第87話 祖父母の事情とケンの成年自立手当
12月26日の午後、ケン=マッケンジーはミレーヌ町にあるリンク商会を訪ねていた。
祖父母に自分の進路を告げて、いらぬ迷惑をかける事を正式に謝罪する為である。
姉のマリは、『私が説明しようか?』と言ってくれているが、ケンはその申し出を断った。
エマ=シンプソンとメイジ=リンクには、ウルルス高専に合格した時に、お祝い金をもらっているから、自分で話す事が人としてのけじめだと思ったからだ。
彼は4年半前にも通されたリンク商会の来客用の応接室で、今度は一人っきりで祖父母達を待っていた。
対面式の4人掛けソファーに座って、彼は考える。
両親の場合と違って、祖父母達にはヨシトの秘密については話すつもりはないが、それ以外は正直に話そうと。
きっと、祖父は大笑いして止めはしないだろうが、祖母は良い顔をしないだろう。
両親やヨシト先生に対する非難だけは認められないが、それ以外は黙って耐えようと。
何を言われようが、自分の意志を曲げるつもりはないが、どうせなら認めてもらいたい気持ちもある。
そんな彼の思考を突然破るように、ノックも無しに応接室の扉が勢いよく開いた。
「おう、ケン。ずいぶん久しぶりだな。たまには顔を出さんか馬鹿もんが!」
とても220歳を超えているとは思えない祖父のメイジ=リンクが、10代の若者の様な横柄な態度で、いきなり彼に声をかけてきた。
これはいつもの事だが、ケンが驚いたのは祖母のエマ=シンプソンがメイジの後ろに居て、呆れた表情をしている事だった。
しかも、秘書であるはずの姉のマリがここにはいない。
祖父母が2人きりで自分に会うなんて初めてだったから、彼は首を傾げた。
「おじいちゃん、おばあちゃん、お久しぶりです。…ところで、マリ姉さんはいないの?」
彼の質問に答えたのは、マリの直接の上司であるエマだった。
「ああ、マリは出張中だよ。マイスター試験に合格したら、新店舗の支店長を任せるつもりだから、下準備に忙しいんだよ」
「全く、エマの気が知れんわ! マリにあんなに小さい支店を任せよって! どうせなら、統括店長にでもしてやらんか!」
いきなりメイジはエマに口げんかをしかけるが、これはいつもの事だからケンは驚かない。
そして、ケンカを売られたエマも当然黙っていない。
「馬鹿言ってるんじゃないよ! マリは入会して10年も経ってない、ひよっこだ。統括店長なんて10年早いよ」
「何言っとる。誰も反対せんわい! そもそもエマは慎重過ぎる。わしの直属ならマリはもっと伸びとるぞ」
「それで、ルルみたいに男とくっついて商会をやめるのかい? 大した上司ぶりだね~」
メイジは二の句が告げずに黙ってしまった。
(はい、おばあちゃんの勝ち)
ケンの母親ルル=リンクは、メイジの肝煎りで就職させた知り合いの商会での修行中に、ダンと恋仲になり、若くして結婚してしまった。
それがメイジがダンを嫌っている理由の一つだが、その弱点をエマに突かれたという訳だ。
相変わらず祖父母達は、仲が良いのか悪いのか解らない。
まあ、変に気が合っている事だけは確かだろうが…。
さすがにこれ以上は意地の張り合いになるので、ケンはメイジをフォローしつつ話題を変える。
「僕、父さんが大好きだからおじいちゃんに感謝しなくっちゃね。…それより2人とも座って話そうよ、報告したい事があるんだ」
エマはニヤリと笑い、皮肉げにメイジを見て追い打ちをかける。
「孫に助けられるなんて、メイジは耄碌したねぇ~。そろそろ引退かい?」
「ふん! エマこそマリに頼ってると聞くぞ。年老いたのはそっちだろうさ」
「もう! いいかげんにしてよ。おじいちゃんもおばあちゃんも、十分若いでしょ? これ以上ケンカするなら、僕は帰るからね!」
ケンが言うのは、全くの事実だ。
人間族の200歳代なんて、見た目は地球人の中年にもなっていない。
そもそも人間族は、ボケ始めたらすぐ死ぬのだから、単なる嫌みの応酬なのだ。
もちろん2人とも楽しそうなので、本気でケンカしている訳ではない事を彼も解っていたから、話を進めようと思い、わざと怒ったのだが。
ようやくソファーに腰を下ろした3人は、ケンの対面に応接テーブルを挟んで祖父母達が座る格好になっている。
これ以上もめる前に話そうと思い、ケンは居ずまいを正して祖父母達に報告を始める。
「おじいちゃん、おばあちゃん、僕は昨日15歳になって成人しました、もう大人だから、反対されても自分の希望を通すつもりです。…今から卒業後の進路を報告するよ。ビックリするかもしれないけど最後まで聞いて欲しいんだ」
「もちろんだ!」と言うメイジに、黙って頷くエマ。
その様子は何だか期待しているようで不気味だが、あえて無視して続きを話す。
「僕は行商人になって世界を回るよ。その為にヨシト先生の元で修行したから心配しないで。でも行商は建前で、本当は世界の不思議を調べる為に、ガレア地方以外の獣人族の国々を訪ねて記録に残したいんだ。だから、考古学者や紀行文作家って名乗ってもいいと思うけど、僕の年じゃ誰も信用してくれないし、お金を稼ぐためには行商をする方が良いと思ったんだ。でも、これが知られたらリンク商会にはすごく迷惑がかかると思う。…だから、今の内に謝っておきます。本当にごめんなさい」
ケンは、両手を胸に当てて正式に謝罪する。
すると、拍子抜けしたようにメイジがポツリと話す。
「…何だ、ずいぶんまともな考え方だな」
これにはさすがにケンも驚いた。
「えっ? おじいちゃんの考えでは、行商人はまともなの?」
「…わしは、ケンなら冒険者になって、あちこちをうろうろすると思ってたからな。せいぜい良くてもフリーの傭兵になって、魔の森の開拓に参加する程度だと思っていたんだ。仕方ないから、いくらか金を渡してやるつもりだったが、それに比べたらずいぶんまともじゃないか。…まあ頑張れ。そのうち飽きるだろうさ」
あまりの言われようにケンは情けなくなったが、否定出来ない部分があるので何も反論できない。
そんな孫の様子を見たエマは苦笑して、横に座るメイジに話しかける。
「だから言ったろ、ケンはそれほど馬鹿じゃないって。エリート校に通ってるんだから少しは論理的な思考も身に付くはずさ。まして、ウッドヤット先生が見てるんだ。それほど酷い事にはならないよ。…さあ、賭けは私の勝ちだね。今度のプロジェクトは私の方針で進めさせてもらうよ」
少しあわてたように、エマとケンを見返すメイジ。
「まあ待て。まだ決まっとらん。…ところでケンは、旅の資金は入らないのか? 行商人をやるにも、先立つ物が必要だろう?」
「大丈夫だよ。そこそこ貯金もあるし、5年間で準備もしてきたから、おじいちゃん達にこれ以上迷惑はかけないよ。…それより賭けって何なの?」
メイジがスーッと視線をそらすと、エマは愉快そうに追い打ちをかける。
「私の2勝1分けだね。ケンが1人で報告しに来たので1分け。金をせびらなかったのと、魔物と戦うと言わなかったので、私の2勝だ」
「ふん! …てっきりわしは、アホのダンと謝りに来ると思ったんだがな。そう言うエマも、家庭教師と来るって言っとったじゃないか。金を渡せば引き分けになるから、まだ勝負はついとらん!」
「…あの、僕もう帰っていいですか?」
(謝って損した!)と、ケンは内心で文句を言った。
いくら祖父母が仲が良くても、孫で遊んで欲しくは無い。
その後、念のために「リンク商会に迷惑がかからないの?」とケンが質問すると、
「ルルの時と比べれば、話にもならん」と、メイジは笑う。
「そんな事を言う奴らは、全部つぶしてやるよ。ルルの時もそうしたからね」
エマが自信満々にニヤッと笑うのを見て、ケンは心配するだけ無駄だと思った。
2人がタッグを組んだ時は、リンク商会は最強なのだから。
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祖父母達に進路の報告をした後、休日を利用してケンとヨシトは成年自立手当の候補地である、要塞都市ゴルゴダに来ていた。
ケンがゴルゴダに来るのは2回目だが、以前の訪問ではこんな田舎への移動は、ヨシトに移送スキルで連れて来てもらっている。
その時にゴルゴダの位置情報を覚えていたので、今日はそれぞれが移送スキルを行使してこの町の正門前に辿り着いていた。
…この古い町に来るたびに、ヨシトは共同の墓地(追悼施設)に行き故人に祈る。
そこには年の離れた獣人族の友人が眠っているそうで、彼と会った事が無いケンもヨシトの横で(どうか、女神様の元で安らかに)と祈った。
これは、彼にとっても決して他人事では無いのだから。
人間族にとって獣人族の友人を持つ事の意味は、その死を含めて受け入れる事だ。
今の平和な時代なら、尚更それは避けられない運命だ。
考えたくは無いが、ステラ村の村人やレクサやレオも彼より先に女神様の元へ行くし、そうでなければならない。
どんなに悲しくても、それは人間族の宿命だし、辛いからといって獣人族の友人を持つ事をあきらめるつもりはケンには無いのだから。
故人への弔いが終わった後は、ケンはヨシトと並んで町の外に向かう。
この町は、擁壁の中に畑が広がる特殊な場所だ。
ケンはこのゴルゴダの町が、かなり気に入っていた。
町並みや気候も日本とに似ているし、地震が多いのも元日本人であるケンにはそれほど気にならない。
何より温泉があるのが最高で、老後はここで暮らしていいとさえ思っている。
それを以前にヨシトに話すと、『…ケンも俺も日本人だからな』とポツリと言う。
自分の実感が伴わない記憶でもそう感じるのだから、ヨシトにとってはこの町は特別なのだろう。
それと、この町にはヨシトの親友のリンダ=ハミルトンの実家がある。
彼女は今はここで暮らしていないが、以前にもう1人の親友レミル=ブラットと一緒に会った時に紹介されていて、ケンはとても良い印象を持っていた。
彼女は将来は実家を継ぐつもりだとヨシトから聞いているので、何となく心強い気分もある。
希少金属の鉱脈がなくても、この町で成年自立手当の申請をしたい気持ちはあったが、ケンの目的に金属材料は必要なので、今はまだ決めきれなかったが。
2人はゴルゴダの正門を抜けて町の外に出ると、南西にある土地へ飛翔魔術を行使して飛んでいく。
その場所は、緩衝地帯から20kmほどしか離れていない場所で、ヨシトが成年自立手当で手に入れた土地とも隣接している。
土地の価値でいえばタダ同然だが、豊かな自然と温泉が湧き出る、なだらかな山に囲まれた魅力的な場所だ。
平地は少ないが、魔素ラインの上にあるので植物の生育が早くて、農業にはもってこいの土地だといえる。
2人は上空から、唯一の平地部分の草原に降り立つ。
700m四方もあるその場所は、小川が流れていて山裾には温泉が湧き出している。
ケンが興味深そうに辺りを見回していると、ヨシトが声をかけてくる。
「役所で調べたんだが、向こうに見える右の山と左の山も敷地内だ。山の木を切り倒して売っても金にはなるが、安くて大した儲けにはならないだろう。今はこの平地に植物よけの結界を張っているそうだが、農業をする気なら取り払うのも自由だそうだ。土地の所有権だから開拓も自由だし、周りに人気も無い。魔の森からも100km以上離れているから、魔物の心配もそれほどない。まあ、俺の土地と同じ条件だな」
「すごく良い場所ですね。農業や放牧とかにはピッタリの土地です。前から思っていたんですけど、何でこの世界は土地が余っているのに、あまり開拓が進まないんでしょうか? ネオジャンヌなんかは人が一杯なのに、人口が増えてますよ。…やっぱり魔物が怖いんですか?」
「…そうだろうな。実は、厄介なのは魔木の存在なんだ。安心して住むには、擁壁と植物よけの結界の存在は絶対欠かせない。その維持には多くの技術が必要で、人に頼むと金がかかるから個人で管理するのは難しい。人間族の高齢者くらいの能力がないと、町の外で1人で暮らすのは厳しいんだよ
それと前にも言ったが、社会というのは人と人とのつながりなんだ。魔術があって、個人の能力に左右される世界でも、その点は変わらない。結局、俺達は変わり者なんだよ」
ケンは、黙って頷いた。
確かに自分達はイレギュラーな存在なのだ。
特に人間族の場合は、社会人としてどう生きるのかが優先される傾向がある。
社会的な成功より、個人の希望を優先させるなんて人は、本来は2流なのだから。
何故なら、地球と違ってルミネシアでは、生きて行くだけなら不都合は無いからだ。
食物の値段はかなり安いし、女神様のおかげで飢饉なんて物も無い。
その結果、農業で儲けるには大規模な土地が必要になるが、怖いのは魔物に襲われる事なので、農家の人だってわざわざ擁壁の外には住まない場合が多い。
だから、人が町に集まって暮らすのは自然の成り行きなのだろう。
まして、豊かで安定している人間族の国なら尚更そういえる。
例え比較的安全だとしても、こんな場所に住む人は、よほどの変わり者しかいないだろう。
ケンの思考を振り払うかのように、ヨシトは話題を変える。
「俺は今から正確な鉱脈の位置を探る。正確な分析にはしばらく時間が掛かるし、出来れば採掘も試してみたいから、今から2時間程は必要だな。それまでケンは土地を見回ってきたらどうだ?」
「…そうですね、先生の思考念波魔術じゃなきゃ地下は十分調べられませんから、僕は役に立てそうにもありません。今からちょっと散歩して来ます」
そう言い残し、ケンが草原を横切って山の方に歩いて行く姿を見送って、ヨシトは思考念波を使った探査魔術で敷地内の地下を探る。
すぐに何本かの鉱脈を見つけるが、その場所や埋蔵量や希少金属の種類を丹念に調べて行く。
調べて行くうちに、彼の表情が変わっていく。
どうやらかなり良い結果が得られた様だ。
一方ケンは、辺りを散歩しながら植生を観察するうちに、ますますこの土地が気に入ってきた。
魔素ラインの近くだけあって、魔木は一本も生えていなかった。
それに、地下から染み出す純粋な自由魔素のおかげで、土地が豊かで空気も気持ちいい。
その代わり地震が多いだろうが大して気にならないし、とりあえずここに住むつもりは無いので関係ないといえる。
だから彼は決心した。
希少金属の埋蔵量はどれくらいかは知らないが、最低で数百万ギルの利益が出るなら、ここに決めようと。
自分の能力を使えば、掘り出すのは大変でも精錬は簡単なはずで、環境もそれほど壊さなくても済むだろう。
あくまで彼の目的は、冒険の旅の資金を稼ぐ事であり、その為には魔道具造りの材料になる分だけの金属が取れれば間に合うのだから。
それから2時間程経って、ケンがヨシトの側に戻って来ると、待ちかねたように声をかけてくる。
その表情を見る限り、悪い結果では無いのだろう。
「今からケンには、地下の立体地図を転写してもらう。話はそれからだ」
そう言ってヨシトが取り出した記憶魔道具には、既に情報は転写済みの様だ。
もうすっかり記憶魔道具の扱いに慣れていたケンは、それを受け取って頭の中に地下の立体地図を転写する。
すぐに転写し終わると、ケンは頭の中の魔力野で、その情報を立体化する。
「…先生、何だかずいぶんと金属が集まっていませんか? というより、大きな塊がたくさんありますよ。こんなの自然現象ではあり得ないですよね?」
「ああ、俺が移動させて20カ所程度にまとめた。遠隔操作スキルを使ってな」
ヨシトの持つオリジナルスキル遠隔操作は、自分中心に半径10キロ以内で10m四方の空間内にある物体を把握出来て、意志付けして操作する優れ技だ。
つまり彼は、地中に散らばって眠る希少金属を意志付けして、掘り出しやすいように塊にまとめたのだろう。
こんな化け物じみた事が出来る人は、世界中で彼だけだといえる。
これにより、この土地の地下に高純度の希少金属を含むエリアが20か所以上も出来た訳だ。
しかも丁寧な事に、半分以上は地上から10mくらいの深さに固まって置いていてくれる。
これならケンにも、すぐに取り出す事が出来ると言う訳だ。
「…先生、どうやって金属を地中で移動させたんですか?」
ケンの当然の疑問に、あっさりと答えるヨシト。
「それは簡単だ。熱水溝や地下水を利用して運んだんだ。何せここは温泉が地下深くから湧いているからな。希少金属を片っ端から意思付けして、圧縮した熱水に溶かして、水の通り道を利用して地上近くの地下水の層に引き上げた。ちょっと手間がかかったが、この方法なら穴を掘らなくてもいいから、法的にも問題ない。
…ここら辺の土地は、自由魔素層が地下1300mの場所にあるから、そこまでなら細かい金属を取り出せる。さすがに1000m以上は自重したが、元々埋蔵量が多かったから、十分な量が集められたぞ」
ケンは、その説明には納得出来た。
要するに、ヨシトのチート能力を使って、ほとんどの鉱脈から絞り取るようにして貴金属を集めたのだろう。
そもそも貴金属の鉱床は、地下深くから熱水や溶岩やホットスポットを通じて貴金属を溶かし込んで地上近くまで運ばれる場合が多い。
場所さえ正確に把握すれば、微細な隙間を利用してヨシトなら十分運べる訳である。
だが、その集まった量は彼の予想外だった。
「…いくらなんでも、ちょっと多すぎますよ! 金や銀や白金の混ざった金属の塊が、一体何十トンあるんですか?」
「何言ってる、これでも全埋蔵量のせいぜい3分の2くらいだぞ。いくら俺でも完全には取りきれないからな」
「そんな事は聞いてませんよ。…それにしても、たった2時間足らずでこんなに集めるなんて、いくら先生でも相当大変だったでしょ?」
「俺の事を心配するなんて100年早いぞ。それと、出来るだけ地下を荒さないように気を付けたから、急に土地が陥没したりはしないはずだ。後はケンが塊を取り出して、元素ごとに精錬すればすぐに換金できる。ただし、仲買人から目を付けられるとまずいから、希少金属は小出しにしろよ」
ヨシトのデーターを信じるなら、一つの塊だけで6000万ギル以上の価値があるだろう。
それが20個以上はあるから、合計で12億ギル以上はある事になる。
ヨシトにとっては大した金額では無いのだろうが、15歳の成人仕立てのケンに渡すべき金額では無い。
楽しそうに話すヨシトに、ケンはブスっとした表情で文句を言う。
「…絶対に先生の計画通りですよね。でもいいんですか? ミリア教の教義でも、『過ぎたる金は身を滅ぼす』とありますよ」
「…まあ、ちょっと調子に乗った。金はケンがよく考えてから使えばいい。もう大人なんだからな」
ゾンメル教の教義でも、『身に余る財産は成長の機会を奪う』という言葉がある。
さすがにこれは使えないと思ったケンだが、その時、ふと両親の顔が頭の片隅によぎる。
(…これさえあれば、僕に弟か妹が出来るかもしれない)
彼は、両親にお金がないので、これ以上子供を作れない事を知っている。
母親との冗談のような約束だが、相場の4分の1で売ると言う事も決めている。
(…女神様、どうかお許しください。僕はもっと家族が欲しいんです)
ケンはプライドや宗教観を捨ててでも、両親の役に立ちたかった。
…弟や妹が欲しかった。
お金がなくて子供が作れないなんて間違っているとも思う。
だから、歯を食いしばって「ありがとうございます」とだけヨシトに告げた。
「じゃあ早速、ゴルゴダ町の役場で申請しようか。ちなみに、一度掘り出した埋蔵物は、成年自立手当を申請し直すと町に返却しなければならないから、もう変更は出来ないぞ」
全く気にせずにそう言うヨシト。
いくら法律で決まっているからといって、わざわざ念を押すように直前に説明するなんて、相変わらず人が悪い。
「…今日は休日ですよ。それに、先生に言われなくても変更するつもりはありません。僕は、鉱脈なしでもここが気に入ってるんです!」
冷たく突っ込むケン。
もう完全に開き直ったようだ。
「心配するな。申請だけなら休日でも受け付けてくれる。正式に認められるのは明日だけどな。よかったな! ケンは明日には大金持ちだぞ!」
バンバンと力強くケンの肩を叩くヨシト。
彼は、もうどうでもよくなってきた。
「…もういいです。ゴルゴダへ帰りましょう。でも、必要以外はこの財産は使いませんから。…あまりにもレクサに申し訳ないです」
こんな大金を手に入れる前から、成年自立手当を受けられない親友、レクサ=ヘリスの事を思うと、ケンは複雑な気分だった。
だからせめて公平な『決闘』の為に、ケンは少なくても90歳までは自重する事に決めた。
この財産は自分の為には決して換金せずに、魔道具造りの材料だけに使おうと。
「ああ、そうするべきだな。…だがな、ケン。万が一に備える為にもお金は大事だ。大切に取っておくだけでもいいが、必要だと思ったら使うんだぞ。ケンが決めた事なら、レクサ君だってきっと許してくれるさ」
「…はい、肝に銘じます」
ヨシトは、自信なさげ頷くケンを見ながら考えていた。
埋蔵量は予想以上だったが、もちろん今回の件は前もって考えていた事だ。
これからケンが生きて行く上で、先立つ物はお金である。
だが、マッケンジー家が財産をほとんど持っていない事も知っているし、自分が無理に渡そうとしても、ケンなら決して受け取らない事も解っている。
だから、あくまでも彼の正当な取り分でなくてはならないのだ。
そして何より、大金を手に入れたからといって、自慢の弟子は身を持ち崩す男では無いと信じている。
今まで自分が渡してきた情報提供料1000万ギルに、ケンがほとんど手を付けていない事も知っているし、決して贅沢はせずに、将来に備えて切り詰めた生活をしている事を好ましく思っている。
だから、成人を迎えた異世界の記憶を持つ同士に対して、せめてもの手助けとしてこんな事をした訳だ。
何せ彼にとっては、ケン=マッケンジーはかけがえない存在なのだから。
その日の内に、成年自立手当をゴルゴダ町の役所で申請したケンは、次の日に正式にゴルゴダ南西の郊外の土地を手に入れた。
真っ先にケンがしたのは、地中の金属の塊を1つ掘り出して、元素ごとに魔術で精錬してインゴットに加工して、ステラ村の両親の元に持っていく事だった。
その後、マッケンジーとルルの店に新しい商品が増えた。
それは、ルルの『加工』ギフトを使った見事な貴金属製の置き物だ。
商売は順調なようで、主に周辺の町でよく売れているそうだ。
ケンに新しい兄弟が出来る日も近いかもしれない。




