第74話 2人のキュンメ
7月27日は、ケンの臨時パートナーの1人であるサーラ=キュンメの誕生日だ。
その日は彼女の15歳の成人の日でもあり、上流階級であるキュンメ一族では親戚一同が集まって、成人祝いのパーティーが行なわれるのが恒例行事となっている。
とはいえ、住宅事情の良くない首都ネオジャンヌでは、キュンメ一族がパーティーが開ける程の大きさの土地を個人が借りる事は法律で制限されている。
まして、キュンメ一族の中でも傍系であるサーラの家は、せいぜいホームパーティーを開ける程度の大きさしかない。
したがって、こういう場合はホテルの宴会場や公共のホールを借りてから、そこでパーティーを開催するのが普通である。
その様な理由で、サーラの成人祝いパーティーは、総合体育館の多目的ホールで夜7時から盛大に開催される運びとなった。
いま彼女は主催者として両親と共に、続々と集まってくる親戚達や友人達の接待に追われているようだ。
キュンメ一族は軍人の家系なので、招待客の大半が無骨な軍人で、よく通る声で話し、よく飲みよく食べて、今日の主役そっちのけで楽しげに盛り上がっている。
彼らは、公務員としての名称はともかく本当の貴族では無いし、質実剛健な人達なのでマナーなんて気にしない。
お酒が入っていれば尚更そうで、いくら人間族の上流階級とはいっても、体裁にこだわらないタイプの人達の集まりと言えるだろう。
他にも治安貴族(上級警察官)達も少し混ざっていて、特に小将以上の軍人や治安院の侯爵クラスの上級公務員達は、お互いに親交を温めながらも情報交換をしているようだ。
キュンメ一族は、神聖リリアンヌ教国の屋台骨を支える武門の家系という訳だ。
それ以外の参加者でいえば、サーラの士官学校の友人や後輩達が混じっていて、所在なさげに1カ所固まっている。
サーラは彼らを見かけると、忙しい合間を縫って学友達の前に歩いて行き、親しげに声をかけていく。
「みんな、来てくれたのね。とっても嬉しいわ」
「キュンメ先輩、お誕生日おめでとうございます」
「成人おめでとう。いよいよ大人の仲間入りだな」
あっという間に友人達に取り囲まれて、次々と祝福の言葉をかけらていれる彼女は嬉しそうに応対している。
サーラ=キュンメは、真面目な学生が多い士官学校の中でも特に有名人で人望もある。
有名な一族出身なのにお嬢様ぶったところが全然ないし、面倒見がいい委員長タイプなので彼女の事を悪く言う者はほとんどいない。
座学の成績はそれほどでもないが、戦闘系魔術の実力が必要な士官候補生の中でもトップクラスの能力を持っている。
家柄も良く、将来を嘱望されたサラブレッドである彼女は、みんなの憧れの存在なのだ。
その様な恵まれた存在であるサーラにとっても、今回の成人祝いのパーティーは就職活動の意味を兼ねている重要な物である。
彼女は士官学校を卒業した後、少尉として軍に入隊する予定だが、その配属先は上官の引き抜きがあれば、その中から自ら選ぶ事が出来るシステムになっている。
つまり、参加者全員に自分自身を売り込んで、少しでも多くの推薦を勝ち取ればそれだけ将来の道が開けるという訳だ。
もし今日の様な集まりでも無ければ、今後あちこちにあいさつ回りをするしかないので、自然に彼女にも気合が入る。
この華やかな場所も彼女にとっては、相手の人柄を確かめる戦場と言ってもいいかもしれない。
彼女にとって、一種の戦いの様な成人祝いのパーティーは、始まってから2時間程が過ぎていた。
会場からはようやく招待客が帰り始めていて、そろそろ終わりが見え始めた頃である。
彼女は、以前から目を付けていた何人かの好ましい上官と会話していて、配属先については確かな手ごたえを感じていた。
はっきりした誘いの言葉も貰っているので、戦果は上々だったようだ。
彼女がようやく少しホッとしていると、両親が声をかけてくる。
「サーラ、父さん達はこの後、飲み会に誘われているんだ。もう成人なんだから、お前も来るか?」
「そうよ、今日はめでたい日なんだから一晩中飲み明かすわよ」
お酒の入った赤い顔をして言う両親に、彼女は内心で溜息をつく。
「父さんも母さんも、今からみんなで帰ったりしたらイベント会社の担当者が困るでしょ。それに、私は今日はドレスなのよ。こんな格好で飲み会なんかに参加したくありません」
主役である彼女は、品の良い黒のパーティードレスと見事な造りの魔金のブローチを胸元に付けている。
決して派手ではないが、艶やかな黒髪とアイスブルーの瞳によく似合っていて、学生らしい清楚なイメージが、彼女の魅力を引き上げている。
服装はともかく、こんな時でも化粧っ毛が無いのが彼女の性格を表しているかもしれない。
「…そうは言うがな、もう父さんは約束してしまったよ。約束を破るなんてキュンメ一族の恥だ」
「敵前逃亡なんて、軍人として許されないわ」
酔っ払いのたわごとだが、確かに格好悪いかもしれない。
でも、チクリと皮肉を言うぐらいはいいだろう
「父さん、お酒を飲んでいる時の約束なんて、律儀に守る必要はありません。母さんは問題外。そもそも親戚は敵じゃないし、どんな相手にでも突撃するのは魔物と同じよ。こういう場合は転身をお勧めします」
娘からそう言われて、両親は言い訳出来ずに、視線をあさっての方向に向けて誤魔化している。
少し気が晴れたサーラは、わざと渋い表情を崩さずに腰を手に当てて考えるふりをする。
「…仕方ないわね。後は私がやっておくから行っていいわよ。でも、父さんも母さんも浮かれ過ぎないようにしてね」
「大丈夫さ、サーラ。今日は帰らないかもしれないけど、無茶はしないよ」
「そうよ、今日で夫婦生活最後なんだから、パーっと盛り上がるだけよ」
サーラの両親は、明日離婚する予定になっている。
別に仲が悪いとか、そんな理由では無い。
わざわざ軍人同士で結婚したぐらいだから、逆にかなりの好き同士といえるだろう。
国家公務員同士で結婚した場合、子育ての為に夫婦ともに一つの町に縛り付けられるのが普通だ。
両親は2人とも軍人士官で、本来ならあちこちの軍事拠点にしょっちゅう移動する立場である。
そうしないと出世は出来ないし、経験が積めない。
つまり、彼女を育てる為だけに15年間も似合わない内地勤務なんて仕事を両親はやってくれた訳だ。
だから彼女はその事を感謝しているし、今後の両親のキャリアの為にも離婚については歓迎しているくらいだ。
さすがに、娘1人を残して一晩中盛り上がる予定だとは思わなかったが、形式上とはいえ夫婦最後の夜だから十分許容範囲内だと考える。
「…父さん母さん、今までありがとう。でも、離婚しても今の関係を続けるんでしょ? だったら、離婚を飲み会の理由にしないで欲しいわ。軍人らしく、飲みたいから飲むでいいじゃない」
「そりゃそうだ! 言い訳はみっともなかったな」
「サーラ、あなたも今日は楽しみなさい」
親子3人は笑い合うと、「じゃあ、また明日」と軽く声をかけ合ってから別れる。
仲の良い両親の後ろ姿を見送ると、彼女は再び気合を入れ直す。
招待客の見送り、会場の最終確認、荷物やプレゼントの配送のチェックなど、やる事はまだまだ残されているのだから。
無事にパーティーがお開きになって、全ての手配を終えたサーラは、1人で会場の控室に残って山のように積まれたプレゼントを眺めていた。
さすがにすべて持って帰る訳にもいかないから、一時的にイベント会社に預かってもらってから、改めて明日の朝に家に届けてもらう予定になっている。
それから彼女は、プレゼントの内容を包装紙を破り1つ1つ確認して行く。
目録を作る必要があるし、それをイベント会社に確認してもらう必要があるから後回しにする訳にもいかず、最後のひと頑張りとばかりに手早く作業を進める。
(それにしても、武器とか防具とかばかりじゃないの。もう少しこう、成人女性にふさわしい物は無いの? 軍人の前に、私は女だぞ!)
プレゼントの内容と贈り主の名前を目録に書き込みながら、サーラは不機嫌になる。
いくら参加者に軍人が多いとはいえ、あまりにもプレゼントの内容が偏っているし、戦闘職に関係ないプレゼントはせいぜい文房具程度なので、大人の女性としては納得出来ない。
そんな事を考えつつも、彼女はプレゼントの内容を全て確認して、ようやく目録を書き終える。
後は、これをイベント会社の担当者に渡せば、長かった1日が終わり彼女は家に帰れるはずだ。
彼女は大きく背伸びをして、「ん~、終わった~!」と、珍しく1人ごとなんて言っている。
すると、今までペンを握っていた彼女の右手が、自然に胸元の魔金のブローチに伸びる。
それは、目録には書き込まれなかったプレゼント、彼女の臨時パートナーであるケン=マッケンジーが昨日くれた物だった。
(…手作りだって、ケンは言ってた。材料費だけだから高いものじゃないし、まだ下手だって謙遜してたけど、みんなが似合ってるって誉めてくれた。…思いきって、今日付けてきて良かった。たくさんプレゼントはもらったけど、私はこれが一番嬉しい)
実はサーラは、ケンにこのパーティーに参加するように誘ったのだが、正式なパートナーじゃないからと遠慮して断られていた。
その代わりに渡されたのが、この魔金のブローチだった。
奨学金を取っている苦学生の彼が、材料費だけで10万ギルは下らないプレゼントを贈ってくれた事は、値段に関係なく嬉しかった。
彼が造ったと聞いて、その見事な出来に驚いたが、あれほど繊細な魔術を行使出来るならこの美しい細工も可能だろうし、何より彼の気持ちがこもっているみたいで感激した。
『ギフトも職人系だから、ケンは魔術工学の道を進むの?』と尋ねると、
『まだ決めてないけど、魔道具マイスターの資格を取ろうと思っているんだ』との返事。
彼はウルルス高専生なので、職人というよりは、工学系の専門院に進学して魔術工学の道を選ぶのが普通だろう。
自分は軍人になるつもりなので、彼とは後半年足らずで会えなくなるのは解っている事とはいえ、少し悲しかった。
ケンと臨時パートナーになってもう1カ月半になるが、サーラから見て彼はとても良い男だ。
初めて見た時から顔は可愛らしいとは思っていたが、プレイの時に気付いたのは彼の肉体のたくましさだった。
魔力体の相性も今までの相手の中では一番良いみたいでパートナーとしては申し分ない上に、その性格も好ましかった。
エリート校生特有の偉ぶった感じはしないし、意外に物知りで会話をすると面白い。
しかも、とても優しくて気遣いが出来る性格で、彼女の友人の中でも貴重な存在であり、パートナーどころか恋人になってもいいと思うくらいに彼女は彼を気に入っていた。
特に気に入っているのは、自分を女性扱いしてくれる事だ。
今までのパートナーは、付き合ってしばらくすると、彼女を同性の友人のような感覚で扱ってくる。
自分の性格からいってそれも当然だとあきらめていたが、うら若き乙女がそんな扱いをされて喜ぶはずがない。
そんな彼女からすると、ケンとの関係は新鮮で刺激的で感情を制御しなければ夢中になってしまうほどだった。
本当に、後半年で別れてしまうのが残念でならないが、今更そんな事を考えても仕方がないとサーラは割り切っていた。
彼女がそんな事を考えていると、控室の扉を叩くノックの音がする。
予定よりは早いが、イベント会社の人が来たのかと思い、「どうぞ」と声をかけると、扉を開けて入って来たのは彼女のいとこであるリエリス=キュンメだった。
彼女は小脇にプレゼントを抱え、少しすまなそうな表情で話しかけてくる。
「サーラ、遅くなってごめんなさい。15歳のお誕生日おめでとう。それと、大人になった事もめでたいわね。よかったらプレゼントを受け取ってくれる?」
意外な人の登場に、サーラは急いで彼女の前に駆け寄る。
「リエリス姉さま、来てくださるとは思いませんでした。だって、研究がお忙しいって聞いてましたから」
リエリスからプレゼントを受け取りながら、サーラは親しみを込めた笑顔を浮かべる。
その表情を見たリエリスも、満足そうに笑う。
「遅れておいて言うのもなんだけど、研究なんかよりあなたの成人祝いパーティーの方がずっと大事よ。その黒いドレス、サーラの髪色に合わせたの? ブローチも素敵だし、本当にとっても似合っているわよ」
「…ありがとう、リエリス姉さま。来てくれて本当に嬉しい」
サーラとリエリスは血のつながりこそないが、いとこ同士である。
サーラの父親が、リエリスの祖父の前妻の連れ子であり、その後に祖父の養子になったので、家系図だけでいうと相当近い関係だとは言える。
この世界での人間族の家族は、片親と血が繋がっていないなんてざらなので、サーラとリエリスにもその辺のこだわりは無い。
何より2人は年が近くて、実家が近所同士の幼馴染の関係で、小さい頃はよく一緒に遊んでいた。
今でも実の姉妹に見紛う程に仲が良くて、1人っ子であるリエリスや、姉がいないサーラにとっても、2人はお互いを大切に思っている兄弟同然の関係である。
「ねえ、リエリス姉さま。プレゼントを開けてもいいかしら?」
「もちろんよ。間違っても武器なんかじゃないから安心して開けなさい」
サーラは慎重に包装紙を破り、ドキドキしながらプレゼントの中身を確認する。
それは、黒い革製のポーチ付きの化粧品セットだった。
サーラは流行には疎いので、どの程度の品物なのかは解らないが、リエリスが選んだのだから高級品に違いないだろう。
「ありがとう、リエリス姉さま。でも私、お化粧の仕方が分からない」
「そんなの私が教えてあげるわ。それに、化粧の仕方を書いてある教本もポーチの中に入っているから心配しなくていいわよ。私が使っている商会の新製品だから、あなたはもっときれいになれるわ」
サーラは自信なさげに、化粧セットに目をやる。
「本当に、私に化粧なんて似合うでしょうか? リエリス姉さまみたいに美しくも女性らしくも無いし、ガサツな女が塗りたくっても笑われるだけかもしれません」
「何言ってるのよ、あなたは綺麗だし魅力的よ。私の自慢の妹だもの」
そう言った後に、リエリスは何かを思い出したように、整った美しい表情をわずかに歪める。
「…本当はね、今日のパーティーの前に来て、サーラに化粧をしてあげたかったのよ。だから早く帰るつもりだったのに、ダリス教授が色々と難癖を付けて来て、なかなか抜けられなかったのよ。今日があなたの晴れの日じゃなかったら、間違いなく大喧嘩していたと思うわ。私のギフトを便利に利用するだけならともかく、私の予定を知っていてわざと仕事を押し付ける根性悪だとは思わなかったわ。もう必修単位は取ったから、これ以上、がめつい男とは関わるつもりはないわ。だから、8月からは普通の専門院生に戻ります」
リエリスは、今在籍しているの理化学系専門院に入学してからは非常に忙しかった。
特にこの半年間は、研究室に缶詰め状態になっていて、ほとんど休みが取れなかった。
彼女の言うように、『予測』ギフトをダリス教授の研究に利用されていたからだ。
まだ1年生という事もあり我慢に我慢を重ねて来た彼女だったが、今回の事で完全に見切りをつけたようである。
大よその事情を理解したサーラは、期待を込めてリエリスに確認する。
「それではリエリス姉さまは、以前と同じように時間が取れるのですか?」
「ええ、そのつもりよ。この1年で専門院での力関係はつかんだから、もう猫かぶりはやめても大丈夫。それに、サーラは後半年で卒業だもの。あなたが軍に入隊したらネオジャンヌを離れるんだから、それまでは前みたいに会いましょう」
サーラはニッコリ笑って答える。
「はい、リエリス姉さま。私、色々と報告したかった事があるんです。時間があるならお話しましょう。よかったら座ってください」
「そうさせてもらうわ。私もサーラと話したかったのよ」
久しぶりに会った2人は立ち話をやめて控室の席に座り、それからもおしゃべりを続けるようだ。
リエリスから貰ったプレゼントは、他の物とは別にサーラの手荷物と一緒に置かれている。
どうやら、これだけは自分で持って帰るつもりらしい。
サーラがここで業者が来るのを待っている事を告げると、リエリスは疑問に思った事を質問する。
「…ところで、おじ様達はどこに行ったの?」
「仲間たちと飲みに行っちゃいました。多分、今日は帰って来ません」
「…相変わらずみたいね。…ねえ、それなら今日は久しぶりにサーラの家に泊まれないかしら? せっかくの成人の日に、1人きりなんてつまらないわ」
「はい、…ふふっ、何だかすごく久しぶりです。姉さまが、ウルルス高専に入学してからは1度もなかったですもの」
「もうそんなになるかしら? でも、私のマンションには遊びに来てくれたじゃない」
「あの時は、泊まっていませんもの。…それよりリエリス姉さま、私もネオジャンヌで成年自立手当の申請をするつもりなんです。正式に決まったら遊びに来てくださいね」
「もちろんよ。その時はお泊りさせてもらいます」
2人は顔を見合わせて笑い合う。
それからも話題は尽きないようで、今まで会えなかった時間を埋めるように楽しく話している。
ただ、話し始めてから5分程経つと、リエリスはサーラのしゃべり方に違和感を覚えたようだ。
「…ちょっとびっくりしちゃった。半年前までは、これだけ話していると男口調になっていたのに、もうすっかり大人の女性ね。何だか信じられないわ。まあ、私は両方のサーラが好きだからどっちでもいいんだけどね」
サーラは少しはにかむような表情をする。
「最近は使い分け出来ているんです。でも本当は、姉さまの前だから気合が入っているだけなんですよ。…軍隊に入ったら元に戻るんじゃないかと心配してるんですけどね」
女性特有のカンの良さでリエリスはピンと来たようだ。
「何か心境の変化でもあったの? 例えば恋人が出来たりしたとか?」
「そんな人いません。…少しいいなと思っている人はいますけど、上手く行っても半年で別れなきゃいけないんですもの」
自分の予測が当たっていたリエリスは、興味深そうな顔をして少し身を乗り出す。
「なんだ、やっぱりいるんじゃない。どんな人なの?」
「…内緒です。告白する気はありませんから、姉さまにも言いません」
「…まあそうよね。遠距離恋愛は難しいからその方がいいと思うわ」
「そうですよ。もう私の話はいいですから、リエリス姉さまの事を話してください。そもそも、恋人が出来るのなら年上で時間制限が無い姉さまの方が先でしょ?」
「あら、言うじゃない。でも色っぽい話は無いわよ。専門院で何人かに告白されたけど、いい男はいないかったわ。だいたい、この1年は本当に忙しくてパートナーとも別れたくらいなのに、それどころじゃなかったのよ」
それを聞いたサーラは驚く。
それならリエリスは、現在完全フリーだという事になる。
彼女ほどの女性がそんな状態だとは、自分の想像以上に忙しかったのだろう。
「…恋人はともかく、パートナーくらいは早く見つけた方がいいですよ。リエリス姉さまぐらい魔力値が高いと病気になりかねませんよ。いっそ、斡旋所を利用されて見てはいかがですか?」
リエリスは、わずかに表情を歪める。
「私、あまり斡旋所は好きじゃないのよ。下手な相手を紹介されると断るのが面倒なだけだしね。それに、定期的に放出魔術を使っているからとりあえずは大丈夫。焦らないでいい人を選ぶつもりよ。…でも意外ね、あなただって学生プレイクラブはプレイの場所を利用する目的で入っていたんじゃなかったの?」
「はい、確かにそう思っていたんですけど、いい出会いがあるかもしれませんよ?」
「あらぁ? そんな事を言うサーラは、いい出会いがあったのね? さっきからサーラには男の影が見えるわよ。もう観念して話しちゃったら?」
ここまで分かりやすいと、彼女の『予測』ギフトを使わなくてもサーラに気になる男性がいるのは予測できる。
リエリスだって若い女の子だから、コイバナには興味がある。
ましてそれが、妹同然の相手の事なら尚更だろう。
瞳の中にお星さまをいくつもこしらえて、リエリスがにんまりと笑いながら質問するのは当たり前の反応だ。
だが、サーラだって相手の事をペラペラしゃべるような口が軽い女性ではない。
「ですから、内緒です。さっきも言ったように、私は後半年でネオジャンヌを離れるんですよ」
「そんなの関係ないわよ。後半年もあれば、何がどう転ぶかなんて解らないわ」
「…リエリス姉さま、さっきと言ってる事が違いますよ」
「あくまで推測だけど、あなたが気になってる男性は、最近学生プレイクラブで知り合ったパートナーってことになるわね。サーラの性格からいって、斡旋を受けていないはずだから、たまたま知り合ったの可能性が高いわね。そんなロマンチックな出会いがあるなんて、まるで恋愛小説みたいじゃない?」
「…姉さまの言う様な、そんないい関係じゃないんです! まだ正式なパートナーにもなっていないんですから!」
「…どういう事なの? 確かに若い内はそういう関係も多いけど、サーラはそんなタイプじゃないでしょ?」
急に厳しい表情になったリエリスを見て、サーラはあわてる。
自分とケンとの関係を事細かく言うつもりはないが、彼が自分の大切な人に誤解されるのは嫌だ。
ともかく誤解を解こうとして、彼の名前を伏せて1カ月半前の突然の出会いから、臨時パートナーになるまでをかいつまんで話すと、リエリスは納得した様だ。
「…なるほどね、お互いに事情があるから妥協したって訳ね」
「そうなんです。私は半年間だけだし、相手も魔力値が高くてパートナーを1人に絞れないから丁度いいかなって思って」
「サーラの相手はウルルス高専生?」
「…言いません」
「あら意外、あなたの性格からしてエリートは嫌いだと思っていたのに、そんなにいい男なの? 一体誰かしら?」
「…リエリス姉さま、もうこの話はやめましょう」
「どうして? 何なら協力してあげてもいいわよ?」
「彼に迷惑がかかります。今日だってパーティーに参加するのを遠慮した程、奥ゆかしい人なんです」
「…それって、単に不誠実なだけなんじゃないの?」
「そんな事ありません。不誠実なら前の日にわざわざ手作りのプレゼントなんてくれません。いくらリエリス姉さまでも、知りもしないで悪く言わないでください」
サーラが大事そうに胸元のブローチを握りしめる姿を見て、リエリスの頭の中の全てのピースがそろった。
「…ケン=マッケンジー」
その名を聞いたサーラの両肩がビクッと震える。
考えてみれば、リエリス相手に隠し切れるはずなどなかった。
ついに観念したサーラは、正直に頷いた。
「そういえば、ケンは最近まで生徒会メンバーだって言ってました。リエリス姉さまが知ってて当然ですね」
「…へぇ~、マッケンジー君、生徒会を辞めたんだ」
「そう聞いています。…あの、姉さま、何か怒ってませんか?」
「私が? そんな訳ないじゃない。だいたいマッケンジー君とは、彼の家庭教師を通じて知り合っただけ。すごい偶然もあるなって驚いているだけよ」
そうは言っても、明らかに雰囲気の変わったリエリスを見て、サーラは恐る恐る質問する。
「…あの、ケンと何かあったんですか?」
「何も無いわ。そもそも彼は問題児だったし、学校で話した事も無い関係なの。もうこの話はやめましょう。あなたの言う通り、後半年だけの事だしね」
それからしばらく気まずい雰囲気が流れたが、すぐにイベント会社の担当者が控室に顔を出して、この話はうやむやになった。
その後、サーラとリエリスは約束通りサーラの実家に泊まったが、これ以上ケンの話が2人の間で話題に上る事は無かった。




