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第73話 ケンの臨時パートナー


初対面の女性から、『今日はもう帰ったら?』と言われたケンは、「そうします、わざわざ親切にありがとうございました」と素直に応じてソファーから立ちあがる。

元々そのつもりだったし、彼女が親切心から言っているのも解っていたし、悪い噂がこれ以上広がらないようにする為にもその方がいいと思ったからだ。



ケンは玄関入り口のホールを抜けて、学生プレイクラブの建物の外に出る。

まだ日は沈んでいないから、午後6時は過ぎていないはずだ。

駅に向かう方向の歩道を歩いていると、「ちょっと待って! そこの君!」と呼びとめる声がする。

ケンの周りには誰もいなかったので振り向くと、さっきの名前も知らない女性だ。


(何の用だろう? 鞄も持ってるし、忘れ物って訳でも無いよな)

学生プレイクラブの入り口からは100m以上は離れているので、わざわざ追っかけて来たのだろう。

不思議だとは思ったが、彼女が来るまで待つ事にする。

ようやく追いついた彼女は、ケンの前に立つとその顔を見上げる。

10cm近い身長差があるから自然にそうなってしまうだけだが、人間族の場合は性別により身長差は無いから、ケンが平均より5cmほど高く、彼女が5cmほど低いというだけだ。


「…ずいぶんと歩くのが速いのね。追いつけないかと思ったわ」

言われてみれば、かなり早足で歩いていたような気がする。

少し感情の制御が出来ていなかった事に気付いて反省する。


「何か用ですか?」

「…ちょっと気になっちゃって。噂みたいな悪い人ではなさそうだから」

「僕は、悪い噂を流せるほど彼女達と話してないんですけどね」

「どうしてそんな風になったか、その理由が気にならない?」

「…少しは、でも、わざわざそれを言う為に追いかけて来たんですか?」

「ええそうよ。年長者としては連れだした手前、最後まで世話するのは当然よ。あなた、多分だけど学生プレイクラブの初心者でしょ? それなら、これ以上悪い噂が広がらないように、他の会員たちに説明した方がいいと思うしね。だから、失敗は気にせずに戻りましょうよ」


そう言われても、今更あの場所に戻る気は無い。

いくらなんでも、彼女の手を煩わすのは気が引けるし、何よりカッコ悪い。


「それは遠慮しておきます。あなたにも迷惑がかかりそうだし、考えてみれば、人の悪口を言う女性は好きじゃないんです。悪い噂が広がっても、他の場所で斡旋あっせんを利用すれば、多分何とかなりますよ」


彼女は、ケンの意見を聞きながら考え込んでているようだ。

ウルルス高専生と比べれば少し反応が遅いので、それほど頭の回転は速くないらしい。


「……言われてみればそうよね。あなた、思ったより頭がいいのね。それに、人の悪口を言う女性が嫌いなのは同感ね。初対面の人を相手に言うなんて尚更だわ。だけど、そんな事を言ってたらパートナー選びは苦労するわよ。人の悪口を言わない女性の方が少ないんだから」


その意見には納得だ。

ケンは、他人の悪口を楽しそうにしゃべっている人を見ると、(何が楽しいんだ?)と、思ってしまう性格なので、自分からは滅多めったにその陰口に参加する事は無い。

だけど、それは人のさがだとも思っているので、それだけで友達を軽蔑したり選んだりはしない。

今回の場合だって許容範囲内だったから、ただの断る口実である。

でも、彼女には通用しないようなので、はっきりと告げる事にする。


「あなたの言う通りですけど、今からロビーに戻っても逆効果だと思いますよ。結局、僕が情報を隠していたから起こった問題です。明日になれば解決しているから、今日は帰った方がいいと思います」

彼女は感心した様子でケンを見る。


「…わかってるじゃない。でも、それだけが理由じゃないわ。だけど理由は街中じゃ話せないし、あなたが素性を明かす気も無いのにロビーに戻るのもまずいわね。

 …いっそ、クラブの個室で話さない?」

大胆な提案に、ケンは思わず聞き返す。


「いいんですか? あなたもパートナーを選びに来たんでしょ? 変な噂が立つかもしれませんし、部屋では僕と2人きりですよ?」

彼女は自信たっぷりに頷く。


「私にも事情があるから気にしなくていいわよ。話が終われば、鍵を返せばいいだけだしね。それに、こう見えても私は士官学校生なの。ギフトもかなり強力だから、襲ってきたら返り討ちよ」

「いや、そういう意味で言ったんじゃないです。だいたい、女性を無理やりなんて獣人の犯罪者くらいですよ。…というより、確かに道端で話す内容じゃありませんね」

「そういう事ね。じゃあ行きましょう。くわしく解説してあげるから」

「…お手柔らかにお願いします」



結局、ケンと彼女は、今来た道を引き返して行く。

何とも不思議な展開になったが、わざわざ彼女が自分がモテない理由を教えてくれるなら断る理由など無い。

多分だが、彼女はお節介焼きの学級委員みたいなタイプなのだろう。

そういえば、ハイドもそういうタイプだ。

よほど自分が頼りなく見えるのかと思い、ケンは内心で苦笑する。



学生プレイクラブの入り口のホールに着くと、彼女は突然立ち止まる。

「…そういえば、まだあなたの名前を聞いてなかったわね。私はサーラ=キュンメ、14歳よ」

そう言って、彼女は赤のカードを差し出す。

初めて見るが、自分の持つ青のカードと色違いなので、女性用の会員証に間違いないだろう。

だが、そんな事はケンにとってはどうでもよかった。


(今、キュンメって言ったよな? 以前一人っ子だって聞いたし、全然似てないから兄弟って事は無いと思うけど親戚か何かかな? キュンメさんの一族は有名で数も多いはずだから、その可能性が高いよな)

ケンはパニックになった思考を頭の端に追いやって、新たな並列思考でポケットから青色の会員証を取りだす。


「ケン=マッケンジー、13歳です。キュンメっていう名字と士官学校生という事は、あの有名なキュンメ家の人ですか?」

「そういう事ね。でも家は傍系ぼうけいなのよ。私はお嬢様なんかじゃないから、気にしなくていいわよ」


あっさりそう言い放つ彼女の言葉を聞いて、ケンは少し安心する。

リエリス=キュンメは直系のお嬢様で、キュンメ一族は数も多いから、例え知っていても顔見知り程度の可能性が高い。

2人の関係を確認しようかとも思ったが、どうせこの場限りだし、今更ウルルス高専生だと名乗るのも違う気がする。

これ以上の思考を打ち切って、ケンは彼女に話しかける。


「確か事務室で鍵を受け取るんでしたよね? 初めてなんで、段取りがよく解りません」

「まかせて、その辺りも解説してあげるから」

彼女はにっこりと笑うと、事務室の方に向かって歩き出した。


事務室は、さっき会員登録した総合案内所の横にあり、中は広くて日本の市役所の出張所の様な造りになっている。

カウンター向こうには5人の事務員が音話をかけたり事務仕事をしていて、手前には数脚の長椅子が置いていて、4人の会員がそこに座っている。


サーラはカウンターには向かわずに、右横の壁にずらりと並べられた番号札を取りに行く。

「この番号は部屋番号に対応しているわ。下に番号札がなければ使用中って訳よ。使用申請書を書いてから番号札と会員証を貸し出し窓口に持っていけば、鍵を貸し出してもらえるの。部屋の造りは大差ないからどこも変わらないけど、角部屋は窓が大きいから避けた方が無難ね」


彼女の小声での説明や行動をケンはすぐ横で見聞きしている。

生き生きと話す姿を見ると、かなりの説明好きの様だ

サーラは303号室の番号札を手に取ると、今度は使用申請書が置いてあるカウンターテーブルに向かう。

ケンは、特に質問も希望する部屋も無いので、完全に彼女に任せて後に付いて行く。


「使用申請書には、会員番号と名前と使用開始時間を書くのよ」

サーラは使用申請書に必要事項を書き込むと、ケンに手渡す。

彼が書き終わると、2人は最後に貸し出し窓口に向かい、事務員から303号室の鍵を受け取る。


「ね、簡単でしょ? 後は鍵を返しに来て、壁に番号札を掛ければそれでおしまい。事務室が閉まっている場合は、入り口の横に返却ボックスが置いてあるから、明日中に返せばいいだけよ。さあ、部屋に行きましょう」


彼女にうながされて、ケンは事務室を出てから玄関ホール奥の階段に向かう。

3階に上がり狭い廊下に出ると、両隣りにはずらりと扉が並んでいる。

扉の間隔からいっても、部屋の広さはそれほどでもないだろう。

誘導看板に従って、303号室の前に着くと彼女は鍵を開けて部屋の中に入って行く。


部屋の中は真っ暗だったので、彼女が照明器具のスイッチを入れる。

明かりが付くとそこは、ケンが思った以上にシンプルな造りだった。

玄関横には、少し広めのバスルーム、短い廊下の突き当たりは8畳ほどのワンルーム。

小さな流し台と大きなダブルベットが置いていて、後は書棚や冷蔵庫小さなテーブルと2脚の椅子。

普通サイズのガラス窓には白いカーテンがかかっていて、本当にプレイだけの目的の部屋である。

ケンがワンルームの中を見回していると、「さあ、着いたわよ。何か質問はある?」とサーラが聞いてくる。


「着いたばかりだから何も思いつきません。キュンメさんから注意事項を言ってもらった方がいいと思いますよ」

「わかったわ、今から説明します」

彼女は何だかとても嬉しそうだ。

もう、説明好きな性格なのは間違いないだろう。


「まず、食べ物や飲み物の持ち込みは、お酒以外は許可されています。冷蔵庫は12時間のタイマー付きだから、使ってもいいけど忘れ物を残さないようにしなさい。バスルーム横のクローゼットにはシーツが置いてあるから、使用後は必ず交換する事。使用後のシーツは廊下にランドリーボックスが置いてあるから、そこに入れると1階の洗濯室に運ばれるわ。掃除は退室前に必ず行う事。何回か忘れたら退会になるから気を付けるようにね。後は、書棚にはプレイの教本が置いてあるから一度は目を通しておく方が無難ね。壁や床や天井には防音魔術陣が仕込んであるから、めったな事では声は漏れないわ。…こんなとこかしら、何か質問はある?」


「…特にありません。それより後1時間程で家に帰らなきゃいけないので、話を聞かせてください」

「1時間も話す内容じゃないけど、そうしましょうか」

ケンは彼女が椅子に座ったのを確認すると、鞄を持ったまま流し台の前に行く。


「何か飲み物でも入れますよ。流し台横の棚にあるティーカップは使っていいんですか?」

「しまった! 説明し忘れるなんて、なんという不覚。…もちろんいいわよ。でも、お茶っ葉なんて置いてないわよ。水道水でも入れるの?」

「それでもいいですけど、僕の鞄の中に紅茶の葉が入っています。それでいいですか?」

彼女は怪訝そうな表情で、流し台の前に居るケンに声をかける。


「マッケンジー君は、学校にお茶っ葉を持って行っているの? 何の為に?」

「もちろん飲む為ですよ。紅茶は淹れ立てが美味しいですし、ぜいたくは敵ですからね」

「…君は、戦争時代の人? 学校の喫茶室なら高くても一杯150ギル程度でしょ?」

「その150ギルで、並の茶葉なら3杯分は買えますよ。という訳なので、それほどいい紅茶じゃないんですけどね」


ウインクしながらそう言って、ケンは備え付けのティーカップを2つ取り出し、水道で軽く水ですすぎ、流し台の上に置く。

それから、2人分の密封された紅茶の葉を鞄から取り出して左手に持つ。

見たところティーポットは無いようなので、物理結界を構築してその中に水道水を注ぐ。

水を一気に沸騰させて、その中に紅茶の葉を入れると、えぐみが出ないように優しく対流させる。

茶葉が完全に開くと、辺りには何とも言えない良い香りが漂う。

同時に、ティーカップを魔術で加熱させてから、茶葉を取り除いた琥珀色の液体を注ぐ。

お盆も受け皿も無いので、ティーカップを手で持って、彼女の待っているテーブルの上に運ぶ。


「どうぞ、粗茶ですが」

「…君はいったい何を考えている?」

彼女の怒りを含んだような声が、彼の耳に届く。

怪訝そうな表情で、彼は聞き返す。


「はい? 紅茶は嫌いでしたか?」

「そうじゃない! 見事な魔術の腕じゃないか!」

「ありがとうございます。それより、何でキュンメさんは怒ってるんですか?」

「いいから座れ!」


すっかり口調の変わってしまったサーラに戸惑いつつも、ケンは大人しく着席する。

何で怒っているか見当もつかないが、機嫌の悪い女性相手に逆らうのは賢明な判断ではないだろう。


「君は、本当に13歳か? いや、馬鹿な質問だった、忘れてくれ。さっき会員証で確認したばかりだったな。

 …別に、私は怒ってはいない、呆れているだけだ。魔力視で見せてもらったが、君の魔術は繊細で美しすぎる。まるで高齢者並だぞ」

「それはオーバーですよ。こんなの慣れですって。誰だってやっていれば出来る程度の魔術ですよ」


ケンの言っている事は嘘では無い。

彼は、何も特別な魔術は使っていないし、それほどの繊細な魔術を行使しているつもりも無かった。

彼女が魔力視の魔術を行使している事は気付いていたので、そう思っていなければもっとずさんな魔術行使をしていただろう。

これは、彼の周りが特別過ぎて、一般のレベルを遥かに超えている事に彼は気付いてはいない訳だが


「君は私をからかっているのか? 士官学校の生徒でも、そんなすごい腕は持っていない。それにそんな繊細な行使が出来るなら、何故さっき、ロビーで魔術を使わなかった? 例え素性を明かせなくても、女性達に魔術の腕を見せていれば、パートナー選びに苦労する必要も無かっただろう」

「…だから、意味が分かりません。魔術の腕とパートナー選びが何の関係があるんですか?」


ケンの答えに、サーラは絶句する。

重大な思い違いをしていたかもしれないと気付いたからだ。


「…もしかしたら君が言う初心者とは、プレイ自体が初心者なのか? 今までパートナーを持った事も無いのか? 失礼だが、君の慣れた様子からはそんな風には見えなかった。私は君の最大魔力値は解らないけど、それほど高くないって、『治癒』ギフト持ちの子が言ってたはず。…君は一体何者なんだ? 何か隠しているのか?」


ケンはどうするか迷う。

今更ウルルス高専生だと隠す必要も無いが、全て明かす必要も無いだろう。

それなら、表向きの設定の話をすればいいと判断する。


「僕の場合は、ちょっと特殊な病気にかかってたんです。最近まで魔力体が安定してなかったのも本当ですし、パートナーどころかプレイも未経験なんです。確かに最大魔力値は高いですけど、そんなのプレイに関係ないですよね?

 …それより、キュンメさんの口調の方が気になります。もしかして、それが素ですか?」

彼女はようやく気付いたようで、あわてて取りつくろう。


「しまった! …おほほほ、そんなことはありませんのよ。マッケンジーさんの勘違いですわ」

「…キュンメさん、もうキャラクターが無茶苦茶になってますよ。無理に女性っぽい口調にしなくても、別にそのままでいいんじゃないですか?」

彼女は余計にびっくりした様子で身を乗り出して、ケンの表情をまじまじと見つめる。


「…本当にそう思うか? みっともないとか変とか思わないのか?」

「少なくても、みっともなくも変でもないですし、無理するよりはいいと思います。…まあ、上流階級の女性なら気にする必要があるかもしれませんけど、今は2人きりですよ」

「…君はいい奴だな」


彼女は表情を軟らかくして、力を抜いて椅子に深く腰掛ける。

それから彼女は紅茶を一口飲むと、「…美味しい。いい腕だ」と言って笑う。

ケンも紅茶に口を付けながら、無言のまま彼女が話し出すのを待つ。

サーラは、紅茶を十分に楽しんだ後に、ポツリと話し始める。


「何から話そうか? …まず、私の事情は簡単なんだ。うちの家は軍人のたまり場だったし、小さい頃からガサツな両親に育てられたから、どうしても男言葉が抜けない。その上、もう4年以上も士官学校に通っているから、直そうとしてもなかなか直らない。気を付けてはいるんだが、感情が高ぶると、ついいつもの口調に戻ってしまう」


「士官学校では問題ないんでしょ? 軍人になるんだったら、無理に治す必要もないんじゃないですか?」


「君はアホか。ここはパートナーを選ぶ場所だぞ。ガサツな女は嫌われるんだ」


なるほど、彼女も苦労しているのだろう。

ケンは彼女の声の艶やかさだけでも十分女性らしいとは思うのだが、男達の中には口調にこだわる人もいるかもしれない。


「僕は、キュンメさんがガサツだとは思えません。そんな事を言う男なんて、パートナーにする必要も無いでしょ?」

彼女は辛そうに眉を寄せて、そのアイスブルーの瞳を揺らす。


「男性会員はそこまで言わないけど、奥のロビーは女を競う場所なんだ。ガサツだと言われると、やっぱり悔しい」

なるほど、女の敵は女という訳なのだろう。

男性の意見を無視して作った変なローカルルールに、何の意味があるのかは知らないが。


「納得は出来ませんけど、ここにはここのルールがあるって事ですね」

ケンに慰められたサーラは、少しバツが悪そうに話題を変える。


「そうだよ、…私の事はもういいよ。ともかく、君の問題点を話そう。

 素性を明かせない理由があるなら、パートナーの斡旋あっせんを受けた方がまだましだ。下手にしゃべれば墓穴を掘るから、少しくらいは我慢して待つ方がいいんだよ。それが嫌なら、言葉じゃ無くて自己アピールをして、認めてもらうしかない」


「言葉じゃない自己アピールってどうするんですか?」


「代表的なのは、ダンスとか魔術とかで異性に力を示すんだよ。奥のロビーに板張りの場所があっただろ? あの上で自己アピールすれば無口な者でも認められる」


「なるほど、口が苦手なら体や魔術で勝負しろって訳ですか」


「そこまで極端ではないけど、間違ってはいないよ。本当はそんなのはプレイには関係ないけど、特に女性の場合は友人の目を気にするからね。簡単言うと、理由付けが必要なんだ。話していて楽しいとか、魔術が得意だからとか、ダンスでのリードが上手いとか、…つまらないプライドだけどね」


なんというか、ケンとしては呆れてしまう。

もっと素直に好き嫌いで決めたっていいだろうし、プレイとは直接関係の無い理由なんて自己満足なだけだとは思う。

でも、少し納得出来ないのは、何人かの女性とは楽しく会話が出来ていた事だ。

『また今度ね』なんて言われて断られたが、何がまずかったのだろうか?


「つまり、僕の場合は選んでもらうはっきりした理由が無かったって訳ですか? 一応、会話では頑張ったんですけど、何が足りなかったんでしょう?」


「君の場合はまた別だよ。詳しい事情は知らないけど、変態扱いされていたからな。その上、君の服装がよくない。あの場所では、特に初心者は目一杯オシャレして来るのが普通だよ。つまり、君は変態の貧乏人だと思われた訳だ。そんな奴、よほどの理由がなければ選べないだろう?」


ケンは自分の服を引っ張ってまじまじと見る。

確かに安物だが、清潔にしているし自分では気に行っている。


「だったら仕方ありませんね。変態はともかく、貧乏人は本当ですから。それに、人の性癖を悪く言うくらいなら、変態で構いません」


「一体何があったんだ? 私は、君に声をかける5分前くらいに来たから、何があったかはよく知らないんだ。よければ詳しく事情を聞かせてくれ」


ケンは、始めにロベルタに声をかけた事や、その後に彼女の悪口を言う女性を軽くたしなめたり、話題を変えたりした事を説明する。


「…なるほどね。君は性癖を確かめられたって訳だ。それにしても君の言うように、人の性癖を悪く言うのは良くない。そんな風に思う事自体が子供っぽいって事に気付かないんだろうな。ロベルタはもうすぐ15だ。大人の仲間入りをすれば、そんな苦労をする必要は無くなるさ」


「それならよかったです。でもいいんですか? 僕がそんなレッテルを貼られているなら、キュンメさんにも変な噂が立つかもしれませんよ?」


「そんなの関係ないよ。実は、私のギフトは『拘束』なんだ。だから、彼女の性癖は別として、何となく肩を持ってしまうんだ。それに、私もロベルタと同様に後1カ月で15になる。成人後はここを卒業だから、そんな子供っぽい噂なんて何の意味も無い。それに悪い噂と言っても、外に広がる事は無い。そんな事をこの場所以外で言えば、逆に馬鹿にされるからな」


ケンは彼女の事情を理解した。

自分が孤立する可能性を理解した上で、後1カ月だと割り切って、何の得にもならないのにケンを助けてくれたのだろう。

やっぱりサーラ=キュンメはいい女だ。

そんな彼女をこれ以上、自分に付き合わせるのは悪いだろう。


「それで僕に付き合ってくれたんですか? ありがとうございます。色々勉強になりましたし、納得出来ました。僕はもう帰りますから、キュンメさんは早くパートナーを見つけてくださいね」


ケンが立ちあがろうとすると、「せっかくだから、もう少し話さないか?」とキュンメが声をかけてくる。

少し迷ったが、時間もあるし、彼女の事を気に行った彼にも異論は無い。

だが、次に彼女が言った言葉は、彼の予想以上の内容だった。


「実はね、私は最近パートナーと別れたばかりなんだ。その人は、この7月に卒業してネオジャンヌを離れるから、少なくても私は士官学校を卒業するまでの半年間のお相手を探す必要がある。それまででよかったら、私のパートナーになってくれないか?」


嬉しい申し出だが、ケンの今の状態では断るしかない。

誤魔化す事も出来るが、ここまで言ってくれる女性に嘘は良くないだろう。


「すいません、僕は今、常に発情している状態なんです。特定のパートナーに決めるなんて出来ないんですよ。下手したら1年以上はこの状況が続きますから、キュンメさんの相手にはふさわしくないと思います」

彼女は少し驚いた後に、感心した様子でケンの全身を眺める。


「…噂話で聞いた事がある。マッケンジー君は、どれだけ最大魔力値が高いんだ? 私は1200程度だけど、そんな事は無かったよ」

「女性でそんな人は、めったにいないはずですよ。男特有だって医師から聞いてます」

ケンにそう言われて、彼女は腕を組んで考えている。

しばらくすると、妙にさばさばした様子で話し出す。


「考えてみれば、ちょうどいいかもしれない。私がこの街に居るのは後半年だけだし、常にプレイ出来るなら、発情周期を合わせる必要も無い。正式なパートナーにならなくても問題ないよ」

その思い切った決断にケンは驚く。

成人した後に特定のパートナーを決めない事は、あまり良い事とはされないからだ。

それでも20歳くらいまでなら許されるが、上流階級なら問題になる可能性はある。


「気にならないんですか? それに、ご家族の方が気を悪くされるかもしれません」

「家族はそんな細かいこと気にしないよ。私以外のパートナーがいるのは少し気に入らないけど、それ以上に私はマッケンジー君が気に入ったんだ。私の男言葉を馬鹿にしなかったし、ロベルタの悪口を言わないのが最高だ。

 …私は彼女が悩んでいた事を知っている。彼女の陰口を叩く奴なんかより、君の方がよっぽど誠実だと思う」


ケンは、そこまで言ってもらえてすごく嬉しかった。

さっきまで、モテないと落ち込んでいた気分が嘘のようだ。


「キュンメさん、ありがとうございます。でも、魔力体の相性が合わないければ、半年間どころか1度で終わりにしたほうがいいですよ」


「…それは、了解のサインと受け取るわよ。ともかく、相性を確かめる必要がある事は間違いないんだから、観念しなさい」


急に女性の口調に戻ったサーラだが、本人は気付いていないみたいだ。

彼女の体のどこかのスイッチが入り、思考が切り替わったのかもしれない。

ケンは、プレッシャーを感じて居ずまいを正す。


「よろしくお願いします。初心者なんでご迷惑をかけるかもしれませんけど、…出来ればお手柔らかにお願いします」


「お姉さんにまかせておきなさい。私は説明が得意だから、色々なプレイを教えてあげられるわ。楽しみにしていなさい」


そう言って、彼女は非常に女性っぽい妖艶な微笑みを浮かべた。

ケンは、女郎蜘蛛の巣にとらわれた獲物のように身震いし、(ヨシト先生に、帰るのが遅れるって音話しなきゃな)、なんて事を考えていた。




その後はどうなったかといえば、2人の相性は良かったみたいで、帰りに早速事務室に寄って9日後にプレイの予約をした様だ。

それからの関係は、彼女の都合がいい日に合わせて、週に1,2度のペースでプレイをしている仲の良い臨時のパートナーである。

サーラ=キュンメの男口調も、ケンのおかげかどうかは知らないが、少しは改善しているみたいである。


このようにして、ケン=マッケンジーは確実に大人への階段を上っている。

1つだけ間違いない事実は、彼の悪運が極めて高い事だろうか?


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