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第65話 過激派の事情


治安事務所(警察署)の入り口で大きな爆発が起こる少し前、

その奥にある取調室の中で、ヨシト=ウッドヤットは理不尽な扱いを受けていた。

ていの良い軟禁状態の憂き目にあっていたのだ。


そもそもこちらは完全に被害者だし、相手にも大した怪我はさせていない。

身分証明書を確認してもらった後に、話せる事は話し終わったし、受像機カメラの中のデーターコピーも提出した。

にもかかわらず、こんな事をされるいわれは無かったが、彼は大人しく待っていた。

チンピラ達の襲撃の事情をもう少し詳しく知りたかったのが、その理由である。


取調室の中には、ヨシト以外にもう1人いて、恐縮した様子で彼の前に座っている。

机を挟んで彼と対面している、いかにも新人風の治安員は、うら若き獣人族の女性で、さっきからしきりに謝っていた。


「本当にすみません。何故かは解りませんけど、ここにいてもらうようにって言われてます。あの、弁護士の方にこんな事言うのは失礼ですけど、ご協力お願いします」

ヨシトは、らちが明かないとは思いつつも、彼女を責めるほど分別の無い男では無いので、仕方無く情報を得ようとする。


「デクブールって人は、そんなに大物なんですか?」

彼女はビクッと反応して、すまなそうに視線を落とす。

「私は新人なんで詳しくは無いんですけど、過激派の幹部だって聞いています」


「確かこの町では、自警団の過激派と保守派が抗争しているんですよね? 俺達が襲われた理由は見当が付きますか?」


「…わかりません。写真をチェックしてますけど、今のところは何も無いって聞いています」


「だったら、もう帰っても問題ないでしょう? チンピラならともかく、マフィアは人間族の観光客を襲ったりしませんよ。そんな事をすれば身の破滅ですからね。もう写真のデーターは提出したから、チンピラの逆恨み以外は危険性が無いと思いますけど」


「私もそう思うんですけど、過激派の一部はテロリストといってもいいほど危険な人達です。それに、今日はちょっと特殊なんです。お昼過ぎに保守派の幹部が暗殺されて、自警団全体が殺気立ってますから。そのせいで、私みたいな新人がウッドヤットさんの担当をしてるんです。ベテランの人は、みんな出払ってますから」


「なるほど…、それで、事務所内が閑散としているんですね。駐車場には治安車(パトカー)がほとんど無かったか理由も分かりました。もしかしてロビーに町民の姿が見え無いのは、事務手続きが停止しているからですか?」


「はい、よくおわかりですね。…でも町民がここにいない本当の理由は、テロに巻き込まれるのを恐れて家に閉じこもっているからです。今度は、自警団の保守派が報復するんじゃないかと心配しているんです。ウッドヤットさんが捕まえた過激派達は、ピオリルエリア以外を縄張りにしてますから、人が集まる場所は危ないんです」


ヨシトはビックリして、思わず聞き返す。


「それで、問題にならないんですか? 確かに自警団は表向きは完全に合法組織ですが、どう考えたってマフィアでしょ? 中には必要悪だという人もいるでしょうけど、特に過激派なんてテロ集団じゃないですか。そんな奴らが、ピオリルエリア以外を縄張りにしているなんて、社会が許すとは思えません。脅されているならまだ解りますが、そんな事をすれば孤立して生活していけないはずです。なにより、リリアンヌ教国政府が許すとは思えませんよ」


人間族の国では、暴力による支配は決して許されない。

例えサマンサ町で手に負えなくても、国から軍隊が出て来て一掃されるはずだ。

それに、犯罪による被害者には政府による手厚い保護がある。

第一、再生魔術や優れた治癒系ギフトがある世界では、命を取られなければ回復は出来る可能性が高い。

つまり、政府さえしっかりしていれば、一般大衆にとってもマフィアはそれほど怖くないし、横暴がまかり通るほどの絶対的な強者では無いはずだ。


「…あの、私がしゃべった事を内緒にしてくれるなら、事情を説明します」

治安員の女性が、少しうつむきながらそう言い出す。

ヨシトは当然、「弁護士として誓いましょう」と守秘義務をちらつかせながら笑って答える。

彼女はパッと明るい顔をして、詳しい事情を説明する。


「さっきも言ったように、過激派の一部にはすごく危険な人がいます。でも、ドン・カルメラーノを始めとする幹部達は、サマンサ町の人達にすごく人気があるんです。名前は過激派ですけど、彼らが目指しているのはサマンサ町の完全自治権なんです。獣人と人間との不平等な法律を無くしたいって思っているんです」


「なるほど、それで過激派ですか。確かに政府にとっては、非常に過激な思想ですね」


「…はい、許されないのはみんな分かっているんです。でも、この町は8割近くが獣人族の住民です。ピオリルエリアの中だけの『地上の楽園』なんて誰も信じていませんから、保守派なんて誰も支持していません。誇りを売り渡した金の亡者として、むしろすごく嫌っています。今日殺された保守派の幹部なんて、サマンサ町の人を食い物にしていた鬼畜なんです。過激派は資金力もありませんし、数もそれほど多くはありませんけど、サマンサ町民の真の意味での自警団かもしれません」


「それにしては、今日俺が捕まえたチンピラ達は最悪でしたよ。少なくても、そんなこころざしがある連中には見えませんでした」

ヨシトが冷たく言い放つと、彼女は困ったような顔をする。


「抗争が始まってから、人数に劣る過激派の幹部達は、町の外からゴロツキや傭兵崩れを呼び寄せたと聞いています。それを町の人達は良く思っていませんし、町の事情を考えれば許されない事です。私は、治安院として法を順守する立場ですから、決して彼らを弁明しようとは思いません。どんな理由があっても、彼らがやっている事は、ただの犯罪行為ですから。でも、法律で差別された人は、ただ黙って耐えるしかないんですか? 弁護士であるあなたなら、それがいかに不利かは分かりますよね?」


ヨシトは軽く溜息をつく。

治安員(警察官)とはいえ、目の前の彼女は獣人族だ。

彼女でさえそうなのだから、サマンサ町民のほとんどがリリアンヌ教国政府のやり方を良くは思っていないのだろう。


「…獣人族の住民にとっては、ドン・カルメラーノは義賊ぎぞくという訳ですか。ですが、確かに治安員のあなたの立場では擁護ようご出来ませんね。つまり、今はゴロツキどもが、町中を歩き回っている状態なんですね。それは思っていたより深刻ですね。サマンサ町は観光の町だから影響が大き過ぎる」


「はい、それでも人間族の方に手を出すなんて思いもしませんでした。もしかしたら過激派の一部が暴走しているかもしれません」



ヨシト達がそんな話をしていると、取調室のドアがノックされ、人間族の男が入ってくる。

彼を見て、治安員の女性は驚いた声を上げる。


「キリバス伯爵、こんな場所に来るなんて、どうされたんですか?」

「ああ、すまんが彼と話がしたい。ちょっと席を外してくれ」

「了解しました!」


彼女は敬礼をして、ホッとした様子で取調室から出て行く。

ヨシトとしても、ようやく話が進みそうなので望むところだ。


ちなみに、治安部の伯爵位というのは、最低でも警部クラス以上で課長待遇以上である。

彼女が驚いていた所を見ると、この治安事務所の署長クラス、あるいはもっと地位の高い人かもしれない。


キリバス伯爵は、さっきまで新人の治安員が座っていた、机をはさんで真向かいの椅子に腰掛けると、ふところから一枚の写真を取り出す。

「ウッドヤットさんですね? この写真を撮ったのはだれか分かりますか?」


唐突にそう言うキリバスから、ヨシトは黙って写真を受け取る。

なんて事の無い、普通の町並みの写真である。

ヨシトはこんな場所に覚えがないので、唯一単独行動していたケンが撮った可能性が高い。


「断定できませんが、多分ケン=マッケンジーでしょう。彼を呼んで確かめましょうか?」

「そうして下さい。保護する必要があるかもしれません」

「どういう事です? 俺は彼の保護者です。詳しい説明を要求します」


キリバスは頷くと、重々しい声で話す。

「今から言う事をオフレコにしていただけるなら、詳しい事情を説明します」

ヨシトは頷くと、「わかりました」とだけ答える。

やはり彼の肩書は、こういう時に役に立つようだ。


「この写真の奥の窓に映っている人物は、自警団の過激派のトップ、ドン・カルメラーノです。奴は、抗争を避けて雲隠れしていたはずで、本来この町にいるはずがない。そして、その横に後ろ姿が写っているのは過激派の幹部の1人だと思われます。つまり、ドン・カルメラーノは、この家で幹部達と密会していた。その後、保守派の幹部が暗殺されたので、殺人の教唆きょうさが強く疑われます」


「待ってください。これだけでは何の証拠にもならないはずです。証言が無ければ、起訴さえ出来ないと思いますよ。それに、失礼ですけど、自警団同士の争いには、治安部はノータッチなはずですよね」


「…表向きはそうでは無いと言っておきます。ですが、今回の問題は法的手続きとは関係ありません。もしこの写真が流出すれば、態度を決めかねていた自警団メンバーが保守派に味方して、過激派は窮地に追い込まれかねませんから、何としても証拠を消したいはずです。撮影者にも、危害が及ぶかもしれません」


ヨシトは、ケンのトラブル体質に少し同情する。

もちろんただの偶然だろうが、特にウルルス高専に入ってからは、鼻血事件、同級生からの完全無視、キュンメのストレス発散のはけ口、生徒会の雑用係、そして今度はクラブ活動関係のトラブルだ。

悪い風には転がっていない所が、ケンの悪運の強さだろうか?


だが、今回ばかりは話は別だ。

大切な教え子であり、異世界の記憶を持つ同士を馬鹿どもの争いなんかに巻き込ませたくはない。

だから、詳しい事情を知るキリバス伯爵に、冷静に質問してみる。


「例えばこの写真が、偶然に保守派の手に渡ったとして、どんな悪影響が出ますか?」

「…恐らくですが、全面的な抗争に発展するでしょう。そうなれば、テロ行為はピオリルエリアだけでは収まらず、善良な町民に多くの犠牲者が出ます。それだけは何としても避けたい」


「いっそのこと、保守派に協力して過激派を一掃してはどうですか? 一応、自警団は合法的な組織ですよね?」


ヨシトとしては、過激派の事情には同情すべき点はあるとは思う。

だが、一旦敵にまわった相手に手心を加える気持ちは無かった。

キリバスは、顔をしかめて首を横に振る。


「町民の中には、過激派を支持する人もいます。例えドン・カルメラーノを殺して過激派を壊滅させたとしても、新しいドン・カルメラーノが出て来て事態は悪化するかもしれません。治安院としては、矢面に立つつもりはありませんし、内部抗争には加担出来ません」


どうやらそこまで都合よくは行かないようだ。

考えてみれば、キリバス伯爵がわざわざ人払いしたのは腹案があっての事だろう。


「…それで、キリバス伯爵のお考えは?」

「…この写真のデーターを破棄していただきたい。写真には何も写って無かったし、私共も資料として保管しません。その情報は、直ぐに双方の自警団に流れる事になります。それまでは、あなたたち全員で私共が用意する隠れ家に滞在していただきたいのです」


「それで上手く行きますか? 俺の印象では、相手はかなり性質たちが悪いですよ?」


「わかりませんが、やってみる価値はあります。ただ、油断は出来ません。デクブールは比較的ましな方ですが、ドン・カルメラーノの配下には、かなり危険な奴がいます」


その時、治安事務所がズシンと揺れる。

キリバス伯爵のもくろみは、成功しなかったようだ。


―――――――――――――――――――――――――


一方その同時刻、治安事務所の入り口に近いロビーでは、ケンとキュンメが大きな爆発の被害にあっていた。

ケンと同様に、キュンメも爆風に吹き飛ばされて床の上に転がり、一瞬意識を失いかける。

だが、何とか意識を繋ぎとめて自分の体に異常がないかを確認する。

どうやら幸運な事に、大きな怪我はしていないようだ。

ようやく回り始めた頭で何が起こったかを理解した彼女は、激しい怒りに震える。



(間違いなくテロね。治安事務所を襲うなんて、いい度胸してるじゃない。それともただの馬鹿なのかしら?)

床に倒れたまま素早く周りを見渡すと、自分の体の下にケンがいる事にようやく気付く。彼が頭から血を流して気を失っているのを見て心配になり、身を起こして治癒魔術を発動しようとするが、入り口から複数の人が入ってきたのを見ると、とりあえず後回しにして気絶したふりをする。


「兄貴、ヤバいですよ。ブツさえ手に入れりゃいいんですから」

「あぁ? みんなぶっ飛ばしちまえば済むだろうが! 治安員なんて皆殺しでいいんだよ!」


そう言って、男達はロビーを通過して行く。

次の瞬間、再び大きな爆発が起こる。

間違いなく、戦闘系の『爆発』ギフト、しかも相当強力で溜め時間がほとんど無い。


(…まずいわね。あの威力だと防御に徹しないと致命傷を受けるわ。一撃で仕留めるとしても、相討ちが良い所かしら。メニエルさんとノワール君の事も気になるし、ここは我慢してやり過ごしましょう)


一旦そう決めると、彼女の切り替えは早い。

テロリスト達が完全にロビーから姿を消すと、素早く身を起こして行動を開始する。


まずはケンを回復させる為に、一般的な治癒魔術を行使する。

これは、自己回復力を高める魔術で、深刻な状態で無ければ直ぐに目を覚ますだろう。

頭を打っているので心配だったが、人間族は魔力体の情報を読み取って、かなりひどい怪我でも治癒出来るから、悪くても少し記憶が飛ぶ程度だろう。


彼女の思った通り、ケンは呼吸も安定しているし魔力体にも異常が無いように見える。

彼の魔力体の状態に違和感を感じたが、そういえば病気持ちだったとすぐに思い直す。

すやすやと気持ちよさそうに眠っている姿を見ると、叩き起こしたい気持ちになるが、放って置いても目を覚ますなら、運悪く自分の下敷きになってしまった彼にそこまでするのは気が引ける。


(運悪く? 何かしらこの違和感は? まさか、私をかばったの?)

キュンメは、再度周りの状況を詳しく確認する。

彼女のギフトが、爆発場所とその威力、更には2人の位置関係を割り出した結果、偶然にはそんな状況は起り得ないと結論を出す。

更には、自分達の周りに爆発による破片がない事実もあり得ないと解ってしまう。

それを確認する為に、本当にケンを叩き起こそうかと思ったが、今は時間も無いし他にやる事がある。


彼女は立ちあがって、ケンを倒れたソファーの陰に隠すと、入り口に向かって慎重に歩みを進める。

メニエルとハイドが帰ってこなかった理由、それがテロリスト達と無関係とは思えない。

無残に破壊されている入り口の陰から、彼女は外に向けて探査魔術を行使する。


治安事務所の敷地内には動いてる人物が4人、倒れている人が4人いるようだ。

門の近くに倒れている2人は、恐らく見張りの治安員だろう。

そうなると後の2人は、メニエルとハイドの可能性が高い。

それにしても、ロビーにいた自分達に気付かせず、4人を無力化させるとは侮れない。

厄介なギフト持ちがいると考えるべきだろう。


彼女がそうしている間も、治安事務所内では戦闘の気配がする。

まさか、治安員達や治安貴族達がそう簡単には負けないだろうが、ぐずぐずしていると逃げ出してきた奴らと挟み撃ちになる可能性は高い。

彼女は覚悟を決めて、攻撃に移る事にする。

頭の片隅でケンに協力してもらうプランも考えたが、反対される可能性が高いと予測して、このまま1人で戦う決断を下す。


キュンメは、もうこれ以上は我慢ならなかった。

どんな理由があるかは知らないが、2度も攻撃されて黙っているのは、彼女の矜持きょうじが許さなかった。


彼女は入り口から飛び出すと、攻撃対象である4人の人物を視認する。

明らかにカタギでない獣人族の男達である。

前もって並列思考で構築しておいた電撃魔術を4つ、彼らに向かい発動する。


その攻撃を予想していたのだろう、マフィア達はそれぞれがギフトを使って相殺するか、彼女に銃を使って攻撃しようとする。

だが、キュンメの電撃魔術は速くて正確で威力も高かった。

瞬時に4人の体を雷が貫くと同時に、『魔弾』が彼女を襲う。

ギフトで弾道予測をしていた彼女は、無事に射線軸上から逃れており、マフィア達はその場に崩れ落ち、一瞬で勝負は決着が着いた。



キュンメは汚い物を見るような眼で、倒れてピクリとも動かないマフィア達を眺める。

速度と正確さに重きを置いた電撃魔術だったが、雷の直撃を食らった程度の威力はあっただろう。

相手が死んだ可能性は高いが、彼女は気にしない。


音話ボックスの近くに、メニエルとハイドがうつ伏せに倒れているのを確認すると、急いで駆け寄り、その状態を確認する。

メニエルを助け起こすと、恐怖で涙ぐんだ瞳と目線が合う。

ハイドの方も目を見開いて、必死に彼女に何かを伝えようとしている。


(…良かった、2人とも死んでいない。でも、何なの? 2人とも意識はあるみたい。でも、麻痺まひして話せないようにしか見えない。それなら何で魔術を使わなかったの? まるで体の自由や思考力自体が封じられているみたい。…まさか!)


その『予測』は少し遅かった。

彼女の背後から、不可視のギフトが直撃する。

それは、雷の直撃を受けて倒れていたはずの、1人のマフィアからのものだった。


キュンメは早く気付くべきだった。

メニエルはともかく、ハイドが反撃さえ出来ずに倒れていた訳を。

意識があるのに、プライドの高い彼が何の抵抗も示していない事を。

その理由を身を持って実感しながら、彼女は指一本動かせずにメニエルとハイドの横に崩れ落ちるように横たわるしかなかった。


それを確認した男は、ゲスな笑顔を浮かべて立ち上がる。

ゆっくりとキュンメに近付くと、うつ伏せに倒れている彼女を見て舌打ちをし、無言のままいきなり彼女の腹を強烈に蹴り上げる。


悲鳴を上げる事も許されず石畳の上を転がって、体中に擦り傷を作り、ようやく彼女の体は仰向けの状態で止まる。

キュンメの殺気の含んだ目を見て、どす黒く笑った男は、再び彼女に近付いて彼女の顔を踏みつける。

靴の底をこすりつけながら、さも愉快そうに男は話し出す。


「残念だったな、人間族のお嬢ちゃん。僕のギフトは『麻痺まひ』だ。クズギフトって言われているが、すごく役に立つだろ? これだけされても、あんたは痛くないはずだ。だが、痛みだけを感じさせる事も出来るんだぜ」


そう言われたとたん、彼女の全身に痛みが襲う。

特に、さっき蹴られた腹部の痛みが激しい。

だが、咳き込む事もうめき声を上げる事さえ出来ない。


「…やっぱ、無反応はつまんねえな。声だけ出させるか」

「あーーー!! あーーー!!」

「なんだい、赤ん坊かい。はっ、傑作だなお嬢ちゃん。ママのおっぱいが恋ちいでちゅか?」


キュンメは瞬時に理解する。

この男のギフトは、人体の電気信号を操るタイプだ。

だから、相手の体の自由は思いのままだし、脳の魔力野の思考力さえ阻害出来る。

さっきの電撃魔術にしても、彼の体内には届かずにギフトで中和されたのだろう。

つまり、この男に電気関係の攻撃は利かないのだ。


自分のうかつさに、彼女は目の前が暗くなる。

せめて、言い返したいが舌も動かせない。

ゲスの声や姿など聞きたくも見たくも無いが、目を閉じる事も耳をふさぐ事も出来ない。

それに、例え知っていても、彼女の意見など男は聞くはずもないだろう。

その証拠に、意思のある家畜を扱うように、すっかりご満悦に話しかけてくる。


「さてと、どうすっかな? 人間族は殺すなって言われているんだよなー。でも、僕チン困っちゃう。仲間殺されて、このままってのもまずいなー。……なあ、お嬢さん。人間族って、脳と魔蔵さえ無事だったら、死なないって本当かい?」


男はベルトに取りつけてある鞘から、切れ味のよさそうなナイフを抜き、恍惚こうこつとした表情を浮かべる。

ナイフの刃の部分を舌でペロリとなめると、狂喜に満ちた目でキュンメの全身を舐めまわす様に見る。


「一度やってみたかったんだ、人間族の解体ショー。獣人の女はすぐ死ぬからつまらなかたんだ。せいぜい悲鳴を上げて、僕チンを楽しませてね」


キュンメは確信する。

この男は本気だ。

本気で狂っている。

自分は、生きたままバラバラにされるだろう。

目を閉じる事も、耳をふさぐ事も、もしかしたら気絶する事さえ許されないかもしれない。


男が近寄って来て、まずは彼女の上着をナイフで切り裂く。

彼女が出来る唯一の事は、男をこれ以上喜ばせないように、悲鳴を上げないと決心するだけだった。

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