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第81話 恋心と友情の分岐点


「…さてと、何から話しましょうか?」

ケン=マッケンジーの独り言の様な質問に答えたのは、リエリス=キュンメだった。

「始めから、全部聞かせて」

彼女の横のソファーに座るサーラ=キュンメもうなずいている。

ケンはソファーの背もたれに体重をあずけて、リラックスした様子でテーブルの向かい側に座る2人のキュンメに話しかける。


「始めからだと、かなり長い話になりますよ?」

「構わない。時間はたっぷりあるよ」

そう答えるのは、もう聞く準備に入っているサーラ。


「解らない事が出てきたら、その都度、質問するから、思うままに話しなさい」

リエリスはそう言って、果実酒の入ったグラスに軽く口を付ける。

ケンも軽く咳払いをしてお酒を一口飲むと、少し姿勢を正して説明を始める。



「僕の出身地はリンダ連合市国のステラ村です。ステラ村はゾンメル教徒だけが住む、ちょっと特殊な小さな村で、しかもかなりのど田舎に在ります。住民のほとんどは獣人族で、僕の通っていたステラ学園には人間族の生徒は僕1人しかいませんでした。これは以前、お2人にも話していると思います」

2人が相槌を打つのを確認して、彼は更に話す。


「そんな特殊な村の中でも、僕の家は少し変わっていました。両親が40歳くらいで若くして結婚しているし、詳しくは聞いてませんが、ゾンメル教徒を嫌っている父方の祖父母とは今でも音信不通です。救いだったのは両親の仲がすごくよかったのと、母の実家とは付き合いがあった事です。母方の祖父母達はもう離婚していますが、今でもリンク商会という名前の総合商社を共同経営しています。姉のマリも今はそこに勤めていますけど、結構大きいな会社だから祖父母達はお金持ちなんです。…だけど、リンク商会と両親の経営している小さな万屋よろずやとは別会社なので、僕の家は貧乏ですけどね」


マッケンジー家はリンク商会から資金援助を受けている訳ではないが、若い両親はやはり何かと祖父母から助けてもらう事が多かった。

父親のダンが祖母のエマに頭が上がらないのは、そのせいである。

姉のマリはともかく、祖父母の助けが無ければケンは生まれてこなかっただろう。


一方、リエリスは少し驚いていた。

詳しくは知らないが、リンク商会といえば有名な会社だったはずだ。

何となくそんな気はしていたが、やはり彼は根っからの貧乏人では無いのだろう。

だが、母方の祖父母の実家が有名だとはいえ、両親がそんな状態なら家柄は良いとはみなされない。

これは、この世界の人間族社会では、家柄は血筋というよりは社会的地位の代々の積み重ねだからだ。

もちろん血のつながりも重要で、特に親子間では優先されるが、逆に言えば親子間だけしか重要視されない。

横に居る義理のいとこサーラの例でいえば、父親がリエリスの祖父の養子になったからキュンメ一族の一員になった訳だが、リエリスの母親、祖父の実子が居たから傍系ぼうけい扱いになっている。

つまり、個人主義が強い故に、例え先祖に英雄がいても一度落ちぶれれば家柄も途切れるし、養子でも正式に後継者と認められれば社会的に差別されない。

それも解らず、血筋だけを誇る人間族はしょせん2流という訳だ。

だから、ケンが今まで母方の実家の話をしなかったのは、良識ある対応だと言えるだろう。

リエリスが並列思考の一つでそんな事を考えていると、ケンから突拍子も無い話が飛び出してきた。


「そんな特殊な環境や家庭よりも、もっと変わっていたのは僕が前世の記憶を持っていた事です」

「「…前世の記憶?」」

息が合ったように同じタイミングで答える2人のキュンメさん。

予想通りの反応に、ケンは苦笑する。


「今から説明しますよ。多分、訳の解らない話になると思いますから、遠慮なく質問して下さい」

呆気に取られている2人を大して気にせずに、彼の口からは次々と不思議な話が飛び出してくる。

リエリスとサーラは、その不可思議な話に様々な質問をする。

ケンは、それに対して出来るだけ丁寧に説明を返して行った。


リエリスは困惑していた。

聞いた限りでは、彼の話に矛盾は無かった。

だが、それなのに彼女の『予測』ギフトは一向に発動されなかった。

だから、彼女にはこの話が本当か嘘か解らなかったのだ。

もちろんこれは、管理者のシステムにより前世の記憶に関係する事が制限されている為だが、当然リエリスはそんな事情は知らない。


普通ならこんな事は起こり得ず、論理的に考えたら彼の言っている事は大嘘か単なる妄想に過ぎないはずだ。

だけど彼の姿を見ていると、とてもそんな風には思えなかった。

そもそも、ケン=マッケンジーという男は、こんな大事な事で嘘を言うはずがない。

くだらない妄想を、こんなに熱心に語るなんてどうしても信じられない。

長い付き合いだから、リエリスには認めたくないがそれが解ってしまう。

だから極めて非論理的だが、彼女は彼の話を完全に信じる事に決めた。

こんな荒唐無稽な話を他人に話すつもりはないが、信じる事だけでも自分が愚か者のそしりをまぬがれないとしても、彼女は一向に構わなかった。

だって、自分の為に、彼がこんなに一生懸命に自分をさらけ出してくれているのだから。



それから話は進み、ケンがステラ学園に入学した3歳の頃の話題に移り変わる。

彼が親友のレクサ=ヘリスとレオ=デュランとの悪戯いたずらを楽しそうに生き生きと話す姿を見ると、リエリスも何だか楽しくなってきて、自然とお酒が進む。

サーラも楽しそうに大笑いしながら、自分も幼い頃の悪戯いたずらの告白をしている。


(ケン君の話は、相変わらず面白いわ。多分、脚色しているんでしょうけど、ユーモアのセンスもあるし、話の展開も『予測』も出来ない。…考えてみたら、それが気に入ったから下僕にしたんだっけ)

リエリスの感想を裏付けるように、更にビックリする話が飛び出した。

ケンと水精族のノッコにの出会いについての話が始まったからだ。



「…結局、僕達は山をさまよって、ステラ村に帰れなくなったので、3人で野宿する事になったんです」

「…無茶苦茶だな。3人ともよく生きてたな」

さすがに呆れた様子のサーラに対して、ケンは楽しそうに相槌あいづちを打つ。


「それだけなら、まだ良かったんですけどね。寝る前のトイレに行く途中に野生のシカに出くわして、無我夢中で追いかけて、僕は谷底に落ちたんです」

「…おい。本当に何で生きてる?」

「谷底に深い川が流れていたからですよ」

「…いやいや、余計に死ぬだろう? ケンは泳ぎの達人だったのか?」

「まさか、今は自信がありますけど、当時は全くと言っていいほど泳げませんでした。哀れケン=マッケンジーは、深い水底へ沈んで行った訳です」

「…でも、ケンは生きていて、今私達の前で話をしている」

「それは、精霊族に助けられたからです。彼女の名前は、水精族のノッコさんです」


聞き慣れない言葉に、サーラは首をひねる。

念の為にリエリスの顔を見ると、彼女も黙って首を横に振る。

ケンは、一転して真剣な表情で2人に念を押す。


「2人に誓約して欲しい事は、今から話す水精族のコミューンに関する事と僕の先生であるヨシト=ウッドヤットに関する全ての秘密を黙っていて欲しいんです」

「もちろんだ、ケン!」

「一度誓約した事は破らないわ」

改めて快く了承してくれる2人に感謝しつつ、ケンは説明を続ける。


その場所は、一般的には禁域と思われている独立所有権が認められた100km四方はある敷地内の高い岩山の中にある水精族のコミューン、チリヌル湖。

その広大な地下の空間と、豊富な地下水系に囲まれた夢のような楽園で、ユーモラスな体型を持つ水精族の姿を生き生きとした表情で語るケンは、まるで冒険小説を楽しげに話す子供の様だった。

そして水精族の持つ、人の心が読める固有魔術や、それにまつわる悲しい運命の話は戦争の記憶と深く関係していて、世間から隠された悲劇のそのものだった。

今でも人間族との付き合いを拒み、ひっそりと暮らしている彼らの話をし終えたケンは、最後に自分の気持ちを述べる。


「…僕は、ノッコさんに命を助けられました。でも、彼女は僕と友達にはなってくれませんでした。水精族の人達は悲しい過去のせいで、他種族を信用出来ません。それを唯一打ち破った人が、ヨシト先生です。先生は固有魔術を解析して、魔道具造りに応用したすごい人なんです。そんな人がいるなら、僕だって頑張れば何とかなるって思ったんです。だから僕は、必ずここに戻って友達になるってノッコさんに約束しました。その為には、僕は普通の人間族ではいられません。だって、水精族は本当にすごい人達なんです。能力値では敵いませんけど、せめて信頼される人物に僕はなりたいんです。…命の恩人に信じてもらえないなんて、僕には耐えられなかった。だから、必死に努力すると決めたんです。

 …でもそれは、僕の勝手な意見なんです。きっとノッコさんなら、そんな事を望んでいないと思います。だから、彼女が迷惑なら無茶は止めようかと何度も考えましたけど、結局、自分の意志に従いました。僕にとっては、ヨシト先生と水精族は憧れの人達なんです。少しでも彼らに近付きたい。少しでも彼らに認められたい。それが、僕の人生の目標になりました。だから、努力する事はあまり辛くありませんでした。

 …リエリスさんと僕の違いがあるとするなら、その点だけだと思います。自分の都合を優先させるなら、せめて自分だけでも納得出来なければ、相手にも失礼ですし、お互いにとって不幸ですから。そして、ゾンメル教の教えも僕を助けてくれました。厳しい修業でも、自己実現や将来の幸せに繋がると信じられましたから」


リエリスは、彼の告白に息を飲んだ。

ケンが自分達とした、一見すると馬鹿な取引は、決して安っぽい同情心からでは無く、彼の信念に基づく行動であったと理解したからだ。

彼の覚悟に比べたら、籠の鳥の様な自分のプライドなんて全然釣り合わないだろう。

『いくら大切な家訓でも、自分の心に正直でいてください』

まるで彼の思考が、彼女の心の奥底に優しく語りかけてくる感じがする。


この時初めて、彼女の彼に対する誤解は完全に解けて霧散した。

それはとても心地よくて、彼女の弱い心を優しくいやしたのだった。



それからもケンの楽しい話は続く。

リエリスもサーラもすっかり夢中になって耳を傾けている。

彼の無茶な修行の話は、面白おかしく脚色されていて悲愴感ひそうかんは感じなかった。

魔物の集団がステラ村を襲撃した事や、その後のレクサ=ヘリスとの『決闘』の話は、ケンの人柄がよく出ていて興味深かった。


「ゾンメル教徒は面白い決着方法を取るんだな。私はとても気に入ったよ」

サーラは男達の友情にいたく感心して、すっかり脳筋の体育会系の思考になっている。

「全く意味不明ね。そのレクサ=ヘリス君に同情しちゃうわ」

そんな事を言うリエリスも愉快そうに笑っている。



いよいよ話は核心に近付いてくる。

ケンが家族全員でヨシトに会いに行った日の話になる。

そして、ヨシトが自分と似た前世の記憶を持っている事を2人に説明する。


「水精族のノッコさんから聞いてたから、僕はヨシト先生が前世の記憶を持っている事は知っていました。何としてでも家庭教師になってもらいたくて、思い切って賭けに出たんです。僕の前世の記憶を買ってもらう代わりに、成人までの間に最高の力で鍛えてくださいっていう無茶な提案したんです。先生は何とか了承してくれて、僕達は契約したんです」


「待て待て、何でそうなる? ケンはともかく、ウッドヤットさんの行動は意味不明だ。いくら前世の記憶を持っている仲間同士でも、割に合わないんじゃないのか?」


「私もそう思うわ。以前に会った時の感じでは、そんな生易しい人じゃ無かったわよ。よくても笑って誤魔化されるのがオチよ」


サーラとリエリスの突っ込みはもっともなので、ケンはどう説明しようかと思案する。

本当に理解してもらうためには、ヨシトの事情を事細かく説明するしかないだろうが、彼にその気は無い。

今回の説明はあくまでも自分の事情に関する事だけだから、これは当然の選択だろう。

もちろん、マリとのヨシトの関係も詳しく言うつもりは無いし、ヨシトの隠された能力についても同様だ。


「…本当の所は、異世界の記憶を共有する人にしか解らない部分だと思います。だけど、先生にだってメリットはありますよ。例えばですけど、ヨシト先生は異世界の記憶を元にして作家活動をしています。僕の記憶をヒントに新しい物語を書けば、損金くらいは回収出来ますよ」


ケンの説明に呆れた様子で、リエリスは文句を言う。


「…あのねぇ、そんなの大した儲けにはならないわよ。ファンタジー作家っていえばクロベ先生が第一人者だけど、ジャンル的には人気が無い分野だわ」


「…だから、ヨシト先生が作家クロベなんですよ」


2人はソファーから身を乗り出して、今までで一番驚いた顔をする。


「ちょっと! 何それ! 嘘でしょ!」

「…信じられない。獣人族の人だと思ってた…」


ものすごく食いつきがいい反応に押されて、彼はタジタジになる。

まるでミーハーのようにキャッキャと騒いで、ケンそっちのけでクロベの作品の名場面を言い合う2人の様子に彼は圧倒される。

それから彼女達は色々とケンに質問してくるが、どうやらクロベが最近は年に1度程度しか作品を発表しないのが不満の様である。


(…やっぱりヨシト先生は卑怯だよな。僕がこんなに苦労して話を盛り上げても、一発で全部持っていくんだもんなぁ。

 …それにしても、作家クロベって人気があるんだ。ほとんど全部が、異世界の作品のパクリなのにいいのかな? …せめて、彼女達の夢を壊さないようにしよう)


更に2人から詳しい話を聞くと、キュンメ一族は好奇心や冒険心に対して寛容な人が多くて、彼女達は小さい頃から作家クロベの作品を読んでいたそうだ。

ケンも知らず知らず、作家クロベの作品を読んでいたので、趣味については3人とも似たもの同士かもしれない。

彼は2人の質問に当たり障りの無い範囲で答えて行くが、クロベの正体を明かした効果は大きかったみたいで、彼が異世界の記憶を売ったという表向きの事実は、彼女達に完全に信用された様である。


「事情は解ったわ。つまり、ケン君は異世界の記憶を対価に、ウッドヤットさんに能力値強化と戦闘訓練や魔術の修業を受けていたのね。だけど、どうやってウルルス高専の検査をごまかしたの? …というより、専門の医師に強化してもらうなら、ウルルス高専に入学する必要は無かったんじゃないの?」


「そうだよ、今の話を聞く限り、ケンは能力値強化を受けても頭脳職を目指している訳じゃないだろ? それなら、エリート校に行く意味は無いよ。手っ取り早く体を鍛えたかったり、魔術の実技を学びたかったら士官学校がお勧めだ。例え軍人が嫌でも、戦闘職に就きたかったら専門学校や戦闘系の高校もあるのに」


これも正論なので、ケンは丁寧に答えて行く。

あくまでも彼の目的は、優れた人物になりたかっただけなので、小さい頃は具体的な目標が無かった事。

だが、姉のマリが天才だったので、単純な頭脳職になる気持ちにはならなかった事。

水精族に認められる為にも戦闘行為は出来るだけ避けたかったから、戦闘職は始めから考えていなかった事。

神託後、姉のマリに戦闘職は向いていないと言われ、自分もその通りだと思った事。

ヨシトと出会った後、戦闘系の学校を勧められて少し迷ったが、結局考えは変わらず、最高の教育を受けられるエリート校を第一志望に選んだ事。

魔術の修業は、1人で全て対応出来るように、戦闘系にこだわらずにかなり広範囲に熱心にやった事を2人に告げる。

だが、サーラはいまいち納得出来ないようだ。


「軍人志望の私から言わせてもらえれば、広く浅くは感心できないよ。それに、魔術の構築速度は何とでもなる。1対1ならともかく、魔物との戦闘は集団戦だからな。ケンの考えを聞いていると、1人で集団相手の戦い、例えば獣人族の敵陣を探る場合を想定しているとしか思えない」


サーラの軍人らしい的確な指摘に、ケンは苦笑する。

ヨシトとの魔力体の同調による経験値の引き上げや、記憶魔道具による知識の詰め込みを説明しようかどうか迷ったが、前者はヨシト独自の技術でケンには出来ないので、サーラが望んでも、うらやましがられるだけで彼にはどうしようもない。

それに、後者はかなり危険な技術なので、ヨシトが非難される可能性が高いから、ケンは詳しく聞かれない限りは、あえて説明しない事に決めた。

そろそろ自分の将来の夢を明かす頃合ころあいだが、その前にリエリスのもう一つの質問に答える。


「サーラさんの疑問に答える前に、リエリスさんの質問に答えておきます。もう気が付いているでしょうけど、僕の病気や表向きの能力値は全部嘘です。2重に能力値強化を受ける訳にはいかないですからね。それに能力値強化は、『かせ』が外れた後、なるべく早く始めた方がいいと先生に説明されていたし、僕はウルルス高専に入れるかどうかが微妙だったから、あえてウルルス高専での能力値強化授業を受ける選択肢はありませんでした。実際、僕は補欠合格で、駄目だったらムライ高校に入学するつもりでした。でも、ヨシト先生のおかげで、結果的に能力値はすごく上がりましたよ。それと、定期検査でばれなかったのは、ヨシト先生の開発した魔道具を体に埋め込んでいるからです」


それに興味を示したリエリスは、「その魔道具はどこ?」

ケンは胸を押さえて、「ここです、魔蔵のすぐ近くです」

「調べていい?」

「はい、どうぞ」


リエリスは、様々な魔術を駆使して調べ始めるが、納得のいかない表情をする。

サーラはじれったくなったのか、たまらず質問する。


「リエリス姉さま、どうされたんですか?」

「…ケン君の本当の能力値が全然解らないのよ。魔蔵の近くを魔力視で見ると、何となく矛盾を感じるんだけど私のギフトでも正確な答えは出ないわ。魔道具のせいで前提条件が間違ってるとしか思えない。

 ……駄目だわ、やっぱり解らない。これは推測だけど、ケン君の肉体強化の具合からして最大魔力値は1800以上はあると思うのよ。だとしたら5割アップ以上になるはずだけど、ちょっと異常なアップ率ね。やっぱり、ウッドヤットさんはすごい人だわ。…ところで、いつこの魔道具は外すつもりなの?」


「ウルルス高専を卒業した後です。いきなり能力値が伸びたらまずいでしょ?」


本当は5割アップどころではなかったが、ここはあえて触れない事にする。

聞かれたら答えるつもりだったが、わざわざ自分から言って、彼女に恥をかかす事はしない方がいいだろう。

彼がそんな事を考えているとは知らないリエリスは、不可解な表情のまま彼に問い掛ける。


「…やっぱり、納得出来ないわ。魔道具を外したら、一度見せてもらえるかしら?」

「それくらいは構いませんけど、実験や研究に協力はしませんからね」

「…ケチね」

「例えやり方を知っていても、誰にでも出来る技術じゃないんですよ。先生の説明によれば、能力値強化の間は目が離せないし、特に目新しい技術を使っているんじゃなくて、強化人間の実験データを元に強化したんだそうです。もちろん寿命は縮んでませんから、サーラさんはそんな顔をしないでくださいね」


強化人間と聞いて一瞬驚いたサーラだが、ケンの説明を聞いて安心した様だ。

だが、「そこまでする意味が解らないよ」と愚痴を漏らす。

彼女は、能力値強化自体に良い印象を持っていない事をケンは知っているから、この反応は当然かもしれないと思う。

リエリスにはそんなこだわりは無いので、ほとんど気にせずに、彼の説明に納得して質問してくる。


「ケン君、あなたの事情は理解したわ。すごく馬鹿だとは思うけど、優れた人物になりたい訳や、幼馴染との人生の『決闘』にこだわっている理由も解ったわ。でも、肝心な事をまだ聞いて無いわよ。ケン=マッケンジー、そこまでしてあなたは何になりたいの?」


リエリスの質問は、完全に予想通りの内容だった。

ケンは2人の顔を交互に見てから説明をし始める。


「さっきのサーラさんの質問の答えになると思いますけど、僕は成人したら世界を見て回りたいと思っています。だから、たった1人でも戦える力が必要だったんです」

「はぁ? 何それ?」

「…まさか、風来坊にでもなるつもりか?」


女性2人は、かなり驚いた様子で、反射的に聞き返した。

異世界の記憶について話した時よりも反応が早いのは、まだ理解出来る内容なのが理由だろう。

全く予想通りの言葉だったが、彼は内心でちょっと落ち込んだ。


「…サーラさん。せめて、冒険者と言ってくださいよ」

ケンの口から冒険者という単語が出た途端、リエリスの肩が小刻みに震えだす。


「…ふふふっ、あははは! 何それ? ウルルス高専を出て世捨て人になるつもり? そんなの前代未聞だわ。あはははっ、馬鹿もここに極まれりって感じね。ケン君、あなた最高よ! ここまで突き抜けると、いっそすがすがしいわ」

腹を抱えて笑っているリエリスとは対照的に、サーラは深刻そうに唸っている。


「…なあ、ケン。悪い事は言わないから考え直した方がいい。ケンの夢を馬鹿にしたくは無いけど、年を取ってからでも遅くは無いだろ。一部のキュンメ家の人達はそうしている。お金を貯めて、高齢者になって兵役が終わったら、気の合う仲間と世界を冒険者として回って、気に入った場所を開拓して移住するんだ。…それほど多くは無いけど」


ケンは、目をつむって首を横に振る。

ここしばらく考えていた自分の進路について、頭の中で確認しながら、ゆっくりと話し始める。


「サーラさん、それは職業じゃありませんよ。僕が考えているのは、世界を見て回って、そこの記録を残して行く事です。今はまだ、具体的には決めていませんけど、史跡を回って調べたり、ガレア地方以外の国の文化に触れて、人間族の国に住む人達に、この世界の不思議を知って欲しいと思っています。僕は、空を飛んで下を眺めていては決して解らない事が、ルミネシアにはたくさんあると思っています。どういった形になるか解りませんけど、出来れば本を出版して1人でも多くの人に読んでもらいたいです。僕は、今までたくさんの本を読みましたけど、ガレア地方以外の国の文化に対する出版物はほとんどありませんでした。特に治安の悪い国なんかは壊滅的ですよ。だから、世界をゆっくり回ってあらゆる不思議を調べて、その全部をありのままに感じて欲しいんです。だから、考古学者と旅行作家と冒険者を足した感じの職業に就くつもりでいます」


もう、リエリスは笑ってはいない。

サーラは感心したように頷いている。

ケンの将来の夢は、彼女達から見ても具体的で価値のある物だった。

彼の言うように、ガレア地方以外の獣人族や精霊族の社会を記述した文献は少なかった。

特に人間族の視点で書かれた本は、紀行文くらいしかないはずだ。


「…精霊族で、そんな感じの仕事をしている人がいるって聞いた事があるわ」

「ケン、さっきの言葉は撤回するよ。それは立派な夢だ。逆に不思議に思うよ。何でみんなは、ガレア地方から外に出ないんだろう?」

「サーラ、それは危険だからよ。国によっては、人間族だというだけで捕まって処刑される地域もあると聞いているわ」

「…なるほど、ケンは敵陣に1人で突っ込む傭兵と同じなのか」


サーラの極端な意見はともかく、自分の夢が理解された事は嬉しかった。

ケンは苦笑しつつも、やんわりと2人の意見を訂正する。


「さすがに、始めからそんな危ない場所には行きませんよ。僕はそう簡単に死ぬつもりはありませんからね」

「ああ、死んだら許さないぞ」

「そうね、さすがに寝覚めが悪そうだわ。あなたは軍人じゃないんだから、危なくなったらみっともなくても逃げなさい」


怒ったように言うサーラと、一見冷たい風のリエリスらしい気遣いは、思った以上にケンの身にしみた。

彼はこの時、(本当に話して良かった)と心の底から思った。

顔が赤くなりそうだったので、照れ隠し気味に、彼は話をまとめる。


「…さてと、僕の事情は大体話し終わったと思います。何か質問はありませんか?」

「今は無いわ。後で出てきたら教えてくれるんでしょ?」

「出来る限りですけどね。サーラさんもいいですか?」

「私も同じだ。これからもちょくちょく会うんだから、今日はもういいよ」


時計を見ると、深夜1時を大きく過ぎていた。

もう、最終の魔動車の時間は過ぎていて、普通なら家には帰れない。

泊まるならソファーを借りるつもりだったが、お酒を飲んだせいか少し発情の兆候が出て来たので、念のため帰った方がいいだろう。

(走って帰ろう。深夜なら目立たないし大丈夫だろう)

そう決心したケンは、2人に話しかける。


「お2人とも、もう遅いからそろそろ寝てください。僕は家に帰りますから」

「何言ってるの。泊まって行きなよ」

「どうせあなたの事だから、ギル車(タクシー)なんて使わないでしょ。サーラが言うんだから、今日は泊まって行きなさい」


2人にそう言われては断りにくくて、仕方無くケンは正直に答える。


「…それが、ちょっとまずいんです。言いたくないですけど、今の僕は特殊な状態ですから、このまま泊まると、お2人に迷惑をかけるかもしれません。それに、ソファーで寝たら疲れがとれませんから」

だが、2人とも全く意に介さない。


「みんなでベットで寝ればいいさ。詰めれば3人で寝られるはずだよ」

「あら、サーラったら大胆ね。何なら、みんな裸で寝てみる?」

「…姉さま、賛成です。ケンを抱き枕にすると、とっても気持ちいいんですよ」

「そういえば、触り心地が良かったわね」


からかわれているのは間違いないが、考えるまでも無く彼女達は酔っ払いだった。

しかも悪乗りして、本当にケンをベットに連れ込みかねない様子に見える。


「…お2人とも、またトイレに行きたいんですね? どうせアルコールを抜くなら、僕が今からしてあげましょうか?」


さすがにこれは嫌だったらしく、サーラとリエリスは「「お休みなさーい!」」と仲良く声をそろえて言ってから、奥のベットの部屋に転がり込んだ。

ケンは、テーブルの上の後片付けを素早く済ませると、「鍵を閉めてくださいよ」と言い残しサーラの部屋を出ると、マンションの階段を下りて、深夜のネオジャンヌの道を家まで駆けて行った。



―――――――――――――――――――――――――



ケンが帰った後、寝る前の様々な準備を終えたサーラとリエリスは、深夜2時近くになってようやくベットに潜り込んだ。

ベットに並んで横になる2人には特に気まずい雰囲気は無く、和気あいあいと話している。

話題はやはりケンに付いてで、赤裸々なガールズトークが繰り広げられていた。


「…それで、リエリス姉さまは、ケンと付き合うんですか?」

「どうしようかしら? …でも、はっきり好きって言われてないのよね」

「そんなの、私が居たんだから当たり前です。ケンなら、そんな非常識な事はしませんよ。でも、言ったも同然ですけどね」


ケンは精一杯自重したつもりだろうが、あんな熱烈な愛の告白をされて、彼女達が彼の気持ちに気付かないはずは無い。


「サーラも私に気を遣って、男口調にする必要なんか無かったのに。あなたはパートナーなんだから、ケン君の前では女性でいるべきよ」

「…気を遣ったというか、ケンの熱烈な告白を聞いて、すごく感心したんです。あんなに気持ちのいい感じは久しぶりでした。私、彼みたいなタイプは、恋人になるより親友になりたいと強く思ったんです。…でも、パートナーは続けますよ。だって、魔力体の相性がいいんですもの」

「…そうなんだ、恋人はともかく、私も一度プレイを試してみようかしら? サーラみたいに親友にはなりたいとは思わないけど、パートナー程度だったら問題ないわ。ちょうど相手もいないから、ケン君が落ち着くまでは臨時パートナーでもいいわね」


全く遠慮が無いサーラと、さばさばと答えるリエリス。

地球人からしてみれば、異常な感じを受ける会話だ。


「言っときますけど、ケンは人気がありますよ。姉さまが素直にならないと、危ないかも知れませんよ? うかうかしてたら、学生プレイクラブの臨時パートナーの誰かに彼を取られちゃいますよ?」

「…ああ見えて、一応ウルルス高専生だものね。実際、下級生にモテルってノワール君から聞いてるしね。…すぐに臨時パートナーの申し込みをしようかしら?」

「その方がいいですね。リエリス姉さまなら、ケンからすぐに告白されるんじゃないですか?」

「それは、あり得ないわよ。あんなに私を好きなくせして今まで黙っていた奴よ。サーラがネオジャンヌを離れるまで、絶対告白してこないわ」

「…けじめですか? 私そんなの全然気にしないのに。でも、やっぱりケンはいい男ですね」

「ただ、馬鹿なだけよ」

「でも、リエリス姉さまは、そんな馬鹿が好きですよね?」

「…馬鹿が好きな訳じゃないわ。…ケンが好きなだけよ」


リエリスとサーラのケンを好きな気持ちは、今夜確かに分岐した。

リエリスは恋愛感情に傾き、サーラは親愛を深めた。

だから2人は、以前のままの関係でいられるのだろう。

サーラは、可笑しそうにクスクス笑うと、姉同然の義理のいとこに話しかける。


「リエリス姉さまは、本当に素直じゃないですよね。初めからケンに相談していれば、遠回りをしなくて済んだのに。そもそも、好きな人に無理して嫌いな所を作っても逆効果ですよ」

「…仕方ないじゃない。どうしていいか解らなかったんだから。…でもサーラの言う通りだわ。嫌いな所が無くなったら、全部好きな気持ちに変わるなんて知らなかったわ」

「私も知りませんでした。パートナーから恋人じゃ無くて、親友になりたいと思うなんてケンが初めてでした」


リエリスとサーラは、ベットの中で手と手を繋ぎ合って楽しそうに笑う。

新たな感情は彼女達の人生のかてになり、その経験は未来を明るくしてくれるのだ。

だから、ケンと知り合えた事を女神様に感謝して、2人は穏やかな眠りについた。



人間族は、実に奇妙で不思議な人達だ。

地球人のように恋する場合があるかと思えば、恋する感情を完全に切り離して、男と女に関係なく友情をはぐくむ場合もある。

体だけの関係では心を繋ぎとめられないのは地球人と同じかもしれないが、だからと言って恋心と性が絡み合ってはいないから、こんな事が可能なのだろう。


人間族としての価値観を持つケンにしても、リエリスの臨時パートナーの誘いを断る理由は無いだろう。

だけど、サーラを大切に思っている彼が、彼女の力を借りて、彼女の部屋の中で、しかも彼女の目の前で、リエリスに告白同然の行為をした事をいさぎよく思っていないのは明白だった。

だからこそ2人の予想通り、サーラとの臨時パートナーを解消する時まで、ケンはリエリスには告白しないだろう。

そして、彼の2人を想う気持ちと、人間族らしいけじめを尊重するなら、キュンメさん達も思い切った行動には出ないに違いない。


恋人や友人に対しては誠実でありたいと思うのは、彼らにとっては当たり前の事だ。

その上、人間族にとっての人間関係のけじめは、とても大切な事なのだから。



ともかくこれで、ケンと2人のキュンメの関係にはしっかりとした道筋がついた。

これから3人の関係がどうなるかは解らないが、後は時間が解決してくれるかもしれない。

サーラはともかく、ケンとリエリスには、まだ2年近く時間があるのだから。


思った以上に、難しいテーマでした。

きっと納得されない読者の方も多いでしょう。

ですが、色々と考えた末の結論なので、改変をするつもりはありません。

あしからず、ご了承ください。


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