開きの扉を開けると地下に続く階段が現れた。
「ずいぶんと厳重なのね」と、感心したようなリエリス。
サーラは無言で呆気に取られている。
「ここは、僕の金庫代りですからね。今から8mほど地下に下ります。暗いですから足元に気を付けてください」
ケンは地下に続く階段をゆっくりと下りて行く。
下は真っ暗だったが、ケンが壁のスイッチを入れると照明魔道具が地下の空間を照らす。
そこは、高さ3m、縦横20m四方はある大きな石室だった。
石の壁はつやつやとした光沢を放っており、明らかに強化加工されていて、ひび割れや水漏れなどは一切なかった。
そして、床には様々な貴金属が並べて置いてある。
金や白金のインゴットもかなりの数があるが、一番多いのは銀のインゴットだ。
インゴット状ではないが、魔黄白金の冶金に必要なオスミウムやイリジウムも十分な量が石の箱に入れられている。
これらは当然、ヨシトが集めた貴金属の塊をケンが地下から掘り出して精錬した物である。
これでもヨシトが集めた3分の1ほど量しかないが、見る人が見れば非常に純度が高いインゴットだと解り、もし全て売却すれば5億ギルほどになるだろう。
「…こんな大量に、一体どうやって手に入れたんだ?」
驚いて息を飲むサーラに対して、ケンは冷静に答える。
「ヨシト先生が、この土地の鉱脈から集めてくれたんです。僕は集まった金属を精錬しただけです」
それから彼は、彼女の疑問に答える為に、これまでの経緯を簡単に話す。
彼女は驚くよりも感心しきりで、「…ウッドヤットさんは、とんでもない人だな」と、素直な感想を述べる。
「そうなんですよ。だから、先生の事は秘密なんです」
「…ケンが私に誓約させた理由が良く理解出来た。これがばれると、ちょっと大騒ぎになる。でも、わざわざ財産を私達に報告する必要なんて無いんじゃないか?」
「だって、僕達は真の友でしょ。それにリエリスさんにも大まかにしか話してませんから、2人に知っていて欲しかったんです。特にサーラは、僕が貧乏なのをずいぶん気にしてましたから」
サーラはリエリスをちらりと見る。
彼女には悪いが、こうなってはもう仕方がないだろう。
だから彼に、真の友として語りかける。
「…だったら、もう心配いらないな」
「いりません。でも、現金には換えませんけどね」
「…そうだった。ケンは魔道具のマイスターになるんだったな。これは魔道具の材料に使うつもりなんだ」
「はい、だから今回の建築資金も、僕の貯金から出してます。おかげで半分近く減っちゃいましたけどね」
「そんなのは、材料があるんだから稼げばいいだけだよ。将来の為にもその方がいい」
ケンとサーラが楽しそうに話す声が、石室の中にこだまする。
その横で孤独を感じながら、リエリスは静かに石室の床に並ぶ貴金属を眺めていた。
彼女は彼から貴金属の鉱脈のある土地を手に入れたとは聞いていたが、利益が出てもせいぜい数千万ギル程度で、こんな結果になるとは『予測』していなかった。
つまりリエリスは、ヨシト=ウッドヤットの能力を『予測』しきれなかったのだ。
(…私の負けね。ケンはもうすぐ旅に出てしまう。…私を残して)
彼女が彼に無茶な要求をしたのは、最後の賭けだった。
彼の夢にかける熱い思いは十分理解しているから、反対するつもりは無かった。
だがしかし、恋人としては言い分はある。
ウルルス高専を卒業して、すぐに旅立つのだけは反対だった。
いくら彼が望んでいても、旅立つのには資金がいるし、実家が貧乏なのは解っている。
恋人としては、ほとんど貯金が無い状態で旅立つなんて事はさせたくない。
誰からか借金してまで、冒険する男だとは思ってはいない。
だからしばらくの間は、ガレア地方でお金を稼いでから、旅立つように言うつもりだった。
少なくても1年、出来れば2年くらいは…。
彼が移送魔術をスキル化した事は知っていたので、そのくらいの間は、ネオジャンヌに留まる自分と恋人関係を続けていても問題ないだろう。
その程度の我がままなら、彼もきっと受け入れてくれると思っていた。
だが、そこに降って湧いた様に財宝の話が出て来てしまった。
はっきりとした金額までは教えてもらえなかったが、わざわざ報告するのならば、旅の資金の目途が付いたという事だろう。
完全に予定外だったので、彼からそれを聞いた時、彼女は内心で酷くあわてた。
…しかし、彼女は考える。
まだ、何とかなるかもしれない。
例えばだが、その財宝を何とかして使わせれば、彼は簡単には旅を続けられないはずだ。
優秀な彼女は、すぐに色々と悪い方法を思いついたが、大好きな人に散財させるなんてとても出来なかったし、したくなかった。
それならば、資産を不動産に変えてしまえば、彼の出発は少しは遅れるかも知れない。
それに、貧乏性の彼が財産を注ぎ込んだ家を持てば、メンテナンスが必要だから度々帰って来る必要があるだろう。
里心がつけば、馬鹿な考えが改まる可能性だって少しくらいはある。…かもしれない。
彼に関する『予測』はうまく働かないし、どう考えても分の悪い賭けだが、せめて彼女は最後の悪あがきをしてみたかったのだ。
他に彼を傷付けない良い方法が思いつかなかったとはいえ、今思えば何という強引な上に、愚かな浅知恵だったのだろう。
そして結果は、ご覧の有様だった。
ある意味では、非情に徹しきれなかった時点で勝負は決まっていたのかもしれない。
リエリス=キュンメは覚悟を決めた。
ここまでの結果を見せられれば、恋人として彼を引き留める選択肢は無い。
残された選択肢は2つ、あふれる恋心を優先して彼の冒険の旅に付いて行き、しばらく世界を回る覚悟をするか、…あるいは別れるか。
…つまり、後は自分の決断次第である。
彼と一緒に培った強い精神で、彼女は自分の心と向き合う決心をした。
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地下倉庫を見学した後、いよいよ本命の場所に3人は向かう。
この小屋から山裾を迂回すると10分以上はかかるので、飛んでいく事を勧めたケンだが、せっかくだから歩きたいという2人のキュンメの意見で歩く事に決まった。
彼はリエリスの荷物を持って彼女の横を歩いていたが、少し元気が無いのが気になった。
「リエリスさん、どうかしましたか?」
「…ちょっと驚いたのよ。まさか1週間で、あんな地下倉庫まで造れるなんて思わなかったから」
彼はちょっと気まずそうに視線をそらす。
「実は、小屋以外は全部ヨシト先生が造ったんです。僕はログハウスだけで手一杯で、そんな余裕は無かったんです。先生は、『暇だ!』って言って、2時間くらいで石室や細工を造ってしまったんです。リエリスさんの要望とは関係ないから問題ないと思ったし、それまでは貴金属を穴を掘って地下に埋めてたから丁度いいと思ったんですけど、自分の手柄のように話すのは卑怯でした」
「…そう、ウッドヤットさんらしいわね。あの人は、あなたの事を一番に考えているから」
余計に元気が無くなったリエリスを見てケンは焦る。
不安定というよりは落ち込んでいるように見えるが、その理由が解らない。
だが、そもそも女心なんて解らない。
どうしようかと思っていた時、サーラが前方を指さして大きな声を出す。
「ケン! もしかしてあれか?」
その声に反応して、リエリスも前を見る。
「あら、素敵なログハウスじゃない。まだはっきり見えないけど、かなり期待できそうね」
空元気かもしれないが、明るいリエリスの声を聞いてケンは少しホッとする。
「そうです! 1週間、ほとんど徹夜で造った自慢の家です。先生に教えてもらいながら、材料の切り出しや加工や成形以外は、ほとんど自分1人でやりました」
ケンの自信満々な様子を見て、サーラは目を輝かせる。
「ケンがそこまで言うなんて楽しみだ。…じゃあちょっと失礼」
彼女はいきなり飛行魔術を行使してログハウスに向かって飛んでいく。
「ちょっと、ずるいわよサーラ」と、リエリスも後に続く。
「ああ、リエリスさんまで。スカートを着たままで飛ぶなんて、はしたないですよ」
出遅れた彼も、2人の後を追って空を飛ぶ。
気を遣ってくれたサーラの機転に感謝して、これからの時間を精一杯楽しもうと思いながら。
ログハウスの前に降り立った3人の表情は対照的だった。
驚いているサーラに、呆れているリエリス。
ケンは期待半分、不安半分という感じだ。
「…けっこう大きいな、ケンが1人で建てたとは思えない」
「馬鹿じゃないかしら? あなた、温泉施設でも開業する気なの?」
対照的な2人の意見に、彼は言い訳気味に説明する。
「材料が余っていたから、ちょっと調子に乗りました。木材は魔術で強化して防腐処理を施しているから温泉を引いても問題ありません。温泉小屋も強度計算はしっかりしてますから大きな地震が来ても大丈夫ですよ。先生の話によると、20年に一度くらいのペースで魔道具をメンテナンスすれば、500年以上は持つと言ってくれてます」
ケンの家は、ログハウスと言うだけあって、薄茶色の三角屋根の2階建ての木の家だ。
ただし、2階部分には強化ガラス窓が使われているので、思ったよりはモダンな感じがする
しかし、丸太を組み合わせた山小屋というよりは、全ての木が一体構造になっていて、木彫りの家という感じだった。
しかも、その外壁には明らかに何重もの強化加工が施されていて、シンプルだが、かなり頑丈な造りに見える。
雨風や温泉でも腐食もしないし、その強度は鋼鉄並で、火事でも燃えないのだから、ある意味これは地球の木造建築では無い。
そして特筆すべきは、先程から話題に出ている家の3分の1近くを占める、母屋と屋根付きの渡り廊下でつながった、低い屋根の離れの存在だ。
その離れは、間違いなく温泉施設である。
何故なら、天井近くの通気孔から湯気が出ているのだから。
後は、家の基礎に当たる部分が石造りの一体構造になっている事だろうか?
簡単に言うと、四角い石の板の上にログハウスがくっついている感じに見える。
目ざとくそれを見つけたリエリスが、ケンに質問する。
「ねえ、もしかして、この家自体が空を飛ぶのかしら?」
「さすがリエリスさん。やろうと思えば出来ますけど、この家は地震を感知すると基礎から10cmほど浮き上がるんです。地震がおさまると元の位置に戻ります。田舎の一軒家だから出来る免震構造って訳です。だけど、離れは飛びませんよ。下水の配管の都合がありますからね」
「…水道はどうしてるの?」
「近くの小川から引いて来て、ろ過と浄化してから屋上のタンクに溜めて使います。温泉も湧いてますし、この辺りは地下水も豊富ですから水には困りません。ちなみに、下水は浄化槽できれいにした後に地下に浸透させます。この付近は、良質な自由魔素が地下から染み出しているので魔素燃料には困りません。完全に自給自足出来る訳です」
ケンとリエリスが少しマニアックな話をしていると、サーラはじれったい様子でケンに話しかける。
「2人とも、もう設備の話はいいよ! ケンとウッドヤットさんに任せておけば心配いらないんだから。それより、早く中を見せて。ケン、早く鍵を開けてくれ」
子供の様なサーラの様子を見て、ケンはホッとした表情で笑う。
どうやら、外観は気に入られたようである。
「…実は、時間が無かったから鍵は取り付けてないんだよ。でも、今日中に取り付けるから心配しなくていいよ。だからサーラは、好きに中に入って見てくれ」
「よし、よく言った! …それじゃあ入るぞ」
頷いてドアをガチャっと開けたサーラは、玄関に足を踏み入れる。
そこは天井まで続く吹き抜けの広い空間だった。
そして、家の中の素材は、ほとんど全てが加工した木で出来ている。
この世界では木造りは安っぽいはずだが、何故か不思議な温かみが感じられる空間だった。
特に、玄関ホールの壁に飾られた銀細工のレリーフが見事である。
そのまま廊下にあがろうとするサーラをケンは呼び止める。
「サーラ、この家は土足厳禁だよ。玄関でスリッパに履き替えてくれ」
「わかった。そういえばケンは外国出身だったもんな」
「違うわよサーラ。ウッドヤットさんの家も土足禁止だったでしょ? きっと異世界の習慣なのよ。…でも、ちょっと面白そうだわ」
3人はスリッパに履き替えて、玄関ホールに上がる。
「今から中を案内するから、2人とも付いて来て」
自己活性魔術のせいで彼はすっかりハイになって、次々と家の中を案内していく。
この家は2階建てで、1階は大きな居間とキッチンと食堂と15畳ほどの部屋が2つ。
居間には荷物は少ないが、床一面に厚手のじゅうたんが敷き詰められていて、中央には4人がけのソファーセットが置いてある。
窓は強化ガラスを使った小さな物しかないが、天井にある芸術的なシャンデリア型の照明魔道具が明るく室内を照らしている。
特にキッチンが素晴らしく、大きなアイランド型のキッチンカウンターや大型冷蔵庫や調理用魔道具が一通りそろっている。
もちろんこれらは、全てケンが造ったり、スクラップを買い取って修理改造したものだ。
次に向かった1階の部屋には、簡単な家具とセミダブルベットが設置しているが、マットレス以外は全てケンの手作りだ。
続けて3人は階段を上がり、2階の部屋を見学する。
「…すいません、偉そうな事を言いましたけど、2階は本当に部屋だけしかありません。1つは万が一の為の非難部屋も兼ねていますから、天井に飛行用の非難カプセルが設置してますけど、それは先生の趣味で、僕が造った訳ではありません」
彼の言葉通り、2階には15畳ほどの部屋が3つあるが、クローゼットや本棚だけで家具は全く置いてはいない。
恐らく時間が無かったので、そこまで手が回らなかったのだろう。
飛行用の非難カプセルは、屋根裏に設置してあるようだが、この3人なら空を飛んだ方が早いので、必要な設備では無いだろう。
だだし、2階の全ての部屋には大きな窓があり、雰囲気が明るくてサーラとリエリスは気に入った。
これで母屋の中は見終わった訳だが、サーラとリエリスを驚かせたのが、家中に飾られている見事な銀細工の魔道具の数々だった。
例えば、階段の手すりの一部、廊下の壁飾り、ドアのプレートや家具の留め具にもちょっとした銀細工の魔道具が使われていて、かなりセンスのいい空間を醸し出している。
固定化の魔道具や、浄化と空調の魔術機械がこの土地から湧きでる自由魔素をエネルギー源にして作動しているので、長い間、掃除もせず家を開けていても、室内が痛む心配は無い。
もちろんこれらは、ヨシトがケンに造るように指示したもので、大量にある銀を使って実用を兼ねて家の飾り付けを行なったという訳だ。
この細工に時間がとられて、ケンは昨日の夜、一睡も出来なかったのだが、魔道具造りの修業を兼ねていたので、彼は文句も言わず頑張った。
つまり、この家は魔道具があちこちに設置してある、メンテナンス不要の魔道具ハウスだとも言える。
それから3人が最後に向かったのは、離れの温泉施設である。
渡り廊下は壁付き屋根付きの立派な物だが、母屋が浮き上がってもいいように繋ぎ目の部分だけは蛇腹構造になっている。
離れに入ると、入り口近くにトイレと洗濯室とシャワー室が設置してあって、その奥が温泉になっている。
10人以上が楽に着替えられるほどの広さの脱衣室を抜けると、日本の温泉旅館の様な広々とした浴室があり、20人以上が入れる石造りの湯船がある。
その奥の壁の扉を開けると、何と掛け流しの露天風呂まである。
これは、日本人であるヨシトが設計した図面をそのまま再現したからだが、異世界人であるリエリスとサーラからは理解されず不評だった。
「ばっかじゃないの! いくらなんでも広すぎるし、外でお風呂に入る意味が解らないわよ。日本人って変態なのね!」
「そうだぞケン。いくら周りに民家が無くても、獣人族の露出狂じゃあるまいし、風呂を外に造るなんて大問題だ。まさか水着を着て家風呂に入るのか?」
女性2人から責められてタジタジになった彼は、
「僕もそう思ったんですけど、先生が一歩も譲らなかったんです。『風呂は日本人の心意気だ』みたいな事を言って。
僕が嫌がるんで、結局、外の風呂だけは先生が造ったんです。…ちなみに、岩風呂って言うそうですよ」と、必死に言い訳する。
それからも、「こんな大きな風呂を造る目的はなんだ? まさかここでプレイするつもりなのか?」とか、「あなた、そんな特殊な性癖があったの? だったら協力してあげましょうか?」とか言われて散々な目にあった。
ようやく一通り案内を終えた彼は、最後に居間に戻って来てソファーに腰を下ろす。
リエリスとサーラが向かいのソファーに座ると、「…何か質問はありますか?」と疲れたように尋ねる。
「家に関する事は特に無いわね」
「そうですね、リエリス姉さまも私も、ケンが変態と解った事がショックでした」
「…もう変態でいいです。どうせ僕は、露出狂の日本人ですよ」
すっかり拗ねてしまったケンは、ブスっとした顔でそっぽを向く。
リエリスは一向に気にした様子もなく、彼に質問する。
「ところで、サーラの歓迎会の準備はどうしたのよ? お酒や食料は準備しているのかしら?」
「あっ! …忘れてました。すぐに買ってきます」
ケンはあわてて家を飛び出し、ゴルゴダの町へ買い出しに出かけて行った。
リエリスとサーラは、彼の姿が消えた後に、2人きりで話し始める。
それは決して楽しい様子では無くて、しんみりとした会話だった。
「…リエリス姉さま、ケンは本当に旅に出てしまうのですね?」
「…ええ、それは間違いないわ。もう彼は貧乏じゃないし、これだけの実力を見せつけられると恋人としては反対出来ないもの」
「…何とか出来ないんでしょうか? 本当は私だってケンの夢は応援したいです。でも、これほどの腕を持つ職人が、行商の旅に出るなんてあり得ません。ネオジャンヌじゃなくても、ケンならどこの街でも成功出来ます。だけど、もし悪い噂でも流れたら、ケンはきっと馬鹿にされて街に住めなくなります。一度ドロップアウトした人は、なかなか社会的に認められませんから」
サーラの意見は大げさではない。
閉鎖的な人間族社会では、悪い噂も広がりやすいのだから。
リエリスは、強い意志を込めた瞳でサーラの心配に応える。
「それは大丈夫よ。私が彼の名誉を守るから。…それに行商人なら、それほど馬鹿にされる事は無いはずよ。もし、それでも彼をおとしめる人がいるなら、私は一切容赦しない。ケン=マッケンジーを馬鹿呼ばわりしていいのは、彼の大切な人だけよ」
「はい、私も許しません。真の友を馬鹿にされるのは、自分を馬鹿にされるより悔しい事ですから」
リエリスとサーラは、お互いの目を見つめ合い、黙って頷き合う。
だが、少しサーラは心配になった。
自分は真の友だからいいが、ケンが旅立った後、リエリスはどうするのだろうか?
今まで聞く機会は無かったが、卒業後の旅立ちが確定した今なら、聞くべきかも知れない。
彼女にとって、2人はかけがえのない存在なのだから。
「…ねえ、リエリス姉さま。専門院を卒業した後はどうするつもりですか? ちょうど、ケンがウルルス高専を卒業する時期と同じですよね?」
サーラらしくない遠回しな質問に、リエリスは苦笑する。
幼馴染のいとこに、ずいぶん気を遣わせてしまったと感じた彼女は、まだ決めた訳ではないが今の素直な気持ちを説明する。
「私は、彼について行くつもりは無いわ。だから、2人の関係はそれでおしまい。あなたとは違ってね」
「そんな事はありません! ケンは今だってリエリス姉さまの事が好きです。だって、大切な貯金を姉さまの我がままの為に使ったんですよ! それはきっと、ケンに財産が無くても同じだったはずです」
「もちろんよ、あいつは私に惚れているもの。しかもベタ惚れよ。私の何がそんなに良いのか解らないけどね」
リエリスは悲しげうつむくが、サーラの意見には同意する。
彼を好きだし、愛されている事も実感している。
お互いを思う気持ちは、恋人としては十分だと思う。
しかし、決定的な部分が足りないのだ。
「…だけどね、ケンの将来と私の将来は簡単には交わらない。私は冒険の旅に出たいとは思わない。だから、本来は別れるべきなの。もう少し彼と一緒にいたい気持ちは、私の甘えなのよ。もうこれ以上、彼の希望を邪魔する様な醜い女にはなりたくないわ。だったら、すっぱり別れる方がお互いの将来の為なの」
人間族らしい論理的な意見に、サーラは納得するしかない。
だが、このまま別れてしまっては、2人の関係は本当に終わってしまうかもしれない。
好きという気持ち以外は、つながりが無いはずの2人だから。
「…リエリス姉さまは、ケンの真の友になるつもりは無いんですか?」
「無いわね。私はサーラとは違うわ。真の友よりも悪友の方がお似合いだわ」
否定しようと思ったサーラだが、リエリスの表情を見て思い止まる。
ケンを好きな気持ちの性質が違う以上、リエリスの本当の気持ちなんて解らないと何となく思ったから。
「…本当にそれでいいんですか?」
「ええ、これでいいのよ。…さあ、この話はもうおしまい。今日から2日間は、暗い話は無しにしましょう。ケンと私は昼間は学校に行くんだから、せめて夜は思いっきり楽しみましょう」
「…はい、そうします。でも、最後に一言だけ。ケンと姉さまは、心の奥底で繋がっています。例え離れていても、それだけは決して変わりません!」
サーラはリエリスの手をそっとつかむとニッコリ笑う。
「…ありがとう、サーラ」
リエリスもサーラの手を優しく握り返す。
そうしているとサーラの温かさが、体中に伝わってくるようだ。
だから、例え彼と別れる事になっても大丈夫だと実感できた。
自分にもかけがえのない人達は、たくさんいるのだから。
そして、2人は気持ちを切り替える。
これからの2日間が、ケンとリエリスとサーラの今までで一番幸せな時にする為に。
後から思いだしても、笑顔しか出て来ない様な最高の日にする為に。
…それからは、また別の話。
ケンが返ってきた後は、かなり無茶苦茶な展開になった。
いきなり酒盛りが始まったかと思えば、彼も思いっきり付き合わされて、酔っぱらった2人のキュンメにおもちゃにされた。
疲れて朦朧としていた彼は抵抗出来ずに、無理矢理に風呂場に連れ込まれて3人で混浴したり、酔っぱらったまま3人で一つのベットで寝たりした。
それが幸福なのか悪夢なのかは今の彼には解らないが、3人がこの2日間の出来事を忘れる事は一生無いだろう。
解説
リエリスは、ケンに1000万ギル近い貯金があるとは知りませんでした。
彼は、それを旅の準備金や運転資金に充てるつもりだから無いものだと思っていたし、彼女は、恋人の懐事情を詳しく聞いたりするタイプでは無いですから、これは仕方が無かったとも言えますね。
いずれにしても、始めから確率はゼロだった訳で、結果的に彼女は自らの行動によって追い詰められた訳です。
次話が最終回です。
原稿は上がっていますので、あとがきも含めて2日後に投稿します。




