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第84話 閑話 リエリスの不満と不安

閑話というよりは、リエリス側から見た話になります。

とはいえ、いわゆるリエリス視点、一人称での書き方はしていません。



リエリス=キュンメにとって、ケン=マッケンジーという男は、不可思議な存在だった。

知り合ってからもう2年以上経つが、恋人同士になった今でも、未だに何を考えているのか解らない所がある。

普段はどう考えても、ちょっと頼り無くて、単純馬鹿にしか見えないが、彼女の持つ強力で有用なレアギフト『予測』を使っても、彼の行動が読めないからだ。



初めて名前を聞いたのは、彼がウルルス高専に入学したばかりの頃だが、その辺りの事情は、彼の名誉の為にも思い出さないようにしている。

ただ、当時の生徒会メンバーから、彼は難病持ちの虚弱体質だと聞いたので、半年も経たない間に退学するだろうと思っていた。

だが、その後も能力値強化の授業を受けないにもかかわらず、一向に学校を辞める気配の無い事を知り、少し彼に興味を持った。

生徒会長としては、完全に孤立している彼を気の毒に思い、何とかしたかった気持ちもあったが、ウルルス高専生を代表する立場では、エリート校の伝統を無視する訳にもいかず、少々苦々しく思ってもいた。


結局、それから約1年半近く、彼との接点は全く無かったが、色々と彼の悪い噂話は耳に入ってくるので、逆に興味を持ってしまい、個人的に会って話してみたいと思っていた。

彼女の友人達は彼を馬鹿にしていたが、学校内の全ての生徒達から完全無視されるなんて、自分が同じ立場なら決して耐えられないだろうし、耐える必要性も感じなかったからだ。

だから彼女は、そんな意味不明で、非論理的な彼の心の強さの理由を知りたかっただけかもしれない。


そして、その機会は思いもよらない形で訪れた。

彼女が最上級生の5年生になり、生徒会長を引退した後の1月中旬頃の休日の朝、

彼女の心の師であるナタリーメイ=ウッドヤットに悩みの相談に乗ってもらい、マリアネア第二孤児院の院長室を出た時、たまたま彼と出くわした。

彼の顔は、生徒会長として、壇上から注意深く見ていたから、すぐに気がついた。

チャンスだとは思ったが、ろくに顔も合わせようとせず、自分を無視する様な彼の態度を見て腹が立ち、『51番君』と、呼びかけてしまったのは彼女の悪い癖である。

だが、その後の彼の反応が面白かったので、明らかに嫌がっている彼と接点を持とうとして、彼女にしては珍しく食い下がった。


だから、本人は決して認めようとしないが、彼の加護力を調べたいという実にもっともらしい理由は、半分以上は嘘である。

もちろん、将来的には考えていない訳では無かったので、女神の加護に付いて調べてはいたが、しょせん彼女も一介の学生に過ぎないのだから、そもそも研究するには無理がある。

それでも意地っ張りでプライドが高い彼女は、彼を女神の加護の研究の協力者だと無理に思い込もうとしていた訳だ。

だけど、この時点では恋人やパートナーどころか、友人になる気が無かったのも本当で、女心とは複雑な物だと言えるだろう。


その後、彼女のお気に入りの喫茶店で彼と話をした結果、思いもよらない形で反撃されて、完全に言い負かされてしまい、これまた彼女にしては珍しく、完全に開き直って話を誤魔化し、彼に対しては一切の遠慮なしに、明け透けな対応を取り始めた。

多分だが、自分には無い、彼のぶれない安定した心の強さを感じて、すっかり気に入ってしまったのだろう。

今思い返せば、その時から異性として好きだった訳だが、3つも年下で劣等生であるはずの男相手に、そんな負け犬の様な感情を抱くなんて、武門の家系出身で、プライドの高い彼女としては悔して仕方ないから、強引に下僕扱いにしたともいえる。

それに、彼がウルルス高専で話せる相手がいないという事実も、猫をかぶっていた彼女にとって都合が良かった。

彼に打算的だと思われようが、それはそれで構わなかったし、何故かは解らないが彼は本心では嫌がっていないという根拠のない自信もあった。


いわば彼女は、自分でも気付かない内に心の防壁を張ったのだろう。

だがそれは、付き合いが長くなり、彼の実情を自然と知って行くに連れ、もろくも崩れ去る。

つまり、彼は彼女のプライドを傷付ける厄介な男であり、同時に何となく離れがたい人でもあった訳だ。


…それから色々あって、彼は命の恩人になり、彼女は自分と彼の事が嫌いになり、幼馴染のサーラ=キュンメのおかげで元通り以上の関係になり、すぐに彼の臨時パートナーの1人になり、…そして、今から約一カ月前に恋人同士になった。

結果的には大満足で、全く後悔はしていないが、彼の事情を全て知った今でも、相変わらずケンは訳が解らない部分がある。

以前のように、友達や臨時パートナー程度なら面白いからそれで良かったが、正式に恋人になった後では、色々と不満点が出て来るのも当然だろう。


もちろんそれは、これらの事情から見て、深刻な悩みに繋がるはずもない。

そもそも、完全に相手を好きになるなんて事はあり得ないし、嫌いな部分を我慢出来ないのに恋人になるほど彼女は酔狂な人物ではないから、好きな部分が圧倒的に多かったからだ。


では、彼の何が好きかと言えば、まずは見た目である。

情熱的な瞳と可愛らしい顔は、以前からずっと気に入っている。

背の高さも同じくらいなので、特に不満は無い。

話も面白いし、聞き上手だし、特に彼が秘密を打ち明けてくれてからは、よく音話を掛けてくれるようになっていて、彼女は本当に満足している。

家柄は釣り合わないが、結婚まで考えている訳では無いので、まだ若い学生の恋人同士なら、それほど問題にはならないだろう。

彼の本当の能力値は、かなり優れているとは思うが、万が一でも負けると悔しいので、はっきり聞かない事にしている。

今は恋人と臨時パートナーを兼ねる関係だが、彼は性欲過多な状態なので、他にも臨時パートナーが多数いるはずだが、2人の魔力体の相性は良い方なので、それはあまり気にならない。

恋人である自分と違って、しょせんは体だけの関係だし、もし直接ちょっかいを出してくる女性がいれば、ひねり潰せばいいだけだ。


何より気に入っている点は、彼の側で普通に会話をするだけでも彼女の心は落ち着いて、日常生活で溜まったストレスなんて吹っ飛んでしまう事だった。

つまり彼は、彼女にとって、会って話するだけでも十分に幸せな相手なのだ。

こんな特殊な相手は、彼女の知る限り、マリアネア第二孤児院院長ナタリーメイ=ウッドヤットだけであり、ケン=マッケンジーという男は、リエリス=キュンメにとって掛け替え無い存在だった。


それでは何が気に入らないかと言えば、はたから見れば、実にたわいもない事である。

まず、彼の服装のセンスが最悪だった。

彼が貧乏な事は知っているが、動きやすい安っぽい服を着る場合が多くて、彼女の趣味には全く合わなかった。

せめてデートの時くらいは、目一杯オシャレをしてくるのが当然なのに、一見すると普段着のままで現れるデリカシーの無い男である。

一度耐えかねて注意した事があるが、『えーっと、これでも1万ギルはしたんですよ?』と、真顔で返してこられて逆に困ってしまった。


『じゃあ、普段はいくらの服を着ているのよ?』と、怒りをこらえて質問すると、

『3000ギルの特価品です』と答えて、全く悪びれた様子も無い。

特価品の服なんて、出稼ぎの獣人族が着る大量生産品で、首都ネオジャンヌに住む人間族なら選ぶはずもない安物である。

いっそ、自分が気に入った服をプレゼントしようかと思い、彼に提案してみたが、頑として首を縦に振らない頑固な男である。

これでは、下手に専門院の友人に紹介するのも躊躇ためらわれる。

結果的に、友人だった時と比べても、一緒に外に遊びに行く機会が減っているのが不満だった。


次の不満点は、それよりは少し深刻で、思った以上に会える時間が短い事だろう。

お互い忙しい身なので、さすがに毎日会う訳にはいかないが、正式に恋人同士になってから約1カ月、本来なら今が一番楽しい時期なはずだ。

例え深夜になっても自分は会いたい時があるのに、彼は予定通りの規則正しい生活を送っていて、時間にも非常に正確だ。


(…なるほどね、士官候補生のサーラと気が合うはずだわ)と、妙に納得したものの、週に2度のプレイの時だけ彼女のマンションで会うだけなんて、さすがに不満を感じてしまい、少し物足りなかった。

つい先日も、彼女のマンションでのプレイの後、会話が盛り上がった結果、

『ねえ、せっかくだから、今日は泊まって行きなさいよ』と誘ってみたところ、

『いいえ、この後、ヨシト先生と修業の約束をしているんです。最近、修業の時間が減っているので、すっぽかす訳にはいきません』と、木で鼻をくくったような返事。


表向きは、「…そう、残念ね」と、答えはしたが、内心では(私と修業と、どっちが大事なのよ!)と、不満たらたらだった。

そんなみっともない事を口に出す訳にはいかないが、もし彼に聞いたとしても、『もちろん、あなたです』と、彼が応えてくれる自信はある。

ただ、『冒険の旅と私、どっちが大切なの?』とは、怖くて聞く勇気は無いが…。


そして、あと一つ残ったちょっとした不満、それは彼のウルルス高専での一つ下の後輩、レイカ=アネアスの存在だった。

レイカの名前は、まだ2人が臨時パートナーとして会っていた時から、ちらほらと彼の口から出ていた。

ケンもリエリスもまだ学生なので、恋人同士になった後も、話題の中心は学生生活に付いての物が多かった。

2人の会話では、聞き役の立場が多いケンだが、彼が話すウルルス高専での話題には、常に彼女の名前が付きまとった。

彼の後に生徒会メンバーに入ったレイカという女性は、普通ならばさほど接点が無いはずで、大した問題にはならないはずだ。

だが、ケンの話を聞いたリエリスの考えは違った。

何と言うか、レイカの行動が見え見えなのだ。


女性特有の勘で、ピンと来たリエリスは、ウルルス高専での伝手つてを利用してレイカの事を簡単に調べてみた。

その結果は、あまりかんばしい物では無かった。



レイカ=アネアスは、ケンの一つ下の人間族の女性で、身長は172cm程度、

ハイド=ノワールが指名した生徒会のサブメンバーで、人並み以上の容姿を持っている。

責任感が強くて、はっきりものを言うタイプで、友人も多いが敵も多い。

成績優秀で、能力値にも優れていて、同級生達からの人望もある。

それなのに、生徒会を辞めたケンをいつまでも頼るなんて、いかにも不自然過ぎて笑ってしまう。

はっきり言って、よこしまな思いがあるに決まっている。

リエリスが同じ立場なら、似たような行動をすると確信できてしまう。

つまり、これは同族嫌悪どうぞくけんおに近い感情なのだが、彼女は解っていても認めたくないようだ。

だから『予測』ギフトを使わなくても、レイカがケンにモーションを掛けて来ているのが解ってしまう訳だ。


その上、ハイド=ノワールが協力している可能性があるのが、更に性質たちが悪い。

ケンを生徒会に引き入れようとハイドが陰で動いている事は明白で、レイカの利益と図らずも一致しているのだろう。

そして、レイカの手口はリエリスから見ると、卑怯ひきょう巧妙こうみょうだった。


レイカがはっきりとケンに好きだと告白するなら、彼女はあっさりふられて、彼は生徒会活動には関与しなくなり、それでこの話は終わるだろう。

彼が生徒会に再入会しない理由は、事情を知った今では理解出来るので、それは間違いない。

だけど、リエリスが聞く限りだが、レイカは現生徒会長ハイド=ノワールの横暴に右往左往している後輩という立場を利用して、ケンに生徒会の助っ人を頼みに来ている訳で、はっきり言って利己的で不快だった。

自分も似たようにしてケンを利用していたから解るが、主に精神的な面で彼女は彼を頼りにしていると感じる。

それは、彼女の中ではアウトで、恋人としては許せない。

しかも、明らかに自分で解決できる問題でさえ、忙しい彼に相談したりするのだから、彼女が甘ちゃんを装っている分だけ腹が立って仕方が無い。

そして、普通ならあっさり断りそうな彼が、甲斐甲斐かいがいしく世話を焼いている所を見ると、ケンもレイカを気に入っているとしか思えない。


(…これは、ややこしくなる前に、はっきりさせるべきね)

彼が一途な性格なのは解っているので、放っておいても大丈夫だとは思ったが、すごく気分が悪かった彼女は、念のために釘を刺しておく事に決めた。




その後、よせばいいのに、リエリスの悪だくみは実行される。

いつものように、彼女のマンションでのプレイを終えて後、居間のソファーに並んで座って彼と会話デートを楽しんでいる時の事、世間話を装って、リエリスはケンに話しかける。


「ねえ、私と付き合っている事をノワールには話したの?」

驚いたように首を横に振るケン。


「まさか! ハイドは口が堅い方だと思いますけど、もし噂が広がったら影響が大きすぎますよ。リエリスさんは、みんなの憧れの先輩ですから、劣等生の僕とは釣り合いません。僕が馬鹿にされるのは自分のせいですけど、あなたが軽くみられるのは、はっきり言ってすごく嫌です。あなたとの関係を秘密にするのは誠実では無いと思いますけど、自分からハイドに言うつもりはありませんから」


「でも、そのノワール君から、ケンは下級生にモテるって聞いたわよ? 告白されたら、私の名前を出さない訳にはいかないでしょ?」


「うっ!」と言葉に詰まった彼は、申し訳なさそうに弁解を始める。


「…それは、名前を出さなくても、恋人がいるってはっきり言いますから、きっと大丈夫ですよ。以前、下級生から交際を申し込まれた時も、好きな人がいるって言って断りましたから」


「あら、隅に置けないわね。いったい何人の下級生を泣かせたのかしら? …それに、馬鹿にされたって私は負けないから、別に構わないわよ。…何よりあなたはサーラの『真の友』ですもの。あなたを馬鹿にする事は、キュンメ家の誇りを傷付けるのと同じ事よ。そんな奴らは、相応の報いを受けるだけ。…そんな場合は、私が直々に動くんだけどね」


(やっぱりか!)という、見るからに丸分かりの表情をした彼は、両手をブンブン振って必死に彼女をなだめる。


「いやいや、そこまでたいそうな話にしないでください。リエリスさんの実力なら復讐は可能だと思いますけど、人の気持ちを無理に抑えつけても不満が残ります。それに、陰口なんて完全には防げませんよ。

 …特に、僕の将来の夢は突っ込み所が満載ですから、大っぴらに戦うのはまずいですよ。だから、リエリスさんとサーラの気持ちだけをありがたく受け取っておきます。

 正直、学校内の噂程度なら社会的な影響は無いですから、誰に馬鹿にされても全く問題ありませんけど、僕の責任にあなたが巻き込まれるのが嫌なんです。

 …結局、大切なのは、僕達3人の心の中の問題だと思います。だから、今の所は僕達の関係は内緒にしていた方がいいと思います。情けない話ですけど、これから世界を旅する身分で、余計なトラブルを買いたくありませんからね」


ケンの返事は、ある程度予想通りだったので、リエリスはあえてスルーする。

彼の冒険の旅に対する想いの強さを改めて確認出来た事が、彼女にはちょっぴり辛かったが。


「…でもね、例えばあなたの話によく出てくるレイカ=アネアスさん。彼女は、きっとあなたがフリーだと誤解しているわ。そうでなければ、休日の生徒会室で2人きりで会おうなんて思わないはずよ」


だが、ケンは首をかしげている。

思いもよらない事を聞いたという表情だ。


「そうでしょうか? もう何回も2人きりで会ってますけど、彼女に、そんなそぶりはありませんよ。リエリスさんの勘違いじゃないですか?

 彼女が僕をしたってくれているのは、多分ハイドが厳しいせいです。他の生徒会メンバーも彼女に協力的じゃありませんから、生徒会では結構苦労しているみたいなんです。だから、もう辞めたとはいえ、生徒会の事情を知る先輩として、僕を頼ってくれているだけだと思いますよ。ちょうど僕がマリ姉ちゃんを頼りにしているのと似たような感覚じゃないでしょうか?

 …ほら、僕には妹がいないでしょ? 僕にとっても、彼女は単なる妹分ですから、決してやましい気持ちはありません」


どうやら、彼には全くその気は無いらしい。

分かってはいたが、彼女は嬉しく感じる。

しかしリエリスは、ここで手を緩めるような女では無い。


「あらあら、珍しく口が回るのね。…何だか心配になって来ちゃったわ。あなたがそんな感じなら、彼女が誤解しても仕方ないわね? だって、ケンの話を素直に聞くと、レイカさんは家族同然なわけでしょ? つまり、私よりも彼女の方があなたに近いと言っているのと同じよ。あなたが、私の前でそんな事を言うなんて思わなかったわ。

 それに、レイカさんに対しても失礼だわ。そんな気持ちで2人っきりで後輩の面倒をみるなんて、普通に考えたら気があると勘違いされるわよ?」


わざと冷たく答えるリエリスの様子を見て、真っ青になるケン。

完全に惚れた弱み丸出しで、酷く焦っているように見える。


「それは違います! 僕が好きなのはリエリスさんだけです。他の女性なんて、眼中にありません」


ケンは、ソファーから身を乗り出して、横に座るリエリスの体を強く抱きしめる。

リエリスは瞬時に真っ赤になったが、何とか冷静を装って「…痛いわよ、ケン」と優しく彼の背中に手を置いた。

我に返った彼は、申し訳なさそうに彼女から離れて、力なく謝罪する。


「…すいません、でも、僕にとって、あなたはとても大切な人なんです。誤解されたままなんて耐えられません。

 …僕だって本当は、みんなに自慢したい。僕の恋人は、リエリス=キュンメだって言えたら、どんなに幸せでしょう。…だけど、それは出来ません。自分の心に決着を付けて、あなたに釣り合う立場になるまでは…」


彼の悲しみをたたえた真摯しんしな瞳を見て、(…ああ、私、すごく愛されてるんだ)と、彼女は実感する。

ケンのこんな表情を見れるのは、世界中でリエリスだけだろう。

少々、自己嫌悪に囚われつつも、彼女は本題を切り出す。


「ねえ、ケン。あなたは女から見ると、すごく解りにくいのよ。単純だけど複雑で、馬鹿な様でも思慮深い所もあるわ。だから、周りに思いもよらない誤解を与えるの。私のギフトで『予測』できないんだから、他の女性ならもっと酷いかもしれない。

 ・・・もしあなたが女性関係でのトラブルを望まないなら、前もってはっきり言った方がいいわ。私の名前を出したくないなら、せめて恋人が出来た事を公言しなさい。例えば、学生プレイクラブの臨時パートナー達や、クラスメイトの女性達や、レイカ=アネアスさんに対して言うだけでも十分だと思う。それが結局、お互いの為だわ」


彼女の本音の入った屁理屈を真面目に受け取った彼は、腕を組んで考える。


「……そうですよね。これからはそうします。でも、よく考えたらいちいち説明するなんて不便ですよね。以前話した異世界や、一部の獣人族の国での習慣ですけど、決まった相手がいる人は、それを他人に知らせる方法があるんです。

 例えば異世界の地球では、指輪を左手の薬指にはめるんです。コレットという名の遥か西の国では、結婚後は手の甲に刺青を入れるそうです。ピアスを片耳に付けて、恋人募集中を知らせる地域もあるって本で読みました。何で人間族には、そんな単純な習慣が無いんでしょうか?」


相変わらず、予測不能な返事をする彼に内心で苦笑しつつも、彼女は真剣に考えてみる。

これだから、彼との会話は面白いと思いながら。


「…そういえばそうね。でも、パートナー選びなら、友人達の紹介や斡旋所を利用するのが普通だし、恋人を探す場合だって、気に入った相手に直接確かめるのが普通だわ。友人の申し込み程度ならともかく、相手の事情も知らないのに、いきなり恋人の申し込みをする人なんていないでしょ? 人には言葉って便利な能力があるんだから、面倒に思わずに会話しなさいって事じゃないかしら?」


他にも、人間族は女性蔑視が無くて、相手に縛られる事を嫌う傾向があるとか、結婚は主に子供の為にするので恋愛感情と直結していないとか、性に開放的なのに論理的な人達なので、面と向かって恋人の有無を聞いても、大して失礼な行為には当たらず、トラブルにも繋がりにくいという事情もあるだろう。

これらの事情は、人間族の2人にとっては常識なので、リエリスがいちいち説明しないくても、ケンも知っている。

要するに人間族は、特殊な場合を除いて、自分に特定の相手がいる事実を他人に知らせる必要性を感じていないという事なのだろう。

それはともかく、単純馬鹿なケンはリエリスの言葉を素直に受け止めてしまったようだ。


「…そうですね。大事な事は、確かに口で言わなければ伝わりませんよね。…だったら僕は、リエリスさんに会うたびに、好きな気持ちを伝えます。これからは我慢しないで、時間が空いたら出来るだけあなたに会うようにします。あなたが僕の気持ちを『予測』出来ないのなら、はっきり解るように、ずっとそうし続けます」


彼の熱い言葉を聞いて、内心では嬉しく思うが、年上として優しくたしなめる彼女。


「…それはちょっと恥ずかしいわね。時間が空けば会うのは賛成だけど、少なくても人前で、恥ずかしい言葉は禁止よ」


「はい、もちろん2人っきりの時だけです。…好きです、リエリスさん。世界中の誰よりも」


「知ってるわよ馬鹿。…せいぜい私に感謝しなさい。あなたの気持ちを受け止めてあげるのは、世界中で私だけなんだから」


思わぬ展開になったが、リエリスは満足していた。

彼が好きだと5回言ってくれる度に、自分も一度くらいは愛の言葉を囁いてもいいと思うくらいには。

何よりこれで、ケンに近付くお邪魔虫を遠ざける事が出来るだろう。

恋人のいる相手にちょっかいを出す人間族なんて、よほど感情の起伏が激しい者以外、あり得ないはずだから。



だが、この会話がのちに彼女を苦しめる結果に繋がるとは、彼女の『予測』ギフトを持ってしても気付かなかった。


人の気持ちは、必ずしも論理的には動かない。

平穏で幸せな気持ちは、漠然とした不安に直結する物なのだ。

特に、好ましくない未来がすぐ先に見える場合は、不安はぬぐえない。


彼が会うたびに囁く優しい言葉は、彼女の感情をかき乱し始める。

自らの弱い心を自らの強い意志でコントロール出来ないほどに。


そして、感情の起伏が激しい者が、ウルルス高専生の中に居た事も予想外だった。

レイカ=アネアスという下級生は、ある意味リエリスにそっくりで、彼女の伝手つてを利用した情報収集では、その事実には気付くはずもない。

憧れの先輩に、下級生の悪口に近い事実を伝えるエリートなどは普通はいないのだから。



結局レイカは、ケンから恋人がいるとはっきり告げられても、今までの彼との付き合い方を変えなかった。

彼は、それを彼女が自分を恋愛対象として見ていないと思い込み、すっかり安心した結果、レイカの望む、今まで通りの付き合い方を続けてしまう。

その事実を知ったリエリスは、余計なプライドが邪魔して嫌だとも言えず、精神が徐々に疲弊ひへいし始めた。

嫉妬心は、人にとってもっとも醜い感情の1つだから、プライドの高い彼女は彼に言う訳にはいかなかったし、何より自分の気持ちが信じられなかったのだ。


そして、秘められた悪意は彼女の制御を超えて、心の中に広がり続ける。

嫉妬心は嫉妬心を呼び込み、彼の口から、いとこのサーラの話題が出るのも不快に感じ始める。

彼女の心は強くかき乱されて、徐々にきしみ始める。



それから数カ月後、ついに耐え切れなくなったリエリスは、ナタリーメイ=ウッドヤットに音話を掛ける。

もう、リエリスが頼れるのは彼女しかいなかった。

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