第80話 リエリスの誇りに釣り合う物
サーラ=キュンメのマンションの居間で、ケン=マッケンジーとリエリス=キュンメ
はソファーに向かい合って座っている。
リエリスの横にはサーラも座っていて、ショックを受けているように見える。
たった今、いとこのリエリスの口から衝撃的な告白が発せられたからだろう。
その張本人のリエリスは何とも満足気な表情を浮かべていて、言われた相手のケンは明らかに困惑している。
「…リエリスさん、今のは、もしかしたら熱烈な愛の告白ですか?」
「あなたの耳は詰まっているの? そんな訳ないでしょ!」
「ですよね~」
彼は彼女の返事に納得する。
そもそも好きだなんて言われてないし、付き合いの長い彼からすれば、これも一種のストレスの発散だという事は嫌でも解ってしまう。
だが、そんな事情を知らないサーラは、今のやり取りを聞いて、驚いて2人を交互に何度も見返す。
そして意を決したように、リエリスに質問する。
「リエリス姉さまは、ケンと恋人同士になる気は無いんですか?」
「まさか! 大嫌いよこんな男! そもそもサーラはこの男を誤解しているわ。不誠実で嘘つきで女を女だと思っていない最低の男なのよ。その上、非論理的な馬鹿なんだから、本当に救いようが無いわ」
あまりの言われ様にケンは言葉もない。
サーラもリエリスの意見には納得出来ないようだ。
「それは違います! ケンは優しくて誠実で、何より私を女性として見てくれています。それに、私なんかよりずっと利口です」
「…あなたに対してはそうなんでしょうね。ますます嫌いになったわ!」
「姉さま、さっきと言っている事が違ってますよ! ケンは命の恩人だから嫌いじゃないって言ったじゃないですか? リエリス姉さまは軍人じゃないから、キュンメ家の家訓に縛られる必要はありませんけど、いくらなんでも失礼すぎますよ」
「…気が変わったのよ。だって今は本当に大嫌いなんですもの。自分の気持ちに嘘は付けないわ」
更にサーラが言い返そうとした時に、「ちょっと待ってください」と、ケンが2人の話に割り込んだ。
2人の視線が彼に集まると、「その、キュンメ家の家訓って何ですか?」と質問する。
リエリスが気まずそうに視線を外し、サーラも(しまった!)という表情でうつむく。
彼は苦笑いして、「さっきリエリスさんは、命がけで好きになるみたいな事を言ってましたよね。だいたい想像が付きますけど、多分それが全ての原因ですよ。だから、はっきりと聞いておきたいんです」とサーラに顔を向けて話をうながす。
確かにリエリスがそう言っていたのを思い出したサーラは、それならば約束を破る事にはならないと思って説明し始めた。
「…キュンメ家は軍人の家系だから、『命の恩は命で返せ』っていう家訓があるの。もちろん戦場での話で、本当に命を投げ出す必要は無いけど、その精神は変わらないわ。普段の生活でも、恩を受けた相手には、最大限の敬意を示せって事なのよ」
「…なるほど、立派な家訓だと思います。僕だって命の恩人にはそうしたいと思ってますし、恩人には何としてでも報いたいと考えてますから。でも、それが好き嫌いとどう関係するんですか?」
サーラはチラッとリエリスを横目で見て気にしながらも、更に説明を続ける。
「キュンメ一族は、もし命の恩人を好きになったら、身を尽くして好きになれっていう考え方があるの。これは家訓では無いけど、そうじゃ無ければ理屈に合わないでしょ? つまり、リエリス姉さまがケンを好きになったら、命がけで愛さないといけないのよ」
さすがにこれには驚いたケンは、思わずサーラに文句を言う。
「何考えているんですか? それとこれとは別でしょ? そんなローカルルール反対です。言い方が悪いですけど、そんなのは一種の呪いですよ。家訓とかとは関係なく、好き嫌いの程度なんて本人の好きにしたらいいと思いますよ」
サーラも彼の意見は正論だとは思っているようだが、表情は不満そうで納得はしていない様である。
(…恐るべし、キュンメ一族。まさかそんな脳筋な家訓がまかり通っているとは)
ケンは少しの恐怖心と、かなりの脱力感に襲われながらも、自分の場合について考えてみる。
もちろん考えるまでも無く、命の恩人である水精族のノッコの事は今でも大好きだ。
彼女が困っていたら、命がけで助ける覚悟はあるが、親友になりたいと思ってはいても、恋人になるつもりは今のところ無い。
つまり彼のノッコに対する気持ちは、ライクであってラブでは無いのだが、それが問題だとはどうしても思えなかった。
やはり納得出来なかったケンは、今度はリエリスの方に視線を向けて話し出した。
「リエリスさん。さっきも言ったと思いますけど、サマンサ町での出来事はお互い様ですよ。あなたが先に他のテロリスト達を仕留めてくれていなかったら、僕だって死んでいたかもしれません。だから、僕を命の恩人だと思う必要はありません」
だがリエリスは、ケンをにらむと冷たく言い放つ。
「…本当にあなたは酷い男ね。出来るものならとっくにそうしているわ。でも、私はそう思ってしまった。こんな大事な事で、自分の心に嘘はつけないわ」
「だったら、せめてキュンメ家の家訓を無視して下さい。あなたは軍人じゃないでしょ? 生き方が違うんだから、律儀に家訓を守る必要性は無いですよね?」
その都合のいい言葉にも、彼女は眼を伏せて首を横に振る。
「それは出来ないわ。分家ならともかく、私は本家直系の1人娘よ。例え軍人の道に進まなくても、私にとっての家訓は誓約に匹敵するわ。
…だから、キュンメ家の誇りを守る者として、私はあなたを命がけで守る必要があります。でも、ケン=マッケンジー、あなたは大嫌いよ」
ケンは頭をかきむしる。
ちっとも論理的では無いと思うのだが、サーラが口を挟まない所を見ると、彼女達の中では一本筋が通った話なのだろう。
(何て、ややこしい女だ。恩人とか言ってるけど、僕の気持ちは無視かよ! 何で僕はこんな人を好きなんだ? 誰か教えてくれ!)
少しやけっぱちになったケンだが、事情は理解出来た。
要するに、彼が彼女を助けた事で、2人の関係は変わってしまったのだ。
結局、彼女は、キュンメ家の家訓と自分の気持ちとのギャップを埋められずに苦しんでいたのだろう。
そして、耐えられずに逃げ出した事で更に自分を責めた上に、サーラと自分が臨時のパートナーになったのを見て、混乱して感情が爆発したとしかケンには思えなかった。
(…そりゃ、今までは良くても友人程度だと思っていた男相手に、命の恩を返せだとか、好きなら命がけだとかを求められたら困るよな。…何だ、やっぱり色っぽい話じゃ無いじゃないか! 結局、リエリスさんのプライドの問題と不安定な気持ちが原因だよな?)
そう考えたら、彼女の意味不明な行動にも一応の納得が出来る。
サーラ相手に意地悪をしたのは、愛情のもつれというより、ケンと気楽に付き合っている彼女を見て、以前の状態に戻れない事を改めて自覚してしまい、憎たらしく思ったのかもしれない。
そもそも彼女はストレスに弱い性格の持ち主だ。
彼と初めて会った時もナタリーメイ院長に悩みを相談していたし、今でも音話を掛けてくるのがその証拠だと彼は思っている。
だったら、彼女を苦しめるくさびを解き放ってやればいいと彼は考えた。
「リエリスさんの気持ちはともかく、僕はあなたに守ってもらおうなんて思っていませんよ。だから、キュンメ家の家訓をそんな深刻に考えずに、僕があなたの気持ちだけ受け取る事にして、以前のような関係に戻れませんか?」
だが、彼の気持ちは彼女に伝わるはずもない。
いや、この場合は理解していてもプライドが高さが邪魔しているのだろう。
「…それはあり得ないわ。キュンメ家の家訓も私の気持ちも簡単に変わるほど安っぽいものじゃないもの」
自分に厳しい彼女だから、その返事はある程度予想していたが、予想外の事が起こる。
まるで追い打ちをかけるように、サーラが横から口を出してきたのだ。
「私もケンの言う通りにして欲しいとは思うけど、リエリス姉さまの心の問題だから無理よ。私だって、同じ立場だったらそうすると思う。家訓を守るのは先祖への敬意を表す意味があるし、恩を返したいと思う気持ちも崇高な物だわ。だから、私は反対出来ない。だって、話を聞いた限りだけど、ケンは間違いなくリエリス姉さまの命の恩人だもの。いくら口で言っても、その事実だけは変えられないわ」
ケンがチラリとリエリスを見ると、彼女は黙って頷いた。
2人の話は納得出来ないが、少しは理解は出来る。
事実はどうあれ、いくら口でいっても、彼を命の恩人だと思っている彼女の心は変えられないのだろう。
もちろんこれは、普通ならば彼にとって悪い話では無い。
名家であるキュンメ家の本家の1人娘が命がけで守ってくれるというのだ。
だが、リエリスは苦しんでいる。
しかも、サマンサ町の事件からもう半年以上も。
これ以上、好きな女性を苦しめてまで、自分の利益を取るなんて彼には出来ない。
だから、何とか妥協できないかと思い、リエリスに向かって提案してみる。
「例えばですけど、僕がそういうのは迷惑だから止めてくださいとお願いしても駄目ですか? それに僕は多分、成人後はネオジャンヌには居ませんよ。いくら気持ちがあっても、僕を守るなんて物理的に無理でしょ?」
リエリスは、喜びとも悲しみともとれる微妙な表情を浮かべたが、はっきりとした口調で返答する。
「戦場でならともかく、本当に付きまとって守るって意味じゃないのよ。相手が困っている時や助けを求めて来た時に全力で守るって意味よ。もちろん、あなたが私の事を嫌っていて、本気で嫌がっているなら話は別だけど」
一瞬、『そんなリエリスさんは嫌いです。昔のあなたに戻ってください』と言いかけたケンだが、何の解決にもならないので自重する。
だいたい、ここまで事情を聞いてしまっては、彼女を嫌いだなんて言う気持ちはケンの心の中には無かった。
(どうする? 僕は何と言えばいいんだ?)
彼の並列思考の全てが同じ命題に対して忙しく回転する。
例えば、『あなたなんて嫌いだから、顔も見たくない』とでも言えば、2人の関係は終わるが、この問題は解決するかもしれない。
でもそれは、彼の認識では単なる逃げで、相手が真剣なのに優しい嘘をつくのは、全てをさらけ出してくれている彼女の価値観の否定につながるだろう。
好きな人には出来るだけ誠実でいたいし、この状況では彼女との関係をあきらめたくないから、高みに立った嘘をつくのは彼にとっては最悪の選択だ。
とは言っても、『じゃあ、守ってください』と肯定する訳にはいかないし、『勝手にしろ』と投げ出してみても彼女は救われない。
だから言葉を選んで慎重に返事をする。
「リエリスさん、僕はそんな一方的な関係は嫌ですよ。そもそも友人なら出来るだけ協力するのは当たり前だし、サマンサ町の時だって、逆の立場なら僕を助けてくれたでしょ? だから、そんな当たり前の出来事を義務みたいに思って欲しく無いんです」
「…やっぱりケン君は酷い男ね。あなたがさっきからずっと言っている、私にとってすごく都合がよく聞こえる話は、私にプライドを捨てろって言ってるのと同じよ」
(…そうでしょうね。あなたはプライドの為なら命を賭ける人だ)
ケンは、予想通りの答えに内心で苦笑する。
この状況を解決するには、何としても、彼女のプライドに釣り合う物を見つける必要があるだろう。
「でも、お互いにとってそれが一番いいと思うんです。家訓とかに関係なく、リエリスさんの気持ちのままに僕を見て欲しいんです。それに、プライドだって言うなら僕にだってありますよ。大嫌いだって面と向かって言われている相手に、困っていても助けて欲しくはありませんからね。僕のプライドは、あなたの物と釣り合いませんか?」
少しおどけながらも、真剣な目をしてそう言う彼に対して、リエリスは戸惑ったようにしばらく考えている。
彼女の『予測』ギフトが働いているのかもしれない。
どんな予測結果が出たのかは解らないが、悲しげに彼女は笑った。
「……馬鹿ね。何で私があなたの言う事を聞かなくちゃならないのよ」
「えーっと、一応僕は命の恩人扱いなんですよね? もう僕を下僕と思っていないなら、それくらい聞いてくれてもいいと思いますけど?」
「だったら命令なさい。あなたがキュンメ家の家訓を無視しろって本気で言えば、この問題は解決するわ。…それで全て終わりよ」
彼女にそう言われて、反射的に命令しようかと思ったが、それでは先程と同じで、全然駄目だと直ぐに気付いた。
確かにケンが命令すれば、リエリスはキュンメ家の家訓から解き放たれるだろう。
だが、無理矢理そんな選択をさせた彼を彼女は決して許さないだろう。
彼女の言うように、2人の関係は全て終わりだ。
それだけは認められないし、例え彼女の為でも簡単には認めたくは無い。
(…まだ大丈夫だ。今までの経験を思い出せ! ヨシト先生の教えを思い出すんだ! あきらめない、僕は絶対にあきらめないぞ!)
ケンの思考はフル回転する。
こんなのは、生徒会でのクラブ間の調停で何度だって経験してきた事だ。
損得勘定も論理さえ関係ない。
要するに、お互いの気持ちが納得できる妥協点を見つけ出せばいいのだ。
ケンはしばらく考えて結論を出すと、テーブルの上にある果実酒の瓶を手にとって、並々とグラスについでから、グラスをあおって一気に飲む。
こんな意味不明な行動は、『予測』ギフトでも解らなかったのだろう、リエリスは目をまん丸にして驚いている。
サーラも唖然とした表情で、それを黙って見ている。
そんな2人の様子をあえて無視して、ケンはやけっぱちのように大声で叫ぶ。
「飲みましょう! 飲まなきゃやってられません!」
ドン!と音を立てて、グラスをテーブルに置く彼に、サーラは我に帰って顔をしかめる。
「ちょっと、ケン! 今は大事な話の途中でしょ?」
「あらあら、自棄になるなんて、やっぱりあなたは馬鹿だわ。それともお酒の力を借りないと、私に命令さえ出来ないヘタレなのかしら?」
女性2人から非難の声が上がるが、「だって今日は、楽しい飲み会のはずでしょ? それに、せっかく僕の作った料理をお2人とも手を付けて無いですよ。冷めても大丈夫ですけど、食べないと食材がもったいないでしょ!」と逆切れ気味に返事をする。
「…そうだな。確かに酒でも飲まないとやってられない」と、サーラが不機嫌そうに言う。
「何? 結局うやむやにするの?」とリエリスの呆れた声。
「まさか! ちゃんと話し合いますよ」とケンは明るく答える。
真っ先に彼がフォークで酒の肴をつまんで口に入れると、それにつられたようにサーラが味見する。
「…これ、すごく美味しいわ。リエリス姉さまも食べてみて」
もうどうでもよくなったのか、リエリスもフォークをつかんで口に入れるが、驚いたような顔でケンを見る。
「…こんな所もむかつくわね。まさか、私を餌付けするつもり?」
その言葉には、ケンは苦笑して軽口をたたく。
「そんな訳ないでしょ! リエリスさんは小動物ですか?」
「…姉さまをペットにしたら、噛みつかれそうです」
「ちょっと、サーラ、どういう意味よ! だいたい、ペットを飼うなんてのは、野蛮な獣人族の習慣でしょ?」
その会話をきっかけに、3人の間に徐々に話が弾み出す。
元々は気が合う3人なので、すぐに笑い声が聞こえるほど場が盛り上がって来る。
しばらくは、つまらない冗談を言って飲み食いをしていたケンだが、話の流れを装ってリエリスに質問をする。
「僕はキュンメ家の事も家訓についてもほとんど知らないんですよ。せっかくですから教えて下さいよ」
「説明ならサーラの方が得意でしょ。私に聞かなくてもいいじゃない」
「もちろんサーラさんにも聞きますけど、今はあなたの口から聞きたいんですよ。だって、めったに会えないじゃないですか」
軽くお酒が入っていた事もあり、リエリスは素直に話し始めた。
「キュンメ家は、種族間戦争が始まった2000年前から続く名家よ。ここ200年くらいは大した戦争も無いけど、それまでは常に先陣を切って戦った武門の家系なの。もちろん、今だって魔物相手に戦っているから、その伝統は変わらないわね。家訓は、戦争時代の物がほとんどだけど、その精神は今も受け継がれているわ。キュンメ一族にとって、人生は常に戦いなのよ」
「僕はゾンメル教徒ですから、その考え方は共感出来ます。…というか、どうしてキュンメ家の人達がゾンメル教に改宗しないか不思議なくらいです」
「それは、ゾンメル教が新しい宗教だからだと思うわ。キュンメ一族は義理堅いから、ミリア教から改宗するより、今までの付き合いを重んじるのよ。どうせ女神様は1人だけだし、宗派なんて関係無いって思っている人も多いみたいね」
それからリエリスは、生き生きとした様子でキュンメ家について話して行く。
その表情や口調から、彼女がいかに自分の家に誇りを持っているのかが話を聞かなくても伝わって来るほどだ。
確かにこれでは、キュンメ家の家訓を無視しろと言ったケンの言葉を簡単には受け入れられないだろう。
少なくとも、さっきの様な上っ面の取引では、命がけの彼女の覚悟には釣り合わない事は確認出来た。
だから彼は、彼女が話し終わるのを待って、満を持して話し始める。
「リエリスさんが、キュンメ家やその家訓をすごく大切に思っているのは理解出来ました。僕は、あなたのその気持ちを尊重したいと思います」
リエリスは、ホッとした表情を浮かべる。
最悪の『予測』は回避されたのだから。
「…解ったならそれでいいのよ。あなたは黙って私に守られなさい」
だが、馬鹿なケンは彼女の予測を超える返事をする。
「それはお断りします。僕はリエリスさんとは対等の関係でいたいですから」
「…あのねぇ、言ってる事が矛盾してるわよ。一体どういうつもりなのかしら?」
リエリスは、時たまケンの言葉に驚く事があるから、今回も何とか混乱せずに済んだが、そうでなければ思考が停止していたかもしれない。
実際、いとこのサーラは彼女の横であんぐりと口を開けている。
ケンは、お酒の入ったグラスをテーブルの上に静かに置くと、真剣な表情で語りかける。
ここからが、この話の本題だ。
失敗は、リエリスとの別れを意味している。
「キュンメ家の考え方は素晴らしいと思います。だけどこの場合は、どう考えたってそれが足かせになっています。結局、あなたが誇りを守ったまま、考えを変えてもらわないとみんな幸せにはなれないと思うんですよ。
…ねえ、リエリスさん。僕と取引をしませんか? 僕とあなたが友人でいられる様に」
「訳が解らない事を言うのね。あなたが私に、どんな商品を売りつけられるって言うのよ。面白そうだから話してみれば?」
ケンは自分に出来る最大限の笑顔を浮かべて、丁寧に心を込めて話し始める。
「簡単に言えば、秘密の共有と制約です。お互いが納得出来て、キュンメ家の家訓に釣り合う新たな誓約をすればいいと思うんです。…とはいっても、貧乏な僕が賭けられる物は、たった一つしかありません。
…リエリスさんの考えているように、僕には人に言えない秘密があります。それは大げさでは無く、物心がついてから今までの僕の人生そのものです。僕にとっては、2000年続くキュンメ家の家訓と比べても決して引けを取りません。それを包み隠さず、全て話します。でも、その話の中には他人に迷惑がかかる事がありますので、それに関係する事だけは秘密にするように誓約して欲しいんです。つまり、キュンメ家の家訓に釣り合う為には、僕の今までの人生を全て差し出す必要があると考えたんです。僕は貧乏で馬鹿だし、あなたに嫌われているみたいだから、それしか思いつきませんでした。この条件じゃダメでしょうか?」
彼の言葉は重かった
キュンメ家の家訓が、彼女の人生の重要な部分だと認めた上で、お互いの幸せの為に彼も人生の全部を賭けると言っているのだから。
だが、ポーカーのオールベットに等しい捨て身の提案にも、リエリスは簡単には頷かない。
「駄目に決まっているでしょ! そんなの対等な取引じゃないわよ。私のプライドの為に一方的にあなたが損をするつもりなの?」
ケンはホッと息を漏らすと、一向に気にした風も無くリエリスを見つめる。
「…よかった、僕の秘密にはリエリスさんの誇りと釣り合うだけの価値があると認めてくれているんですね」
彼の的外れな返答を聞くと、彼女は溜息交じりに言葉を返す。
「話を聞いていたの? 私は乞食じゃないのよ? いくらお互いの為でも、あなたに何の利益も無い取引なんて受け入れられないわよ」
「僕には、最高の利益がありますよ。これ以上、リエリスさんに嫌われなくて済みます」
ケンの穏やかな笑顔と優しい言葉に、リエリスは瞬時に真っ赤になった。
「ばっ、馬鹿じゃないの!」
「よく言われます」
「そんなので、私が喜ぶとでも思っているの?」
「そんなの解りませんよ。でも、リエリスさんに嘘つき呼ばわりされなくて済むと思うとホッとしているから、僕は最高に嬉しいですけどね」
珍しい事に、リエリスはそれ以上言葉も返さずにうつむいてしまう。
まるで自分の今の表情を彼に見られたく無いみたいに。
すると、今まで黙って2人の話を聞いていたサーラが、リエリスの肩にそっと手を置いて優しく話し始める。
「リエリス姉さま、ケンの言う通りにしましょう。ここまで言われて断ったら、キュンメ家以前に女がすたりますよ」
リエリスは、無言のまま黙って頷いた。
それを確認したサーラは、今度はケンの方に向き直って姿勢を正す。
「…なあ、ケン。私も君の秘密を聞きたい。もちろん誓約だって何だってする。私は君の事をもっと知りたいんだ」
「もちろんですよ。サーラさんにも聞いて欲しい。…でも、きっと笑われると思いますよ」
「リエリス姉さまはともかく、私は笑わないと思うよ。ケンの体を見ただけでも、今までどれほど努力して来たのかが解るもの」
それを聞いたリエリスは、サーラの横顔を見て不機嫌な顔をする。
「失礼ね! 私だって笑わないわよ!」
「リエリス姉さまの場合は期待出来ません。だってケンが嫌いなんでしょ?」
「それは…、そうだけど…」
いとこからカウンターを食らったリエリスは、気まずそうにケンをチラッと見る。
ケンは苦笑いを浮かべながらも、話を先に進める。
「それじゃあ、今から僕の秘密を告白します。つまらなくて長い話になるかもしれませんけど、全て話すし、全部の質問に答えます。その代わりリエリスさんは、僕を命がけで守るなんて事はやめてください。サーラさんは、僕達2人の取引の証人になってください」
2人は頷き、全員で握手を交わし始める。
これにて、ケンとリエリスとサーラの間での奇妙な取引が成立した。
長い夜は、まだ終わっていない。
これからケンの秘密の告白が始まるのだから。




