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第75話 クラブ間のトラブル


秋も深まった8月の中頃の事、ケン=マッケンジーの在籍しているウルルス高専4年8組の昼休みの教室に、1人の女生徒が彼を訪ねて来ていた。

彼女は、同じ教室に居た他の級友たちには目もくれず、自分の席に座っているケンの姿を見かけると一目散に近付いて来てピタリと立ち止まった。


「ケン=マッケンジーさん、もうどうしていいか解らないんです。お願いします、力を貸して下さい!」

「…えーっと、君は誰?」

「3年7組のレイカ=アネアスです。マッケンジーさんの後に生徒会に入会したサブメンバーです」


(…彼女がそうか。ハイドから名前だけは聞いてたけど、何というかパワフルな子だな。でも、何かトラブルの気配がするな…)


ケンが彼女と会うのは、今日が初めてだった。

彼女はケンが辞めた後に、生徒会長のハイド=ノワールに指名されて生徒会に入った3年生になりたてのサブメンバーのはずだが、引き継ぎ事項はレポートを提出しているはずだし、力を貸せと言われても何の事だか解らない。


「…ハイドじゃなくて、僕に用事で間違い無いのかい?」

「はい! マッケンジーさんに、相談に乗って欲しいんです」

「…とりあえず話を聞くよ。期待に応えられるかどうかは解らんけど」


アネアスは、「よろしくお願いします!」と、元気に返事をして、期待を込めた瞳で話し出す。

それから、彼女が身ぶり手ぶりを交えて懸命に説明した内容は、ケンが引き継ぎレポートに書いていた演劇部と体操部の取り決めに関する事だった。

どうやら、体操部の新部長が取り決めを白紙に戻したいと言い出して、トラブルになっているようだ。

全て説明し終わった彼女は、両手を胸に当てて懇願する。


「体操部の部長が、マッケンジーさんじゃ無ければこれ以上話さないって言ってます。演劇部の部長は、私の話さえまともに聞いてくれません。せめてあと一度だけでいいから、3人でちゃんと話し合いの機会を持ちたいんです」


「…話は分かったよ。確かに僕は、副部長時代の2人と面識がある。つまり、アネアスさんは両部長を話し合いの場に引っ張り出してほしいんだね」


「はい、お願いします」

元気にうなずく彼女の前で、ケンは冷静に対応する。


「確かに演劇部と体操部の講堂の使用時間の割り振りは、以前に僕が調停した事案だ。両部長とも面識があるから、個人的に呼び出す事も出来ると思う。だけど、それだけして後はアネアスさんに任せるなんて無責任な事は出来ない。それなら、正式なクラブ間の調停になってしまうけど、もう生徒会メンバーじゃない僕にはその権限は無い。アネアスさんは、まずハイドに相談すべきじゃないのかな?」

ケンにそう言われた彼女は、同じ教室に居るハイドの方をキッとにらむと、怒りで拳を握りしめながら声だけは冷静に答える。


「…そんなの、一番始めに相談しました。…最後まで自分でやれって言われました。もちろん、他の生徒会メンバーにも相談しました。でも、マッケンジーさんからの引き継ぎ事案なので関係ないって言われました。仕方なく1人で交渉したんですけど、余計にもめてしまって全然ダメでした。もう、話し合いさえ出来ない状態です」

それを聞いたケンは、「状況が変わったんだから、まずはハイドに報告して指示を仰いだ方がいいってば」と、彼女をたしなめる。


アネアスは、涼しい顔をして座っているハイドの前にスタスタと歩いて行き、

「ノワール会長、今の話を聞いてましたよね? 昨日報告した内容より悪くなっています。具体的な指示を下さい!」と迫力満点に詰め寄る。

ハイドは彼女の方を一瞬だけ見て、「アネアス君が自分でやると決めた事だ。最後まで責任を持ってなんとかするように」と、冷たく告げる。


「会長の人でなし! もうどうなっても知りませんからね!」

そう言って、彼女は教室を飛び出して行った。

どうやら彼女は、かなり感情豊かなタイプな様だ。

その辺りが、ハイドが彼女を気に入った理由かもしれない。

ケンはハイドのそばに行き、呆れた様子で問いかける。


「助けてやらなくていいのか? 事情を聞く限り、アネアスさんに非は無いだろ?」

ハイドはチラッとケンを見ると、何でもなさそうな様子で答える。


「経緯はともかく、彼女が自分でやると言ったんだ。あきらめるまではやらせて見るさ」

「…ちょっと厳し過ぎるんじゃないか? 要は、他のメンバーに仕事を押し付けられただけで、そもそも始めにハイドが間に入れば、こんなにこじれる前に簡単に解決していただろ。だいたい、3年生に調整役をやらせても上手く行くはず無いと思うぞ。生徒会を辞めたいって言い出したらどうするんだ?」


「この程度の事で辞めるなら、いま俺が手を貸しても、どうせ長続きはしない。それに、クラブ間の調整はケンが3年の時にやっていた仕事だ。不可能じゃないさ」


「…全く、あんな直情的な性格じゃ、調整役なんて無理だよ。まだ、タケシマ先輩にまかした方がいいと思うぞ」


「他の誰でも同じ結果だろう。とりあえず話は治まるが、後々まで遺恨は残る。アネアス君の場合なら、解決さえ出来れば全て丸く収まるはずだ。…最も、ここまでもめると確率はゼロに近いがな」


ハイドの意見を聞く限り、彼はアネアスの事を買っているのだろう。

もうケンには何の責任も無いが、アネアスと仕事の引き継ぎが出来なかった事だけは心に引っかかっている。

関わるべきかどうか迷ったが、ここまでこじれてしまうと、いくらハイドでも前部長達を引っ張り出して強引に事を収める可能性が高い。

それでは現部長達の面目まるつぶれで、クラブ間どころか生徒会とも遺恨が残ってしまう。

結局、何の得にもならないが、自分が骨を折るしかないだろう。


「手を貸すのは1回だけだぞ。後はハイドが責任を持って彼女を教育しろよ」

「ああ、頼む。彼女は賢いから、1度経験すれば成長するだろう」

「…ちょっと裏技を使う。今から根回ししてくるから、一時的に代理権をもらうけどいいか?」

「その辺は任せる。何なら施設使用延長の特別許可を出してもいい」

「今回の場合は逆効果だろ。アントニオ先生に頼んで昼休みの講堂の使用許可をもらう程度でいいんじゃないか?」

「妥当な落とし所だな。それなら生徒会としては都合がいい。体操部に対しても特別扱いにはならないだろう」


以前の生徒会活動でも、似たような会話をハイドと交わしていたケンは、呆れ気味に尋ねる。


「…なあ、そこまで解っているなら、何で彼女に教えてやらないんだ?」

「失敗は成功の母だろ? それに、アネアス君には教師との交渉はまだ無理だ」

「僕はそこまでは面倒を見切れないぞ。信頼関係なんて人それぞれで、教える事も譲り渡す事も出来ないんだからな」

「当然だ。ケンにはケンの、アネアス君にも彼女なりのやり方があるはずだ。参考にするもしないも彼女の自由だ」

「…始めから僕を巻き込むつもりだったな。ここまでこじれて丸投げされても困るんだけどな」

「さあ、何の事だか解らんな?」


ケンは、ハイドを軽くにらむと教室を出る。

いいように利用されて腹は立つが、今日は写真動画撮影部に顔を出す日なので出来るだけ早く段取りを付けておきたい。


ケンの向かう先は職員室で、まず講堂の管理責任者であるアントニオ先生に無理を言って、昼休みの使用許可をもらう。

その後は、演劇部の新部長のクラスに行き、1から彼女の言い分を聴く。

昼休みが終わった後も、休み時間の度に演劇部の新部長の所に顔を出し、放課後までに何とか体操部との話し合いの了承を取り付ける。


次に体操部の新部長にも会いに行く。

彼とは比較的スムーズに話が進み、次の日の放課後に双方の部長が生徒会の大会議室に集まって話し合いが行われる事になった。


ようやく調整が一段落ついたので、ケンは急いで部室棟1階にある写真動画撮影部の部室に向かう。

集合時間を40分近く過ぎているので、メニエル先輩は怒っているかもしれない。

部室の引き戸をそろそろと開けると、いきなりメニエル先輩と目が合う。


「マッケンジー君、遅いですよ。今日は来ないかと思いました」

彼女の口調は厳しめだが、それほど怒っているようには見えない。

部長としてのけじめがあるから注意したのだろうが、元々彼女は人を攻め立てるタイプでは無い。

ケンは、気をつけの姿勢をした後、両手を胸に当てて正式に謝罪する。


「すいません、以後気を付けます! …あれ? 他のみんなは?」

「新入部員の勧誘に行っています。私は留守番です」

「…本当にすいません。僕を待っててくれたんですね」

「いいの、気にしないで。空いた時間で受像機のデーターから写真の複写をしていたから」


彼女はそう言うと、100枚ほどの写真を鞄から取り出して机の上に置く。

いつもは受像機カメラ光画魔道具テレビモニターに接続して映像を確認する程度なので、わざわざ上質紙に複写して写真げんぶつにするのは珍しく、この100枚は相当の自信作なのだろう。

ケンは、メニエルとの以前の会話から、その理由に気付く。


「これって、写真コンテストの候補作ですか?」

「はい、やっぱり光画魔道具(テレビモニター)とは印象が違ってくるから、実際に紙に焼いてみないといけないの」

「見せてもらっていいですか?」

「もちろんです。…良かったらマッケンジー君の感想を聞かせて欲しいの」

「了解です。その間に、先輩はいつもみたいに僕の撮った写真データーでも見ていてください。今からモニターに繋ぎますね」


2人は雑談を交わしながらも、お互いの写真の見て意見を言い合う。

ケンの意味不明な写真と比べるまでも無く、メニエルの作品は繊細で美しかった。

彼は特に気に入った写真を選り分けると、彼女に1枚ずつ手渡しながら、素直な感想を述べる。

芸術的な善し悪しなど彼には解らないが、メニエルにとっては逆にその方が新鮮で参考になるらしい。

結局メニエルは、自分とケンが両方とも気に入った写真3枚をクラブ活動の集大成としてコンテストに出品するようだ。


その後、やる事が無くなった2人は、すっかり雑談モードになる。

話題は、新入部員に付いての事になる。


「クラブ活動の説明会は大成功ですね。もう3人も入部したのに、まだ入部希望者がいるなんて写動部は安泰ですね」

「そうみたいです。…でも、写真希望の新入部員はいません」


メニエルが少し落ち込んでいるので、ケンはあえて楽観的な事を言う。


「いいじゃないですか、他の部員だって始めは動画撮影にしか興味が無かったのをメニエル先輩が受像機カメラの魅力を教えたおかげで、今では両方扱ってますよ。新入部員も必ず興味を持ちますよ」


「…マッケンジー君は優しい。遅刻の件は許してあげます。そんなあなたが今日はどうして遅れたの?」


「ちょっと、生徒会関係のトラブルがあったんです。以前の仕事との繋がりで仕方なくですけど」

生徒会と聞いたメニエルは、心配そうな表情をする。


「もしかして、ノワール君の悪だくみ?」

「友達としては、否定出来ないのが残念ですけどね」

「…ノワール君は、私が引退した後に、あなたを生徒会に引き抜くつもりだと思う」

「それも否定出来ませんけど、僕にそのつもりはありません。だいたい僕は、先輩が引退したらクラブには顔を出さなくなる可能性の方が高いですよ。写真は好きだから撮影自体は続けるつもりですけどね」


メニエルが、ケンに写真専門の部員として、彼女が引退した後も後輩に伝統を伝えて行って欲しいと希望している事は知っている。

だけど、ケンにはその気は無い。

彼女もその事は解っているので、無理には勧めない。

それが、写動部設立時の2人の約束だし、メニエルもケンが写真を好きでいてくれるなら、それだけでもいいとは思っている。

ただ、もっと好きになって欲しい気持ちはあるので、違う提案をしてみる。


「ねえ、マッケンジー君。コンテストに応募してみるつもりは無いの?」

「それはないです。僕にはメニエル先輩みたいな芸術的な作品は撮れません」

「マッケンジー君の写真は、独特な味があって私は好きよ。特に人物の写真は特徴を捉えていて素敵だと思う」

「その分野は、獣人族の写真家の独壇場ですからとてもかなう気がしませんよ。やっぱりどこまで行っても、僕の写真は趣味の域を出ないんです」

ケンの迷いの無い言葉に、メニエルは少し肩を落とす。


「…ちょっと残念です。でも仕方ありません。…ねえマッケンジー君。それなら私が引退する前に、撮影旅行に行きませんか? 部員の中でも受像機カメラが好きな人限定で」

「面白そうですね。…でも、サマンサ町には行きませんよ」

「そんなの当り前です」

2人は笑い合う。


その後、新入部員の勧誘に行っていた部員達が帰って来て、部室内の人数が増える。

写真動画撮影部の部員数は、籍だけ置いているハイドを除いても10人にもなり、もう立派な中堅クラブである。

ケンとメニエル以外は、家庭用ビデオカメラを使った芸術性の高い動画撮影が中心の部員達なので、彼女が引退したらケンもハイドと同様に籍だけ残してクラブ活動には参加しないだろう。

ある意味、ケンは彼女と同時に引退するのかもしれない。

メニエル先輩には申し訳ないが、やる気がある人が新しい伝統を作って行けばいいとケンは考えていた。


1週間後にまた顔を出す事をメニエルに約束して、ケンは一足早く写動部を後にする。

学生プレイクラブに行って、今日の予約の相手とプレイする為で、今日はクラブに40分も遅刻したので急がないと待ち合わせの時間を過ぎてしまう。

魔力体が安定してから、プレイに時間が取られている分だけ彼は本当に忙しかった。



―――――――――――――――――――――――――



ケンが学生プレイクラブからウッドヤット家に帰って来ると、時刻は夜8時を過ぎていた。

ゲストルームに荷物を置いて、遅めの夕食を取ろうと思い、3階の食堂に下りて行く。

ここ最近はこのパターンが多いので、ヨシトと一緒に夕食を食べる事は少ないが、いつも食堂に夕食を残して置いてくれる。

さすがに申し訳ないし、これまでの魔術の修業はすこぶる順調なので、そろそろ料理についても教えてもらうべきかもしれない。


ケンが食堂に入ると、食事の横に1枚のメモ書きが置いてある。

(何だろう?)

ケンはメモを手にとって内容を読む。


『サーラ=キュンメさんから音話あり。連絡先が変わったから知らせておきたいそうだ。出来れば連絡が欲しいんだと。このリア充め!   ヨシト』

その後に、新しい音話番号が書いてある。


「サーラさん、引っ越しが終わったんだな。…というい事は、学生プレイクラブも退会したのか」

ケンは1人ごとを言いながら、とりあえず夕食に取りかかる。

加熱魔術で食事を温めて、椅子に座って手早く済ます。

(相変わらず先生の料理は上手いよな。僕がレシピ通りに作っても、ここまでは無理だ。やっぱり料理をスキル化しようかな?)


料理スキルは地球でいう調理師免許の様な感覚の物なので、ケンは完全に勘違いしている。

料理スキルを持っている人の間でも、調理技術や経験の違いがあるから、料理の腕には大きな差が出て来てしまう。

だから、スキル持ちが作った料理が全て美味しいとは限らない。

そもそも料理スキルは、正確な食材の知識や調理法を勉強して、料理の数をこなせば比較的簡単にスキル化出来る物なので、知識だけは完璧なケンなら放っておいてもスキル化出来るだろう。

しばらく後にヨシトから魔術を使った調理法を教わった際にその事を指摘されて、ケンは思いっきり馬鹿にされるのだが、それはまた別の話。


それはともかく、ケンは食事と後片付けを終えて、音話を掛けに書斎に向かう。

書斎のドアを一応ノックするが、ヨシトからの返事は無い。

彼はこの時間はパートナーの所へ出かけているはずなので、あくまでも念の為だ。

ケンは書斎の中に入ると、音話機の前に行きサーラ=キュンメに音話をかける。

3回ほどの呼び出しの後に音話が繋がって、『もしもし、キュンメです』と、少しこもってはいるが聞き慣れたサーラの声が聞こえる。


「ケン=マッケンジーです。サーラさん、引越しが終わったんですね。今、時間は大丈夫ですか?」

『ええ、ようやく落ち着いた所よ。この前は、約束出来なくてごめんなさい』

「それは仕方ありませんよ。それより、新しい住まいはどんなところですか?」

『今から住所を言うわね。いいかしら?』

「…はい、いいですよ」


ケンは彼女が言う住所を書き留める。

ウッドヤット家からは離れているが、ネオジャンヌ中央近くの良い場所で、ウルルス高専からは歩いて行ける距離だ。


「官公街から近い便利な場所みたいですね。駅からも近そうですね」

『そうなんだけど、部屋はそれほど広くは無いのよ。でも、人に貸すのにはピッタリだから、ここに決めたの』

「なるほど、家賃収入ですか。軍人士官は官舎が支給されますから、その方がいいかもしれませんね」

『そうなのよ。両親からの贈与金には手をつけたくないから、自活しないとね』

「お金持ちのお嬢様とは思えない意見ですね。これからは貧乏生活ですか?」

『そんな訳ないでしょ! 10年は遊んで暮らせる個人資産は持ってるわよ』

「…僕、政治家になって悪法を改正したくなりました」

『せいぜい頑張りなさい、100歳になるまでは立候補すら出来ないけどね』

「こうなったら革命だ! 若者に被選挙権を!」

『…青年将校としては、魅力的な意見ね』

2人は音話越しに笑い合う。


ちなみに、15歳になって成人した子供には、親から2000万ギルまでの現金贈与が認められている。

もちろん無税で、しかも有価証券以外の資産ならば当局からもうるさく言われないので、お金持ちの子供にはかなり有利なザル法なのだが、これは子供を大切にする人間族の国では大っぴらに認められている慣例だ。

ただ、しっかりした子供ならば普通はそれを頼りにしないし、一度も社会に出ずに学生を続けている人は、親と同居している場合も多いので、現金だけが通帳に振り込まれて親に生活費や学費を出してもらっているなんて更に都合の良い事になる。

そんなお金は塩漬けされるので、経済の発展や景気動向には良い影響を及ぼさないが、人間族の国では経済の発展より安定が優先されているので、問題ないとされている。

それだけ、人間族の国が財政的にも裕福な証拠であるとも言えるだろう。

閑話休題。


「それで、やっぱりプレイの予約ですか?」

『それもあるけど、その前に私の新居に遊びに来れないかな?』

「もちろんいいですよ。いつがいいですか?」

『…明日とか、どうかな? 学校が終わった後に、ちょっと寄るだけでもいいんだけど』


明日と言われて、ケンは迷う。

明日の放課後は、生徒会の大会議室で演劇部と体操部の話し合いに立ちあう必要がある。

しかも、学生プレイクラブの予約が夕方から入っているので、下手をしたら彼女の新居に立ち寄れない可能性もある。


「明日の夕方はダメなんです。遅い時間なら大丈夫ですけど」

『……』

彼女からの答えが返ってこないので、ケンは少し焦る。


(やっぱり、プレイの後にサーラさんの家に寄るのは失礼だよな。それほど潔癖けっぺきな女性じゃないと思っていたんだけど、前もって知っているならいい気はしないのかもしれない。うぅ~、自分の今の状態が恨めしい。早く性欲が落ち着かないかな)


日本人の常識からしてみれば、ケンは酷い事を言っているようだが、これでも十分に気を使っている方である。

人間族の常識でいえば全く問題が無く、地球人の場合で例えるなら、クラブ活動で他の女生徒とペアダンスを踊った後に、別のダンスパートナーの家に遊びに行くと言っている程度の認識だから、そもそも気を使う必要も知らせる必要も無いはずだ。

とはいえ、ケンには女性の感じる細かい好き嫌いなんか解らない。

パートナーは出来るだけ1人に絞る方がいい事も間違いないので、いくら事情があるとはいえ、彼女の意思を尊重すべきだと思って話し出す。


「あの、サーラさん。日を改めましょうよ。休みの日でも構わないし、時間が無ければ、プレイ当日だって構わないでしょ?」

『…ねえ、ケン君は、リエリス=キュンメという人を知っている? ウルルス高専の先輩に当たる女性なんだけど』


ケンは、ギョッとして思わず受話器を取り落としそうになる。

今まで2人の間でリエリスの話題が出た事は無い。

ケンは、いくら相手が親戚だからと言っても、パートナーの前で他の女性の話題を出すほど愚かでは無い。

サーラにしても、ケンとリエリスが同じ学校に通っていた事は知っていたが、年も離れているし、もうリエリスが卒業しているので、あえて話題に取り上げた事も無かった。

それなのに、突然リエリスの話をしたのは、この前の成人祝いのパーティーでの出来事が関係しているのだが、当然ケンは知るよしもない。


「もちろん知ってますよ。僕が入学した時の生徒会長ですからね。でも、そのキュンメ先輩が一体どうしたんです?」

『リエリス姉さまは、私の義理のいとこに当たる方なの。うちと違って本家の方だけど、親しく付き合わせてもらっているのよ。この前のパーティーの時に久しぶりに会って、たまたまケン君の話題が出たんだけど、あまりいい反応じゃ無かったの。何かトラブルがあったんじゃないかと思って、ちょっと気にしていたのよ』


それを聞いて、ケンはすごく驚いたが納得した。

顔は全然似てないが、血のつながりが無いなら当然だし、いとこ同士という近しい関係なのにも驚いたが、久しぶりに会った程度なら親しいといってもそれ程ではないのだろう。

それに、リエリスの反応も納得出来る。

この半年以上も、1度も顔を合わせていないケンは、明らかに彼女に避けられていると思っている。

要するに、パーティーの時にたまたま会った義理のいとこに、不快な男の話をされて、気分を悪くしたのだろうとケンは勘違いした。

だったら、あまり詳しい話をする必要も無いとケンは結論付けた。


「キュンメ元生徒会長だけでなく、僕はウルルス高専の上級生たちには良い風に思われてないんです。だから、サーラさんは気にしないでいいですよ」

『…どういう事なの? 事情を説明して』

「本当に大した話じゃないんです。僕の事情とエリート校の事情がぶつかっただけの話で、今はもう解決した事なんです」


ケンは、大まかにだが、1,2年生までのウルルス高専での出来事を話す。

リエリスとの関係は伝える必要が無いと思ったので、あえて言わなかった。

何しろ表向きは、自分の家庭教師であるヨシトの知り合いであるという程度なのだから。


サーラは、保守的で脱落者を許さないウルルス高専の事情と、能力値強化を受けられなかったケンの事情を聞くと、『訳が分からない!』と素直な感想を述べた。

その結果、ケンが2年間無視されていた事を話すと、彼女が音話の向こうで息をのむ音が聞こえた。


『ふざけている! ウルルス高専は腐った連中の集まりなのか!』

「サーラさん、落ち着いて。男口調に戻っていますよ」

『これが落ち着いていられるか! これだからエリート校というのは虫が好かないんだ。そもそも、ケンに何の責任がある。強化薬と体質が合わなくて辞めざるを得なかった生徒達にしたってそうだ。今まで、一体どれほどの可能性をつぶして来たんだ。何がエリートだ。単なる馬鹿どもの集まりじゃないか!』

「…僕もキュンメ元生徒会長もウルルス高専生なんですけどね」

『それはそうだが…、…確かにそうだけど、ケン君とリエリス姉さまは別よ』

「…同じですよ。僕も彼女も生徒会のメンバーでしたけど、その点については改革しようとは思いませんでした。彼女の事情は知りませんが、僕は国に1つくらいならそんな学校があってもいいと思ってます。

 能力値強化による退学にしたって意味があります。魔力体が安定するわずかな間しか、強化薬は100%の効果を発揮しないんです。一度強化を止めてしまうと始めからやり直しだし、枷が外れて1年半も経つと伸び率は激減します。僕にしても能力値強化の授業が受けられる立場で入学していたら、伝統に従って退学していたかもしれません。確かに部外者から見たら馬鹿馬鹿しい伝統かもしれませんけど、僕はウルルス高専生が必死に努力している姿を見てますから、馬鹿だなんて言えません」


ケンだって、エリート校の在り方が正しいと言いきれるほどの自信は無いが、彼なりの母校に対する愛情はある。

そもそも嫌なら入学しなければ済む話だし、例え退学して他の道を選んでも、後の努力で十分に挽回可能なのだ。

どのような結果になったとしてもそれで人生が終わりではないのだから、若い内にしか出来ない事をするのは彼の価値観からいって間違ってはいない。


『…ごめんなさい、馬鹿と言ったのは取り消します』

サーラの落ち込んだ声を聞き、ケンはあわててフォローする。


「いいえ、僕の方こそ偉そうなことを言いました。サーラさんは、僕を心配して怒ってくれただけなのに。

 …もうこの話はやめましょう。僕は、キュンメ元生徒会長に悪く思われても当然だと思ってますから、サーラさんも気にしないでください」


それからしばらく、受話器の向こうの彼女は言葉を発さない。

ケンは、大人しく彼女がしゃべりだすのを待つ。

すると、『…これも何かの巡り合わせかもしれないわね』

ほとんど聞き取れないほどの小声で、サーラはつぶやいた。

ケンは彼女が何を話したか解らなかったので、「サーラさん、今何か言いました?」と尋ねてみる。


『…いいえ、単なる独り言だから気にしないで。それより、やっぱり明日会いましょう。遅くなっても構わないから、遊びに来てくれると嬉しいわ』

彼女の吹っ切れたような声を聞いて、ケンは安心する。


「はい、喜んで伺います。何か差し入れましょうか?」

『無理しなくていいわ、苦学生君。逆に持ってきたら怒るわよ。ただでさえ差し入れで部屋がいっぱいなのよ。特にお酒とか、商売が出来そうなくらいあるから困ってるのよ』

「じゃあ、体1つで行きますよ」

『…言っとくけど、プレイは無しだからね』

「それが一番残念です」

2人は笑い、そして「じゃあまた明日」と言い合って音話を切った。


ケンは書斎から出て階段を上り、4階の自室に向かう。

学生プレイクラブを利用している分だけ勉強や修行の時間が削られているので、これから寝るまでの間に日課をこなす必要がある。


(今日も忙しかったけど、明日はもっと忙しくなりそうだ)

この時のケンは、漠然ばくぜんとそんな事を考えていた。


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