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第86話 ケンの成人の日


ケン=マッケンジーが5年生の前期試験を終えた頃は、異世界の季節では初夏のまだ過ごしやすい気候だった。

彼は無事に全科目の合格点を取っていて、残り7人のクラスメイトと喜びを分かち合っていた。

ウルルス高専での在学期間は残り半年程となり、ここからは進学先に合わせての個別授業が多くなるので、普通に勉強をこなしていれば卒業は出来るだろう。

だだし彼は、5年生の中で唯一進学を希望していない生徒だったので、たびたび職員室に呼び出されては、教師達から専門院に行くように説得されていた。


もちろん、ケンの答えは変わらない。

「在学中に魔道具造りのマイスターの国家試験を受けます。僕の実家は貧乏だし、頭脳職に就くつもりも無いから、進学はしないで現場で働きたいと思っています」

普通ならこれは立派な目標で、マイスターの国家試験に合格すれば食いっぱぐれは無いはずだ。

だがこれは、ウルルス高専生としては異例の事であり、職人系の道を選ぶ場合でも魔術工学の専門院に進学する生徒がほとんどである。


そもそも、ウルルス高専では魔道具造りの授業は無いし、魔道具のマイスター試験は難関で合格率は1割もないから、教師達から見れば不安で仕方なく、ケンの考えは無謀に思えたのだろう。

魔道具マイスターの受験資格も、現場で10年以上の実務経験をこなすか、マイスターの資格を持つ職人の推薦が必要だから、学校としても責任が持てないという訳だ。

ケンは、師匠であるヨシト=ウッドヤットからの推薦をもらって、冒険の旅に出かける前にマイスターの資格を取るつもりなので、師匠から推薦をもらう事を何度も繰り返し説明するのだが、教師達の理解はなかなか得られなかった。

「せめて、受験だけはしておくように」との一点張りで、お互いの意見はどこまで行っても平行線であり、交わるはずも無い。


結局、ケンの意志が変わらなかったので、渋々ながら認めてくれたが、かなりきつい事を言われたりもした。

彼は悔しかったが、自分の将来の夢を語る訳にもいかず、ただ黙って耐えた。

こうなれば、公言通りに在学中に国家試験にストレートで合格して、有無を言わせず納得させるしかないだろう。


もう5年近くもヨシトの内弟子として修業して来た訳だから、ケンにとってマイスターになる事はウルルス高専を卒業するより自信がある。

ヨシトからも『ケンが受からないなら、誰も受からないよ。マリと一緒に合格して、魔道具造り教室を無事卒業して見せろ』と、太鼓判を押されている。

何よりこれは冒険の旅に必要な資格なので、ケンは一切手を抜くつもりもなければ妥協するつもりも無かった。


そんな教師達はともかく、クラスメイト達は彼の希望を認めてくれているようだ。

「また、ケンが馬鹿の事を言ってるよ。まあ頑張れ」とか、

「1人くらい変わり種がいてもいいわよ。私にはちょっと理解出来ないけど、何だかマッケンジー君らしいわ」とか言ってくれている。

特にハイド=ノワールは大うけして、珍しく腹を抱えて笑い、

「ケンは面白過ぎる! 俺はてっきり地学か社会学の分野に進むと思っていたんだがな。…だが、現場主義なのは納得出来るな。お前は机の前に座っているタイプじゃないからな」


相変わらず鋭い所を見せる、腐れ縁といってもいいハイドに、「そんなに笑うなよ。そういうハイドはどうするんだ?」と、ちょっと気を悪くしたケンが聞くと、

「俺は法学の専門院へ進学する。政治家を目指してキャリアを積んで、100歳になったら国会議員に立候補する」と、自身を持って言い切る。


100年越しの希望を語る、実に彼らしい選択にケンは笑い、

「僕よりずっとハイドの方が面白いよ。弱い立場の人を切り捨てない政治家になってくれ」

「当然だ、そうでなくては政治家になる意味など無い。強い奴は、放っておいても強いからな」と、自らの生徒会長の経験を踏まえてそう話す。


(ハイドは、いい政治家になるかもしれない)

世話焼きで、保守的で、プライドが高くて自信家な上に、ギフトの派生能力で個人の持つ好き嫌いが解る友人の自信満々の顔を見たケンは、100年後のハイド=ノワールを想像しながらそう考えていた。




そんな数日は穏やかに過ぎ去り、今日は12月25日、ケンは15歳の誕生日を迎えていた。

つまり、今日から彼は、法的にも社会的にも成人と認められた訳だ。

それは、成人の日の朝にヨシトと交わした会話から見ても間違いない。


「成人おめでとう。俺の保護者としての役割は昨日で終わった。今日からは自分で考えて自分で決めろ」


「はい、ヨシト先生。でも、まだ内弟子なのは変わりませんから、まだまだ鍛えてください。それに、昨日話してもらった成年自立手当にも期待しています」


ウッドヤット家の朝の食卓で、ヨシトからお祝いの言葉をもらった彼は、嬉しそうにそう答える。

ヨシトの勧めてくれた成年自立手当は、ケンの思いも付かなかった土地の所有権で、後日2人一緒に行く事になっている。

その場所を見て気に入ったら、その町で申請するつもりである。


日本語での会話を交わす事は、もうすっかり無くなった2人は、今日の予定について話し合っている。

ヨシトは今日も忙しいようで、午後からは泊りがけで出張の予定があるらしい。

どうやら、アメリカ商会での新製品の開発が行き詰っていて、彼の力が必要だそうだ。


「そんな訳だから、ケンは学校から帰ってきたら、ステラ村に行って親孝行して来い」

「そうさせてもらいます。…それで、今日、両親に全て話します」

「…ああ、その方がいい。俺は付いて行けないが、俺に気を遣わずに何を話したっていい」

「…先生の気持ちは嬉しいですけど、全部僕の責任ですから、リエリスさんやサーラに話したように、話せる事だけ話します」

「駄目だ! ご両親の質問には全て答えるようにしろ。例え、俺の不利益になってもだ!」


強い口調でそう言うヨシト。

だが、ケンはそれだけは避けたかった。

これほど世話になっている恩人に、いらぬ迷惑はかけたくない。


「…マリ姉さんも同席してくれますから、そんな事にはならないですよ。第一、先生の秘密を話すなんて、僕には出来ません」

ヨシトは弟子の気遣いにニコリともせず、にらむようにして語りかける。


「いいか、ケン。親は大切にしろ。両親を俺なんかと比べちゃいけない。リエリスさんには悪いが、どんなに他人が君を好きでも、親の愛情にはかなわない。

 …この5年間、マッケンジー夫妻の心労は相当なものだったはずだ。これ以上は、ご両親に心配をかけるな」


彼の境遇を考えたら、この言葉の意味は重い。

ケンはどうするべきか迷う。


「…僕の夢を話したら、余計に心配させると思いますけど?」

「…だから全てだ。俺はこの5年間、時間の許す限り最高の教育をお前にしてきた。お前は簡単には死なない。女神様が保証しなくても、俺が保障する。だから全部話せ。もちろん心配はするだろうが、マッケンジー夫妻ならきっと解ってくださるさ」

「…了解しました」


結局ケンは、ヨシトの言葉と両親を信じる事に決めた。

ヨシトがケンにやった無茶な修行の事を全て話すと、母親のルル=リンクはともかく、父親のダンはヨシトを軽蔑するかもしれないが、例え父に逆らってでも恩人の名誉だけは守りたいとケンは思った。






ケンは今、ステラ村にあるマッケンジーとルルの店の前に立っている。

ここまで来たのは、最近スキル化したばかりの移送魔術を使ったからで、村の中に入ってからは、すれ違う村人達に挨拶しながら実家の前まで来た訳だ。

実家に帰って来たのは1年ぶりで、両親と会うのもそれと同じである。


(…何にも変わっていないな。当たり前だけど)

彼は店の扉を開けて、「ただいま」と、店番をしている母親のルルに声をかける。


「あら、ケンちゃん早かったのね。マリちゃんはまだよ」

「母さん、僕はミレーヌ町には寄って来てないよ」

「じゃあ、ウッドヤットさんに送ってもらったのかしら?」


ルルは、席を立って表に出ようとする。

彼女がケンの横を通り過ぎる前に、彼は母親に声をかける。


「先生はいないよ。今日は僕一人で来たんだ。移送魔術を使ったんだよ」

「ケンちゃん、ネオジャンヌから移送魔術なんか使ったら、魔力が空っぽになっちゃうわよ」

「スキル化したから大丈夫だよ」


驚いて、目の前に居る息子の姿を見つめるルル。

だが、直ぐに合点が言ったようで、頬に手を当ててつぶやく。


「…そうなの、やっぱりウッドヤット先生は優秀なのね」

「うん、ヨシト先生は最高の教師だよ。…母さん、父さんは?」


キョロキョロと辺りを見回す息子の様子を見て、その可愛らしい仕草に思わず笑みが漏れるルル。


「ダンは、アスカ町へ出張中よ。多分だけど、夕方までには帰って来るわ」

「…そうなんだ、父さん頑張ってるんだね」

「さあさあ、立ってないで座りなさい。私は、ケンちゃんの話が聞きたいわ。成年自立手当をどうするつもりなのかも聞きたいしね」


親子は店のカウンターの向こうに移動して、並んで椅子に腰掛ける。

ケンは直ぐに、「母さん、お茶を入れるよ」と、気が付いて立ち上がる。

住居部分につながる扉を開けてキッチンに向かうと、居間の食卓の上にささやかなながら成人祝いパーティーの準備がしてあった。

何だか彼は、ほっこりして胸が温かくなった。



それから親子は、マッケンジーとルルの店の奥のカウンターに並んで、仲良く紅茶を飲んでいる。

安物の茶葉なので香りはそれ程でもないが、彼の紅茶の淹れ方が完璧なので、値段以上の価値にはなっているはずだ。

今2人が話しているのは、ケンの成年自立手当についての事である。


「母さん、僕はゴルゴダの郊外の土地の所有権を申請するつもりなんだ」

「…聞いた事がない町ね。どんな所なの?」

「魔の森と緩衝地帯かんしょうちたいに囲まれた場所だよ。だから、ステラ村の倍以上もある、すごく広い場所をもらえるんだ。しかも、税金はタダ同然だよ。でも、土地の半分以上は山だけどね」

「ケンちゃん、それはダメよ! 違う場所にしなさい!」

「温泉も出るんだって。魔素ラインの上だから、植物もすごく育つのが早いよ」

「地震の巣じゃないの! そんなひび割れた土地なんてどうしようもないわよ」

「ゴルゴダは、要塞都市っていう別名なんだって。何だかカッコイイよね」

「…その名前は、聞いた事があるわ。でも、郊外の土地なら関係ないでしょ。…ケンちゃん、お母さんをからかってるの?」


彼は悪戯が成功したように笑うと、「ヨシト先生が言うには、希少金属の鉱脈が地下に走ってるんだって」と、最重要事項をようやく話す。

「…詳しく聞きたいわね」


ルルは思わず身を乗り出す。

その目の奥がギル(お金)に見る見るうちに変わり、あまりの迫力に押されたケンは、椅子からずり落ちそうになった。


それから彼は、知っている限りの情報を母親に話す。

その場所は、ヨシトが持っている土地のすぐ近くで、たまたま彼が鉱脈を見つけていた事。

埋蔵量は詳しくは知らないが、今度一緒に行った時に詳しく調べて納得すれば、そこに決めるつもりである事。

ヨシトの力を持ってすれば、採掘は十分可能である事。

ケンの力でも、地表近くの金属は集められる事を話し終わった。

だが、それを聞いたルルは喜ぶどころか思案しているようだ。


この世界での金属の採掘は、露天掘りが主である。

金属の価値は地球と比べてかなり安いし、極地に行けば恒星ピアから降り注ぐ元素が豊富にある為に、露天掘りで採算が取れない鉱脈でなければ採掘されないからだ。

さすがに希少金属は、坑道を掘って採掘する場合が多いが、問題なのは地中深く穴を掘ってはいけないという世界のことわりがある事だ。

場所にもよるが、普通は最深で海抜で500m以下の穴を掘る事は、全ての国や地域で禁止されていて、それを破った人は外道扱いされる。

つまり、希少金属の鉱脈など、よほどの優良な物ではない限りは、存在が確認されていても採算に合わないので放置されている事実にルルは気付いたのだ。


だが、考えてみればケンはもう大人で、ヨシトは信頼出来る人物である。

2人が決めたなら、自分が口を出すべきではないと、ルルは思い直した。

母の心を知ってか知らずか、ケンは夢見るように話している。


「母さん、いっぱい取れたらタダであげるからね」

「それはダメよ。せめて相場の半額にしなさい」

「じゃあ、相場の4分の1にするよ」

「…そうね、そうなったら大金持ちね」

「うん、僕は弟か妹が欲しいから、母さん達がお金持ちになるなら丁度いいよ。じゃあ約束だからね」

「ええ、約束よ」


ルルは全く期待せずに息子と握手を交わす。

常識的に考えれば、多くて数千万ギル程度の採掘量だろう。

いくらヨシトが超人でも、敷地内の地下に眠る金属をすべて集められるとは思えないので、結局、利益は半分以下になるだろう。

それならば、そのお金はケンが使うべきなのだ。

ただでさえ貧乏で資金援助をしてやれない、なさけない親なのだから。


「ところで、ケンちゃんはどこに就職するの? 前に聞いた時は、進学するつもりは無いって言ってたわよね?」

「…詳しい事は、父さんが帰って来てから話すよ。とりあえず、僕は魔道具造りのマイスターの資格を取るつもりなんだ」

息子の話を聞き、ルルは少し不安そうな表情をする。


「…魔道具製造マイスターはかなり難しいはずよ。ダンだって持ってないし、いくら先生が優秀でも、たった5年間の修行なのに大丈夫かしら?」

「ヨシト先生が大丈夫だって言ってたから、絶対大丈夫だよ」

「…そういえば、マリちゃんも魔道具と魔術機械製造マイスター試験を受けるって言ってたわ。ウッドヤットさんはやっぱり規格外ね」


マイスター制度は、その分野が多岐たきに渡り、調理師マイスターの様な簡単な物から最難関の魔術機械製造マイスターまであり、難しいものは最低でも10年の修業は必要とされている。

ケンの父ダンは、魔道具及び魔術機械修理・・マイスターを20年近くかけて勉強して、ルルとの結婚前にようやく取得していた。

これは職人の腕だけでなく、知識も重要視される国家資格なので、『修復』ギフト持ちのダンでも学科試験をなかなか合格出来なかったからである。

この資格が無くても仕事は出来るが、一人前の職人とはみなされず、いい仕事は回ってこない。


ちなみに、ケンが資格を取るつもりなのは、姉のマリと同じく最難関である魔道具及び魔術機械製造マイスターであるが、名前が長いという理由だけで魔道具造りのマイスターと彼は言っている。

彼の意識からすれば、魔道具も魔術機械も大差ないし、そのようにヨシトから教わっているので、悪気もなければ隠している訳でもない。

それに、どうせしばらくは店を構える気がないのだから、名前なんてどっちでもいいと彼は考えているのだろう。



親子がそんな話をしていると、店の扉が開いてダンが中に入ってきた。

その後ろには、姉のマリの姿も見える。


「父さん、姉さん、お帰りなさい。早かったね」

「ケン、ただいま。今日はパーティーだからな、急いで終わらせて来たんだ」

「ケンちゃん、ウッドヤット先生はやっぱり来れないの?」

「うん、先生は出張中だよ。みんなによろしくって言ってた」


家族全員がそろって、一気に場が騒がしくなった。

今日は店じまいを早くして、久々の家族だんらんがマッケンジー家で行なわれるのは間違いないだろう。





夕方になるとマッケンジー家の居間の食卓では、ケンの成人祝いパーティーが家族全員が参加して開かれている。

進路の事や難しい話は一切無しで、たわいない日常会話が食卓にあふれている。


「父さん、僕は夕食をしっかり食べる体質になったんだ」

「それはいいことだぞ。やっぱりケンは男の子だな」


完全に酔っぱらっていて、全く事情を理解していないダンだが、息子と飲めるお酒が楽しくて仕方がないようなので、ケンも姉も母も食卓で笑っている。

ケンは、酒にはかなり強いようでほとんど素面しらふに見えるが、飲んでいる量はダンと変わらない。

その後も楽しいパーティーは続いたが、ダンが酔いつぶれて食卓に突っ伏したのを最後にお開きとなった。


「ダンったら、こんなに飲んで。…よっぽど嬉しかったのね」

「…父さんたら、そんなにお酒に強くないのに。明日は完全に二日酔いね」

ルルとマリが、ちょっと呆れ気味にしゃべるが、一家の大黒柱を見る目は温かい。


全員でダンを居間のソファーに運んで寝かしてから、3人で後片付けを始める。

今日ばかりは、ケンは魔術を使わずに手でお皿を片付けている。

3人でやると、ほとんど時間もかからずに部屋は綺麗になった。


それから3人は、食卓に改めて腰を下ろす。

いつもと違う所は、ケンと向かい合う形で女性達が座っている事だろう。

マリが近況の報告を横に座っているルルにしているが、話が終わったのを見計らって、ケンは母親に声をかける。

ここからが、いよいよ本題だ。


「母さん、色々と報告したい事があるんだ。父さんを起こしていいかな?」

息子の真剣な様子に、少し考えるルル。

「明日じゃ駄目なの? ダンは話が出来る状態じゃないわよ?」

「父さんには悪いけどアルコールを抜くよ。二日酔いになるのも可哀そうだし」


ケンは立ち上がって、ソファーに寝ころぶダンの前にかがみ込み、その肩にそっと触れる。

体内浄化魔術が発動され、完全に酔いがさめたダンは直ぐに目を覚ます。


「なんだなんだ? 何が起こった?」

「父さん、トイレに行って来た方がいいよ」

「…本当だ、とりあえず行ってくる」


急いで立ち上がってダンはトイレに向かう。

その様子を呆気に取られて見ているルルと、少し驚いているマリ。


「ケンちゃん、今のって…」

「ズブラ先生がたまにやってるやつだよ。だから大丈夫」


母親の疑問に簡単にケンは答える。

ステラ村でただ一人の医師、チョルス=ズブラの体内浄化魔術は獣人族が多いこの村では欠かせない魔術だ。

だがしかし、ズブラ医師の魔術はこれほど見事では無い。

せいぜい血中のアルコール濃度を薄めたり、二日酔いを治す程度だ。

それに、治療時間も30秒以上は掛かっていたはずだ。

つまり、ケンの腕は熟練の医師以上だという事になる。


これは、自由魔素との親和性が高いケンだから出来る技だ。

人間族の持つ魔力体は、強固に意志付けされた自由魔素なので、ケンの行使する治癒系の魔術は効果が高いという訳だ。

もちろんこれはヨシトのチートな教育があったからで、いくら治癒系の魔術でも普通は他人の魔力体を意志付けして利用出来ない。

ちなみに、ヨシトが体内浄化魔術でアルコールを抜くと、患者はトイレに行く必要がないほど完璧に浄化される。

師匠から言わせれば、弟子はまだまだ未熟なのだ。


だが、ルルとマリは改めて実感する。

ケンの能力が、驚くほど常人離れしている事を。

そして女性2人は優秀だからこそ、彼がどれほどの努力をしてきたか聞かなくても解ってしまった。

全ての事情を知っているマリでも予想以上に、今のケンは高いレベルにいる訳で、冒険の旅にさえ出なければ、彼は人間族社会でも相当高い地位に立てる実力を持っている事になる。

それでも、馬鹿ケンが夢を捨てる事だけは、決してないだろうが。



トイレに行っていたダンが帰って来ると、ケンと向かい合う形で居間の食卓に3人が座り、マッケンジー家の家族会議が始まる。

ケンは最初に両手を胸に当てて、深く父親に謝罪した。


「父さんごめんなさい。どうしても今日中に聞いて欲しい事があったんです」

「いやいや、全然構わないよ。ちょっと驚いたけど、ケンはすごい魔術が使えるんだな。それに、二日酔いになるところだったんだから、お得だといえるな」

人のいい笑顔で、ウインクしながらそう言うダンは、息子の成長を目にして嬉しそうだ。


(やっぱり父さんはすごいや。僕の周りの人に同じ事をしたら、絶対怒るもんな)

『親の愛情には敵わない』と言ったヨシトの言葉が身にしみる。

だから彼は、何の迷いも無く全てを話す事に決めた。


「父さん、母さん、今から僕のウルルス高専を卒業した後の進路について説明します。進学しない事は前から話してたけど、僕はどこかの会社に就職するつもりはありません。僕は、魔道具造りのマイスターの資格を取って、行商をして世界を回るつもりです」

ルルは驚いて、そのまま聞き返す。


「ケンちゃん、ガレア地方じゃなくて、世界を回るつもりなの?」

コックリと頷いたケンは、更に詳しく説明する。


「はい、母さん。しばらくは旅慣れる為にガレア地方を回るつもりですけど、それ以降は、世界を見て回ります。僕の目的は、ガレア地方以外の文化に触れて、それを写真と文章に残す事です。行商は、あくまでも資金稼ぎの手段です。さっき母さんに話した成年自立手当も、材料費を浮かすための手段です」


それからケンは、熱心に自分の目的を述べる。

自分の持つ異世界の記憶の持ち主が他にいないか確かめる事。

ヨシトもその一人なので可能性はあるし、だからこそ2人は契約を交わしていて、自分の夢に協力してくれている事。

それだけでなく、世界の不思議を調べて記録に残したい事。

だから、簡単に死なないように5年間、必死に鍛えて来た事。

ヨシトのすごさと厳しい修業内容と、成長した現在の自分の能力の事。

そして、いつになるかは解らないが、満足したら冒険の旅はやめるつもりである事を長い時間をかけて両親に話し終わった。

両親は、息子の精一杯の告白に黙って耳を傾けている。


「…ヨシト先生は、父さん達の質問には全部正直に答えるように言いました。僕もそうしたいと思っています」

ケンが最後に言った言葉に、マリだけは驚いて心配そうな表情を浮かべる。

ヨシトの秘密は、誰にでも言っていい物では無いからだ。

今までのケンの話だって、言い過ぎなくらいだ。

だが、自分達を信頼してくれている最愛の人の言葉をマリは信じる事にした。


「父さん母さん、私は全部知っていたの。だから、責任は私にもあるわ。解らない事は詳しく話すから、ケンの希望を認めてあげて」

「…マリちゃん」


娘がヨシトと別れた事情を完全に理解したルルは、それ以上は何も言えなかった。

母親としては、こんな無茶な計画は反対したいが、息子は無理に抑えつけても言う事を聞くタイプではない。

考えてみれば、成人の日に告白したのも、一歩も引かないという決意の表れに違いない。

もちろん、ヨシトにも文句を言えるはずもない。

息子が出会うであろう、万が一の事故の確率をゼロに近付けてくれた恩人なのだから。


家族の視線が、自然にダン=マッケンジーに集中する。

彼は必死に何かを考えているようだ。

そして、ケンの目をじっと見つめてから口を開いた。


「ケンの進路は、本当にそれでいいのかい? 例えば、レクサ君との『決闘』とは関係ないのかい? 彼との勝負に負けたく無くて、望んでないのに無理してエリート校に入ったり、戦闘職ではとても敵わないから、本当は魔物と戦いたくて仕方ないのに冒険者みたいな職業に就くつもりなのかい?」


始めは何の事か解らなかったケンだが、ようやくその質問の意味に気が付いた。

つまりこれは、ゾンメル教の最大の教義である、『決闘』のせいで決めた将来なのかとダンは聞いているのだ。

そういえば、自分が小さい頃は世界の敵と戦うなんて言っていた事を思い出す。

ダンは、息子が『決闘』の勝敗にこだわって、本当の希望である戦闘職をあきらめたのかと尋ねたのだろう。


「父さん、それは違います。世界を見て回るのは『決闘』とは何の関係も無い、本当の僕の夢です。ウルルス高専に入ったのも、出来るだけ早く冒険をしたかった僕の勝手な都合です。そのおかげで、ただ世界を見たかっただけの僕の夢に、ガレア地方の人達みんなに世界の不思議を知って欲しいという希望が加わりました。だからこれは、宗教とは関係ない、完全に僕の意志なんです」


それを聞いたダンは、安心したようにホッと息を吐く。

そして、少し力を抜いて穏やかに話し始める。


「それなら、父さんは反対しないよ。それがケンの夢や希望なら、悔いの残らないように思いっきりやりなさい。例え人に理解されなくても、すごく危険でも構わない。僕達の事は気にしないで、ケンの生きる道を進みなさい」

あっさりと父に認められたケンは拍子抜けするが、逆に不安になる。


(父さんは、本当に解ってくれているのか?)

普通に考えたら、エリート校を卒業して進学やまともな就職もせず、世界を旅するなんて愚か者の選択だからだ。

頭の固い親なら、親子の縁を切られても仕方がないだろう。

だから、心の奥にしまっていた不安が口を突いて出てしまう。


「でも父さん、おじいちゃん達にはすごく迷惑をかけるかもしれません。もちろん父さん達にもです。僕はどうしようもない親不孝者なんですよ!」


ダンは愉快そうに笑う。

そんな気持ちはこれっぽっちも彼には無かった。


「ケンほど親孝行な息子はいないよ。今こうして生きていてくれるんだから。…それに、お義父さん達はともかく、僕達は人目を気にする立場じゃないよ。

 …ただし、覚えておきなさい。行商は、生易しい職業じゃないよ。みんなから馬鹿にされるし、儲けもほとんど出ないはずだよ。だから父親の立場では反対したいけど、ケンは簡単にはあきらめないだろ? だったら思いっきり頑張るしかないよ」


ケンは黙って頷いた。

全て父の言葉通りだ。

本当は、3歳の時に死んでいたはずの命なのだから。


それに、父親が全て解っていた事にも彼は気が付いた。

一応、行商人という体裁は取っているが、そもそも行商人は最低ランクの商人だし、見る人が見れば好奇心に突き動かされた愚か者だという事が解るだろう。

それが世間に知れれば、ダンは息子の育て方を失敗したバカ親という事になり、保守的な取引先とのトラブルにも繋がりかねない。

それでも、全て覚悟の上で、父は息子の希望を認めてくれていたのだ。


結局、自分の選択は、ダンの気持ちとは関係なく、家族に迷惑をかけるだけだと改めて実感する。

それは彼が冒険心を捨てない限り、どこまで行っても変わらないだろう。

これを防ぐ一番いい方法は、ケンを勘当して親子の縁を切る事だが、ダンの性格からしてそれはあり得ないとケンは解っていた。

つまり、ケン=マッケンジーという男は、世間一般から見れば自分勝手な親不孝者で、度し難い馬鹿なのだろう。

だがこの選択は、小さい頃からずっと考えていて、ネオジャンヌに行って人間族社会を知った後でも思い悩んで決めた結論なので、今更彼が考えを改めるはずも無かった。


そんな最低な息子に、楽しそうに笑いかけるダン。

ケンは全身が締め付けられる思いがした。

そんな息子の心を知ってか知らずか、更に父親の話は続く。


「…父さんは15歳の時にゾンメル教徒になった。両親はそれを許さず、僕は勘当された。納得出来なかったから、何度も実家に行って話をしようとしたけど、会ってさえくれなかったよ。

 …今思えば、小さな町で商売をしていた両親にも色々と事情があったんだろう。それに、妹が生まれたばかりだったから、町の噂や悪影響を心配したのかもしれない。

 …でも、15で独りぼっちになった僕は思ったんだ。自分に息子が生まれたら、どんな馬鹿な道を選んだって受け入れようと。子供にこんな辛い思いだけはさせたくないと心からそう思ったんだ」


初めて聞く父親の話に、ケンは息を飲む。

父方の実家とは音信不通なのは知っていたが、そんな何の罪も無い事で勘当されていたとは知らなかった。

ケンは食い入るように、ダンの話に集中する。


「そんな独りぼっちの父さんも、ルルと出会って家族がもてた。マリが生まれた時は、頭の中が真っ白になるくらいに嬉しかった。ケンが生まれた時は、ルルと一緒にうれし泣きした。2人ともいい子で、僕の子供だと思えないくらい賢かった。色々と大変な事があったけど、ケンが成人してくれて本当に嬉しいよ」


「…父さん」

「あなた」

マリとルルから声がかかる。

ケンはこぼれそうな涙を必死でこらえている。


「だからこそ、ケンの将来の選択がゾンメル教の教義にとらわれたものだったら反対しようと思ったんだ。

 …ケン、宗教は生きるすべだから大切だ。だけど、宗教が人生そのものになってはいけない。自分の夢や希望と考え合わせて、納得出来なかったら教義に従う必要はないんだよ。だから、例え女神様が駄目だと言っても、父さんは反対しない。ゾンメル教を捨てる事になっても、父さんはケンの方が大事なんだよ」


「…ありがとう、父さん」

ケンの目から涙がぽろぽろとこぼれ落ちた。

ゾンメル教の為に両親に捨てられた父が、息子の為にゾンメル教を捨ててもいいと言う。

敬虔けいけんなゾンメル教徒であるダンがそう言うとは、どれほどの想いがこもっているのだろう。

馬鹿な自分には、想像すら出来ないとケンは感じていた。



それから、

夫の話に感動したルルは、思いっきり抱きついてキスの雨を降らしている。

母の様子を見て、若干引き気味な姉のマリもそっと父親の手を握っている。

涙が止まらないケンも、何だか無性におかしくなって大きな声で泣き笑いしている。



お互いを大切に思う気持ちがある限り、マッケンジー家の絆は変わらない。

例えみんなが離れ離れに暮らしていても、心が繋がっているのだから。


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