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第88話 サーラの休暇とリエリスのわがまま


ケン=マッケンジーが成人してから3カ月ほど経った3月中旬の季節は夏の頃の事。

いよいよウルルス高専5年の後期を迎えていた彼は、最後の卒業試験にさえ合格すれば7月に卒業を迎える事になる。

とは言うものの、学科成績の1割アップの恩恵も受けているし、卒業試験は特別難しくは無いし、友人のハイド=ノワールが試験の予想をしてくれているので、学科が苦手な彼にもかなり余裕があり、落第の心配はしていなかった。

だから最近はヨシトの指示により、国家資格試験を受けまくっている。


『役に立たないようでも、肩書は重要だ。特にケンの場合は尚更だ。どこに行っても、行商人は信用されないからな』

ヨシトの意見はもっともなので、彼に異存は無い。

とは言え、相変わらず忙しいので、あまり手間がかからなくて役に立つ資格を中心に選んでいるし、特に頑張って資格試験の勉強をしている訳では無い。

何せ、ヨシトの知識を記憶魔道具で頭の中に転写するだけで済むのだから、知識だけは寝ている間に自然に身に付く訳である。

真面目に勉強している人からすれば、これはかなりずるい行為だが、あくまでも彼の希望は社会的な成功では無いのだから、それほど罪悪感は無かった。



話を学校生活に戻すと。ウルルス高専をあと4カ月足らずで卒業するケンは、もうクラブ活動を引退しているし、当然ハイドも生徒会長を勇退している。

後任にはレイカ=アネアスが無投票で選ばれていて、問題なく生徒会長をこなしている模様である。

もちろん、もうアネアスから生徒会の手伝いに呼び出されるなんて事はないが、今でも偶然に校内で会うと仲良く話せる可愛い後輩だ。

恋人のリエリス=キュンメとの一件があってからは、かなり対応には気を遣ってはいるが、普通に話す程度なら問題ないと思っている。

もう、リエリスが嫉妬を焼くなんて事も無くなっているから、気の遣いすぎだとは思うのだが…、惚れた弱みである。


一方、魔術の修業は、これから最後の大詰めのスキル化作業を迎えるが、予定以上に順調に行っている。

逆に時間に余裕があるので、週に一度は違う町でリエリスとデートが出来ているし、お互いが開いた時間を見つけては積極的に会っている。


ここ最近は、彼女の精神力はかなり成長していて、不安な面は見られなかった。

もちろんこれは、ケンとリエリスの努力の結果である。

この世界では、強い想いは確実に力になる。

本心から強く願って努力すれば、もろい精神さえ成長してたくましくなるのだ。

そうなれば、元々スペックが高い彼女は天下無敵で、振り回された彼は嬉しい悲鳴を上げていた。


つまり、ネオジャンヌに住み始めてから5年経って、ようやく彼は完全に幸せな時間を過ごせている訳だ。

しかし、『好事魔多こうじまおおし』とはよく言った物で、そんな時こそ気を引き締めなければならないだろう。

その例にもれず、突然彼にトラブルが舞い込んできた。



事の起こりは、休みの日にリエリスが、珍しくウッドヤット家4階のゲストルームのケンの部屋に遊びに来ていた時の話である。

イチャイチャとまでは行かないが、メゾネットタイプの一階部分にあるソファーに座って、2人っきりで恋人らしい会話を交わしていると、唐突にリエリスが違う話題を振ってきた。


「ねえ、あなたにサーラからの手紙は届いた?」

「いいや、来てないよ。…サーラに何かあったの?」


サーラ=キュンメは自らの希望で、今でも魔物との戦いの最前線に赴いているはずだ。

最前線でも手紙のやり取りは出来るが、彼女はそれほど筆まめな方では無い。

そんな事情だから手紙などめったに来ないし、来るとすればあまり良い便りではないだろう。

ケンの表情が曇ったのを見て、リエリスは笑ってその考えを否定する。


「…違うのよ。別に悪い話じゃなくて、サーラが休暇でこの街に戻って来るって手紙が昨日届いたの。ネオジャンヌでの休みは3日だけしか取れないんだけど、出来ればゆっくり骨休めがしたいんだって」

「…なるほど、本当に良かった」

彼のホッとした様子を見て、彼女はにんまりと笑う。


「あの子がそう簡単にやられるはず無いでしょ。お母様の話じゃ、小隊長として大活躍してるらしいわ。実際に戦ったあなたがそんな風じゃ、サーラも報われないわね」

ケンは少しムッとした様子で、リエリスに反論する。


「…そうは言っても、心配なのは仕方ないですよ。先生の話じゃ、一番危ないのが新兵の時期って話ですから」


「あら、あの子はエリート将校なのよ。部下には必ず優秀な人間族の高齢者が補佐として付いているわ。それにいくら前線といったって、20m級より大きい魔物と戦うなんて事はそれほど多くは無いわよ」


言われてみれば、その通りだ。

サーラの『拘束』ギフトは、20m級以下の魔物相手なら無敵だと言える。

それに、ヨシトの言葉もあくまでも傭兵の場合で、軍人に対する物では無かった。

じゃあ軍人はどうかいえば、いくら彼でもそんな細かい知識は持っていない。

そして、軍人の家系であるリエリスなら当然知っているはずだ。

(絶対、わざとからかったな)とは思ったが、ここで怒るほど彼は子供では無い。

…どうせ文句を言っても、口で勝てるとも思えないから、一つ咳払いしてから話を進める。


「…ともかく、サーラが戻って来るのは解りました。でも、確か彼女のマンションは賃貸に出してましたよね? 一体どこに泊まるんですか?」


「それを手紙に書いて来たのよ。出来れば、私の部屋に泊めて欲しいんだって。ホテルや実家に泊まるのが普通らしいけど、せっかくだからゆっくり会いたいじゃない?」


彼は自分の元に手紙が来ない訳を理解した。

この場合は、いとこのリエリスを頼るのが正解だろう。

いくら2人が真の友だといっても、パートナーでも無い男女が2人っきりで一つ屋根の下に泊まるのは、世間的に見て良くない事だ。

ウッドヤット家にはヨシトが居るから問題ないと言えるが、ケンは間借りしている居候いそうろうの身だからサーラは気を遣うだろう。

だが、彼女が帰って来るなら是非とも会っておきたい。


「いつ帰って来るんですか? 僕も会って話がしたいです」


「そんなの当たり前でしょ? 予定では1週間後だから、何を置いても必ず会いなさい。…もし会わないなんてふざけた事を言ったら、その時は握りつぶすわよ」


下腹が締め付けられるような気がしたが、彼はあえて突っ込む馬鹿はしない。

多分、彼女のいつもの冗談なのだ。

…そうでなければ怖すぎる。


「じゃあ、予定を開けておきます。1週間後にリエリスさんのマンションに行くって事でいいですか?」

だが、彼女は表情を曇らす。


「…それが問題なのよね。悪くは無いけど、それじゃあちょっと、つまらないと思わない?」

「…えーっと、意味が解りません。何が問題なんです?」


リエリスの話を聞きながら、ケンはだんだん悪い予感がしてきた。

今までの経験でいうと、こんな時の彼女は悪だくみをしているに違いない。

そして、ニヤッと笑った彼女の表情を見て、それは確信に変わる。


「さっき言ったでしょ? サーラは疲れていて、ゆっくり骨休めがしたいの。骨休めっていうなら、それなりの環境が必要よ」

「…えーっと、ますます意味が解りませんけど?」

リエリスは、人差し指をピッとケンの鼻先に突きつける。


「骨休めと言ったら温泉よ。しかも出来るだけ人気のない場所がいいわ。移送魔術で行けるなら最高ね。…あら不思議、全ての条件を満たせる人が目の前に居るわ」

完全に意表を突かれた彼は、慌てふためいて聞き返す。


「…ちょっと待ってください。まさか、僕の成年自立手当の土地に行って温泉に入ろうって訳じゃないですよね?」


「それ以外に、どう解釈できるの? 私もケンのお気入りの温泉の湧く田舎の土地に行った事が無いから、すごく楽しみだわ」


「いえいえ、そんな説明ゼリフ要りませんから。それに、温泉と言ったって、山裾やますそに湧き出しているだけの湯だまりですよ。休める建物どころか、着替える場所一つありません。地震も月に一度程度はありますから、ゆっくり骨休めなんてとても無理です。せめて、ゴルゴダの町にしましょうよ? 温泉なら、そこにもありますから」


彼女は、素晴らしい微笑みを浮かべて彼を見る。

その涼やかな瞳は、雄弁に内心を語る。

(あなたは、それでいいの? じゃあ、もっと逆らってみれば?)

彼は完全に、蛇に睨まれたかえるだ。

それ以上、言葉が来ない事を確認してから、彼女は落ち着いた口調で話す。


「…それで、あなたは恥ずかしくないの? 本当に、心からの歓迎だと言えるのかしら? あなたは、サーラ=キュンメの真の友でしょ? 以前は何度もサーラのマンションに通っていたんだから、それに見合うお返しをするのは当然でしょ? だから、あなたの土地にもちゃんとサーラを招待して、真の友として恥ずかしくないような泊まれる場所を造りなさい。…あなたなら、必ず出来るはずです。私のギフトがそう言っているわ」


少し楽しそうな声を聞いて、彼は思わず天を見上げた。

彼女のギフトを疑う訳ではないが、1週間で何とかしろとは無茶な要求だ。

さすがに断ろうと思った彼に、彼女は冷たく言い放つ。


「返事はどうしたの? もちろん、『はい』以外は認めないからね。さっきも言ったでしょ? 何を置いてもやりとげなさい。2つとも握りつぶされたく無かったらね…」


彼の口だけがパクパクと開くが、言葉が出ない。

冗談か本気か解らないが、とりあえず逆らったら駄目な気がする。

すると突然、リエリスは頬を寄せ、優しくケンに口づけすると、惚れ惚れとする魅力的な笑顔でとどめを指す。


「…カッコいい所を見せて。私の大好きなケン=マッケンジー。…あなたなら大丈夫よ」

もちろん馬鹿ケンの返事は、「はい、喜んで!」

いくら惚れた弱みとはいえ、完全に手玉に取られたあわれな男は、全く後悔もせずにゆるみきった顔で頷いた。




リエリスが帰った後、ケンが真っ先に向かったのはヨシト=ウッドヤットの元だった。

建築博士号を持つ上に、近くに似たような土地を持っていて、尚且なおかつ、そこにログハウスや小屋を建てたという相手には、詳しい話を聞いてみるしかないだろう。

本当は自力で解決したいが、サーラが帰って来るまで後1週間しかないから、何しろ時間が無さ過ぎる。

ヨシトは2階にある研究室(とは言っても作業場にある小さな部屋)に、今日は朝からこもっていたはずだ。

ケンは扉をノックをして、返事が来るのを待って中に入る。


「先生、ちょっと相談に乗って欲しい事が…、何を造ってるんですか?」

「おう、いい所に来たな。ちょっとサイズ合わせをしよう」

「…まさか、完成したんですか?」

「ああ、後は微調整するだけだ。以前の改良版だが、別物だといってもいいぞ。俺の最高の技術を注ぎ込んだ自信作だ」


ヨシトが作業台の上でいじくっていた物は、例のペガサス座の防具だった。

しかも、全てのパーツがそろっている完成品に見える。

もちろんケンは、そんな事は頼んでいない。

残念なのか嬉しいのかは微妙な所で、出来ればあんまり触れたくないが、間違いなくヨシトの好意だから断る訳にはいかないし、最高の技術だというからには、以前よりも更にチートな装備なはずだ。

ただし、問題があるのは見た目で、突っ込みどころ満載だった。


「…ヨシト先生。何で防具が『ペガサス』の形になってるんです? そりゃ意味は解りますけど、実用品だからデザインよりも機能性重視でしょ?」

ヨシトは自信満々に胸を張る。


「心配するな! その辺は考慮している。『ペガサス』形態以外にも、持ち運びが便利なように細かく折りたためるようにも変形可能だ。…いやぁ~、2段変形には苦労したぞ」


「…それは嬉しいんですけど、『ペガサスの翼』の部分は、全く意味無いですよね。そもそも、この世界に『翼』を持つ生き物なんていませんよ」

ヨシトは残念な者を見る目でケンを見て、大げさに溜息をつく。


「…全く、ケンには男のロマンが無いな。だいたい、『ペガサス』だって架空の生き物だぞ。それに皮膜で風の勢いを受けて空を飛ぶ生き物は、この世界にもいるから問題ないはずだ」


「だからって、無駄な部分を付けないでくださいよ。そもそも僕に、フィギュアを飾る趣味はありません。造ってくれたのは本当にありがたいんですけど、『ありがた迷惑』って日本語を知ってますよね?」


「失礼な奴だな! 職人の遊び心だ!」と、子供の様な笑顔で、楽しくて仕方ない様子のヨシト。


「…絶対わざとだ! 弟子で遊ばないでください!」


それからも2人の言い合いは続いたが、結局、お互いに少しずつ折れて、2段変形機能は残したまま翼の部分は取り払う事に決まった。

相談する前からどっと疲れたケンだったが、気を取り直してリエリスから頼まれた事をヨシトに話す。

いくら建築知識があっても、1人で家を建てるなんて無謀だし、何から手を付けていいか解らない。

人に頼む場合でも、ケンの知り合いには大工はいないのだから。


ヨシトは最後まで聞き終わると、「なんだ、そんな事か」と、気にした風もない。

実に頼もしいが、この男は一筋縄ではいかない事はケンは誰よりも知っている。

ペガサスの防具からも解るように、下手に関わると調子に乗ってやり過ぎるきらいがある。


「…まさか、先生がお金を出すつもりじゃないですよね? 大人なんだから、出来るだけ自分で解決するべきだって、以前に先生は言ってますもんね?」


「その通り! 当然ケンが自分の資産から支払うんだ。そうじゃないと恋人にカッコがつかないだろ?」


別にカッコつけたい訳ではなく、真の友であるサーラをもてなしたいだけだが、男としては否定出来ない部分はある。

だが、問題は1週間という短い時間だった。


「それは解っていますけど、3人が泊まれるような家を造るとなると、お金はともかく時間が掛かります。建築士に頼むにしても、突貫工事じゃお金を弾まないと無理だから、例の財宝を使う必要がありますよね? それは出来るだけ避けたいんで、土台や基礎や壁だけをプロに任せて、僕が内装だけをやる手も考えましたけど、あの場所は地震が多いですから、下手な建物じゃ倒壊しちゃいます。だから、先生の知り合いで、腕のいい建築士の人を紹介して欲しい訳です」


「なんだって? そんなの普通は無理だし、その必要も無いぞ。だいたい、ケンは建築の仕事を誤解しているぞ。たった1週間じゃ、話し合いと設計だけで終わってしまうのがオチだ。そんな事をするくらいなら、俺が建てたログハウスの図面が残っているから、自分で造った方が早いし安いし、気を遣わなくて済むぞ? 材料費だって、山に生えてる木を切り倒して加工すれば節約出来る。石だって山から切り出せば、周りの環境にピッタリ合ったログハウスが出来上がるはずだ。…後は配管とかガラス窓とか断熱材とか下水浄化槽とかだが、ケンの能力ならスクラップ素材を買い取れば、かなり安くて済むはずだ」


確かにヨシトならそれでいいだろうし、ケンでもギリギリ何とかなるかもしれない。

家を自分で建てるのなら、彼女達に修業の成果を見てもらう良い機会だとも言える。

だが、一度も家を建てた事が無い素人が、たった1週間で満足の行く物を造れるとは思えない。

それに、もてなす相手は超一流のお嬢様達だから、小屋の様な規模の物では駄目だろう。

…いや、これは自分勝手な理屈で、例え粗末な家でも、少なくてもサーラは喜んでくれるはずだ。

でも、どうせなら2人に満足して欲しいし、出来れば驚いて欲しい。

彼の自分ルールでも、今回の場合は貯金はもちろん、財産の一部を使う事は問題ない。

やはり、お金を掛けてでも急いで大量に専門職の人を雇って、造ってもらった方がいいだろう。

自分は魔道具造りの職人なのだから、内装だけにはこだわって、自分で造れば十分だろう。

そう思ったケンは、ヨシトの言葉に反論する。


「……先生なら大丈夫でしょうけど、僕は知識だけ持った素人ですよ。1人で作業をやっても、絶対トラブルが出て来て、きっと間に合いませんよ。こちらで図面や材料を用意するにしても、やっぱりプロに頼んだ方がいいんじゃないんですか? …そうなるとお金ですけど、僕の貯金は1000万ギル程しか残っていません。財産を換金しなくても足りるでしょうか? 僕が内装品を造る場合でも、2日は欲しいし…」


ケンが思いっきり悩んでいると、ヨシトがポンと手を叩いて提案する。


「じゃあ、俺がケンに家の建て方を教えてやろう。運がいい事に、しばらくは時間が空いているからな。これから1週間は、家を建てる事を魔術の修業と考えればいいぞ。石材と木材の切り出しや、材料の加工と運搬は、2人で協力してやればいいさ。さっき言った下水浄化槽だとかの特別な品は、俺にあてがあるから明日にでも一緒に買い出しをしよう。内装品もベットマットだとかを除いて、金属材料を使って自分で造れば丁度いい。つまり、ケンと俺とで家を建てる訳だ。

 …だが、あくまでも修業だから、俺は始めに手本を見せるだけだぞ。いくら大変でも、ケンが出来る作業は自分でするんだぞ。解らない事が出てきたら俺に聞く、それで行こう!」


ヨシトに申し訳なく思いつつも、ケンは頷いた。

彼にしては珍しいが、リエリスとサーラは大事な人達だから、いい家を造って見栄を張りたい部分もある。

ヨシトが関与するなら、その点だけは間違いないだろう。


「了解しました。…すいません、いつもいつも迷惑かけて」

「じゃあ、やっぱり『ペガサスの翼』は…、」

「先生! 時間が無いから早速現地に行きましょう。さあ、これから忙しくなるぞ!」


ともかくこれで、目途は立った。

後はこれから1週間の間、死に物狂いで頑張るだけだ。

もちろん、昼間は学校があるから、寝る間を惜しんでやるしかないだろう。



―――――――――――――――――――――――――



それから1週間後、

サーラ=キュンメは初めての休暇を利用して、ネオジャンヌの街に戻ってきた。

彼女はまず、この街に残っていた両親に挨拶を済ませると、今日泊まる予定のいとこのリエリスのマンションを訪ねていた。

1年近くも会っていなかった2人は、玄関で親しげに抱擁を交わすとマンションの中に入る。

荷物を下ろして、居間のソファーに座ったサーラはキョロキョロと辺りを見る。


「リエリス姉さま、ケンはいないんですか?」

「ええ、彼にはネオジャンヌの正門で待ってもらってるのよ」

訳が解らなかったサーラが不思議そうな表情をしていると、リエリスは少し笑って話し出す。


「あなたには秘密にしていたけど、これから2日間は、ケンの家に泊まってもらう予定よ。もちろん、私も一緒だから心配しなくていいわ。送り迎えは彼がしてくれるから、昼間はネオジャンヌで過ごす予定よ」


少し意外な顔をしたサーラだが、逆に身を乗り出すようにしてリエリスに尋ねる。


「それは、すごく楽しみです。…でも、ケンの手紙には、成年自立手当で田舎の土地を手に入れる予定だって書いてありましたよ? 古家付きだったんですか?」

リエリスは楽しそうに、「それは着いてからのお楽しみ。実は、私も今日初めて行くから知らないんだけどね」と笑った。




ネオジャンヌの正門に向かうギル車(タクシー)の中で、サーラはリエリスから詳しい話を聞いている。

魔物との戦いの最前線基地に居た彼女は、ここ最近の彼の事情は知らなかった。

彼が成人した時に手紙をもらっていたので、大よその事情は知っていたが、成年自立手当の詳しい場所や理由までは知らなかったのだ。


「…ゴルゴダですか? ここからはずいぶん遠いですね。確か軍事拠点だったはずです」


「今はただの観光地ね。地震が多い土地だけど、温泉が有名らしいわ。ケンの土地からも湧き出るらしいから、サーラの休暇にピッタリだって思ったのよ。確かにかなり遠いけど、ケンの移送スキルを使えば一瞬だわ。だから1週間前、サーラから手紙が届いた時に、家を建てるように彼に言ったの。後はケンの移送スキルで、ネオジャンヌに送り迎えしてもらえば完璧な訳よ」

色々と言っている事がおかしいが、事情は理解出来た。


「…そうですか、ケンは移送魔術をスキル化したんですね。才能がある人でも100年近くかかるはずなのに、本当に彼はすごい男です」


そんなすごい男が真の友なので、サーラは誇らしげだ。

そして、かなり不機嫌そうにリエリスに文句を言う。


「それよりリエリス姉さま! 1週間で家を建てるなんて無茶ですよ! ケンはまだ学生だし貧乏なんですよ!」


いくらリエリスが彼の恋人だといっても、真の友の不利益は許せない。

恐らく彼の事だから、相当無理してお金を使ったのだろう。

例え小さい家でも、数百万ギルくらいはするだろうから、ヨシト=ウッドヤットから借金しているかもしれない。

プリプリと怒っているまっすぐな性格のいとこに苦笑しつつ、リエリスは説明する。


「…それがそうでもないのよ。詳しい話は向こうに着いてからするけど、彼にお金の心配は無いはずよ。それに、ウッドヤットさんに教えてもらって、自分で家を建てるって音話で言ってたから、そんなにお金も散財して無いはずよ。まさかそんな手でくるとは思わなかったけど、あいつの貧乏性は相当なものだわ。

 …少し目算が外れたけど、相手が『予測』不能の馬鹿だから、それは仕方がないわね。でも、音話での口ぶりじゃあ、自信がある感じだったから、きっと資産は有効に使ったはずよ。

 …まだ、何とかなるかもしれないわ」


ますます訳が解らなくなったサーラは、眉根を寄せて首をかしげる。


「どういう事ですか? いくらなんでも、家を自分で建てるなんて無茶だと思いますよ? ケンは建築家にでもなるつもりですか? …リエリス姉さまは何を考えているんです?」


「…あんまり言いたくないけど、あなたには話さなくちゃね。私は、ケンに家を持って欲しかったのよ。…今から訳を説明するわ」


リエリスは小声でサーラに耳打ちする。

彼女のたくらみを聞き、今まで以上にサーラは驚いたようだ。

だが、彼には悪いが、その計画には賛成したい部分もある。

はたして、どんな結果になるのだろうか?




ネオジャンヌの正門前でギル車(タクシー)から降りた2人は、ケンの姿を探す。

すると、門の前にボーっと立ちつくしている彼をすぐに見つけて、荷物を抱えたまま早足で近付く。

表情がはっきり見えるまでになると、明らかに彼の様子がおかしい。

何というか、魂の抜けた廃人のように見えて、顔色も悪い。


「ケン、どうした!」

荷物を放り出して駆け寄ったサーラは、挨拶も忘れてケンの肩をつかんで揺さぶる。

「…ああ、サーラ久しぶり。元気だった?」

「『元気だった?』、じゃないだろ! ケンの方こそ大丈夫か?」

「…大丈夫だよ。最近ちょっと寝不足気味なだけ。先生がなかなか納得してくれないから、かなり手間取っちゃってね」


2人がそんな話をしていると、サーラの分の荷物を持ったリエリスがその横に立つ。

心配しきりのサーラに対して、リエリスは呆れたように言い放つ。


「みっともないわよ、しゃんとしなさい。それでも私の恋人なの? …久しぶりに会うサーラを心配させるなんて、本当に情けない男ね!」


この一言は強烈だったようで、ケンの顔が引き締まる。

慣れない作業を何度も失敗して落ち込んだ事や、1週間ろくに寝ていない事など、全て自分のせいでサーラやリエリスには関係ない。

特に、昨日の夜にヨシトが命令した内装作業はすさまじく辛かったが、それはもっと関係ないだろう。


「…ごめん、2人とも。…ちょっと待ってて」

そう言って彼は2人から離れて、自己活性魔術を行使する。

簡単に言えば一種のドーピング行為だが、この際、仕方が無い。

それに回復力が高い彼なら、一晩ぐっすり眠れば明日に影響は残らないだろう。


「…お待たせ、じゃあ行きましょうか」

「『お待たせ』じゃない! 今のは私にも解ったぞ。よく追い詰められた軍人が使う最後のあがきだ。体に悪いから日常生活で使う馬鹿はいないぞ」

「いやいや、後遺症が残るような物では無いですから。それに、サーラの僕のモノマネは似てませんよ」

「軍人にモノマネの訓練は無いから当たり前だ!」

「そりゃそうです。そんな愉快な軍があるなら見てみたい」


ケンとサーラが、やいのやいの言い合っていると、リエリスが冷たく突っ込む。


「2人とも、公衆の面前で痴話げんかはやめなさい。いとこや恋人として恥ずかしいわ」

これには2人とも黙り込む。

当人達にその意識は無いが、他人が見れば三角関係だと誤解されるかもしれない。

それは不本意極まりないし、リエリスに対して申し訳ない。


「…そろそろ行きましょうか? お2人とも、お送りしますよ」

「…そうだな、せっかくの休暇を言い合いしててもつまらないし」

「始めからそうすればいいのよ。…全く、2人とも馬鹿なんだから」


ケンとサーラは顔を見合わせて苦笑すると、リエリスと一緒に街の外へ歩いて行く。

サーラは初めて行く場所に期待と不安を抱えている様子だが、リエリスは恋人を信頼しているようで、不安な様子には見えない。

そして、ケンは全く別の事を考えていた。


(本当にリエリスさんは強くなった。もともと強かったけど、何というか粘り強くなった)

以前なら、ケンとサーラの関係を見て不機嫌になっていた彼女の様子に、全く陰りは見られない。

それが頼もしくて、少し寂しいと彼は思っていた。

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