第82話 ケンとサーラの友情
ケン=マッケンジーがリエリス=キュンメとサーラ=キュンメに自分の秘密を打ち明けた次の日の午前中の事。
ウッドヤット家3階の書斎にある音話が鳴り響いた。
その日は休日で、ちょうど魔道具造り教室の時間内だったので、呼び出しベルを聞いた内弟子のケンが2階の作業場から3階へ向かう事になる。
彼が急いで書斎に入って音話を取ると、聞き慣れたサーラの声が受話器から聞こえてきた。
『もしもし、こちらサーラ=キュンメと申します』
「サーラさん、僕です。……えっと、昨日は色々ごめんなさい」
『そんなの気にしなくていいよ。それより、ちょっと話があるんだけど、いいかな?』
「…話ですか? もしかして、昨日の事と関係ありますか?」
『ああ、そうだよ。私は、ケンと新たな関係を築きたいと思っているんだ』
そう言われた彼の顔が自然と引きつる。
(…もしかしたら、パートナーの解消を言い出されるかもしれない。昨日の事は、サーラさんが怒っても当然だもんな。…ただのお友達でいましょうって言われたらどうしよう?)
内心で思いっきり焦っていた彼を知ってか知らずか、彼女はある提案をして来た。
『新たな関係と言っても、大したことじゃないんだ。…これからは、プレイの前に私と模擬戦をしないか? 私はケンと戦ってみたいんだ』
「もちろんいいですよ。だけど戦闘はあまり自信が無いですから、お手柔らかにお願いします」
ケンはホッとして二つ返事でサーラの申し出を引き受けた。
失礼な事をした自分にそう言ってくれる彼女の気持ちが単純に嬉しかったからだ。
彼の言葉を聞いた彼女は、音話の向こうでクスッと忍び笑いを漏らす。
『それは、謙遜が過ぎるよ。いくら私が士官学校生だといっても、能力値の差があるはずだから、結構いい勝負になると思うよ』
彼は別に、謙遜して言った訳では無く、この時は本当にそう思っていた。
士官学校では、卒業した生徒の多くが直ぐに魔物との戦いの矢面に立つ為、訓練はかなり厳しくて実戦的だと噂で聞いていたからだ。
特にサーラの実力は、士官学校の中でも3本の指に入るとも聞いているので、彼女はかなりの実力者だとケンは思っていた訳だ。
「…そうですよね。でも僕は、ヨシト先生以外とは、まともに戦った事が無いから、自分がどれくらい強いか今一つ分からないんです。…ところで、どこで戦いますか?」
『それは今から説明するよ。全部、お姉さんに任せておきなさい』
その後、細かい打ち合わせの結果、彼女の親戚が経営しているトレーニング施設の一室を借りて、2人で模擬戦闘訓練を行う事が決まった。
サーラの話によると、その施設は彼女のマンション近くに建つ7階建てのビルで、士官学校に通う生徒には格安で貸し出してくれる上に、使われていない空き部屋を使用するならば、親戚である彼女からはお金は取らないらしい。
お金を支払う必要が無いなら貧乏性の彼に文句があるはずも無く、彼女の好意に甘えて全て任せる事にした訳だ。
ただし、使える部屋はそれほどの広さでは無く、魔素防御結界や物理耐性も初級魔術までを想定した物なので、どうしても武器での接近戦がメインになってしまうようだ。
だが、この提案は逆にケンにはありがたかった。
師匠であるヨシトとの特訓では、必然的に魔術を使った中長距離戦が中心になるので、彼は近距離対人戦闘は修業していなかった。
戦うのが魔物ならともかく、獣人族の犯罪者相手の戦いを想定するなら近距離対人戦闘は是非やっておくべき訓練だし、冒険の旅には必要になる技術だろう。
その後、音話を切ったケンは、ヨシトの元に行きサーラとの戦闘訓練の了解を取った。
色々と注意事項を言われたりもしたが、彼は彼女との再会が楽しみで仕方なかった。
もちろん、バトルマニアでは無い彼は、戦う事が嬉しかったわけでは無く、彼女の心がありがたかった。
変人扱いされても仕方が無いと思っていた将来の夢を認めてくれた彼女の存在は、次第に彼の中で大きくなっていった。
―――――――――――――――――――――――――
数日後、トレーニング施設のロビーで待ち合わせしたケンとサーラは受付を済ませてから、まずは武器庫によって武器と防具一式を借りる。
ケンは武器にオーソドックスな片手剣と手甲、サーラは模擬銃と細剣を選ぶ。
もちろん武器といっても衝撃を抑える加工が施してあるから、スポンジを巻いた木刀の感覚に近いかもしれない。
だが、真剣と同様の重量があるので、まともに当たるとかなり痛いし、当たりどころが悪いと大怪我もするだろうが。
2人が4階の空き部屋に着くと、そこは彼女の言っていたようにそれほど大きな部屋では無く、日本でいう柔道場くらいの広さだった。
大きな違いは、床が毛足の短い人工芝の様な素材で、少し天井が高めなくらいだろうか。
「サーラさん、準備運動とかします?」
「…軽いストレッチぐらいはやっておいた方がいいだろう」
「それなら士官学校のやり方を教えてください。ウルルス高専では教本通りですから」
「うちだってそうだよ。違うのは、掛け声とか回数とかだけだ」
「面白そうですね。やっぱり軍歌とかを大声で歌いながら、みんなで並んでランニングするんですか?」
「…ケンは士官学校を誤解している。そんな戦争時代みたいな真似はしないよ。個人個人の能力が違うから、士官候補生たちはチームを組んでトレーニングするんだ。ある程度のレベルは必要だけど、個性を排除した大量生産品を造っても、戦場では役に立たないからな」
そんな話をしながらも準備運動を終えた2人はいよいよ模擬戦を開始する。
「ルールはどうします? 模擬戦はサーラさんの方が詳しそうだからお任せします」
「そうだな…、まずはギフトや魔術無しでやってみよう。剣術や体術で相手に一本入れるか、膝をつかせた方が勝ちでどうだ?」
「了解しました」
彼は、片手剣を部屋の隅に置いてから彼女に前に対峙した。
「…無手か。舐められたものだな」
模擬銃を投げ捨て、細剣を構えるサーラ。
「僕はこっちの方が得意なんですよ。先手は譲りますからいつでもどうぞ」
ケンの言葉に嘘は無い。
慣れた技を使わないと相手に怪我をさせる可能性があるから、ネオジャンヌに来てからは接近戦の経験は無い彼にとっては、故郷の村で傭兵相手に組み手をしていた経験を生かすしかないともいえる。
何せ、彼の本当の力は獣人族の熟練の傭兵に匹敵するそうだが、体に埋め込まれている魔道具のせいで自分で力を把握しきれていない状態だから、カッとなって下手に全力を出してしまうと彼女に大怪我をさせてしまうかもしれない。
ちなみに、自分の力を確かめようとして、ヨシトとの戦闘訓練の修業の時にあえて接近戦をしかけた事があるが、『防御』ギフトのせいで全く近付けず、そりゃもう酷い目に遭った事がある。
ぼろきれのように地面に寝転ぶケンに、ヨシトは冷たく言い放った。
『接近戦なんて馬鹿のする戦法だぞ。いくら力があっても、相手に届かなければ意味は無いんだ。それに、俺は格闘は素人だから教えられないって前に言っただろ。
…まぁ、ケンの肉体と魔力体が十分馴染んだら、知り合いの傭兵に頼んで特訓してもらうつもりだから、それまで我慢しろ』
あれから半年近くたつが、全く音沙汰が無いからまだ肉体の強化は続いているのだろう。
だからケンは、ヨシトが以前に言ったように、成人近くになるまでは接近戦の特訓は出来ないだろうと思っていたのだ。
(…あれ? だったらサーラさんとの模擬戦は問題あるんじゃないか?)
ようやくその事に気付いたケンは、彼女との音話の後に今回の件をヨシトに相談した訳だ。
『以前の感覚で戦うなら、いいんじゃないか? 士官候補生程度なら、ちょうどいい手加減の練習になると思うよ。ケンだって女の子相手に本気は出さないだろ? 下手に暴走したら、あっさり殺しちゃうからな』と、怖い事を言うヨシト。
『僕の場合は先生と違って男女の区別はありませんよ! …でも、肝に銘じます。サーラさんは、僕にとって大切な人です。怪我だってさせたくありませんから』
つまり、ケンにとってサーラとの模擬戦は、10歳の時の最大魔力値の感覚を保ったまま、能力を完全に制限して戦う事になる訳だ。
それに加えて、いかに平常心を保つかという精神鍛錬の修業にもなるはずだ。
ケンの10歳時の最大魔力値とサーラの現在の最大魔力値はそれほど変わらないはずなので、きっと良い勝負になるはずだと彼は踏んでいた。
そんな数日前の話はともかく、ケンの前に立つサーラの気合が明らかに変わる。
戦闘開始の合図は無いが、これは審判の居ない正式な模擬戦なのでそれも当然だろう。
次の瞬間、彼女は迷いなく、細剣を使った三段突きをケンに見舞う。
狙いは正中線――頭、魔蔵、へその三カ所――いずれも人間族の急所である。
何気に武器の慣性ベクトルを操っているから、思った以上に重い一撃だ
(おお、結構速い。当たると吹っ飛ぶな)
ケンが彼女の突きを余裕でかわしながらそう考えていると、返す刀で的確に切り上げてくる。
狙いは脇腹から魔蔵にかけての斜め切り、これも急所を狙った重い一撃だ。
しかも、空いた左手で掴み技まで仕掛けて来ている。
(教本通りだな。動きもそれほど変則的じゃないし工夫も足りない)
これまた余裕でケンが攻撃をかわすと、彼女の体勢が崩れる。
横に回り込んで軽く足払いを掛けると、呆気なく彼女は尻餅をついた。
第一戦は短時間でケンの勝利となったが、サーラは何が起こったのかも解らずケンを見上げて、「馬鹿な! 何でよけられる?」と唖然とした表情を浮かべている。
「サーラさん、動きが直線的で見え見えですよ。相手が魔物ならともかく、人なら予測して当然です」
「…一瞬、ケンが消えたように見えた。一体どうやった?」
「どうもこうも、教本通りの足払いを掛けただけですよ。あれだけ体勢を崩せば、死角に入るなんて誰だって出来ますよ」
彼女はまだ納得出来ない様子だったが、一応論理的な解説なので渋々ながら立ち上がって再び彼の前に対峙する。
「…もう一戦いいか?」
「はい、ルールはどうします?」
「…今のままでいい。いくぞ!」
サーラは、今度はサイドステップを踏み、ケンの左横から乱れ突きを下半身に集中させる。
足を殺してから仕留める戦法に切り替えたようだ。
(数を増やした分だけ速度が落ちてるよな。…もうちょっと様子を見てみるか)
ケンは、圧倒的な数の突きをステップを踏んで楽勝でかわしていく。
彼の動きは、まるでブレイクダンスを踊っているようで、何ともコミカルな感じがする。
届きそうで届かない体術に、サーラもあきらめきれずに攻撃の手を緩めない。
この時になると、さすがにケンは違和感を覚え始める。
(サーラさん、まさかこれが本気なのか? スピードも上がらないし、何をしてくるか見え見えで動きも全部予測出来るから全然怖くないぞ)
サーラには悪いが、ヨシトの魔術連弾に比べれば、あくびの出るような単調な動きと速度なので、速度を制限した状態でも全く当たる気がしなかった。
1分ほど彼女のラッシュが続いたが、さすがにサーラの息が切れてきたようで、更に突きの速度が落ちてくる。
彼は素早く彼女の右手をつかむと、これまた教本通りの投げ技を仕掛ける。
お手本のようにきれいに決まった空気投げで、彼女の体が宙に舞う。
衝撃を殺す為にケンが彼女の手を引っ張り、床に優しく転がした。
何とか受け身を取る事に成功したサーラは、ほとんどダメージも無く床の上にあおむけに倒れ込んだ。
「解説が必要ですか?」
「……いや、いい。今のは私でも解った」
弾んだ息を整えながら、サーラは何とかそれだけ答えると、今度は立ち上がろうとはせずに座りこんでいる。
鍛えているだけあって、彼女の息は直ぐに整うが再戦を挑んでくる様子は無い。
「どうします? 違う条件にしますか?」
「馬鹿を言うな! 今までと同じでいいよ」
彼女はすっくと立ち上がると、「いくぞ!」と、今まで以上に気合を入れて攻撃を仕掛けて来た。
それから三戦、様々な工夫を凝らした攻撃を行なったサーラだが、ケンに一太刀も当てる事が出来なかった。
六戦目が始まる頃には、サーラはすっかり落ち込んでいる様子で、座ったまま立ち上がらない。
「サーラさん、もうやめますか?」
「…いいや。さあ、始めるぞ」
力なくうつむいてそう言った後も彼女に立ちあがる気配は無い。
ケンがいぶかしげに眺めていると、彼女は肩を震わせてしゃくりあげているように見える。
(まさか! 泣いているのか?)
彼は驚いて彼女に駆け寄る。
「サーラさん! えっ?」
『ドン!』という音とともに、ケンは防具の上から魔蔵にカウンターの見事な突きの一撃をくらい「グエッ!」と叫び声を上げて背後に吹っ飛んだ。
普通なら気絶してもおかしくない一撃だが、ケンは何とか意識を保つ。
「…隙ありだ」
クリティカルな攻撃に悶絶しているケンに向かって、座ったまま冷静にそう言い放つサーラ。
すぐに起き上がって言い返そうとしたが、彼の魔力体はなかなか言う事を聞いてくれない。
「……卑怯ですよ。だまし討ちなんて」
ようやく膝を立つまでに回復したケンがそう言うと、
「馬鹿言え、勝負はもう始まっている。…それにしても、やっぱり速度はそう変わらないんだな。つまり、認めたくは無いが私の攻撃が全部見切られているのか…」と、悔しそうに感想を漏らす彼女。
サーラのあまりの言いように、更に文句を言おうとしたケンだが、突然ヨシトの教えを思い出して自重した。
『ケンは単純馬鹿だから、だまし討ちには十分に注意しろ。全ての敵が正攻法で来るなんて思うなよ。いくら人間族でも、魔蔵と脳への攻撃を食らうとそれで終わりだ。致命傷じゃ無くても敵は回復の時間など与えてくれないからな』
普通の人間族なら、魔蔵への酷いダメージは高い確率で死につながる。
もちろん、周りに味方が居て、その人が高い治癒系の魔術やギフト持ちなら話は別だが、単独行動が予想されるケンの場合は自力で回復するしかない。
完全に魔蔵がつぶれてしまっていてはそれすら出来ないが、彼ほどの力があれば相当深刻なダメージでも命をつなげる可能性が高い。
だが、魔力体が維持出来ない状態では身動き出来ないし、治癒魔術を行使しているのは敵から見れば一目瞭然なので、あっさり止めを刺されて終わりだろう。
つまり、今サーラから受けた攻撃でケンは死んでいた事になる。
戦闘が始まっていたのは間違いないので、だまされたケンが単純馬鹿で油断していただけだといえる。
「サーラさん、士官学校ではそんなやり方も教えるんですか?」
「まさか、これは犯罪者の手口だよ。でも、ケンの場合は知っておく必要があるだろう?」
「…そうですね、いい勉強になりました。サーラさん、ありがとうございます。わざわざ悪役を演じてくれるなんて、僕は感動しました」
ケンの素直な感想を聞いたサーラは、気まずそうに視線をそらす。
「ケンがこんなにすごいとは思わなかったから、私が教えられるのはこれぐらいしか思い付かなかっただけだよ。…まあ、ちょっと腹が立ったのもあるし」
軽くずっこけそうになったケンは、ジト目で文句を言う。
「最後のが無かったらよかったんですけどね」
彼女はニヤッと笑うと、その場から立ち上がる。
「まあ、いいじゃないか。それより模擬戦はもうやめよう。これ以上は、いくらやっても勝てる気がしない。今日の所は、私が実戦でケンに教えられることはなさそうだ」
「…じゃあ、もうマンションに行きますか?」
回復したケンもようやく立ち上がってサーラに近付き話しかけるが、彼女は首を横に振る。
「いいや、士官学校での訓練法や知識ならケンに教える事はあると思う。一対一の戦闘ならともかく、多対一ならケンも苦労するんじゃないかな? 敵が何を考えて襲ってくるかを知っておくと後々役に立つはずだよ。その代わりケンは、私と一対一の訓練をしてくれないか? 私達に必要なのは実戦的な経験だから、それに絞って協力し合えればお互いにもっと強くなれるはずだよ」
彼女にはそう言われたが、彼の気持ちは半信半疑だった。
自分は半分の力も出していないのに彼女とのレベル差は圧倒的だったし、その彼女がトップクラスの実力だという士官学校の教育内容にも期待出来なかったからだ。
これは、ヨシトとの修業が異常に高度な内容だったせいでもあるが、ケンが世間知らずな面も大きいだろう。
いくら彼が優れた能力を持っていた所で、複数の敵相手との接近戦で無事に済むほどの圧倒的な力を持っている訳ではないのだから、彼女の提案は妥当な物だといえる。
少し迷ったケンだが、サーラとの今後の付き合いを優先する事に決めた。
彼女は彼が知る限り最高のパートナーだったし、リエリスとの誤解を解くきっかけを与えてくれた恩人だし、そして友人としてもすごく気に入っていたから打算的にはなれなかったのだ。
「いいですよ、これからもお互い頑張りましょう、サーラさん」
「じゃあ、今日は時間一杯まで士官学校で習った実戦的な足の運びを教えるよ。何か意見があったら遠慮なく言ってくれ」
その後ずっと2人は、接近戦についての議論を交わしながら組み手の練習をしていく。
ケンはどちらかといえば防御と受けに特化していたし、サーラは攻撃と攻めのタイプだったので、色々と気付かされる事が多くて、彼は思った以上に満足した時間を過ごせた。
訓練が終わった後は、サーラのマンションに行って仲良くプレイをする。
この時だけは、サーラは完全に女性口調でケンに話してくる。
彼にとっては口調がどうあれサーラはサーラだったので、「別に気にしなくてもいいのに」と言うと「気にしているんじゃなくて、私がそうしたいの」と彼女は答える。
「じゃあ僕も気にしない」
「ええ、そうして。実は無意識にそうなっちゃってる部分もあるのよ。改めて言われると何だか恥ずかしいわ」
照れた様子の彼女は素敵だったし、相変わらずプレイには積極的だった。
強くなるのに高め合える関係でなくても、今の関係のままで十分幸せだとケンは思っていた。
だが、彼は彼女と士官学校を舐め過ぎていた。
それからも約束通り、彼女のマンションに行く前にトレーニング施設に寄って2人で訓練する事になったが、彼にとってそれは意外な展開になった。
彼女が教えてくれる内容は、具体的で日常生活で役に立つ物ばかりだったから、すごく勉強になる事が多かったのだ。
例えば酔っ払いへの対処法、犯罪者に対する捕縛方法、武器や防具の取り扱い方等、ケンの冒険の旅に役立ちそうな物をサーラは選んで調べて来てくれる。
恐らく、彼女の知り合いの治安貴族や士官学校の教官達から、わざわざ聞いて来てくれているのだろう。
考えてみれば、彼の師匠であるヨシトは魔術教練マイスターだとはいえ、対人相手の実戦はほとんど経験していないはずだ。
そもそも戦闘職では無いので経験に基づいた助言は少ないし、強過ぎるので参考にならない部分も多い。
それと比べると、彼女の話は目新しくは無いが参考になる部分が多かった。
つまり、彼女が言ったように2人は高め合える関係だった訳だ。
それからは、ケンにとってサーラとトレーニング施設で過ごす時間は非常に有意義な物になった。
元々彼女とは気が合っていたが、彼が秘密を告白していたので何でも話し合える関係に自然になって行った。
更に、2人が訓練の最後にやっている模擬戦についても面白い事になっていた。
それは、2人が模擬戦を始めてから1カ月も経たない頃の出来事だった。
「サーラさん、今日からは、ギフトも魔術もありでやりましょう。もちろん施設を壊す物は使用禁止ですけど」
「…言っては悪いが、それは意味無いんじゃないか? 私のギフトを使えば、いくらケンでもどうにも出来ないと思うよ」
「僕の『曲折』ギフトで対抗出来るって思うんですよ。一度『拘束』されたら終わりですけどね」
「どういう事か解らないよ? 説明してくれるかい?」
ケンは、自分のギフトの持つ真の力と、サーラのギフトについての考察を詳しく説明する。それを熱心に聞いていた彼女は、「興味深い推測だな。一戦やって確かめてみようか?」
2人は早速模擬戦を始めた。
戦いはいつものように無言で始まり、まずはサーラがケンから大きく距離を取り、『拘束』ギフトを発動する。
彼女のギフトは目標を視認さえすれば、直径20mくらいまでの物体を問答無用で『拘束』出来る。
距離制限はあるが、こんな狭い部屋では逃げ場所など無いはずだ。
ケンは、その場から一歩前に出ただけなので、普通なら逃れられずに『拘束』されて、何も出来ずに床の上に転がるはずだった。
だが、彼は彼女に向かってゆっくり歩いて近付いてくる。
サーラは2度3度と続けてギフトを使うが、ケンの歩みは止まらない。
「サーラさん、捕まえた」
目の前に立ったケンから肩を掴まれた彼女は、「いつから鬼ごっこになったんだ?」と穏やかに笑う。
「それにしても、『曲折』ギフトはすごいな。私のギフトをこんな簡単に破られるとは思わなかったよ」
「それがそうでもないんです。しっかりしたイメージが持てないと曲げられないから、ギフトが来ると解っていないと防げません。だから、常に天然魔素の様子を意識する必要があるし、最低でも1度見ていないと何も出来ないんです。戦いの時は集中してますし、僕の場合は『拘束』ギフトをもう2回もくらっています。それにリエリスさんが胸の『拘束』を解くように言ったでしょ? あれで、だいたいどんなギフトか推測出来たんです」
「それで、私のギフトが鎧の様な物だと思ったのか? ケンの前で、下手にギフトを見せると通用しないって事になるな。でも、対処法はありそうだ」
「はい、要するに僕を1秒間静止させればサーラさんの勝ちです。サーラさんのギフトは、空間を指定して『拘束』してるんじゃなくて、対象の物体をイメージして包み込むように『拘束』しているんです。理屈は解りませんが、以前にくらった時は、全身が分厚い鉄みたいな膜で覆われた感じがしました。欠点は、ギフトが発動して効果が表れるまで1秒近く時間がかかる点です。さっき説明したように、僕はその時間を利用してギフトの位置指定を曲げたんです。一度完全に『拘束』されてしまうと、身動き出来ませんから終わりですけど、僕が動いているとギフトの効果範囲も動いているので、『曲折』ギフトで方向を曲げられたんです。サーラさんのギフトの正体は、透明でつなぎ目の無い、鋼鉄の強度を持つ、ぶ厚い膜だと僕は考えています」
「…なるほど、私は訳も解らずギフトを使っていたのか。『拘束』と言うギフト名にとらわれすぎていたのかもしれない」
「そうなりますね。直ぐに出来るかどうか解りませんが、鎧とかじゃなくて、手枷や足枷をイメージ出来れば、ギフトの1日使用制限を節約できると思いますよ。気を付けるのは、ギフトの有効距離と『拘束』までに約1秒間かかる事ですね。その条件さえそろえば、問答無用で一度に多数の相手を『拘束』出来ます。
一度サーラさんのギフトで固めてしまえば、持続時間は1時間近くあるって言ってましたよね? それなら、味方や自分に使えば、重さが全く気にする必要の無い鋼鉄の防具代わりにもなります。つまり、自分にギフトを上手く使えば、装備の上から更に鋼鉄の強度と重量の無い防具をまとえるという訳です。だからサーラさんのギフトは、攻撃にも防御にも優れた、すごく汎用性があるギフトだといえます」
「…ケン、本当に君は優しいな。でも、私にそんな便利に使いこなせるだろうか?」
「あくまでも使い方だけで、ギフトの本質は何も変わってないですから、サーラさんが明確にイメージ出来るかどうかだけだと思いますよ。だから、具体的な形状をイメージする訓練をすれば、あっさり使いこなせると思います」
ギフトは、例え同じ名前でも効果が大きく異なる場合がある。
持ち主は多くは無いが、『拘束』ギフトはレア系でもオリジナルギフトでもなく、普通は座標をイメージで指定して、対象物を地面に縛り付けたり、相手に手枷、足枷をはめる程度の能力である。
ケンが指摘した事に今まで彼女が気付かなかったのは、彼女の『拘束』ギフトはあまりにも便利で強力だったからで、自分自身でも十分理解出来ず、細かい使い方まで気にする必要がなかったからだろう。
それからは、2人の模擬戦は白熱した戦いとなった。
何せ、ケンはサーラの視界に居る間は、たった1秒も立ち止まる事など出来ないのだ。
しかも訓練の結果、サーラは大よその『拘束』の形をイメージ出来るようになったので、少しでも気を抜くと直ぐに足枷で動きを封じられてケンは負けてしまう。
それでも勝敗は7割方はケンが勝ってはいたが、油断が出来ない相手になったのは間違いない。
もちろん彼は半分程度の力しか出せないから、実力差が圧倒的なのは変わらなかったが、3カ月も経つとサーラは確かに強くなっていた。
「ケン、遠慮せずに全力で来い! 今の私の体は、関節以外は鋼鉄の強度で守られている。私は、君の本当の力が見たいんだ!」
戦いの最中にそう叫ぶサーラを問答無用でケンは地面に投げつける。
十分な受け身を取れず、「ゴフッ!」と息を吐いて床に寝そべる彼女に向かい、ケンは冷静に告げる。
「そういうのは、せめて勝敗が五分五分になってから言ってください。それに、非常時以外に全力を使うのは、ヨシト先生に禁止されているんです。だいたい、自分から弱点を話してどうするんです? 僕が本当の敵なら、一撃で首を断ってますよ」
彼女は息を整え、悔しそうな表情で立ち上がる。
「…すまない、どうかしてた。…まだまだ差は大きいみたいだ」
「…いいえ、僕も言い過ぎました。偉そうに言えるほど僕は強くはありませから。サーラさんと違って、ヨシト先生からは今まで一本だって取れてないんですから」
「…ウッドヤットさんは、どんな怪物なんだ? もう私は士官学校の教官と戦っても負ける気がしないぞ」
「…先生は40m級の魔物なら瞬殺出来ますから」
「…それは、さすがに聞かなかった事にする」
「…そうして下さい。ちょっと口が滑りました」
こんな感じで、2人は何でも言い合える親友になって行った。
そんな楽しい時間はあっという間に過ぎて、サーラとの別れの時が近付いて来る。
士官学校を卒業すると、彼女は首都ネオジャンヌを離れて、新人士官として任地に赴くのだから。




