第77話 サーラのマンションへの招待
クラブ間の調停を終えた後に、学生プレイクラブへ寄ってプレイを済ませたケンは、身も心もすっきりとしてウッドヤット家に帰って来ていた。
この後は、夕食を済ませてから臨時パートナーであるサーラ=キュンメのマンションに訪問する予定になっている。
とりあえず4階のゲストルームの自室に荷物を置き、3階の食堂に向って急いで階段を下りて行く。
食堂に入ると、たまたまそこに居た、師匠であるヨシト=ウッドヤットと出くわした。
もう食事を終えているようで、ちょうど後片付けを始めているようだ。
魔術を使って食器をキッチンに運びながら、彼は声を掛けてくる。
「ケン、お帰り。もう少し早ければ、食事を一緒に出来たのにな」
「ただいまです。しばらくは仕方ありませんよ。今から食事をいただきますので、後片付けは僕がやりますよ。それから今朝言ったように、食事の後に出かけますからね」
「おう、行ってこい。…それにしてもパートナーのはしごなんてうらやましい限りだ。言っとくが女は怖いぞ。後ろから刺されないように気を付けろよ」
「今日は、友人として遊びに行くだけだけです。先生は絶対分かって言ってますよね! 獣人族の恋愛小説じゃあるまいし、『修羅場』とかありませんから。それと、先生の言った事は本当になる場合がありますから、嘘でも言わないでくださいよ」
ヨシトは妙にカンが鋭いので、無意識に真実を言い当てる場合がある。
この場合は冗談だろうし、サーラに刺されるとは思えないが、複数のパートナーを持っている今の状態は、彼にとっても後ろめたいのでいい気分はしない。
「まあ、そんなに怒るな。即死さえしなければ助けられるから」
「何で殺される事が前提になってるんですか? 何のフォローになってませんよ。言っときますけど、臨時パートナー達との関係はすごく良いんですからね。相性が合わなかった人ともトラブルなんて無いです」
「それは危ない。八方美人は危ないぞ~。駄目なら駄目ってはっきり言った方がいいな」
「…ハァ、もういいです。今から食事をしますけど、先生はどうします? 良ければお茶でも入れますけど?」
ケンにそう言われてヨシトは考える。
食事はもう終わったが、お茶くらいは付き合って話してもいいかもしれない。
ただでさえこの頃は夕食を一緒に取る機会が少なく、日本語で話す機会も減っている。
今はもう、食事の時に日本語だけで話すというルールは曖昧になってしまったが、それでも獣人語や共通語や日本語を交えてケンと話をするのは彼にとっては楽しい時間だ。
結局、「じゃあ、ちょっとだけ付き合うか」ケンと夕食の一時を一緒に過ごす事に決める。
ケンがお茶を入れている間に、簡単にヨシトは食器の片付けだけをして、2人は食堂のテーブルのいつもの席に向かい合わせに座って雑談に興じている。
2人が今使っている言語はカプロス語と言われる獣人族の言葉で、ガレア地方から北西方面の国で主に使われている代表的な言語である。
カプロス語は世界中で最も多くの人が使っている言語とされ、旅には必須の言葉だから会話の修業している訳だ。
カプロス語がペラペラなヨシトは、お茶が入った湯呑をテーブルの上に置くと流暢に話し掛けてくる。
『…ケンは、成年自立手当はどうするんだ』
ヨシトの問いかけに、少し考えてからカプロス語で答えるケン。
彼の口調も、ヨシトからもらった言語知識と今までの修業の成果で、かなりしっかりした物だ。
『…まだ決めていませんけど、多分ネオジャンヌで申請すると思いますよ。人間族の国でなら、どこで申請してもいいですからね』
あくまでも人間族限定だが、ガレア地方の3大人間族の国では、国籍の概念が緩くて移住が自由なので、どの国のどの町で成年自立手当を申請してもいい。
もちろん2重の申請は犯罪行為だし、身分証明書には申請地が明記されるので一所に定住しない人間族は、物件を貸す前提で利便性の良い場所を選ぶのが普通だ。
だからケンにとっては、今から行くサーラのマンションは将来の参考になるはずだ。
ちなみに、ヨシトは要塞都市ゴルゴダ近くの広大な土地を手に入れている。
魔の森が近いそんな二束三文にもならない土地は、普通は選ばない。
ヨシトがわざわざそこを選んだ理由は、魔素ラインの上にある温泉が湧いている土地なので、年を取ったらそこで農業でもしようという、長寿でお金に困っていない、実に彼らしい納得できる選択の結果だと言えるだろう。
今は、そこそこ立派なログハウスと温泉小屋が建っているだけで、その周りには家庭菜園がある、ある意味では彼の隠れ家に近い場所になっているが。
それはともかく、ヨシトはケンの選択に理解を示しながらも、ある提案をする。
『どうせケンは、しばらくは世界を回るんだろ。だったら小遣い稼ぎの物件を選ぶよりはその先を見据えた方がいい』
『でも先生、僕は成人したら独立してここを出るつもりです。とりあえずネオジャンヌのマンションに住んで、ウルルス高専を卒業する必要がありますよ。いくらなんでも30歳までには冒険は終わるでしょうから、その時に改めて申請し直した方がいいんじゃないですか?』
ケンの何とも杓子定規な考え方にヨシトは苦笑する。
確かに彼との契約期間は成人までという話だったが、ヨシトはけじめとして、最低でもウルルス高専を卒業するまでは面倒を見るつもりでいる。
もうヨシトがケンと同居し始めてから既に3年半以上は経っている。
ケンとの修業の日々は楽しくて、ヨシトの人生に潤いを与えてくれている。
彼は、そんな大事な存在の内弟子が不利になる事をするつもりはなかった。
『ケンなら、ウルルス高専を問題なく卒業出来るだろう。それなのに途中で出て行かれたら、家庭教師としては問題だろうし、ケンのメリットも無い。だから、卒業までは俺が責任を持って面倒をみる。成年自立手当についての詳しい話は、ケンが15歳になる前に話すけど、俺に考えがあるからとりあえず住む場所は心配するな』
『…すごくありがたいんですけど、本当にいいんですか? 何もかもお世話になりっぱなしで、僕としては申し訳なさ過ぎて困っちゃいます』
『まあ、後1年4カ月近くある。どうするかは自分で考えて決めればいいけど、俺につまらん遠慮はするな。そもそも成人したからと言って、何の非も無い内弟子を追い出すほど俺は鬼畜じゃない』
それでこの話は終わった。
当初の契約では、ケンが成人するまでの5年間、しかし今ではウルルス高専を卒業するまでの5年7カ月間になった。
つまり、後2年間はこの場所に住み続ける事が、ケンがウルルス高専を退学しない限りは確定した。
もちろん、ケンにとっては修業期間が伸びる訳で、断る理由など何も無い。
ヨシト=ウッドヤットとの過ごす時間は、何事にも代え難い貴重な経験なのだから。
夕食を終えて自室に戻ったケンは、軽くシャワーを浴びてから外出する。
これから女性の家に訪れる訳だから、最低限のエチケットだ。
最寄駅から大型魔動車に乗り、サーラ=キュンメのマンションに向かう。
首都ネオジャンヌ中央方向に25分ほど移動すると、学園通り駅で下車してからいつもウルルス高専へ向かう道とは違う道を歩く。
学園通り駅からは歩いて8分ほどで、サーラのマンションに到着する。
彼女のマンションには初めて来たが、ネオジャンヌ中心部の便利な場所だし、下調べはしているので道に迷う事は無い。
とはいえ、時刻はもう夜の8時を過ぎているので、辺りに人影は見えない。
ケンは何かの参考になるかと思って、サーラのマンションの外観をしげしげと眺める。
そこは、よくあるタイプの5階建ての強化石造りの建物だ。
暗くてはっきりとは見えないが、白っぽい色の外壁で、日本の公団のマンションに近い形状をしている。
この形状のマンションの多くは都市政府が建てた物で、入居者のほとんどが成年自立手当を申請した人達である。
この建物なら、少なくても建築後20年以上は過ぎているはずなので、恐らく空きが出た部屋を都市政府がリフォームしてから、新たに成年自立手当のリストに加えた中古物件なのだろう。
いくら中古といっても、強化石造りの建物は数百年単位は持つ物なので住むには全く問題無く、場所の利便性から見ても賃貸には最適なので、かなりの掘り出し物だといえるだろう。
ケンは階段を上り、3階にあるサーラの部屋のチャイムを鳴らす。
すぐに扉が開き、彼女が顔を出す。
「ケン、いらっしゃい。どうぞ上がって」
「はい、お邪魔します」
お互い遠慮したりする仲では無いので、ケンは特に挨拶も交わさず部屋の中に入る。
もちろんこの部屋は土足厳禁では無いので、靴を履いたまま上がり込む。
部屋の中は、リフォームしたての独特のにおいがするが、それに混じってサーラの良いにおいがするのが何とも新鮮だ。
(いかん! まるで地球人の中年オヤジみたいじゃないか! ホント、性欲って言うのは厄介だよな)
今日はサーラとのプレイ無しと決めている上に、ついさっき学生プレイクラブへ寄って来たばかりのケンは、自分の節操の無さに呆れる。
ヨシトの冗談ではないが、いいかげんにしないと彼女に嫌われるかもしれない。
彼女の後に付いて入った部屋は、12畳ほどの居間だった。
彼女に勧められて、2人は居間の中央にあるソファーに向かい合わせに腰を下ろす。
このマンションの間取りは2LDKで、少なくても1人で住むには十分な広さがある。
さすがに結婚して子供が出来たら手狭だろうが、その様な場合は賃貸に出したり、売り払ったりするのが普通だろう。
部屋の中は綺麗に片づけられているが家具は少なくて、ソファーとテーブルと掛け時計くらいしか置いていない。
ケンがあまりにも飾り気が無い部屋に驚いていると、サーラはそれを察したのか説明し始める。
「ほとんどの荷物は、父さんの家に置かせてもらっているの。だって半年しか住まないんだから、引越しが2度手間でしょ? でも、自室には色々と置いてあるわよ。官舎に移ったらそれくらいしか持っていけないから丁度いいのよ」
「…なるほど、引越し前提ですか。参考になります」
先程ヨシトに言われるまでは、ケンも彼女と同様の立場だった。
今だってネオジャンヌでの成年自立手当の申請は選択肢の1つなので、ケンは彼女と会話をしながらも質問していく。
「やっぱり、新築マンションは条件が悪かったですか?」
「ええ、広さはそれほど変わらないけど、場所が良くないわ。駅からすごく遠かったり、外壁の近くだったするから、賃貸前提な私の条件とは合わないもの」
「ここに決めるまでに、どれくらい時間がかかりましたか?」
「…ほとんど掛かっていないわね。実は前もって申請していたのよ。本当はいけないんだけど、あくまでも予約なら役所も便宜を図ってくれるの。だけど、少しは家柄が関係していたのかもしれないわね。ここまでの物件はなかなか無いから、都合が良すぎる気がしているのよ」
ケンはすごく納得した。
キュンメ家は名家で、しかも代々軍人貴族(公務員)の家柄だ。
それぐらいの便宜は、ケンが担当者であっても図るだろう。
そういえば、もう1人のキュンメさんのマンションも、はっきりした場所は知らないが良い場所だと聞いている。
世知辛い世の中だが、さすがに相手が相手なのでケンも別に文句など無い。
それからも2人は話していたが、彼女の説明好きは相変わらずなようで、ケンの質問に嬉しそうに答えている。
ちょっと彼が気になったのは、彼女が時々チラチラと視線を外して時計を確認している事だ。
普通に考えれば早く帰れの合図だが、そういう感じはあまり受けない。
その証拠に、「次は、私の部屋を案内するわ」とソファーから立ちあがって居間の奥に2つ並んでいる向かって右側の部屋に向かう。
「えーっと、いいんですか?」と、念のために尋ねる。
「何言ってるのよ。これからは私の部屋でプレイするから良いも悪いも無いわよ。それとも、ここでするつもり? 面白そうだけどソファーの上でなんて疲れちゃうでしょ?」
そういう意味で言った訳では無いのだが、いちいち誤解を解く必要も無いだろう。
それに、本当にケンに帰って欲しかったら彼女ならはっきり言うはずだ。
もしかして気が変わってプレイを希望しているのかとも思ったが、これも彼女の性格なら「しましょうか?」とストレートに言ってくるはずだ。
だいたい、彼女はプレイに対しては積極的なタイプだから、その気だったらケンはとっくに自室に連れ込まれているはずである。
(ごちゃごちゃ考えても仕方ないや。サーラさんが案内してくれるって言うんだから素直に従おう)
そう決めた彼は、彼女と一緒に部屋の中に入る。
そこは8畳程度の窓がある部屋で、セミダブルベットと机と本棚とラジオが置いてあり、部屋中に女性らしい可愛い飾り物が置いてある。
何の変哲も無い普通の部屋だが、それこそが彼女らしいのかもしれない。
「ベットだけは新しく買ったのよ。これからもよろしくね」
言われてみれば、彼女1人で寝るには大きなベットなので、どうやら変哲はあったようだ。
ケンは、「…お手柔らかにお願いします」と、少し顔を赤くした。
それからしばらくの間、2人は彼女の部屋で雑談を交わしていたが、話す事が無くなったサーラは、もう一つの部屋も見て欲しいと言い出した。
「はい、了解です」と、素直に返事して彼女の後に付いて行くケンだが、その部屋には音話機と他には果実酒が入ったケースとかが雑然と置かれているだけだった。
「こんなにお酒をもらっても飲みきれないのよ。よかったら持って帰る?」
「未成年ですから遠慮します」
そんな調子でマンションの中を案内をしてくれるサーラだが、最後はキッチンやバスルームやトイレまで見せてくれる。
しかも丁寧な解説付きで、たっぷり時間をかけて。
いくら彼女が委員長体質で説明好きとはいえ、不動産屋の営業職でもあるまいし、これはいくらなんでも不自然過ぎるだろう。
つまり、どう考えても時間の引き延ばしをしているとしか思えない。
でも、ケンが彼女にその訳を尋ねる事は無い。
彼は好奇心は強いが、一度彼女に任せると決めたのだから、ちょっとした事でも簡単に曲げるつもりは無い。
理由はともかくとして、サーラが納得いくまで説明すればいいと彼は思っていた。
さすがに案内する場所が無くなった彼女は、居間に戻ってソファーに腰を下ろす。
「よかったら、もう少し話しましょうよ」
「もちろんいいですよ」
彼女はホッとした様子で、最近の士官学校での話を始めた。
ケンは、彼女の話に耳を傾けながらも並列思考の1つで考える。
(…無理に案内しなくても、始めからそうすればいいのにな。でも、サーラさんらしいや。…案外、本当に説明したかっただけだったりして)
彼はそう思っていたが、彼女は会話の内容に身が入っておらず、態度も不自然過ぎて、逆に可哀そうになってきた。
それでもケンが一言も文句を言わずに彼女の話に付き合っている様子を見て、ついに耐えきれなくなったのだろう、「…やめやめ、こんなの私らしくないわ」と、サーラは言い放つ。
それから居ずまいを正して、ケンに事情を説明し始めた。
「もう気付いていると思うけど、もうちょっとここに残っていて欲しいのよ。…黙っていて悪かったけど、この時間は他のお客様が来る予定になっていたの。せっかくの機会だから、出来れば3人で話し合って誤解を解いておきたかったの」
ケンは黙って頷いた。
わざわざサーラがこんな事をするくらいだから、2人の臨時のパートナー関係をよく思っていない人がいるのだろう。
彼女の親かもしれないし、親友の1人かもしれない。
さすがに恋人という事は無いとは思うが、いずれにしても誤解があるなら解いておいた方が良い。
ケンは、彼女とはパートナーを解消した後も友人で居続けたいと思っていたし、彼女の大切に思っている人に誤解されたままでは嫌だった。
今の2人の関係を納得してもらえるかどうかは解らないが、会って話をしてみる事に異存はなかった。
次の彼女の言葉を聞くまでは。
「今日は、リエリスお姉さまが泊りに来てくれる予定なのよ。少し遅れているみたいだから、無理に引き止めるみたいになってごめんね」
「……え?」
彼の表情は、引きつったまま固まる。
「昨日音話で話したでしょ? 私のいとこ、リエリス=キュンメさん。ケンのウルルス高専の先輩に当たる方よ」
次に彼の全身に冷や汗が吹き出した。
考えてみれば全く不思議ではないが、彼にその発想は無かった。
今までリエリスからサーラの話を聞いた事は一度たりともなかったから、まさか2人がお泊まり会をするほど仲が良いなんて想像すらして無かったのだ。
2人が親戚だと知った時点で、この展開は予想出来ていてもおかしくはないので、相変わらず彼はうかつだ。
(…まずいぞ、何だか解らないけど、すごくまずい)
ケンはぎこちない笑顔で、「やっぱり帰っていいですか?」と逃げ腰になる。
それを聞いたサーラは同情的な表情を浮かべ、「大丈夫よ、リエリス姉さまはあなたの良さをきっと解ってくださるわ」
更に悪い予感がしたケンは、恐る恐る彼女に尋ねる。
「もしかして、僕がここに居る事をキュンメさんは知らないんですか?」
「…だって、昨日の今日だもの。伝えるかどうか迷ったけど、ケンは誤解されやすいタイプみたいだから、直接会って話した方が良いと思ったのよ」
(最悪だ!)と思った彼は、混乱して少し声が大きくなる。
「逆効果ですよ! 絶対怒りますって!」
ますます同情的な表情になったサーラは、優しげな微笑みを浮かべる。
「私が間に入るから問題ないわ。嫌がらないで、とにかく話してみて。リエリス姉さまもケンの人柄を解ってくだされば、つまらない誤解は解けるはずよ」
ケンは思わずうめく。
サーラは勘違いしているようだが、リエリスはそんなタマじゃないと彼は思っている。
本当に気に入らなければ、『問答無用!』と魔術をぶっ放しかねない人だ、…多分だが。
彼が冷や汗をかきながらそんな失礼な事を考えていると、サーラは深刻な表情で、「ケンの様子、普通じゃないわ。一体リエリス姉さまと何があったの?」と問いかけてくる。
何があったと聞かれれば、この段に至っては『何も無かった』とは返せない。
追い詰められたケンは、リエリスとの不可思議な関係をサーラに話す事に決めた。
「キュンメさんとは、…ややこしいのでリエリス先輩と呼びますね。ともかく彼女とは、今更自己紹介をするような関係じゃないんです。もう知り合ってから1年半以上は経ちますから」
「…どういう事なのか説明してくれる?」
サーラにとっても意外な話だったのだろう。
成人祝いのパーティーまでは、ケンの名前なんてリエリスの口から出た事は無かったのだから。
ケンは頷いて、事情を説明し始める。
本当は一刻も早くこの場を立ち去りたかったが、この後にリエリスがここに来るなら、色々と要らぬ誤解を与えかねないからだ。
「僕がまだ2年生の時に、リエリス先輩から女神様の加護に付いての研究への協力を求められたんです。僕って論理的じゃ無いのに加護力は高いみたいですから、先輩は研究対象として、僕に興味を持ったんだと思います。結局その話は無かった事になったんですけど、それが縁で、たまに会って話す程度の関係にはなったんですよ。先輩とは、もうずいぶん会っていないから避けられているとは思うんですけど、別にケンカをした訳じゃありません。お互いを知った上で一方的に嫌われている訳だから、仲良くなるより徹底的に嫌われる場合だってありますよ」
「…リエリス姉さまは、そういうところがあるものね。それなら、ちょっとまずいかもしれないわね。ねえ、何で今は嫌われているの? 予想くらい出来ないのかな?」
「…何ででしょうか? 僕にリエリス先輩の考えなんて解りませんよ。ともかく、僕は良い風には思われてないはずですから、こんなだまし討ちみたいな事をされると、リエリス先輩はすごく怒りますよ」
彼女は顎に手を当てて思案しているようだ。
ケンの言う通りリエリスは怒るだろうが、よほどの事でもない限り、いとこが彼を避けるほど嫌いになるとは思えない。
何かの行き違いがあったのだろうと思ったサーラは、逆に積極的な提案を行う。
「…やっぱり、話し合った方が良いんじゃないの? だいたい、怒られるなら私の方でしょ? リエリス姉さまは理知的で優しい人だから、そんなに怖がらなくても理不尽な事はしないわよ」
「僕に対しては、理不尽なんですってば! ともかく今日は帰りますから、サーラさんは僕の事には触れないでください。気になるなら、後で詳しく説明しますから」
ケンの必死の訴えに押されて、「…わかったわ。ともかく今日は仕切り直した方がよさそうね」と、渋々ながらも彼女は了解してくれたようだ。
だが無情にもその時、玄関のベルが鳴る。
こんな時間に尋ねてくるのは、リエリス=キュンメ、その人しかいないだろう。
ケンは、無意識に天を仰いで(…帰りたい)と心の中でつぶやいた。




