第61話 ケン達はサマンサ町に到着する
サマンサ町に向かう飛空車の中では、学生らしい会話が繰り広げられている。
ただし、優等生の集まりなので羽目を外してはしゃぐ人はいない。
話題の中心人物は、リエリス=キュンメ先輩だ。
ハイド=ノワールとソフィア=メニエルは、久しぶりに会った尊敬する先輩と楽しそうに会話を交わしている。
ケンはというと、ほとんど無視されていた。
たまにメニエル先輩が気にして話題を振って来てはいるが、キュンメが上手く話を誘導して結局3人での話になってしまう。
1人助手席に座っているケンの位置も悪いとはいえ、少しあからさまである。
(絶対さっきの事を根に持ってるよな。キュンメさんは意外と子供っぽい。…だけど、本当に楽しそうに笑うな。僕に対しても、普段からこんな感じならいいのに。…まあいいか、彼女の考えてる事なんて僕には解らないし、結構楽しいし)
彼は、そんな意地悪をされてもそれほど気にはならない。
そもそも、後部座席の3人の会話を聞いているだけでもそこそこ楽しい。
何より、今日の主役はハイドとメニエル先輩だ。
彼らが楽しいなら、それはそれで一向に構わなかった。
出発してから2時間半ほどで、飛空車はサマンサ町に近くに到着する。
飛空車は速度を落とし、街道上の空中で静止してからゆっくりと垂直に降下する。
ここから町の入り口までは800m以上はあるが、町近辺での飛行は緊急時以外は禁止されているので、これよりはゆっくりと街道を走行するのだ。
「さて、もうすぐ着くけど、今日の予定はどうなっているんだ?」
運転席のヨシトがそう問いかけると、何だかすっかり幹事扱いされているケンが説明を始める。
「予定では、まず町の中の観光地を撮影するつもりです。それより、先生とキュンメさんはどうします? 撮影機材は持ってきていないですよね。飛空車は僕が運転できますから、なんなら別行動にしてもいいですよ。僕と先生は、連絡用の通信魔道具を持ってますから、用があれば直ぐに合流出来ますし」
ケンの提案に答えたのはキュンメだ。
彼女は、前もって打ち合わせをしていた内容をよどみなく話す。
「気を使わなくてもいいわよ。せっかくですから、しばらくは一緒に行動しましょう。よろしくて、ヨシトさん?」
「それが良いだろうな。自由行動は、お昼からにでもすればいい。念のために、みんなにも通信魔道具の子機を渡しておこう。子機間通信が出来るタイプだから、みんなとはぐれた時に使うといいよ。ケン、みんなに1台ずつ配るように」
「はい、それぞれに番号がありますから、確認しておいてください。ちなみに、親機は0番です。子機間でも20km以上通話距離がありますし、方向は気にせずに使えます」
その説明を聞いて、メニエル先輩はすごく興味を持ったようだ。
身を乗り出して、運転席のヨシトに質問する。
「それって、アメリカ商会の最新型ですよね? まだあまり一般には出回っていないタイプだったはずです。ウッドヤットさんのお店は、アメリカ商会と取引があるんですか?」
今までの様子と全く違うメニエルの様子にヨシトは驚くが、マニアックなオタクとしてはそういう話題は大歓迎だ。
アメリカ商会が自分のダミー会社である部分を話すつもりはないが、優しく彼女に話しかける。
「知り合いがいるから、少し顔が利く程度だよ。一応、小さいとはいえ魔道具屋だからね」
「…すごいです。アメリカ商会とは、相当腕の良い職人がいる商会でないと取引出来ないって聞いた事があります」
すごいも何も、ヨシトはアメリカ商会のオーナー兼、商品の開発者なのだが、彼が秘密にしているのでケンもメニエル先輩には教えられない。
(それにしても、先生は平気で嘘をつくよな。アメリカ商会の技術って、しょせんはこれまでの技術の延長線上だから、無理に隠す必要は無いと思うんだけど)
実際、ヨシトがアメリカ商会で公開している特許技術は、時代の先取りではあっても革命では無い。
本当の革新的技術、例えば新しい合金の製法や、記憶魔道具等については取り扱っていない。
彼は前世の記憶を参考にして、この世界に元々在った技術を簡素化したり小型化したり、組み合わせて制御したりして新商品を生み出しているだけだ。
不思議に思ったケンは、ヨシトにその理由を聞いてみた事がある。
彼の答えは、
『結局この世界って、個人個人の技術向上が無ければ、優れた技術を教えたって普及しないんだ。新しい技術を下手に公開すると、俺が無理矢理働かされるかもしれん。そんなのは御免だね」との事。
そこまではまだ理解出来たが、後に続く言葉が悪かった。
『実は、オタクとしては、パソコンやインターネットを再現したい気持ちはあるんだ。だからアメリカ商会は、そのために作った会社なんだ。だけどな、どんなに頑張ったって魔素と思考力のある世界じゃ電子回路は安定しないし、それに代わる技術を開発しても大量生産は出来ない。通信にしてもP2P技術を応用して距離を伸ばすか、せめて光ファイバーでも造らなきゃ、これ以上の通信網の広がりにも期待出来ない。それじゃあ、俺以外の誰かが発明すればいいと思って研究所まで開いたのに、今のところ良い人材は見当たらないから、完全に目算が外れた。俺はやりたくないし目立ちたくないから、野望の達成にはまだまだ時間がかかるな』
ケンにしても、世のため人のために自分の人生を犠牲にするつもりはないが、そのあまりに偏った意見には呆れた。
(こんな人が、アメリカ商会のオーナーなんて知ったら、メニエル先輩はショックを受けるかもしれない。…やっぱり黙っておこう)
ケンがそんな事を考えているとも知らず、メニエル先輩はヨシトとマニアックな魔道具談議を続けている。
最も、メニエル先輩ならヨシトの野望を知っても、間違った方向にショックを受けて、間違いなく協力するだろうが。
その証拠に、明らかに2人の会話の内容は更に専門的になり、もう完全に一般人には意味不明で、特殊な魔道具に付いての話や魔術機械用語が飛び交っている。
2人はすごく楽しそうだが、ハイドとキュンメは若干引き気味だ。
飛空車は、サマンサ町の古びた擁壁に近付くと更にスピード落とす。
高さが20m程はある石積みの立派な擁壁の間に、大きな門が開いている。
今の時間は正門近くは込み合っているので、ほとんど徐行になる。
ようやく正門周辺を抜けて町の中に入ると、ヨシトはメニエルに確認をする。
「ところで写動部の部長さん。まず最初は、どこに行くつもりだい?」
「はい、混む前にサマンサ城に行ってみたいです」
「了解だ。でも、途中で寄りたい所が出来たら遠慮なく言うように」
「はい、そうします」
ヨシトにそう言われて、メニエルはヨシトとの会話をやめて、熱心に窓の外を眺める。
良い撮影ポイントが無いか探しているのだろう。
ヨシトも気を使ってか、あえて広い道を通らず時速20km程度でゆっくりと飛空車を運転してサマンサ城に向かう。
旧都サマンサは、種族間戦争の発端となった獣人族の王国があった場所である。
今から2000年ほど前に、人間族が戦争に勝利して、この町に移住してからガレア地方全体の首都になった場所でもある。
その後、度重なる戦争の災禍にさらされ、当時の建物はほとんど残ってはいないが、それでも旧跡があちらこちらに点在している、一大観光都市である。
今から向かうサマンサ城も、完全に破壊されていた物を当時の資料を元に200年ほど前に再現された古城である。
この町全体が観光地であるといえるので、石造りの古い町並みを意識していて、建物は高層の物など中央にそびえる城以外は一つも無く、高くても4階建て程度に制限されている。
メイン通りにはたくさんお土産物屋が並び、道路も網の目のように並んでいて、大型魔動車(市電)も一回り小さいサイズの物が走っている。
更に特徴を上げれば、人口5万人程度の内、獣人族の占める割合が8割以上であり、その多くが出稼ぎでは無く、永住権を持ったれっきとした町民である。
サマンサ町に住める獣人族は裕福で、選りすぐられた人達なので、治安も良くて人情に厚い町だとされている。
ただし、サマンサ町には裏の部分がある。
この町には、個人経営のカジノや風俗営業が大ぴらに認められている、ピオリルエリアと呼ばれる一大歓楽街があって、不法入国者の巣窟と化している。
その場所だけは治安の良さとは無関係で、夜には流れ者による犯罪が度々発生するが、同時に犯罪人を私的に処罰する非常に強固な組織を持つ自警団が存在している。
自警団と言われれば聞こえはいいが、合法的なマフィア組織に近いかもしれない。
その実力は折り紙つきで、それを知る犯罪者達は決してピオリルエリアには近付かず、表向きは治安が守られている。
人間族の国である以上、この町のトップは人間族であるが、その支配が唯一行き届かない場所がピオリルなのだ。
サマンサ町の負の部分を凝縮した、はきだめの様な地域である。
そんな場所など、日帰りの撮影旅行に来ているエリートの子供達には関係ないだろう。
ヨシトもその辺りの事情を理解しているので、お昼前とはいえ決してその場所には近付かない。
だが、それを知らないメニエルが唐突に声を上げる。
「ウッドヤットさん、今左側に見えた建物は何ですか? あれです、あの奥の金色に輝く建物です」
彼女が窓の外を指さしているのを見ると、ヨシトは車を路肩に止めてから説明をする。
「あれは、カジノだよ。賭博をする場所だ」
彼女は変に感心したようで、ポツリと感想を漏らす。
「噂には聞いた事があります。あまりにも町並みに合っていない建物なので、ビックリしました。出来れば近くで見てみたいです」
「それはやめておいた方がいい。あの辺りはピオリルエリアと言って、すごく治安の悪い所だ。この町の犯罪の8割近くが、あの場所で発生している。まあ、興味があるのは分かるけど、引率している大人としては許可出来ないな」
それを聞いたケンも好奇心にかられて、つい質問する。
「ヨシト先生、ジロジロ見るんじゃなくて、車の中からそっと見れませんか? まだ明るいから大丈夫だとおもいますけど」
「普通ならいいんだが、今はちょっと不味いな。マフィアの抗争が起きているって噂がある。ケン、3日前の新聞に載っていただろ?」
「…サマンサ町の自警団同士のトラブルがあるって書いてましたけど、あれがそうだったんですか? 確か一部の過激派が、組織を乗っ取る為にテロ活動を行っているって記事に載ってましたけど、そんなのもう自警団なんて言えないですよね」
「ああ、自警団とは名ばかりの暴力組織だ。奴らは観光客には手を出さないが、時期が時期だけに昼間でも安心出来ない。だから、絶対に近寄らない様にな」
「はい、了解しました」
その会話を聞いていたハイドが実に不機嫌そうに文句を言う。
「それにしても、カジノにマフィアですか? 観光地で伝統ある町に、そんな爛れた場所があるなんて、俺としては理解できません」
「気が合うわね、ノワール君。私も全く同意見よ。何で潰してしまわないのかしら?」
キュンメも不快そうな声でそう言い放つ。
ヨシトは若者らしい潔癖な意見に苦笑しつつも説明する。
「彼らのやっている事は、表向きは合法だから取り締まるのは難しい。
人間族にとっては、魔薬は体に悪影響が無いし、賭博する人はあまりいないから、この国の法律では、性産業はもちろん、魔薬(麻薬)も賭博も許可されている。
それでも普通は、かなり規制が厳しいが、ピオリルエリアではかなり緩い。
もっと具体的に言うと、獣人に対しては完全に放置されている。
例えば、獣人族の不法移民達から金を絞り取るのは黙認されていて、それが彼らの資金源になっている。
賭博の場合は、この国の正式な国民ならば、年間100万ギル以上の賭博による借金は法的に支払う必要がないが、それを黙ってカジノに行けば保護されない。
つまり、ピオリルエリアは、行き場の無い犯罪者や獣人族の不法移民や自分を制御出来ない社会的な弱者をマフィアが食い物にする場所なんだ。
だから、彼らがつぶし合うだけなら、人間族の政府は放置しておいた方が都合がいい。
君達は知らないだろうが、似たような場所は、この国にも結構あるぞ。
そんな場所の事を愚か者達は「地上の楽園」と呼んでいる」
ヨシトから説明されて、ハイドとキュンメは気分が悪くなる。
その方法は、犯罪の抑止という観点から見れば問題があるからだろう。
だが、彼らの心情を別にすれば、確かに有効な手段である。
そもそも、空を飛べるギフトや魔術のある世界では、犯罪者や不法移民の流入を止める事自体が困難だ。
しかも、その人々がガレア地方の出身ならともかく、国交のない獣人族の国からの不法移民だった場合は、その人自身が帰る気持ちになってくれないと、送り返すのもひと苦労だ。
犯罪者の場合は、重罪人なら極地送りに出来るが、それ以外は刑務所に入れたり労役を課す必要がある。
それには社会的なコストがかかるし、刑を終えても再犯する可能性が高い。
だからといって、全員を極地送りにしたり、まして殺す訳にもいかない。
犯罪者やその予備軍は、1カ所にまとまっていて、潰し合ってくれた方が都合がいいのだ。
そういう人達のほとんどが獣人族だから、人間族の国では特にそう言えるだろう。
だが、メニエルは納得できないようだ。
黙り込む2人を見て、思わずヨシトに質問する。
「何かいい方法は無いんでしょうか?
獣人族には魔薬は体に悪いし、賭博は主催者しか儲からないのは常識です。
犯罪者以外の不法移民や社会的弱者だけでも教育の機会を与えれば、悪の道に入るのを防げるかもしれません。
魔薬や賭博に対する欲望を振り払えるのではないですか?」
ヨシトは首を振って否定する。
「不法移民を捕まえた時は、生まれ故郷に送り返す間に、一時的に待機所で拘置する事になるんだ。
その時に簡単な教育をして、人間族の国の現状を知らせる。
でもあまり効果が無いのは知っているかい?」
「…いいえ、知りません。どうしてですか?」
「不法移民の多くは、故郷で何か問題を起こして逃げて来た連中だ。
そんな奴らは、基本的に誘惑に弱くて自分勝手な人達がほとんどなんだ。
中には、優れた文化を持つ国に憧れて来る人もいるだろうけど、そんな人達はこの国の現実を見ると、言われなくても故郷へ帰って行くからそもそも教育する必要が無い。
だいたい、この世界では土地が余っているから、真面目に働く気があれば食うに困る事は無いんだ。
つまり、真面目に働く気も無く、社会とのつながりを断ち切って逃げて来た誘惑に弱い人を改心させる事は難しいんだよ。
彼らは、犯罪者予備軍だと言っても差し支えない」
「でも、例外はありますよね?
社会的に迫害を受けて、故郷を捨てるしかなかった人達とか、例えば犯罪者の中にだって、止むに止まれず悪の道に落ちた人もいるかもしれません。
そんな人達に、更生の機会を与える必要があるんじゃないですか?」
「確かに、一部にはそういう人もいるだろう。貴族の圧政に苦しんで逃げて来た人や、政治亡命者とかがそうだね。
それは不法移民とは別問題だから、そういう人達を積極的に受け入れている国もあるよ。
この国だって、村や町単位でなら移民を受け入れている所もある。
それに、犯罪者に対しても、刑務所での服役中に教育を施す政策もやっている。
でも、これもあまり効果がない。特に魔薬に手を出した人は再犯率が高いんだ。
彼らが抱えている最大の問題は、自制心の弱さだ。
俺から言わせれば、単にまっとうに生きる覚悟が足りないだけだ。
そんな連中が働ける場所は、この国にはピオリルエリアの様な場所しか無い。
だから、ピオリルエリアは愚か者達には、地上の楽園なんて呼ばれるんだ」
メニエルも、理屈では解っているのかもしれない。
だが、ヨシトの突き離した意見には拒否感があるのだろう。
「恵まれている境遇の私達がそんな事を言ってしまっては、何も解決しないんではないでしょうか?
ウッドヤットさんの言われるように、ガレア地方にはまだまだ土地が余ってます。
彼らに土地を開拓させて、社会に貢献してもらう事が出来れば、お互いにとって利益はあります」
実に、理想的な意見だ。
だが、あまりにも現実を知らない恵まれた子供の考えといえる。
ヨシトはどうしようかと考えたが、ここで誤魔化すのは不誠実だろう。
「メニエルさんの周りは、良い人ばかりなんだね。その考えを大切にして欲しいとは思う。
でも、同時に忘れないでほしい。この世の中には、どうしようもない屑が居る。
彼らに社会性を求めるとろくな事にはならない。
そんな人は、人々の努力を踏みにじるんだ。
こちらが開拓を勧めても拒否するくらいならいいが、徒党を組むと開拓団が強盗団に変わる可能性まである」
「そこまで極端な悪人では無くて、生きる事に苦労している人達の場合はどうでしょうか?
例えば、人とコミュニケーションを取るのが苦手だったり、能力値に恵まれなかったりして挫折した人達です。
一種の福祉政策として、積極的に国が手を差し伸べるべきだと思います」
「結局それも、本人のやる気次第なんだよ。
ここからは完全に個人的な意見だけど、そもそも能力値は絶対じゃないし、思考力があるこの世界では人の想いは力になるから、生まれ持った境遇を努力で挽回出来るんだ。
能力値が低かったり人付き合いが苦手なら、それを鍛えようと努力すれば、先天的な欠陥がある人以外は必ず克服出来る。
しかもそんな人の数は、女神様のお陰で10万人に1人もいないとされている。
だいたい、生得情報や魔術やギフトや女神の加護まであって、一体誰に言い訳するんだ?
だから、挫折した人っていうのは、努力する意志を持てない人だ。
そんな奴らは誘惑に弱くて我が強い場合が多いから、嫌な事が出来ると立ち向かわずに現実逃避する。
あれも嫌だこれも嫌だで逃げ続けて、勝手に自分を追い込んで、人によっては結果を他人のせいにする。
そんな奴は周りに悪影響しか与えない。
自分の心を制御出来ない人は、1人で暮らせばいいだけだが、その覚悟も持てなくて、最後には周りに迷惑をかけ倒して身の破滅だ。
そんな人達を積極的に救うなんて俺は御免だね。
どんなにきれい事を言ったって、自分で救われようと努力しなければ、誰も助けられないんだよ」
メニエルは一言も言い返せなくて黙ってしまう。
さすがに見かねて、ケンは話題を変える。
「先生、そろそろ行きましょう。サマンサ城は逃げませんけど、観光客が多いと撮影に支障が出ます」
「ああ、そうだったな。以上でピオリルエリアの解説は終わりだ。ともかく、出来るだけ関わらないのように」
ケンは、「はい」と元気良く頷く。
他の3人は、まだ複雑な気分な様で元気がない。
飛空車は再びサマンサ城に向けて発信する。
サマンサ城は、小高い丘の上に立つ石造りの城だ。
城の四隅に高い塔がそびえ、自然石による無骨な要塞の様な姿は、獣人族独特の建築様式だ。
本来なら、空が飛べる世界では、城を高い場所に建てる意味はほとんど無い。
ただし獣人族の場合は、同時に二つの魔術を行使する人は少ないので、飛行魔術を使わせれば、ギフト以外の攻撃を防げて、飛んでくる敵を狙い撃ち出来る場合があるので、多少の意味がある。
特に2000年ほど前ともなると、魔術知識は今よりかなり乏しかったので、尚更意味があったのだろう。
城の前の駐車場に車を止めると、5人は車から降り、背伸びをしたりして解放感を味わっている。
ケンが、車の後ろ扉を開ける。
ヨシト以外の全員が通信魔道具の子機を受け取り、写動部の3人が、それぞれの荷物から受像機を取り出すと、撮影会の開始となる。
5人はサマンサ城の入り口で、それぞれが入場料を払う。
城の中に入ると、薄暗くて空気が少し澱んでいて、いかにも古城の雰囲気がする。
今日はメニエル先輩は、ハイドに付きっきりで指導するようだ。
ケンはなるべく邪魔しないように、付かず離れずの距離を保って2人のそばに控えている。
ヨシトとキュンメは撮影には参加せず、観光のつもりで2人で行動する。
何せ設定上は、2人は仲の良い友人なのだから、そうしないと不自然になってしまう。
城の中庭にある庭園の入り口で2人っきりになった時に、彼女は側にあったベンチに、彼と一緒に腰掛ける。
そして、先程から気になっていた事をヨシトに質問する。
「ウッドヤットさん、さっきの意見は興味深かったですわ。でも、てっきりマッケンジー君が反論するものだと思っていました。彼は、ウルルス高専では孤立して辛い目に合っていたんですもの。だから、弱者の心の痛みが解ると思っていたんです」
それを聞いたヨシトは苦笑する。
彼女はケンの事を何も解っていないと理解したからだ。
客観的に見れば、ケンは生まれてから今までずっと、決して弱者では無い。
だが、獣人族の中で生まれ育った上に、幼いころから前世の記憶に苦しめられ続けていた彼は、弱者の痛みを心の底から理解しているはずだ。
そうでなければ、奢り高ぶっていただろうし、未だに故郷の獣人族の親友達と文通をしているはずなど無い。
実際彼は、一度たりとも自分の能力をひけらかした事は無い。
だからヨシトは、キュンメの誤解を解こうと思った。
「キュンメさんは、ケンの生まれ故郷を知っているかい?」
「…確か、リンダ連合市国のステラ村って聞いていますわ。ずいぶん田舎の村でゾンメル教徒しかいないって言っていました」
「ああ、だから俺の意見を否定しなかったんだ。
ケンは、獣人族に対して同情はしても、憐れみなど持っていない。
獣人族の現実を知っているからこそ、犯罪者には厳しい。
弱者の心の痛みなんて、嫌っていうほど見て来ただろう。
だが、それを理由にして努力しない人を認める事は決してない。
ゾンメル教徒は自分に厳しいし、努力をいとわないからな」
「マッケンジー君は、他人にも厳しいという訳ですか?」
「いいや、厳しいんじゃない、公平なんだ。
だいたい、努力しない奴に努力している人以上の機会を与えるなんて悪平等だろ。
それは、相手の気持ちが解るとか、自分の立場がどうとかとは関係ない」
「…やっぱり彼は理解不能ですね。普通なら獣人族に公平でなんていられません。
お互いの違いを意識して距離を置いて付き合うか、無関心を貫くかでしょう?
それなのに、犯罪者を見て軽蔑しても、力の強さや残虐性を見て恐怖する事は無いし、魔術の才能の無さを見て同情しても、自分から手助けするつもりも無い。
はっきり言って、変人ですね」
ヨシトは、彼女の正直な意見に苦笑する。
どうやら、ケンの言っていたように、2人は色っぽい関係ではないようだ。
「ケンは論理的じゃないと思うかい?」
「ええ、全然違います。私の意見ならともかく、獣人族の現実を知っているなら、そんな結論になるはずありませんわ」
そう言って、彼女はベンチから立ち上がる。
そして、ヨシトの前に移動して、お嬢様らしく優雅に向き直る。
「ねえ、ウッドヤットさん。マッケンジー君は何を隠してますの?
…あなたなら御存知でしょ?」
「さあな、何の事か見当もつかない」
「嘘ですよね。ギフトを使わなくても、それくらいは解ります」
「君のギフトは『予測』だろ? 俺が何をしゃべるか『予測』出来たかい?」
「…いいえ、あなたもマッケンジー君も全然論理的ではありませんもの」
彼女は踵を返すと、1人で庭園の中をを歩いて行く。
何だか仲間外れにされたようで、少し悲しかったから。
時刻はまだ午前10時半を過ぎた辺り、
撮影旅行は始まったばかりだ。




