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第79話 ヨシトの提案とリエリスの告白


神聖リリアンヌ教国の首都ネオジャンヌの中央付近にある、築20年は過ぎている5階建てのどこにでもあるようなマンションの3階部分。

最近リフォームされたばかりのその部屋は、ケン=マッケンジーの臨時パートナーであるサーラ=キュンメが、成年自立手当により手に入れた2LDKの間取りのを持つ、この街ではごく普通のタイプの部屋である。

その中には3人の人間族がいて、居間にはサーラと彼女の義理のいとこのリエリス=キュンメが仲良くソファーに座って話している。

テーブルの上には何本かの酒瓶とグラスが置かれていて、酒盛りの真っ最中のようだ。


一方ケンは、音話がある左奥の部屋の中に居て、彼の師匠であり保護者でもあるヨシト=ウッドヤットの家に、今まさに音話をかけようとしていた。

受話器を手に取り、音話番号を押すと、数回のコールの後に聞き慣れたヨシトの声が聞こえて来た。


『こちら、ウッドヤットです』

「先生、僕です」

『おう、ケンか。どうした? 今夜は泊りか?』

「そうなってしまいそうな感じです。最終の魔動車が出る前に抜け出せれば、必ず帰りますけど」

『…冗談で言ったのにな。お前、そんなに性欲が暴走しているのか?』

「…もう、めんどくさいからそれでいいです」


ケンの元気の無い声を聞いて、少し心配したヨシトは、

『どうした? 何かトラブルか?』と神妙な声で聞いてくる。

「…先生、女って怖いですね。本当は、今すぐ帰りたいです」

『…訳を話してみろ。恋愛関係の相談は苦手だけどな』


それは言われるまでも無く知っていたのでスルーして、かいつまんで説明を始める。

ケンの認識では、恋愛トラブルというよりは人間関係の問題だから、その点ではヨシトは頼りになるはずだ。

だから、サーラとリエリスの性格とその関係について、詳しく説明する。

(そう言えば、先生には2人のキュンメさんが親戚だって話してなかったな)と思ったが、義理のいとこだと聞いたは昨日の事だし、家に遊びに来るほど親しいと知ったのはついさっきだから、これは仕方が無いだろう。

しかし、ケンの説明を聞き終わって話し始めたヨシトの声は、呆れた口調だった。


『…あのなぁ、ネオジャンヌに住んでいる年の近いキュンメ家の女性なら、仲が良くて当然だぞ。キュンメ一族は名家だけじゃ無くて、横のつながりも強いんだ。というか、それこそがキュンメ家の強みなんだ。そんな事も知らずに2人と付き合っている方がどうかしてる』

「そんなの知りませんよ。…でも、今後は気を付けます。あれ? 何を気を付ければいいんだ? 僕、何かミスをしましたか?」


『さあな、普通なら問題ないはずだが、俺に女心はわからん』


「…ですよね。いきなりケンカし始めた時はどうしようかと思いました」


『修羅場だった訳だ。俺の予感は当たったな。それにしても、ケンはモテモテだな。本当に刺されないように気を付けろよ』


「…嫌な事言わないでくださいよ。それに、刺されてはいませんけど、もうサーラさんのギフトでいきなり『拘束』されました。おかげで今夜は、徹底的に付き合うと無理に誓約させられましたから、簡単には帰れないんです。

 でも、それが腑に落ちないんですよ。明らかにリエリスさんの差し金ですけど、いままでの彼女なら、そんなずるい事はしません。今日の彼女は普通じゃないんです。

 …何より先生は誤解してますよ。僕の見た感じですけど、今回の事は色恋の話じゃなくて、彼女達のプライドの問題だと思います。決して、僕の事が好きで争った訳じゃないですから」


受話器の向こうから、ヨシトの笑い声が聞こえる。

ケンだって普通なら愛憎のもつれが理由だと考えるが、今回もめた原因は、あのリエリス=キュンメの意味不明な態度だ。

事を丸く収める為にサーラに無理を言って謝ってもらったが、あんな酷い言い方をされたら彼女が怒るのは当然だ。

しかもその後、サーラに『拘束』ギフトを使うように仕向けたのは、かなり悪質で彼女らしくない。

サーラは、相手が犯罪人でもない限り、人にギフトを行使するのを嫌っている。

ケンが知っているくらいだから当然リエリスが知らないはずも無く、これはタチの悪い復讐だとしか思えない。


だけど、リエリスが自分の事を好きで、しかも嫉妬して義理のいとことケンカするなんて事は、彼の考えではどこから絞り出してみても出てこなかった。

第一、彼女は好きなら好きとはっきり言うタイプの人だ。

実際、彼女が以前付き合っていた恋人は、彼女が告白して結局彼女が振ったと彼女自身から聞かされている。


つまり、自分は嫌われてはいないが、恋人やパートナーにしたいとまでは思われていないはずだ。

ケンも同じタイプだから何となく解るし、この推測には自信がある。

それならば他の原因があるはずだが、そんなのは予想すら出来ない。

いくらヨシトでも、こればかりは解らないだろうし、そこまではケンも期待していない。

だが女心はともかく、弟子の心は解ったのだろう、ヨシトは唐突に質問してくる。


『…ケンは、リエリスさんの事を好きなのか? 冗談じゃ無く本気でだ』


相変わらずのカンの良さで、まるで自分の心が読まれているようで驚いたが、考えてみればバレバレだったかもしれない。

ただ、ここまで鋭いのヨシトが、自分に向けられる好意については鈍感なのは納得出来なかったが。


「…先生に気付かれるとは思いませんでした」

溜息交じりに答えるケンに対して、ヨシトは真剣な声色を崩さない。


『何で告白しない? お前らしくも無い』

「…ヨシト先生、秘密を持ったまま告白するのは不誠実だとは思いませんか?」

『…思わない。特に俺の場合はそう言える。まあ、俺の事はともかく、人は誰だって自分を良く見せたいもんだ。それは悪い事でも罪でも無い、当たり前なんだよ。それなのに、全てをさらけ出して好きになってくれなんて、相変わらずケンは我がままだな』

「…先生の言う通りですね。告白しないのはそれだけが理由じゃありませんけど、彼女が明け透けな分だけ辛いです」


ヨシトに言われるまでも無く、自分だって彼女に隠し事さえしていなければ、はっきりと告白していただろう。

好きな気持ちが相手に届かないのは辛いが、恋愛は自分の努力だけではどうしようもないので、相手にその気が無ければ、あきらめて次の恋を探すしかないのだから。

そんな彼にとって、今の告白したくても出来ない生殺しな状態は辛かった。

これが人生の修業なのだとしたら苦手な部類の修業であり、ヨシトの地獄の特訓を受ける方がまだましだと思うくらいだ。

ケンがそんな事を考えていると、ヨシトが提案してくる。


『なあ、ケンよ。いっそ、2人のキュンメさんに全てしゃべって楽になっちまえ。キュンメ家の人達は、義理堅いのでも有名なんだ。俺が見たところ、リエリス=キュンメさんは一度誓約すればその約束は破らないだろう。もう1人のサーラさんにしても、士官学校に通っているって言ってたよな? だったら、相手がお前の秘密を聞きたいと言ってきたら誓約を持ちだしてみろ。もし出来ないなら2度と聞くなと言い張れ。それですべてが解決する。…多分だけどな』


相変わらずヨシトは、自分勝手なケンの為にリスクを冒してくれるつもりのようだ。

ケンはすまないと思いつつも、念のため確認だけはしてみる。


「…先生は、本当にそれでいいんですか? もし万が一、彼女達が誰かにしゃべったら、相手が相手だけに確実に先生は医師達から吊るし上げられますよ」


『構わない。どうせ、ケンがウルルス高専を卒業したら解る人には解る程度の事だ。現時点でばれても、ケンの体内に埋め込んでいる魔道具さえ処分すれば証拠が残らないし、俺達の契約も証明しようがない。それでも駄目だったら、いさぎよくあきらめるさ。

 …それとな、前世の事だって話しても構わない。例えば俺が作家だって明かして、その記憶を売った対価に鍛えてもらっているって言うのがいいんじゃないか? 荒唐無稽こうとうむけい過ぎて信じてもらえないなら、それまでの話だよ。…まあ、ケンが冒険者になりたいっていう夢を明かすのはお勧めしないがな。女性は現実的だからな』


「わかりました。どうするかは相手の反応を見て決めますけど、もし聞きたいと言われたら先生の意見を参考にして包み隠さず話してみます。もちろん、その場合は僕の夢についても話します。実際僕は、もう単純な冒険者になるつもりはありません。それで嫌われたらそれまでです」


『…なるほどな、ケンの夢は形を変えたか』


「はい、先生にも後で話します。でも、根っこの部分は変わってませんよ。僕が成人したら世界を回る事だけは確定しています」


『ケンの話を聞くのが楽しみだな』


「はい! …そろそろ戻ります。いくらなんでも長く話し過ぎました」


ケンは音話を切って、部屋に転がる酒のケースを避けながら居間に戻る。

10分以上も話していたので、彼女達は待ちくたびれているかもしれない。

居間につながる扉を開けると、2人のキュンメさん達は仲良くお酒を飲んでいた。


「それで、ケンは偉そうにリエリス姉さまに命令したんですか?」

「そうなのよ、過激派の馬鹿達が飛空車を囲んで蹴っ飛ばしているのによ。今思えば、どうせ飛空車は壊れちゃったし、過激派達は全員死んだんだから、私は命令され損って訳ね」


どうやら今は、サマンサ町での出来事をリエリスがサーラに説明しているようだ。

ケンを完全に酒の肴にして盛り上がっているみたいなので、急いでキッチンに向かい、本当の酒の肴を作る事にする。

彼はキッチンにある簡易冷蔵庫や戸棚を調べるが、保存食ばかりでろくな食材がない。


(そういえば、サーラさんもお嬢様だったよな。この様子じゃ、家で料理なんてした事が無いな)

それでも缶詰だとかはたくさんあるので、酒の肴程度なら問題ない。

ろくな調理器具も無いので、仕方無しに魔術を使って調理を始める。

幸いな事に、食器だけは立派な物がそろっているので、3つの皿を並べて5分ほどで調理を終える。

お盆さえ置いていないので、皿に料理を盛り付けて、そのまま両手に抱えてテーブルまで運ぶ。


「出来ましたよ。…ちょっと、サーラさんはもう一瓶開けたんですか? ペースが速すぎますよ」

「これが飲まずにいられるか! リエリス姉さまを解剖しようとするなんて、私がその場に居たなら、八つ裂きにしてやったのに!」

「はいはい、サーラさんが手を下さなくても、その男はもう死んでますからね」

「ケン、よくやった! よくぞリエリス姉さまを助けてくれた。私は感激したぞ!」

「その前に、リエリスさんが他の3人を倒してくれなかったら、僕も危なかったです。だから、たまたま上手く行っただけですよ」

謙遜けんそんするな。やっぱりケンはいい男だ。特に相手を殴ったのが最高だ。男ならやっぱり拳で語らなくてはな」

「…それが一番まずかったんですけどね。さあ、せっかく作った料理ですから食べてください」


料理している間に、リエリスが話すサマンサ町での出来事を改めて聞いていると、ケンは何だかこそばゆくて仕方なかった。

どう考えても美化されているし、失敗にはあえて触れられていない。

普段ならケンをからかうように話すリエリスが、特に治安事務所(警察署)で彼女を助けた話になると妙に神妙な語り口になるのが不気味だった。

それに、今だってケンとサーラの話に参加せずに、ケンの表情をじっと見ている。


その目が、彼に問い掛けているようだ。

『ケン=マッケンジー、あなたは何を隠しているの?』

(…妄想だな。さっき先生とあんな話をしたせいだ)

ケンは内心で苦笑して、彼女達とテーブルを挟んで向かい側のソファーに座った。

それを待っていたかのように、リエリスは再び口を開いた。


「サーラ、さっきも言ったように今の話は他言無用だからね。…さあ、もう嫌な話は終わりよ。せっかく久しぶりに会ったんだから、今度はケン君の話を聞きたいわ」

「僕ですか? 普通に学校に通っていただけだから、特に面白い話は無いですよ」

「いくらでもあるんじゃないの? 生徒会関係とか、学生プレイクラブとか」

「…生徒会はともかく、学生プレイクラブは無しの方向で」

「あらぁ~、ケン君はサーラとどうしてパートナーになったのかを私には話したくは無いの? …まぁ、しょせんは臨時パートナーだもんね」


彼女は、ケンとサーラを交互に見てから勝ち誇ったような表情をする。

何を考えているのか解らないが、彼女の表情は自信満々だ。

…まあ、この場合は、単にアルコールが回っているだけだろうが。

だが、少しカチンと来たのだろう、サーラが挑発に乗って来る。


「じゃあ、私が話します。ケンとのプレイはすごく良いんですよ。それに、ケンは初めての時、すごく可愛いかったんです」

「こら! 酔っ払い! はしたない事を言うんじゃありません! 罰としてアルコールを抜きます」


ケンは素早く体内浄化魔術を行使して、サーラをしらふに戻した。


「ああ、せっかくのいい気持ちが、ケンのバカ!」

「罰だって言ったでしょ! 言っときますけど、すぐにトイレに行きたくなりますから覚悟しておいてください」

「乙女になんて事をするんだ。今日のケンは酷過ぎる」

「乙女はプレイの様子なんて、人前で話しませんよ」

「…本当にトイレに行きたくなってきたじゃないか。恥ずかし過ぎる!」

「はいはい、これに懲りたら、次はもうちょっとだけペースを落としましょうね」

「絶対、後で殴ってやる。いいや、部屋にあるお酒を全部飲ましてやるからな!」


そう言い残して、自然の欲求には勝てずにサーラは急いでトイレに駆けて行った。

それを見ていたリエリスは、ひどく驚いた様子でケンに問いかけた。


「ケン、あなた今何をやったの?」

「何って、体内浄化魔術ですよ。リエリスさんも出来るでしょ?」

「そんなの無理に決まっているでしょ! 自分自身にならともかく、他人の魔力体に働きかけて浄化するなんて、少なくても一級回復師レベルの魔術じゃないの!」

「ヨシト先生から教わったんですよ。害はありませんから心配しないでください」

「…私のアルコールまで抜いたら、腕を引きちぎるからね」

「リエリスさんなら本当にやりそうなので、自重します」


それから間もなくサーラが帰って来たので、これ以上追及はされなかったが、2人のキュンメによるケンの吊るし上げが始まった。

殴られはしなかったが、ソファーの上で『拘束』ギフトの餌食になって、彼は当然身動き出来ない。


「リエリス姉さまの言う通りでした。乙女の顔に水をかけたばかりか、無理矢理トイレに行かされるなんて本当に酷い男です!」

「そうよ、デリカシーの無い男なの。でも一番ひどいのは、こいつが嘘つきって事よ」

「…嘘つきですか? …そう言えば、ケンは始めに会った時にウルルス高専生だって名乗らなかったわ。おかげで臨時パートナーになったから、それはいいんですけど…」

「駄目よ、サーラ。甘い顔をするから馬鹿がつけ上がるのよ。この際だから、思いっきり不満を言っちゃいなさい」

「はい! リエリス姉さま。……えっと、それ以外は別にありません」


リエリスはジト目で義理のいとこを見るが、キョトンとした表情を見ると、これ以上けしかけるのをあきらめる。


「サーラはいい人過ぎるのよ。普通は、隠し事をされたり嘘をつかれたりされれば気分が悪いわ。まして、付き合いが長かったりすれば尚更ね。あなたもパートナーなら気付いたでしょ? ケン君の肉体が軍人並だって事に」

「いいえ、リエリス姉さま。私は軍人としては半人前ですけど、彼の体は…何というか違うんです。上手く説明出来ないんですけど、異質で力強いというか…」


それを聞いたリエリスの表情が変わる。

どうやら、彼女の悪い癖が出たようだ。


「興味深い話ね。確かめてみましょう」

「どうするんですか?」

「そんなの、いちゃうに決まってるでしょ」


今まで大人しくしていたケンだが、「ちょっと! 何考えているんですか」とたまらずに文句を言う。


「大丈夫よ、上半身だけだから」

「ちっとも大丈夫じゃありませんよ!」

「痛くしないから問題ないわ。単なる学術的な好奇心だから」

「問題だらけですよ! 訴えたら間違い無く勝てるぐらいに!」

「聞こえませ~ん」


ものすごい楽しそうなリエリスを見て、ケンはハタと気付く。

そういえば、サーラ程ではないが彼女もしこたま飲んでいた。

酔っ払い相手に話し合う事をあきらめたケンは、しらふであるはずのサーラに助けを求める。


「サーラさん、助けて。こんなの変ですよ」

「…ケン、私をトイレ送りにした事は、これで許してあげるわ」

「そんなの釣り合いがとれません!」

「キュンメ家の家訓ではね、やられたら倍返しよ」

「そんなローカルルール反対!」

「今更恥ずかしがる仲じゃないでしょ。これもプレイの一種だと思って観念しなさい」

「僕、そんな趣味ありませんから」


じたばたしているケンを見て、リエリスとサーラは笑って頷き合う。


「お姉さん達に任せなさい」

「動いたら駄目よ。優しくしてあげる」

「ぎゃーーー! 性暴力反対!!」


抵抗さえ出来ずに、ケンは上着を脱がされた。

「サーラ、大胸筋の所だけ『拘束』ギフトを解いて」

「了解しました」


悪ふざけかと思いきや、リエリスは真剣な表情でケンの筋肉の様子を確かめて行く。

完全に研究者モードに思考が切り替わっているんだろう。

その様子を見て、ケンはすっかり観念する。

もうこうなったら、彼女は止められない。


「…おかしいわ。筋肉の質が人間族の物じゃ無い気がする。それに、魔力体の様子と肉体の質が一致していない? そんなのあり得ないわ」

「どういう事です? ケンは、何か問題あるんですか?」

「私の『予測』ギフトによる結論と肉体の質が一致していないの。つまり、前提条件が間違っているとしか思えない」

「よく解りませんけど、ケンの体は異常なんですか?」

「異常と言うより、サーラが言ったように異質ね。明らかに鍛えられているけど、普通のトレーニングではこんな風にはならないはずよ。…そう、まるで噂に聞いた強化人間みたいな感じ」

「強化人間!」


そう叫んだサーラは思わず息をのむ。

ケンが強化人間実験の被験者なら、大変な事になる。

彼の寿命は削られているはずだし、精神的な異常まで考えられる。


「落ち着いて、サーラ! 私も詳しくは無いけど、強化人間はそんなに生易しい存在じゃないはずよ。いくらなんでも、ウルルス高専の常勤医師達なら気が付くわ。それに、人間族の傭兵の中には、自らの肉体を作り変える人がいるって聞いた事がある。…つまり、ヨシト=ウッドヤットは、あなたの肉体を改造したのね?」


ケンは、リエリスの能力に改めて感心する。

わずか1分足らずの触診だけで、これほどの結論を出すなんて熟練の医師以上である。

落ち着いているケンに対して、それを聞いて驚いたサーラは彼を問い詰める。


「ケン、本当なのか? 君の保護者であるウッドヤットさんは、マッドサイエンティストなのか?」

「…違いますよ。それよりそろそろ『拘束』ギフトを解いてください。これ以上続けるなら、僕は本気で抵抗しますよ」


ケンの持つ穏やかな雰囲気が、鋭利な物に変わる。

殺気とまでは行かないが、その迫力に押されてサーラは一歩下がる。


「サーラ、彼の言う通りにして。…少し調子に乗り過ぎたみたい」

「…はい、ごめんなさいケン」


ようやく『拘束』ギフトが解かれたケンは、黙って上着を着るとソファーに座り直す。

リエリスも黙って体内浄化魔術を発動して、アルコールを抜いているようだ。

「サーラ、ちょっと席を外すわね。すぐに戻ってくるから。それと、言えた義理じゃないんだけど、それまでサーラを怒らないでやってもらえる?」


「もちろんですよ、今回の事は、全部あなたが悪いんですから」

ケンに冷たくそう言われたリエリスは、苦笑してからトイレに向かった。

残されたサーラは、今にも泣き出しそうな表情でうつむいている。

ケンは無言のまま、リエリスが帰ってくるのを待っていた。

沈黙に耐えきれなくなったサーラは、意を決したように顔を上げて、両手を胸に当てて謝罪を始める。


「本当にごめんなさい。本当に私はどうかしてました。許してくれなんて言えないけど、謝罪だけは受け入れて欲しい」

「言っときますけど、僕はサーラさんにも怒っていますよ」

「…当然です」

「それさえ解ってもらえればいいんです。さっきも言ったように、サーラさんはリエリスさんに誘導されただけなんですから」

「でも、ちょっと調子に乗り過ぎました。私がした事は、どう考えても犯罪行為です」


ケンは完全に表情を緩めると、優しく語りかける。


「リエリスさんは、人の気持ちを操るのが上手いんです。しかも、計算ずくなのにそれほど悪意が無いからタチが悪い。何せ『予測』ギフト持ちの天才で、好奇心が強いお嬢様ですからね」

するとケンの背後から声がする。


「悪かったわね! 世間知らずで。そんな聞こえるように嫌味を言わなくても知ってるわよ」

「とりあえず座ったらどうですか? 今日のあなたは最低です。誓約さえして無かったら、僕はとっくに帰ってますよ」

彼女の存在に気付いていた彼は、振り返りもしない。

「…わかったわよ!」


目線どころか、こちらの方さえ全く見ずに冷たい声で話すケンの背後で彼女は悲しげに表情を歪めるが、ゆっくり歩いてケンの向かい側のソファーに座った時は、いつものリエリスの凛々りりしい顔だった。

ケンは、そんな彼女の顔を不機嫌そうな顔で見つめる。

その視線を受けて、彼女は渋々謝罪する。


「…悪かったわ」

彼女は、そっぽを向いて、ぶっきらぼうにそう言い放つ。

「立派な謝罪の仕方ですね。いかにもリエリスさんらしい」

「今日はずいぶん嫌味を言うのね」

「今日のあなたよりはましですよ」

「あなたなんか大嫌いよ!」

「気が合いますね、僕も今日のあなたは大嫌いです」

「…帰るわ」

「敵前逃亡ですか? …本当に今日のあなたは最低だ」


彼にそう言われて、立ち上がろうとしたリエリスは唇をかみしめる。

見かねたサーラは、何とか間を取り持とうとする。


「ケン、リエリス姉さまは今日は様子がおかしいんだ。いつもはすごく優しくて、こんな事を言う人じゃ無いんだ。日を改めて、話し合った方がいいと思う」

「…そうですね。確かに彼女はわがままですけど、サーラさんを巻き込んでまで悪さをする人じゃ無かった。特に、あなたの『拘束』ギフトを利用してまでなんておかし過ぎる。サーラさんが、『拘束』ギフトの使い方を気にしてるのは、僕だって知っています。その場の雰囲気で悪乗りしていても、あなたは後で絶対反省する事を彼女が知らないはずありません。僕が一番気に入らないのはそこですよ。

 …僕はさっき言いましたよね。文句があるなら直接言えばいいんですよ。今日のあなたは卑怯者です」


ケンの決定的な一言に、サーラは息を飲み、言葉を返せずに黙りこんでしまう。

だがリエリスは、開き直った様な表情でケンをにらむとゆっくりと話し始めた。


「…仕方が無いじゃない。あなたもサーラも気に入らないんですもの。だいたい何で私が、こんなに苦しまなくちゃいけないのよ。あなたは私をいじめて楽しいの?」

「意味が解りませんよ。いつ僕があなたを苦しめたんですか?」


彼女はその場にすっくと立ち上がって、指を突き出してケンをにらみながら、たまりにたまった恨みの言葉を吐きだした。


「ケン=マッケンジー、よく聞きなさい! あなたなんか最初はどうでもよかったのよ。私にとっては研究所の実験動物サルと一緒よ。ちょっと面白そうだから下僕にしてあげただけ。力も無いのに逆らってくるのが最高だったわ。

 …だけど、本当は違うんでしょ? あなたは始めから私を憐れんでたの? 世間知らずのお嬢様だとでも思って、高みから眺めていたの? 本当に私の事が好きなの?

 だったら何で隠し事をするのよ! そんなに私が信頼出来ないの? サーラには普通に話せる事が、どうして話せないのよ? 私は全部話しているのに、何て酷い男なの!

 …気に入らない、本当に気に入らない。サーラのパートナーになったのも、私を一度もデートに誘わないのも。…何より嫌いなのは、サマンサ町で私を助けた事よ。それなのに、何で音話一本も掛けてこないのよ。

 …ええ、どうせ私は卑怯者ですよ。命を助けられたのに、あなたの前から逃げたんですもの。だけど、どうしろっていうのよ? キュンメ家の家訓に従って、命がけで好きになれっていうの? 体も求めてこない、好きだって言ってもくれない、信頼もされていない、そんな劣等生のあなたに全て捧げろっていうの? そこまで私があなたを好きになれる訳ないじゃない。…それなのに、一方的にあなたを利用している私は、本当に最低だもの。考えれば考えるほど、自分がみじめで仕方無かった。だから、ケン=マッケンジー、あなたなんて大嫌いよ!」


全てを言い終えたリエリスは、勢いよくソファーに座った。

彼女のはいているスカートのすそがふわりと揺れるのをケンは呆気に取られて眺めていた。


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