第66話 ギフト対ギフト
ケン=マッケンジーは目を覚ますと、いきなり飛び起きた。
夢の中で、リエリス=キュンメの悲鳴が聞こえた気がしたからだ。
素早く周りの状況を確認して、自分が治安事務所(警察署)のロビーに一人っきりでいる事に気付くと、自分のあまりの情けなさに怒りが湧く。
(僕はアホかー! 何であそこで気絶なんかするんだ。先生に、常に意識は保つように口が酸っぱくなるほど言われているだろうが!)
だが、それ以上は自分を責めずに思考を切り替える。
事務所の奥の方で、戦闘の気配がするからだ。
誰が戦っているのかは解らないが、治安事務所の中で戦闘が起こっているのは間違いない。
(キュンメさんはどこだ? 先生がいれば大丈夫だとは思うけど、嫌な感じがする)
彼は、事務所の奥に向かおうとして躊躇する。
ハイドとメニエルが気になったからだ。
(奥か? それとも外か?)
いずれにしても早い方が良いだろう。
それならヨシトを信じて、外に向かう事に決める。
外には戦闘の気配は無いが、この状況ではそれが逆に不気味だったからだ。
ケンは、無残に壊れた事務所の入り口に向かって歩き出す。
同時に、ハイドとメニエルの魔力体の気配を探査魔術を行使して探ってみる。
この時、彼は全力で対処するつもりで魔術の基本式を自分専用の物に変えている。
ここまでする相手に一切遠慮する気も、力を隠す気も無いからだ。
(いた! 入り口から30m以上離れた音話ボックスの近く。…何だ、キュンメさんも横にいるじゃないか)
少しほっとするが、強い違和感を覚える。
彼女の横に、もう一人誰かいる。
そして、その一人を除いて3人とも地面に横になっている。
(まさか、やられたのか? 獣人族のテロリスト相手に3人とも?)
メニエル先輩はともかく、あのハイドや、ましてキュンメさんがそう簡単にやられるなんて思えない。
ケンとしても慎重にならざるを得ず、入り口横に待機してギフトを使って外の様子を確認する。
ケンのギフト『曲折』は、イメージさえ出来れば可視光の方向だって曲げられる。
目に当たる部分だけ光を曲げれば、天然魔素の揺らぎも少なくて、よほど鋭敏な感覚を持つ相手にしか気付かれないはずだ。
しかも、相手からは空中にケンの両目だけが見えるというシュールな光景で、例え目が合っても、思わず自分の目を疑ってしまうというおまけ付きである。
ケンはまだ曲げる方向を大雑把にしか操れないので、何度か方向を修正して、ようやく彼の目がキュンメ達の様子を捉える。
手前には、ハイドとメニエルがうつ伏せに横たわっていて、ピクリとも動かない。
そしてその奥には、仰向けに倒れているキュンメ。
それに覆いかぶさるように、獣人の男がナイフを振りかざしている。
彼女の目は、気丈にも男の姿を捉えているが、瞳の奥は恐怖に震えている。
しかも上半身は裸で、切り裂かれた服が辺りに散乱している。
その姿を視認した瞬間、彼の頭は沸騰した。
相手を警戒するとか、魔術での不意打ちとか、『曲折』ギフトの意志付けがどうとかは完全に頭から吹き飛び、全力で地面を踏みこんで、一歩二歩と地面を踏みしめ、矢のような速さでナイフを持つ男に接近する。
そのドン!ドン!というすさまじい音に気付いた男は、すばやく振り返るとケンの姿を確認した瞬間にギフトを発動する。
2人の間はもう4mもない。
『麻痺』ギフトの効果が表れる前に、ケンの右こぶしが男の顎を捉えた。
つまり、ケンがした事は、思いっきり男をぶん殴る事だった。
ケンの拳と、男の鉄の強度を持つ顎が衝突した瞬間、双方とも鈍い音を立てて骨が砕ける。
ケンの全体重を乗せた強力な一撃は、男を5m以上も吹き飛ばす。
だが、『麻痺』ギフトが効果を表し出した彼も自由は利かず、そのままもんどりうって地面に激突しそうになる。
(曲がれ!)
ケンのギフトは、進む方向を曲げる事は出来ても、その体勢までは変えられない。
自分の体に何度かギフトを発動して、ようやく背中から落ちる事に成功し、地面の上を滑る。
(…今のは危なかった。頭から突っ込みそうになったぞ。何で体が反応しなかったんだ?)
今回はたまたま上手く行ったが、彼は曲げる方向の細かい調整が上手く出来ないので運がよかっただけだろう。
何とか起き上がろうと体勢を立て直そうとするが、ピクリとも体が動かない。
(まさか、『麻痺』ギフトか?)
ようやく、敵のギフトを食らったのに気付いたケンだったが、今更手遅れだ。
唯一幸運だったのは、彼が受け身の体勢を取っていたので、仰向けで寝転がっている事だろう。
この体勢なら、何とか視界の端で敵を追う事が出来る。
彼は操作魔術を使って体を無理矢理動かそうとするが、思考力に魔素が反応しない。
少し焦るが、相手に一発入れて少しは気が晴れたケンは、石畳の上に寝転びながら徐々に冷静さを取り戻す。
(思考力まで麻痺させるギフトか。魔術は上手く使えないってことだな。…じゃあ、ギフトはどうだろう?)
彼は、ギリギリ視界に映る、敵が落としたナイフを『曲折』ギフトを使って真っ二つに折る。
(なんだ、ギフトは使えるのか。じゃあ問題ないな)
すぐに大気をギフトで意志付けして操ろうとするが、意思付けその物が上手く出来ない。
(どういう事だ? さっきはギフトを使えたのに)
もう一度、真っ二つになったナイフの片割れにギフトを使うと、問題なく折れた。
(…そういえば、大気の操作はギフトの派生能力だったよな。以前に先生が、派生能力は人の思考力で何とかなるって言ってた。つまり、空気を操って攻撃できないってことか。…ちょっと不味いかも)
敵の『麻痺』ギフトの効果時間や使用制限がどうなっているかは知らないが、解除されないという事は、今は倒れている男が意識を保っている可能性が高い。
明らかに大ピンチだが、救いなのは『麻痺』ギフトでは主要臓器を麻痺させる事は出来ないはずだ。
もしそれが可能なら、ケンは意識すら保ってはいられないはずだし、思考を含めて全ての感覚を断たれるはずだ。
(要は、随意筋の電気信号を麻痺させるだけって事だよな。それなら、思考力の妨害は奴の派生能力って事になる。だったら、奴から来る思考波や思念波を曲げれば何とかなるかもしれない)
ケンは、男の思考力を感じるように神経を集中する。
だが、他人の思考力そのものをイメージする事は難しく、なかなか上手くいかない。
そうしている間に、ようやくダメージから回復した男はゆっくりと立ち上がる。
ケンの目に映ったその顔は、顎が完全に砕かれて、目は血走って殺気をおびている。
「ふはあ、ふふさふ(貴様、許さん!)」
顎が砕けた男は、当然まともにしゃべれない。
そのみっともない様子を笑い飛ばしたいが、ケンだって身動き一つ出来ない。
仕方がないので、心の中で悪態をつく。
(何言ってんだか分かんないよ、バーカ! …だけど、その強い悪意をつかんだぞ。お前の汚らしい思考力をイメージ出来た)
ケンは、その男から来る殺気に満ちた思考力を曲げる事に成功する。
その瞬間、右手の拳が強烈な痛みを伝えてくる。
(うおっ! 痛いってもんじゃないぞ。拳が砕けてるんだから当然か。という事は、痛みを伝える信号を麻痺させるのも派生能力って事か)
普通なら魔術など使えないほどの痛みがケンを襲うが、彼は痛みには耐性がある。
だてに2年近くもヨシトの無茶な能力強化を受けていた訳ではないのだ。
この激しい痛みさえ我慢すれば魔術が使えるはずだ。
ならば例え身動き一つ出来なくても、この程度の男、もう何も恐れる必要は無い。
完全に余裕が出て来たケンは、その時ようやくこちらを見つめているキュンメの視線に気付く。
(うわっ、キュンメさん、こっちをにらんでいるぞ。今は魔力視が使えないから詳しい事は解らないはずだけど、後で絶対突っ込まれるな。…魔術を使うのはやめておくか。それに、いつまでもあんな状態の彼女を寝かしておくわけにはいかないから早く終わらせよう)
ケンは、ギフトで大気を意志付けすると、折れたナイフを拾い上げてこちらに向かって来る男にギフトの派生能力を発動する。
すると、男の周りの大気が渦を巻き始める。
ケンの思考力が大気に小さな竜巻を作り出し、ゴー!という音とともに男の体を上空高くに舞い上げる。
地上から15mほど上で、きりもみ状態になった獣人族のマフィアの男は意味不明な悲鳴を上げ、重力軽減魔術さえ発動できず落下し、石畳の上にグシャっと叩きつけられる。
だが、まだケン達の麻痺は解けない。
(獣人族って、本当に丈夫だよな。人間族なら少なくても意識は飛ぶぞ)
ケンには悪気はないが、獣人族からしてみれば、それくらいないとあまりにも不公平だと文句を言うだろう。
いくら体が丈夫でも、魔術で遠距離攻撃されたら立ち向かう事自体が難しいのだから。
ケンは再び男の周りに竜巻を発生させる。
「はへへふへ(やめてくれ!)」
男が必死に叫ぶが、意味不明な上に、風音に邪魔されて何を言っているかは解らない。
(聞こえないんだよ、ボケが! さっさと気絶しろ)
ケンは追撃を緩めない。
男は泣き叫びながら2回、3回と石畳の上に叩きつけられる。
その度に骨が砕ける嫌な音がして血しぶきが舞うが、例え相手が死んでしまうとしても容赦する気はない。
ようやく5回目に、完全に意識が飛んだようでケン達の麻痺が解けた。
ケンは飛び起きると、素早く上着を脱ごうとするが右手がつぶれているので上手くいかない。
それでも何とか脱ぐことに成功し、下着のシャツだけになると、出来るだけ視線を向けないようにして、キュンメのそばに駆け寄り、血のついた上着を無言で渡す。
彼女も無言でその服を受け取ると、急いで服を着こんで立ち上がる。
「…一応、ありがとうと言っておくわ。それより、右手を見せなさい」
「こんなの大した事ありませんよ。キュンメさんの方こそ大丈夫ですか?」
「あたりまえです。それより、さっさとお見せなさい!」
2人がそんな会話を交わしていると、すぐ横にいたハイドがようやく身を起こした。
かなり無理をして体を動かそうとしていたらしく、足元がおぼつかない。
「…みんな無事か? 一体何がどうなった」
「後で話すよ。それより、ハイドはメニエル先輩を見てやってくれ。相当怖い思いをしたはずだ」
ケンに言われてハイドがメニエルの方に顔を向けると、彼女はうずくまって泣いていた。
ハイドはおっかなびっくり近付いてしゃがみ込み、彼女の肩を優しく抱いて声をかける。
「メニエル先輩、もう大丈夫です。とりあえずここを離れましょう。歩けますか?」
メニエルは、首を横に振るだけで声さえあげられない。
ハイドは、どうしたらいいか分からないようだったが、とりあえずこんな凄惨な現場からは移動した方が良いと判断したのだろう。
「先輩、失礼します。抱え上げますよ」と、彼女をお姫様抱っこして治安事務所の敷地外に移動する。
キュンメはそれを確認してから、ケンの右手をおもむろにつかむ。
「いっ、痛いですよ、キュンメさん」
「黙ってなさい! それにしても、あなたは本当に馬鹿ね。獣人族を殴りつけるなんて何考えてるのよ」
「えーと、何も考えて無かったです。すいません」
「…もういいから黙ってなさい。それにしてもひどい怪我ね。下手に治癒魔術もかけられないわ。いっそ、切り落として再生させた方が良いくらいね」
「怖い事言わないでください。僕が自分で治します。というより、先生に治してもらいますから」
そう言われて、キュンメは治安事務所の方に視線を向ける。
彼女はポツリと不安を漏らす。
「大丈夫かしら? テロリスト達は10人以上はいたわ。もう戦闘は終わっているみたいだけど、きっと酷い被害が出ているはずよ」
ケンは、軽い治癒魔術を行使して右手の血止めをすると、あっさりと言い放つ。
「問題ありませんよ。先生がいますからね」
「いくらウッドヤットさんでも、あれだけ攻撃的なギフト持ち相手じゃ大怪我をしているかもしれないわ。ここに姿を見せないのは、そのせいじゃないかしら? あなたは心配じゃないの?」
「まさか! 多分先生は、怪我人の治療に当たっているだけですよ。何にも心配はいりません」
ケンが力強くそう言うと、彼女もそれ以上、治安事務所の中の事には触れなかった。
彼女には、ケンに聞きたい事がたくさんあるのだから。
だが、口を開こうとした彼女の心に迷いが生じる。
彼は、どう見たって命の恩人である。
その事実は、彼女にとっては重たい物だった。
彼女がどうすべきか迷っていると、門の前に倒れていた治安員がこちらに近付いてくる。
そして、ケンとキュンメの顔を見るなり、強い口調で詰問してくる。
「君達、一体何があった?」
キュンメは少しホッとすると同時に、憮然として溜息をつく。
「見れば分かるでしょ? 私達は巻き込まれた一般観光客。そこに倒れている人達はテロリスト。今からでも遅くないから、お仕事をなさったら?」
治安員の2人は、敷地内に倒れている4人のテロリストの様子を確かめて、思わずうめく。
「…これは酷い。ここまでする必要があったのか?」
「…ああ、4人とも生きているのが不思議なくらいの怪我だ。特に、血まみれの男はすぐに手当てしないと危険だ」
ケンは、ぬるい事を言っている男達に、念のために忠告する。
「その血まみれの男は、『麻痺』ギフト持ちです。下手に治すと寝首を掻かれますよ」
ケンに言われて、ギョッとした様子でその男を見る2人の治安員。
「それは本当か? だとするとこいつはプーカシブだな」
「ああ、それなら俺達が何も出来ずに倒されたのも納得出来る」
治安員達のなさけない話を聞きながら、キュンメは汚らしい物を見るような眼でプーカシブという名の血まみれの男を見る。
「そいつの名前なんか知りませんわ。ただ、私を生きたまま解体しようとしていた事ぐらいしか解りませんもの。ずいぶんしぶといようですけど、いっそ楽にしてあげた方がよろしいんじゃないかしら?」
「…それなら、プーカシブ間違いない。女性ばかりもう20人以上殺している猟奇殺人者だ。こいつと戦って無事なんて信じられん」
ケンは、潰れた右手を見せながら「無事じゃありません」と、文句を言う。
「ねえ、ケン君。ウッドヤットさんに言ってもう帰りましょう。色々と不快ですわ」
キュンメもそろそろ我慢の限界のようだ。
全く同意見のケンは、ズボンのポケットから通信魔道具を取り出してヨシトに連絡を取ろうとする。
「「ちょっと待ってください!」」
治安員達から呼びとめられて、この後、2人は詳しい事情を話す羽目になる。
まだまだケン達一行は、ネオジャンヌに帰る訳にはいかない様である。
―――――――――――――――――――――――――
ケンとヨシトは、治安事務所の2階の職員宿直室に待機していた。
時刻はもう夜7時を過ぎていて、どうやら今日はこの場所に泊まる事になりそうだ。
メニエルは精神的なショックを受けていて、今は治癒院に入院している。
ハイドは彼女に付き添っているが、彼女の両親が来るのを待って、この部屋に一緒に泊まる予定である。
キュンメもメニエルと同じ治癒院に入院しているが、両親に連絡するほどの怪我では無いので、あくまでも念の為の処置らしい。
じゃあ、最も重症であるケンが何故ここにいるかといえば、ヨシトが彼の大怪我をあっさり治したからである。
ヨシトは医者なので、ケンと同じ部屋に泊まるなら入院する必要はない。
そんな2人が、今何をしてるかといえば、お互いの状況報告である。
「それにしてもケン、戦闘職の獣人族を殴るなんて馬鹿のする事だぞ」
「キュンメさんからも言われました。今は反省しています」
2段ベットが2つある部屋の脇の小さなテーブル付きの椅子に腰掛けて、2人は話している。
「その理由は、お前の上着をキュンメさんが着ていた事に関係するのか?」
「先生は相変わらずよく見てますね。でも、彼女の名誉のために回答を拒否します」
「女性の裸に気を取られるなんて、ケンはまだまだ子供だな」
「どうせ僕は童貞ですよ! それに、先生の想像しているのとは違うと思いますよ」
今はもうケンは、血の付いた服を着替えている。
キュンメも入院する前に、女性治安員から服と下着を用意してもらっているので、もうケンの服は着ていないはずだ。
「今回の事は良い経験になっただろ。そもそも焦らなければ、ケンなら怪我ひとつせずに相手を瞬殺出来たはずだ」
「先生みたいには上手くいかないですよ。『麻痺』ギフトがあんなに厄介だとは思いませんでした。先生が相手した、『爆発』ギフトの持ち主はどうでしたか?」
「…彼は死んだよ。俺が『防御』している間に、キリバス伯爵が攻撃して仕留めた」
それ以外の過激派達との戦闘なんて、書く必要も無いくらいあっさり決着がついていた。
その後に彼がしていたのは、ケンの予想通り爆発で傷付いた治安員達の治療だった。
「…同情は出来ませんね。先生がいなければ、もっと大事になったでしょうから」
「まあ、キリバス伯爵には違う思惑があったんだろう。トカゲのしっぽ切りだな」
「どういう事です? 彼を殺す事で何が解決するんですか?」
「それは今から話そう。今回の襲撃の理由も含めてな。もちろん他言無用だぞ」
「…了解しました」
それからヨシトは、保守派の幹部が暗殺された事や、ケンが撮った写真に過激派のトップが写っていた事情や背景を話す。
そして、キリバス伯爵が抗争の終結を模索していた事も説明する。
更に、治安事務所への襲撃は、過激派の実行部隊が幹部達の命令を待たずに暴走して、証拠隠滅の為に行なった事実を話して聞かせる。
「だから、キリバス伯爵は今回の事件を利用するつもりみたいだな。抗争の原因や幹部の暗殺を全て『爆発』ギフト持ちや『麻痺』ギフト持ち達のせいにして、保守派からの更なる報復を防ぐ予定だと聞いた。結局、俺達は巻き込まれて利用されたって訳だな。悔しいかもしれないが、ケンの撮ったその写真のデーターは消去しておけ。それで、この話は終わりだ」
「…何か納得出来ません。死人に口無しですか? 結局ドン・カルメラーノは放置されたままですよね。悪の目は一気に摘んだ方がいいと思います」
「まあ、そう言うな。今回の件も含めて、過激派の実行部隊はほぼ壊滅したそうだ。ドン・カルメラーノや過激派の幹部達は身を隠すしかない。これにて自警団同士の抗争は終結だ。俺達の気持ちを無視すれば、これが最も被害者を出さなくて済む方法だという訳さ」
ケンは、やはり納得出来ない。
今なら弱体化した過激派を一掃できる可能性は高い。
あんな危険な奴らが野放しになっているなんて、例え自分には直接関係なくても、被害に遭うサマンサ町の住民にとってはたまらないだろう。
「正義感ぶる気はありませんけど、この町の人達に写真を見せて、過激派を一掃した方がいいんじゃないですか? テロリストなんて壊滅されるべきです」
少し前に、同じ事をキリバス伯爵に提案したヨシトは苦笑する。
「ケン、それは逆効果なんだよ。俺もキリバス伯爵に説明されて初めて理解したが、実は町の人達には過激派の方が人気がある。この町の人達にとって、保守派は政府の犬だ。金の亡者とも思われている。俺もそれには同感だ」
ヨシトの意外な言葉に、ケンは首をひねる。
彼が戦ったプーカシブという男は、どう考えても性犯罪者にしか思えなかった。
この世界でも、性犯罪者が好かれる道理など無いはずだ。
そんな男が居た過激派が、町の人から人気がある理由が解らない。
「どういう事です? 過激派は一体何が違うんですか?」
「過激派は、一部を除いて破壊活動はしていない。彼らが求めているのは、獣人族によるサマンサ町の完全な自治権だ。だがこれは、人間族の国では決して認められない。もし過激派が壊滅すると、町の人達の不満は一層高まる。最悪の場合、町を2分した暴動が起こりかねない。
…なあ、ケン、俺達は知っているよな? 前世の世界、日本では、それが当たり前に認められていた事を。選挙権さえ持てない獣人族達の怒りを日本人としての俺は良く解る。この町の獣人族の住民にとっては、このサマンサ町こそが生まれ育った故郷だ。いくら人間族にとっては過激な思想とはいえ、気に入らなければ獣人は獣人族の国に行けって、ケンは言えるのか? たかが人間族に生まれたという理由だけで、その思想自体を否定できるほど、俺達はえらいのだろうか?」
それはもちろん違う。
生まれ持った種族だけで、人を差別する事は間違っている。
だけど、ちっぽけな自分に出来る事などほとんど無い。
ヨシトにしても、ささやかな抵抗を示す事しか出来ないのだろう。
つまり、ヨシトは個人的な恨みや正義感より、違う物を優先したのだろう。
「先生は、後の獣人族の人達の為に改革の芽を残しておきたいんですね」
「ああ、そうだね。俺は生まれ持った境遇だけで、他人を貶める奴は嫌いだ。人間族至上主義や同化政策にも反吐が出る。
でも、今は無理だ。社会情勢がそれを許さない。種族間の多様な価値観を認めるには、人間族にとっては戦争の記憶は近過ぎる。もちろん、獣人族の国にも問題が大ありだ。彼ら自身も成長する必要がある。何年かかるか解らないが、それでも希望の芽をつぶす事には出来るだけ加担したくない」
「キリバス伯爵も同じ考えなんですか?」
「いいや、彼は、事なかれ主義だ。寝た子はずっと寝ていて欲しいんだろうな。自警団に偽情報を流して、抗争を終結させてそれで終わり。それが彼の正義なんだろう」
ケンは考える。
それも一つの正義なのだろう。
この国の成り立ちや、人間族を敵視政策をしている獣人族の国の事を考えると、理想論だけを言っていられない事は解る。
この世界は、子供のケンにとっては複雑過ぎるのだ。
「…解りました。少なくても、今の僕が判断できる問題だとは思えません。先生の指示に従いたいと思います」
シュンと落ち込んだケンを見て、ヨシトは穏やかな口調で話す。
「ケン、一番大事な事は、決めつけない事だ。物事にはいろんな見方がある。人も10人いれば10個の正義がある。ケンが会った過激派がゲスだからといって、レッテルを張って全てを否定する事だけはやめた方が良い。だけど、参考にはしろよ。あんな連中を抱えている過激派が間違っている事だけは疑いようは無い」
「はい、肝に銘じます」
ケンの答えを聞いて、この話は終わりとばかりに、ヨシトはがらりと話題を変える。
「まあ、そんな事より今のケンにとっての大問題はキュンメさんだな」
「…本当にどうしましょうか?」
「知らん! 自分で考えろ」
「…先生を信じた僕が馬鹿でした。それより、先生の飛空車が駐車場でスクラップになってましたよ。きっとさっきの過激派達の腹いせですね」
「なんだってー!!」
ヨシトは血相を変えて立ち上がり、駐車場に向かって走って行った。
「帰りはどうするか聞きたかったんだけどな」
ケンは、宿直室に1人残されてポツリとつぶやいた。
まだ少し不安は残っているものの、サマンサ町での問題はケンの手からは離れた様だ。
彼は鞄から受像機を取りだすと、ドン・カルメラーノが写っていた写真のデーターを消した。
そして、これから訪れるであろうキュンメの追及を予想して溜息をついた。




