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第69話 能力値強化の結果


ウルルス高専の後期期末試験の日程が終わると、校舎全体を覆っていた独特の重苦しい雰囲気は無くなり、学校内は和やかな雰囲気に包まれていた。

それは、3年8組の教室も同じで、このクラスからは落第者が出なかった事がクラスメイト全員の気持ちを更に明るくしていた。


ケン=マッケンジーはクラスで下から3番目の成績だったが、予想以上に学科成績は上がっていたので、やりきった充実感はあった。

もちろんこれはケンの日頃の努力の成果だが、ハイド=ノワールの的確な試験予想のおかげでもあり、学科成績1割アップの恩恵を始めて受けた事も含め、ケンは彼に密かに感謝していた。


だから友人にささやかな恩返しの意味も込めて、彼はしばらくの間は、生徒会に顔を出す事に決めていた。

約束の半年は過ぎていたが、まだ後任は決まっておらず、ケンは生徒会のサブメンバーのままだったので、詳しい事情を知る生徒会メンバー以外には、ケンが生徒会をやめる事は知られてはいない。


このままズルズル行きそうな雰囲気だが、7月に入るまでには後任を決めるとハイドが約束しているので、ケンは全く焦ってはいなかったし、約束の半年が過ぎていても全然こだわりは無かった。

どんなに遅くなっても3年生が終わるまでの事だし、生徒会での人間関係はともかく、活動自体は楽しかったからだ。

特にこれから1カ月くらいは、試験勉強から解放された生徒達がクラブ活動に最も精を出す時期だし、今までやってきた仕事の内容を新しいサブメンバーに引き継ぎ出来る時間が出来たともいえるので、少しくらいの延長は丁度いいだろう。



そんないつもと大して変わりばえのしない6月の初旬の朝の5時30分、

ウッドヤット家の4階のゲストルームで、いつもと変わらない時間に目を覚ましたケンは、ひどい違和感に襲われていた。


(なんだなんだ? 僕の体はどうしたんだ?)

何というか、集中力が無いというか、ムラムラするというか、下半身にひどい違和感があるというか、…思わず、その違和感を右手でつかむ。

一言でいうと、下半身の一部が元気だった。


(…これは、魔力体が安定したんだろうな。そろそろだとは思っていたんだけど、実際になってみると不思議な感じがするな。でも、いきなり発情するなんて聞いて無いぞ)


つまり、性欲が出て来た訳である。

少し前のハイドの一件もあり、比較的冷静に状況を理解したケンは、とりあえず顔を洗って服を着替えようとベットから起きて、メゾネットタイプの1階部分にある洗面所に向かう。

いつものように朝の支度を済ませると、元気だった部分は元に戻っていたが、何だか下腹に違和感がある。

このまま放置するのはまずいと思ったので、彼はトイレに行き、放出魔術を使って生殖器に溜まった魔力を放出する。


初めて経験するその感覚は、何とも不思議だった。

熱い塊が体からスッと抜けるようで、決して気持ちよくは無い。

だが、完全に出し終わると、ムラムラした気分は治まり、いつもと変わらない感覚が戻る。


(さてと、どうしようか? …やっぱり先生に報告するしかないよな)

ヨシトはこの時間は寝ているので気が引けたが、出来れば学校に行く前までに色々と確かめておきたかった。

彼は内階段で3階に下りて、ヨシトの部屋をノックする。

二度三度繰り返しノックすると、ようやく寝ぼけた顔のヨシトが部屋から出て来た。


「…何だ、ケンか。こんな朝っぱらからどうした? 調子でも悪いのか?」

「魔力体が安定したみたいです。発情したから、放出魔術を使いました」


それを聞いたヨシトは、完全に目が覚めたようで、

「4階で待ってろ、すぐ用意する」と言ってドアを閉め、部屋の中に戻って行った。

ケンが日課のトレーニングをする朝のいつもの時間は、今日は能力測定になるようだ。



4階の10m四方はある、小さな体育館の様なトレーニング施設で、ケンは大人しくヨシトが来るのを待っていた。

10分もしないうちに彼が3階から上がって来て、早速、診察が始まる。

探索スキルを行使して、ケンの体を念入りに調べ終わるとヨシトは頷く。


「…間違いないな。完全に魔力体が安定している。枷が外れてから3年半なら、ケンの初期魔力値から考えても普通ってとこだな」

そういえばヨシトは、能力値強化をする時に、魔力体が安定するまでの2,3年の辛抱だと言っていた。

予想以上に強化が上手く行ったから少し遅れたのかもしれないが、個人差はあるし誤差の範囲内だろう。


「先生、僕に埋め込んでいる魔道具は、そのままで問題ないですか?」

ケンは一番気になっていた事を尋ねる。

その魔道具の効果は、検査をすり抜ける為に測定機械の数値を誤魔化す物だ。

しかも、魔力体が不安定な状態を病気のように見せかけて、ケンの持つ身体魔素の力強さを魔力視の魔術程度では見抜けないように制限する効果まで付いている。


「ああ、問題ない。魔力体が安定した以上、ケンの病気は完治したように見えるはずだ。それ以外は何も変わらない。相変わらずケンの能力値は10歳の時のまま成長して無いように見えるだろう。後で診断書を書くから、常勤の医師に提出しておくように」


それを聞いて安心したケンは、「確か正確な能力値を測りたい時は、魔道具に含まれている身体魔素をゼロに近付ければいいんでしたよね?」と確認する。


「ああそうだ、かなり複雑な魔術刻印を打ったから、度々たびたびやると素材が劣化するが、2、3回程度なら魔道具の性能に影響は出ない。ただし、2時間もすれば元に戻るから、測定は急いでやる必要があるな」

「じゃあ、今からやりますから測定をよろしくお願いします」

「そうだな、どうなったか俺も楽しみだ」


ケンが壁に掛かっている時計を見ると、時刻はまだ朝の6時過ぎだ。

測定は40分もあれば終わるし、その後に学校に行けば魔道具は効果を表しているので丁度いいだろう。

この魔道具を埋め込まれて以来、正確な測定をした事は無い。

ヨシトの目算によれば、最大魔力値は2000を超えているそうだが、ケンにはその実感は無かったので、心の中ではドキドキしている。


「行きます!」

ケンは、魔道具に含まれている身体魔素を思考力を使って放出する。

すると、体の中から力が湧きあがってくる錯覚にとらわれる。

彼は、自分の体が開放されて行くような不思議な感覚を味わいながら、同時にヨシトの造った魔道具の性能に驚く。

分かってはいたが、ケン自身にも自分の持つ身体魔素の強さを錯覚させていた事を改めて確認出来て、ヨシトの造った魔道具がいかに規格外な物かを実感したのだ。


続けて能力値測定が始まり、次々と測定用の魔術機械がケンの能力値を弾きだす。

最新式の魔術機械を使っているので、服を脱ぐ必要も無いし、肌身離さず付けている『水のお守り』は、そのまま首から下げていても測定誤差は無い。

ケンはヨシトの指示通りに、粛々(しゅくしゅく)と検査をこなして行く。

30分ほどすると全ての測定が終わり、ケンは緊張から解放されて大きく深呼吸する。


ヨシトが測定用紙がひとまとめにして束ねると、2人は床の上に胡坐あぐらをかいて座る。

いよいよ待ちに待った測定結果が知らされる。

緊張した面持ちのケンに対して、結果を知っているヨシトはリラックスした様子で話し始めた。


「まずはおさらいだな。魔素親和性には当然ながら変化が無い。でもケンの場合は、元々が人間族のトップクラスだし、自由魔素との親和性が高いから、数字以上の効果が出る。これは今更説明する必要も無いよな?」

「はい!」

ケンの良い返事に苦笑して、彼は続けて測定用紙を見ながら解説する。


「思考力2波は全般的にいい数字が出ている。特に思考波が強いな。恐らく人間族の最高クラスだろう。俗説だが、思考波は意思の強さを表していると書いてある論文もある。ケンの意思の強さは筋金入りって訳だな。ここまで強い思考波だと、意思付けがかなりの精度で出来るから、遠距離攻撃に特化できるだろう。最大到達距離は1200km程度だが、これが移送魔術の最大距離だと思っていい。普通のスキル持ちなら500km程が限界だから、かなりすごい数値だ」


ケンは、その解説にチェックを入れる。

ヨシトは、たまにだが嘘の説明をする。

ケンの理解力を確認する目的でやるのだが、これにきっちり反論しないと、馬鹿にされて悔しいから突っ込む事にしている。


「移送魔術は最大距離は、思考波の届く距離だけじゃありませんよ。移送結界が維持出来る距離ですよね」

「その通り! 発情していても、頭の回転は正常の様だな。ケンの自由魔素の親和性からいって、最大到達距離は多分1000kmが限界ってところだろう。つまり、スキル化すれば『移送』ギフト並の距離を稼げるって事になる。移送結界の最大直径も並の3倍以上は見込めるから、世界を旅する冒険者にとっては都合がいいな」


ヨシトはケンの答えに満足した様だ。

でも、これにもケンはチェックを入れる。

続けてブラフを言うヨシトは珍しいが、きっと浮かれているのだろう。


「それは嘘では無いですけど、前半の部分はあまり意味が無いですよね。スキル化した後の移送距離は平均500km程度ですから、一度中継すれば同じ事です。後半の部分も、普通に世界を回るだけならあまり意味がありません。でも、移送結界の大きさが重要な事は間違いないです。僕の場合は、スキル化した後なら小型飛空車ごと移送出来ると思いますので、それが最大の利点です」


「それも正解だ。…最近は優等生の答えばかりでつまらないな。意思が強いとか思考波が得意とか言われた事を素直に喜んだらいいのに。ちなみに、銅線ネットワークを使えばケンなら1200km遠方の相手に音話がかけられるぞ」


「でも、それは一方通行でしょ? 会話が出来なきゃ、伝報(電報)と大差ありませんよ」


「まあ、何かの役には立つよ。後は、狙撃魔術とかのマーキング出来る距離が伸びるし、思考波誘導を使えば、魔術の最大到達距離や精度も少しは伸びるぞ」


何ともピントのずれた解説だ。

さすがにヨシトの悪ふざけだとは思うが、一応められているのでケンは対応に困る。

こんな時は、話題を切り替えた方がいいだろう。


「先生、もう思考波の説明はいいですから、思念波の能力値を教えてください。そもそも、魔術の場合は思念波の方が大事ですよね?」


ヨシトは資料に目を通しながら、実につまらなそうな顔で、

「…思念波の方は普通より上だな。以上終わり!」


さっきとはあまりの違いに、ケンは思わずずっこけそうになる。

これは突っ込まざるを得ないだろう。


「普通って、何が普通なんですか? 具体的に言ってくださいよ」


「当然、人間族の熟練者の限界値の目安の事だよ。最大到達距離は1km程、固体通過距離は最大100m程。ケンの場合は1割程度上で、1,1kmと110mだ。ほらな、つまらないだろ? とても水精族のコミューンなんて探せないぞ」


そもそも、思考力の最大到達距離は、スキル化した場合の距離を表している。

つまり、ケンはいくつか簡単な魔術をスキル化していて、それが測定結果に表れているのだ。

だだし、戦争時代ならともかく、思考力の最大到達距離なんて何の意味も無い。

ヨシトがそれを解っていないはずは無いので、ケンは溜息をつく。


「岩山の中を探るなんて、先生みたいな思考念波の使い手じゃないと、そもそも無理ですよ。だいたい、思考力の最大到達距離なんて個人差はほとんど無いはずですし、それほど重要じゃないですよね。それに、大気操作魔術をスキル化してますから、先生に説明されなくなくても有効範囲ぐらい知ってますよ。どうせなら、この年で魔術をスキル化出来ているのを喜んでくださいよ」


「そんなのは、俺が鍛えているんだから当然だな。だいたいだな、一番得意なはずの操作系魔術でその程度なんて、逆にがっかりだよ。俺はケンと同い年の時に、スキル化していない魔術を行使していても、もっといい成績だったぞ。あれだけ無茶な能力値強化をして、限界地の1割アップ程度なんて実につまらん!」


「先生と一緒にされたらたまりませんよ! …もういいです。 次に行ってください」


ヨシトの言っている事は、無茶苦茶だった。

そもそも、それ以上伸びないから限界値と呼ばれているのだ。

あまり意味が無いとはいえ、それが1割も伸びているのは本来なら驚くべき事だと言える。


ケンが機嫌を損ねている様子を見て、ヨシトはニヤリと笑うと、頭をかきながら次の測定用紙に目を通す。

それが何だかとっても楽しそうで、ケンは更に機嫌が悪くなる。


「まあ、そんなに怒るな。次は魔素に関する操作力、変化力、展開力(伝達速度)、操作範囲や緻密ちみつさだけど、簡単に言うとケンはパワー型だな。操作力と展開力(伝達速度)はちょっと驚くほど強いが、変化力、操作範囲はかなり上程度で、緻密ちみつさは平均より少し上程度だ。魔術陣の構築速度もそれほど速くは無いから、敵を近付けない様な戦いをする必要がある。つまり、距離を取ってパワーでねじ伏せろって事だ」


その大雑把な説明に、ケンは怒りを通り越してあきれる。

その程度の事は、今更説明してもらわなくても知っている。

もう自分が、からかわれているのは間違いないだろう。


「…もういいです。後で自分で数値を確認しますから」


「なんだかノリが悪いな。最後は最大魔力値だが2525だ。これは、全体的な強化がかなり上手く行った結果だな」(文末参照1)


「えっ?」


思わず耳を疑う数値に、ケンは驚いて目を見開く。

最大魔力値が2500を超えるなんて、自分は天才ではないのだからあり得ない。

さすがに冗談だとは思ったが、突っ込む声が思わず上ずる。


「たった3年半で、そんなに上がるはずありません! 初期値の倍以上なんてあり得ませんよ!」


「嘘だと思うなら自分で確認してみろ」


ヨシトは、悪戯が成功したような表情で測定用紙をケンに手渡す。

始めからそうしてあげればよかったのに、相変わらず子供っぽいところがあるというか悪ふざけが過ぎる。

ケンは、食い入るように測定用紙を見る。

確かに、ヨシトの言った説明には何一つ嘘は無かった。


ケンが信じられず呆然としていると、ヨシトは身を乗り出してケンの肩をたたく。

ケンが見上げたその顔は、穏やかだが引き締まっていて、憎たらしいほど先生らしかった。


「今から注意点を言うぞ。まず、ここまで最大魔力値が高いと、きちんと性欲を発散しないとすぐに病気になる。それと、しばらくは無茶な運動はするな。特にカッとなって無茶な動きをすると、すぐに自滅する。俺は2000くらいを目途にケンの体質改善と肉体強化をしたけど、予想以上に魔力体が強化されたから、肉体が魔力体に完全に馴染むのには予定より時間かかるだろう。

 今までケンは、魔道具の影響で魔力体の強さを自覚出来なかったんだ。自然に思考力に歯止めが掛かっていた状態だから、ケンは意識せずに体の動きを制限してたんだよ。だが、一旦本来の実力を知った今では、全力で体を動かすと、肉体が耐えられなくなる。多分だが、10分以上全力で動くと、体中の筋繊維が切れて動けなくなるぞ。成人する頃までには解決すると思うが、それまでは自重するように」


ケンはヨシトの心配を理解した。

つまり、今までは魔道具のおかげで魔力体を正確に感じ取れず、擬似的にだが肉体にかせが掛かっていたのだろう。

そして、自分の力を知った今は、その枷が外れてしまった状態なのだろう。

自覚は無いが、それが余計に恐ろしいともいえる。

これからは、トレーニングする時も気を付けなければならないはずだ。


「…了解しました、肝に銘じます。ところで、前から聞きたかったんですけど、先生はどうなんです? 確か最大魔力値が1万を超えてましたよね。魔力体によって肉体が強化されるなら、先生ならもっと力が強くてもよさそうなものですけど」


「ケンは勘違いしているようだな。そもそも人間族の場合は、例え最大魔力値が高くても、それに比例して自然に体力がつく訳じゃない。もちろん無視出来ない影響はあるが、肉体を魔力体に馴染ませるには厳しい訓練が必要なんだよ。それに、体質改善しなければ、ある程度強くなると歯止めがかかるんだ。もっとも、俺の場合は例外で、強化しなくても獣人族以上の体力を持っているが、それでも人としての限界は超えられないと思う。これは医者としての意見だが、どんなに頑張っても肉体の強化には限界があるんだ。つまり、俺が肉体を強化しようとしてもこれ以上は強くならない。だいたいだな、これ以上強くなったら、もう俺は人じゃない」


「なるほど…、そういえば僕のお姉ちゃんは、人間族レベルの体力でした。僕の場合は、どの程度になると思いますか?」

ケンの質問に、ヨシトは首をひねる。


「…難しいとこだな。今のケンの状態は、魔力体と肉体のバランスが取れてないんだ。人体実験のデーターから推測すると、今の肉体は魔力体に引っ張られて更に強化されるだろう。恐らくだが熟練の傭兵程度の体力に落ち着くんじゃないかな? もちろん、これからも適切なトレーニングを続けるという条件は付くから修業は欠かせないぞ。さっきも言ったが、完全に肉体強化が終わる期間は長くても成人するくらいまでだろう。だが人間族の場合は、一度体質改善された肉体は、再び壊さない限りは衰えない。それまでの辛抱って訳だ」


人間族の場合は、あまり肉体が老化しないので、普通に生活するだけで体力は維持出来る。

獣人族と違って、肉体の強度を鉄の様には出来ないが、激しいトレーニングを続けなくても体力が落ちないのは大きなメリットである。

しかも、当初の予定では、並の傭兵程度の体力を目指していたはずだから、少しの違いとはいえないほどの差が出た事になる。

ヨシトがした強化のすごさを改めて実感したケンは、喜びよりも少し恐怖感さえ覚えて溜息まじりにつぶやく。


「…熟練の傭兵程度ですか? それって人間族の限界ギリギリというよりは、完全に超えてますよね」

「そうなるな。体力だけなら、ケンは俺に匹敵する力を持っている。だから少しは燃費が悪くなるだろう。これからも1日2食はしっかり取る必要があるぞ」

「それは構いません。僕の父さんも朝晩食べる事が多いですから、他人が見てもそれほど不思議じゃありません」

「…そういえば、ダンさんは働き者だったな。まあ、今と同じ程度の食欲が一生続くと思えばいい。朝晩2食、ちゃんと取れるのは意外に楽しいぞ。

 …さあ、俺は朝食の用意をしてくるよ。今日はケンは学校があるし、俺は仕事だからな」


ヨシトは胡坐あぐらをくずして立ち上がる。

ケンは座ったまま彼を見送る。

今日は日課をこなせなかったから、せめて朝食までの時間は修行しようと思ったからだ。


ヨシトは4階の階段ホールの扉の前で振り向くと、ケンに呼びかける。

もう一つの大事な用件を伝え忘れていたからだ。


「俺の経験だがな。魔力体が安定したばかりの頃は、性欲がかなり強いぞ。個人差はあるが、特に最大魔力値が多い男はしょっちゅう発情する場合がある。ケンは、いきなり放出魔術を使うほど性欲が強かったんだろ? だったらかなり深刻な状態だ。しばらくは、毎日放出魔術を使って生殖器に溜まった魔力を出すように。それが嫌なら、早く魔力体の相性のいい人間族のパートナーを見つける事だな。上手く行けば、1年ちょっとで性欲も落ち着いて、発情時期が安定するはずだ」


それは確かに一大事だ。

考えるまでも無く、ヨシトは相当大変だっただろう。

もちろん、自分だって他人事では無いから、何か手を打つ必要がある。

ヨシトが4階から姿を消した後に、ケンはポツリとつぶやく。


「…ハイドに相談するしかないか。パートナーを見つけるのが一番いいけど、こればっかりは先生はあてに出来ないしな」

相談する相手は、同じように高い魔力量を持つ友人しか思い当たらなかった。

彼なら何かいい方法を知っているかもしれない。



それはともかく、ケンとヨシトの3年半に及ぶ心血を注いだ努力の結果、当初の予定以上にケンは強化された。

可能な限り強化するという2人の間の契約をヨシトは完全に果たしてくれた訳だ。

だが、ケンは喜びよりも戸惑いの方が大きかった。

自分がそれに見合うほどの人物だとは、とても思えなかったからだ。


(この恩を返すにはどうしたらいいか分からないけど、せめてここにいる間は、先生の期待にこたえるように必死に頑張るしかない)

ケンは1人残された4階で魔術の修業をしながら、そんな事を考えていた。


設定及び解説

(1)ケンの魔力体安定後の最大魔力値について

ケンの最大魔力値が高すぎると思う人への解説です。

疑問に思わなかった人は、読む必要はありません。



ケンの伸ばせる能力値は、3年半の修業と強化で、ほとんど限界近くまで伸びています。

もちろんこんな事になったのは、ヨシトが無茶をやったからです。

普通ならどんなに頑張っても、初期値の1、5倍程度が限界です。

以前に書いたように、並の人間族の中には高齢者まで能力値が微増する人がいます。

その特殊な人物の最大魔力値は2000程度が限界になります。

これが並の人間族の限界レベルだと設定しています。

以下にその計算を書きますが、要するにケンは特殊な高齢者並のレベルアップをした事になる訳です。


ケンの初期能力値は、以前にも書きましたが777と設定しています。

(並の人間族は700程度)

個人差はありますが、最大魔力値の上限は初期能力値の2、5倍程度と設定しています。

(ケン 777×2、5=1942、5)

(並の人間族 700×2、5=1750)


続いて女神の加護による増加分です。

ケンの場合は30%アップで、並の人間族は15%アップです。

(ケン 1942、5×1、3=2525、25 四捨五入して2525)

(並の人間族 1750×1、15=2012、5 四捨五入して2013)

以上です。


設定上は、ケンの能力値の伸びしろはまだ少し残っていますが、正直なところ、これ以上のレベルアップは自己満足にしかならないし、物語には何の関係も無いと思うので詳しくは書きません。

そもそもステイタスだけ上がっても、魔術やギフトをまだ使いこなせていませんから、下手に戦えばあっさり死ぬ可能性はあります。

この世界では、ケンは絶対的な強者ではありません。


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