第68話 ちっぽけな伝説
ケン=マッケンジーがウルルス高専の生徒会のサブメンバーになってから半年ほど過ぎた6月の初旬、後期の期末試験を控えた放課後の3年8組の教室では、クラスメイト達全員が居残って、試験問題の傾向と対策についての情報交換をしていた。
当然その中には、ケンと彼の友人であるハイド=ノワールの姿が見える。
ウルルス高専では成績の相対評価はしていないので、お互いが協力しても問題は無いし、それぐらいしないと卒業出来る人数は更に減るだろう。
だから、彼らはライバルというよりは、戦友に近いかもしれない。
3年8組のクラスメイト9人は、それぞれの席に座って活発に意見交換している。
そんな中でも特に人気があるのは、ハイドの『分析』ギフトを使った試験予想だ。
しかも派生能力を使って、それぞれの教師が試験範囲のどの部分が好きかまで予想するので、非常に的確で役に立つ。
彼がクラスメイト全員に教師達の大よその出題傾向を説明し終わると、真っ先にケンが質問する。
「なあ、ハイド。どうしてカリイシ先生の魔術物理試験は『分析』して無いんだ? 試験範囲の指定も無いから、何を中心にして勉強すればいいか解らないぞ」
珍しい事に、ハイドはすっと目線をそらす。
「…カリイシ先生は、授業内容とは関係ない問題を出してくるから俺のギフトでも予想がつかん。出題傾向の好き嫌いの差も無いから、ギフトの派生能力でも絞りきれない。
…これは生徒会の先輩方からの情報だが、去年の応用問題は、物理学会で発表された惑星重力圏の論文から出題されたと聞いている。確か新聞にも載っていた内容だから、カリイシ先生は宇宙物理学に対する一般教養を確認したかったんだろう」
この世界の重力は、地球の物とは全く違う物理法則を持っている。
質量に比例して強くなるのは同じだが、距離の2乗に反比例はせず、重力による力場の範囲も無限では無い。
一般人にとっての一番大きな違いは、重力子が発見されていて、魔術で操れる事だろう。
例えば重力子の影響を抑える重力軽減魔術は誰にでも使えるし、重力遮断魔術陣を構築して結界に包み込んで物を浮かす浮遊魔術も、少し修業すれば簡単に使える。
飛行魔術は重力の方向を操って空を飛ぶ中級レベルの魔術で、飛翔魔術は自分の質量の影響をゼロに近付けて、重力ベクトルを操作する最上級レベルの魔術という感じである。
更に言えば、物質は質量に比例して一定の範囲の重力圏を持っていて、重力圏の内側なら常に一定の力が掛かるという世界で、重力の計算は異世界ならではの物理方程式で使う必要がある。
例えば惑星ルミネシアは、磁石に吸い寄せられるラグビーボール型の鉄球のように、恒星ピアの重力圏に一方的に取り込まれている訳で、重力は相互作用では無いと言える。
一方、惑星ルミネシアは、宇宙に満ち溢れる自由魔素を取り込み、消費変換して、自転運動と公転運動を生みだし、恒星ピアの周りを回っているという、何とも奇妙な天体運動をしている。
だが一見すると2つの天体は、地球のある宇宙と大して変わらない動きをするように見える。
これらの天体現象を重力子を使った実験と数式で解明した精霊族の研究者が、2年程前に発表した論文内容が専門誌や新聞に載ったという訳だ。
これは宇宙物理学にとっては大発見だが、惑星上で暮らしている人達には、そんな内容はどうでもいい事なのだろう。
その証拠に、教養のある人達の間で話題に上った程度だったが、カリイシ先生はウルルス高専生には必要な知識だと考えて試験に出したのだろう。
しかしながら、実際にそんな問題を出される学生達にとっては、たまった物では無い。
「…それは無茶苦茶だと思うぞ。理学系の専門院(大学院)レベルじゃないか」
ケンの言う通り、応用問題で出すという事は、最低でも大よその内容と数式を理解していないと解きようが無いはずなので、エリート達でも苦戦するのは必至だろう。
ハイドも解っているので、否定はしない。
「心配しなくても、魔術物理の応用問題は120点中20点程度の配点だ。それ以外は大学レベルの基礎問題が多いから、ケンなら対応出来るはずだ」
ちなみに、学科テストの多くが120点満点で、79点以下が赤点になる。
赤点の場合は、もう一度だけ再試験が認められるが、それでも駄目なら問答無用で落第である。
ウルルス高専というエリート校は、もし自分の苦手な教科が、カリイシ先生のような厳しい相手に当たったならば、それだけで落第しかねない一切の甘えは許さない学校だ。
だからこそ、ケンは納得出来ずについ愚痴が出る。
「それって、普段から理学系の専門書を読んでいるかどうかだけの問題だよね。僕はありがたいけど、授業と関係ない試験問題を出すカリイシ先生は何考えてんだ?」
「俺に聞くな。ともかく、彼の学科担当は4年の前期までで終わるはずだ。あと半年ちょっとの辛抱だと思って我慢するしかないな」
「これに落ちたら4年生どころか3年の後期で退学なのに、どう我慢するっていうんだ?」
「…ともかく、今更あがいたって始まらん。魔術物理に時間を取るくらいなら、他に回した方が効率的なんだ。それに、先輩方だって乗り越えられたんだ。俺達に何とかならないはずが無いだろう」
「最後のは希望的観測ってやつだよね? それをハイドが言うくらいだから、本当にどうしようもないのか…」
2人のやり取りを残りの7名のクラスメイト達は神妙な面持ちで聞いている。
彼らにとっては、範囲指定が無い、広い範囲の知識を確認する目的の試験は苦手なのだ。
何せ今までエリート達は、決められた範囲の中の事しかやってこなかったのだから。
逆に、ケンにとってはカリイシ先生のようなタイプはとてもやりやすい。
今はもう記憶魔道具による転写はたまにしか行っていないが、学科の知識だけなら既にヨシトによって十分詰め込まれているので、頭の中にある知識で対応できる可能性が高いからだ。
彼が注意する試験は、ひっかけ問題や応用問題を多く出してくる先生の試験だけといえるだろう。
ハイドは、他人を心配するケンをにらむと厳しい口調で言ってくる。
彼が劣等生で、応用問題が苦手なのを知っているからだ。
ちなみに、定期試験でひっかけ問題を出してくる意地の悪い教師はいない。
「それより、ケンは自分の心配をしろ。ただでさえ生徒会活動に時間を取られているんだからな。生徒会のサブメンバーが赤点を取るなんて事は、俺は我慢出来んぞ」
「へいへい、今の生徒会の中で落第しそうなのは、どうせ僕だけだよ」
「当り前だ。だいたいお前はいつもギリギリのくせに、一度も赤点を取っていないから他人事のように思っているんだ。能力値の強化授業が無くなって学科授業が増えた分だけ、4年への進級は大変なはずなのに、その余裕はどこから来るんだ?」
「余裕は無いよ。ハイドの言うように、特に学科はギリギリだからな。…それよりどうしたんだ? 気のせいかと思っていたけど、朝からずっと機嫌が悪いよね」
ケンから見て、今日のハイドはおかしかった。
さっきも希望的観測なんて論理的じゃない事を話すし、何というかイライラしていて少しだけ落ち着きが無いように見える。
そう指摘されたハイドは、苦虫をかみつぶしたような表情をする。
「…ああ、すまん。気を付けてはいるんだが、どうにも感情を抑えきれん」
それを聞いたケンは、ビックリして席から立ち上がる。
(信じられない、ハイドが僕に謝ったよ! しかも、こんな些細な事で)
ケンは彼に近寄ると、問答無用で手をつかんで立ち上がらせる。
「ちょっと付き合え。生徒会室に行こう」
だが、ケンの手をハイドは振り払った。
「試験の一週間前からは、クラブ活動は休みだ。緊急の時以外は生徒会も同様だ」
型通りの意見を言う声にも、いつもの力強さは無い。
「いいから来いよ。もう試験対策は話し終わったんだから問題ないよ」
ケンは再び彼の手をつかんで、強引に教室から出ようとする。
今度はハイドも抵抗はしない。
その様子を見て驚いているクラスメイト達全員にケンは、
「ごめん、生徒会の事で話したい事が在ったのを忘れてたんだ。遅くなるかもしれないから、みんなは先に帰っていいよ」と告げて2人で教室を出て行く。
廊下に出てからすぐにつかんでいた手を離し、部室棟に向かってしばらく歩くと、ケンはハイドの耳元で質問する。
「…行き先は医務室の方がいいか?」
「…いや、生徒会室でいい。だが、どうして俺の体調が悪いのに気付いた?」
ケンは少し笑いながら、
「ハイドが僕に謝るなんて、ありえないからな」
「お前も大概失礼な奴だな。3年の始業式の日に謝った事があるだろう」
「前の時は2年間、今度はたったの1日、それぐらいハイドがおかしいって事だ」
それからは、黙って2人は歩く。
校舎から続く渡り廊下を抜け、部室棟に辿り着くと、3階の生徒会執務室に向かう。
生徒会執務室の鍵は、職員室に1つと生徒会長のハイドが一つ持っているので、そのまま彼が鍵を開けて2人で中に入る。
それぞれが自分専用の席に座ると、早速ケンが話しかける。
「それで、どこが悪いんだ? 病気って感じでもないし、歩く様子も見ても肉体も大丈夫そうだよな? やっぱり魔力体の調子が悪いのか?」
「…そんな所だ。魔力視を使って確認してみればいい」
ケンは魔力視の魔術を使って、ハイドの魔力体の様子を見てみる。
しばらくして、驚いたように彼に質問する。
「…まさか、魔力体が安定したのか?」
「正解だ、一目で見抜くとは、やはりケンは侮れないな」
「僕の事はともかく、ちょっと早くないか?」
「個人差があるから不思議じゃないさ」
彼の言うように、魔力体の安定には個人差があるが、魔力量の多い人ほど時間がかかるのが普通だ。
ハイドくらい最大魔力値が高いなら、枷が外れて4年以上かかる場合が多い。
予想よりは少し早い事になるが、確かに不思議ではない。
そんな事より、そもそも魔力体が安定しても体調が悪くなるなんてあり得ない。
唯一あるとすれば、生殖器に溜まった魔力が魔力体に悪影響を与えている場合くらいだろう。
でも、ケンが受けた性教育によると、普通はそこまでになるのは2、3日はかかるはずだ。
我慢せずに放出魔術を使えばあっさり解消するので、馬鹿な人間族以外は、そんな状態になるはずは無い。
「一体いつからだ? まさか放出魔術も使わずに、ずっと我慢していたのか?」
「そんな訳あるか! …多分だが、昨日の昼過ぎくらいからだ。初めは気付かなかったが、今朝起きたら妙にムラムラするのでようやく自覚したって訳だ。時間が無かったからそのまま登校したが、性欲がこんなに厄介だとは思わなかったよ。だからといって、学校でプレイする訳にはいかないだろう? トイレや医務室で放出魔術を使ったのを知られたら、生徒会長としては体裁が悪いしな。だから、家に帰るまでは我慢するつもりだったが、どうやら限界の様だ」
常識的にはありえないが、ハイドくらいの最大魔力値になると、そんな事もあるかもしれない。
自分も気を付けようと思いつつ、理由が分かってホッとしたケンは少し力が抜ける。
「とりあえず、今から放出魔術で出してきたら? 部室棟のトイレには誰もいないはずだし、それが嫌なら医務室に行って常勤医師達に相談すれば何とかなるよ」
「…それしかないだろうな。ケン、誘い出してくれて助かった。もう帰っていいぞ」
ケンは首を横に振りつつ、おどけた風に両手のひらを胸の前に掲げる。
「クラスのみんなにああ言った手前、僕だけ先に教室に戻るのはまずいだろ。コーヒーでも淹れて待っているから、さっさと行ってこいよ」
ハイドは立ち上がり、ケンとすれ違う際に右手を彼の肩に置き、
「コーヒーは濃い目でな」と言って廊下へ出て行った。
その後ろ姿に「了解! 生徒会長」と返して、ケンは執務室の窓際にある流し台に向かう。
その横にあるガラス窓を大きく開け放つと、こもっていた空気が抜けて夏の終わりの風が部屋の中に吹き込んでくる。
ケンは、ケトルのような魔道具に水道水を入れ、お湯が沸くのを待つ間に、コーヒーの用意をする。
この世界のコーヒーは、地球の物と大して変わらない。
それ以外で違う点は、人間族はミルクや砂糖を入れる人が少ない事だろうか。
お湯が沸いたのを確認すると、金属製のコーヒーフィルターに挽いたコーヒー豆をたっぷりと入れ、保温用のガラス容器の上に置いて沸騰したお湯を注ぐ。
これらは全て魔術で代用出来るが、せっかく魔道具があるのだから、魔道具職人のはしくれであるケンは必ず使う事にしている。
道具は使ってなんぼだし、学校ではなるべく魔術は使わないようにするくせが付いているからだ。
ヨシトとの誓約で、自分専用の魔術の基本式が使えない状態のケンだが、この3年間で彼の実力がかなり上昇しているので、下手に魔術を行使すると、するどい人には実力を隠しているのがばれる可能性がある。
さっきの魔力視の魔術も、ハイドが心配だったので、つい本気で行使してしまった。
彼の体調が悪かったからばれなかっただけで、普通ならもっと突っ込まれていただろう。
(分かってはいたけど、僕はどうも感情の制御が下手だな。先生は最悪ばれてもいいと言ってくれてるけど、迷惑かけるのは間違いないから気を付けないと)
ケンが自分を戒めている間に、コーヒーが保温用のガラス容器に落ち切ったようだ。
マグカップ2つとガラス容器をハイドの机の上に置き、自分の椅子を引き寄せて座ると彼の帰りを待つ。
ハイドはなかなか帰ってこないが、友人が放出魔術を行使している姿など想像したくないので、いまケンは別の事を考えている。
(ハイドは誰をパートナーにするのかな?)、(性欲って、どんな感じなんだろう?)、(何でキュンメさんは一度も会ってくれないのかな?)と、並列思考3つ使って考え事をしている訳だ。
そのうちに3つの思考は1つになり、頭の中がリエリス=キュンメだけで一杯になる。
彼女は、サマンサ町の事件の1カ月半後にようやく音話(電話)をかけて来たが、全くその事には触れずに、いま在籍している理化学系専門院での出来事の愚痴だけを一方的に言って、さっさと音話を切ってしまった。
それからは2週間に一度のペースで音話をかけてくるが、一度も会おうと言い出す事は無かった。
始めは、専門院での講義や実験が忙しいのだろうと無理に納得していたが、さすがに半年近くもそんな状態が続くと、現実を受け入れざるを得ない。
彼女はもう、ケンと会うつもりは無いのかもしれない。
少なくても、彼女は自分と距離を置いているとしかケンには思えなかった。
そう思うだけで、辛くて悲しくて仕方無かった。
この切ない気持ちの理由に、恋愛に鈍くない彼はすぐに気付いた。
リエリス=キュンメを好きだという事をはっきりと自覚したのだ。
彼は師匠のヨシトや姉のマリと違って、獣人族のような恋愛観にはこだわっていない。
やろうと思えば恋愛と性欲を分けられるし、それほど罪悪感も持っていない。
だけどゾンメル教徒だから、自分に厳しいし苦難はいとわない。
そんなケンでも、好きな相手から避けられているのは辛くて、一方的に愚痴を言われるだけの存在なのは悲しくて耐えがたかった。
いっそのこと、告白して決着をつけようとも思ったが、彼女に隠し事がある現状で想いを告げるなんて不誠実な事は出来なかった。
そもそも、一目ぼれ同然で彼女を好きになって、本性を知って勝手に失恋し、その後にまた好きになるなんて、あまりにも勝手すぎて自分でも呆れてしまう。
どう考えてもリエリス=キュンメに告白する事は単なる逃げであり、そんな自分の考えが余計にみっともなくて、楽になりたい自分が許せなかった。
本来ケンは、好きなら好きとはっきり言う性格であり、黙っている方が辛いタイプである。
彼女の気持ちなんて知る由も無いが、今までの事を思い返すと恋人同士になれるとは、どうしても思えない。
だがそれは、この際関係ない事だ。
何故なら、例え恋人同士になっても、修行の最中だから恋にうつつを抜かしている暇はないし、彼女にヨシトとの契約内容を話す訳にはいかないからだ。
たまにしか会えないなら、学生の恋人同士としては相応しくないし、まして劣等生の立場のままでは、彼女にプラスになる存在になれるはずもない。
結局、彼の性格では、彼女に申し訳ない気持ちで一杯になるだろう。
だから、自分の性格や現状を色々考え合わせてみた結果、彼女から告白されない限りは自分からは決して気持ちを伝えず、満ち溢れる恋心を抑えて、せめて彼女の不満のはけ口くらいにはなろうと決心していた。
彼女に自分の能力を打ち明けられない以上、それぐらいしか自分の誠実な気持ちを示せないと結論付けたのだ。
例えどんなに辛くて悲しくても、自分の好きな気持ちを彼女が知らなくても、好きになってもらわなくても、努力が報われなくても、それでも構わないと覚悟している。
一本筋の通った馬鹿な彼らしい、実に損な考え方だといえるだろう。
そんな事を考えていると、ようやくハイドが戻ってきた。
ケンは思考を切り替えて、マグカップにコーヒーを注ぐ。
深い琥珀色の液体が良い匂いを辺りに振り撒きながら、それぞれのマグカップに収まる。
2人はそのまま席に付き、何も言わずに匂いと味を楽しむ。
しばらくして、ハイドは机の上にマグカップを置くと話し始める。
「…ケン、生徒会を続ける気は無いか?」
ピクリと反応したケンだが、小さく溜息をつくと「無いよ」と答える。
その返事を予想していたハイドは、自嘲気味に眉をひそめる。
「俺にしては、珍しく失敗したな。半年間の契約などしなければよかったよ」
「それは僕を評価し過ぎだ。雑用係なんて探せば何とかなるよ」
「…本当にそう思うか?」
ハイドにそう言われると、ケンは何も言い返せない。
ウルルス高専はエリート校なので、雑用と割り切って動いてくれる生徒は少ないだろう。
この5カ月以上は自分なりに一生懸命やってきたつもりなので、そう言ってくれるのは嬉しいが、やはりこれ以上は時間は取られたくは無い。
だから、ケンの考えは変わらない。
「後一カ月間は約束通りにやるけど、そろそろ次の人を見つけておいてくれ。僕はやっぱり人の上に立つ柄じゃないよ」
「…ああ、それはそうだろう。俺がどうかしていたようだ。今言った事は忘れてくれ」
それでこの話はあっけなく終わった。
実は、ハイドの考えは、ケンとは全く違っていた。
ハイドは雑用係としてのケンを必要としていた訳ではない。
理想的な生徒会のサブメンバーとしてのケンの実力を評価していたのだ。
ハイドは自分の欠点を良く理解していた。
頭が良くて『分析』ギフト持ちの彼は、見切りが速くて素っ気ない。
相手の持つ好き嫌いが分かる彼は、無駄な努力をしない上に、社交的な性格では無いので調整役には向いていない。
それを補ってくれていたのがケンだった。
ケンは物事に対する偏見が少ないし、簡単にはあきらめないから、些細なトラブルでも親身になって対応する。
だから、クラブ間や生徒間のもめ事でも、彼に任せておけば何とかなる。
一本筋が通っているので、間違っている事には決して賛成しないが、さりとて紋切り型の口調で切り捨てるような事はしない。
だから、ケンと関わった生徒達の彼に対する印象はすこぶる良好だった。
更に2年生までの間に苦労していたので、教師達の受けも非常によく、クラブの施設利用時間の延長などの、今まではあまり認められなかった事でも了承を取って来てくれる。
ケン自身は普通のつもりだろうが、裏方の仕事を嫌な顔一つせずに完全にこなす人材などめったにいないのだ。
だから、各クラブの部長や顧問の先生達からは、生徒会長の右腕と認識されている。
しかもケンは下級生、特に1年生達からの人気が非常に高い。
ウルルス高専に入学して、真っ先にぶち当たる壁は能力値強化による体調の悪さだろう。
例え優れた能力を持っていても、毎年2割近い生徒がそれで退学して行く。
今までは一度脱落すると、慣習により退学を余儀なくされていた。
だが、ケンはそもそも能力値強化自体を受けていない。
それなのに、3年で生徒会に所属しているケンの存在は一種の希望になった。
特に有名な話は、能力値強化に耐えられずに放課後に倒れていた生徒を医務室の運んだ時の彼の言葉だった。
これで、退学しなければならないと泣いている女生徒に対して、
『やる気があるなら何度だってやり直せばいいんだ。もし無視されたりしたら、ケン=マッケンジーがやったんだから自分も出来ると思って頑張ればいいだけだよ』という、実に明け透けな励ましだった。
その話は一気に広まり、再チャレンジする生徒が増えた。
ケンみたいな特殊なケースが認められている以上、一度や二度失敗した生徒を無視する事なんて出来るはずもなく、結果、1年生の退学者は半減している。
考えてみれば、自分だっていつ落ちこぼれるか解らないのだから、1年生にとってはケンのような存在自体がありがたかったのだ。
彼は、ウルルス高専に新しい伝統を作り出したといえるだろう。
ハイドは、保守的な自分では決して出来ない新しい風を吹き込んだ友人を一瞬まぶしそうに見つめる。
ケンを生徒会から手放すのは残念で仕方ないが、それも彼の実力を前もって評価出来なかった自分の罪であるから仕方ないだろう。
せめてもの望みは、このまま無事卒業して、ちっぽけな伝説をウルルス高専に残してほしいと今はそう思っていた。
彼は思考を止めて、もう一口コーヒーを飲むと、穏やかに友人に話しかける。
「ところで、ケンはまだ魔力体は安定しないのか?」
「…そろそろだと思うんだけど、まだだよ」
「覚悟しておけよ、性欲というのは論理を超えるぞ」
「わかったよ、…でもちょっと楽しみだな」
「他人事じゃないのに、よくそんな風に言えるものだ」
「いいから、ハイドはさっさとパートナー探しをするようにな。それと、医務室で能力値を測らなきゃならないだろ」
二人はそんな事を話しながら、ゆったりとした時間を過ごしている。
生徒会執務室でこんな会話を交わすのは、もしかしたらこれで最後かもしれないと、図らずも双方が考えていた。
解説
本文中でこの世界での重力の説明をしましたが、解らない方は地球と大差ないと思っていただいて構いません。
アインシュタインの一般相対性理論が、宇宙規模でないと関係ないのと同じ理由です。
だったら書くなという意見もあるでしょうが、元作のあとがきで『異世界のオリジナリティーに乏しい作品が多い』とか、『魔法や魔術に対する考察が足りない』と偉そうに書いてますし、元作の設定にも書いてある手前、一応説明しました。
この世界では重力子が発見されていて、魔素や思考力によって影響を与えられるます。
だから重力を軽減させたり、ベクトルを操る魔術が行使出来る訳です。
この世界は、あくまでも管理者のシステムによって運営されている異世界ですから、地球と物理法則が違うのは当然なんです。
次に、ウルルス高専の定期試験ですが、落第させる為の物でも進級させる為の物でもはありません。
それぞれの教師が、ウルルス高専生に必要とされる学力や能力を確認する為の物です。
ですから、学力試験でもひっかけ問題など出しませんし、記憶力を確認するだけの単純な穴埋め問題もめったに出ません。
どうしても教師個人の持つ好き嫌いが出るので、ハイドの好き嫌いを見抜く派生能力は試験予想の役に立ちます。
教科書や参考書や辞書の持ち込みが許されている試験も多いです。
合否の判定も、相対評価で無くて絶対評価です。
それでも毎年だいたい一定数の生徒が落第して行きます。
あえて例えるなら、地球の欧米の一流大学と同じ感じです。
こんな試験問題を出せる教師陣は、すごく優秀で情熱にあふれているといえます。




