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第58話 写真部と撮影部の向かう先


放課後の3年8組の教室で、ケンは目の前の席に座っているメニエル先輩の説明を聞き終わると、どうするべきか考える。

横の席に座る友人のハイドに目を向けると、彼も少し思案しているように見える。

ケンは、自分の考えを決める前に、状況を確認してみる事にする。


「なあ、ハイドはメニエル先輩の事情を知っていたのか?」

彼は、難しい表情でケンの方を見る。


「いや、先輩とはクラブ活動の説明会の前に、一度だけ2人だけで、生徒会の大会議室で話した事があるだけだ。

先輩が説明会への参加を申請しに来られたので、俺が応対して断った。

クラブに所属していない上級生が参加するのは、生徒会規則によると違反行為だからな」


クラブ活動は、完全に生徒会の管轄かんかつだ。

予算もルールも罰則も、全てが教師達とは関係ない所で決まっている。

サブメンバーでしかないハイドは、生徒会規則を盾に、正規メンバーから体良ていよく厄介事を押し付けられたのだろう。

やらそうに見えても、意外に彼は苦労人かもしれない。


それはともかく、その様な事情なら、この問題は自分の決定に関係なく解決するかもしれない。

ハイドはルールに厳しいが、人情家な所があるので、メニエル先輩の事情を知った今ならば、彼女と撮影部との仲を取り持つかもしれない。

そもそも、撮影部の中に彼女の居場所が無い方がおかしいのだ。

撮影部は映画部では無いし、活動予算も写真撮影活動込みで認められているはずだ。

だから、友人の背中を少し押すつもりで話しかける。


「それで、生徒会メンバ―としてはどうする? このまま放置するのか? メニエル先輩の説明通りなら、撮影部はル-ル違反だよな?」


ケンにそう言われて、ハイドは再び考え込む。

恐らくギフトを使って分析しているのだろう。


「建前としては、放置するしかないだろう。

表向き、撮影部は何も規則違反はしていない。

だが、メニエル先輩の話を聞く限り、そういう問題では無い。

この問題の本質は、ウルルス高専から一つの文化が失われようとしている事だ。

…もう手遅れかもしれないがな」


ハイドは、メニエル先輩の方に向き直り、紳士的な口調で話しかける。

やはり、お節介をする気になったのだろう。


「俺が間に入った場合、メニエル先輩は撮影部で活動を続ける気はありますか?」


彼女は意外な展開に付いて行けず、目を白黒させていたが、ハイドの言葉の意味を理解すると残念そうな表情で話し出す。


「…難しいと思います。

1年ほど前に、当時の写真部の先輩の仲介で、今の撮影部の部長と話し合った事があるんです。

その内容は、撮影部の中に写真部を統合する件に付いてです。

…結局、話はまとまりませんでした。

こちら側としては、映画だけでなく、記録映像も含めて総合的な撮影を提案したんですけど、時間が取れないとの返事でした。

私が撮影部に入部する事は問題無いけれど、今の体制は変えたくないそうです。

映画はチームで作るもので、写真は個人で出来るから私の思うようにすればいいと言われました。

それではクラブに参加する意味はありませんし、お互いの刺激にもなりません」


それを聞いて、ハイドは不快そうに眉をひそめる。


「…その部長は勝手過ぎるな。撮影部を私物化している。

だが、部員から反対意見が出なかった所を見ると、似たような考えの持ち主が集まっているのだろう」


どうやら、話はそこまで単純には行かないらしい。

ハイドにしても、今の話を聞いてしまっては、彼女に撮影部への入部を勧める訳にはいかないのだろう。


そうなると、ケンは決断を迫られる。

彼は写真は好きな方だが、忙しいのにクラブに入ってまでやりたいかと聞かれれば、ちょっと考えてしまう。

それに現状は部員数が足りないので、彼女の誘いに乗ると、新たな部員探しを手伝わされるかもしれない。


だが考えてみれば、他に入りたいクラブがある訳でもないし、週に一度程度ならクラブ活動のつもりで彼女の手伝いをしてもいいかもしれない。

あと1人在籍する人が見つかれば、クラブの設立は認められるのだからそれほど困難なミッションでは無いだろう。

それならば、もう少し詳しい話を聞いてみてもいいだろう。


「メニエル先輩。写真部が認められるとしたら、どういった活動をする予定ですか?」


ケンの前向きな言葉を聞いたメニエル先輩は、パッと明るい表情になる。

(期待されても困るんだけどな)と考えつつも、ケンは彼女の話を聞く。


「写真部は、個人活動が基本です。

それぞれが取りたい被写体が違うからよ。

だから、部室にはそれほど顔を出す必要はないの。

もちろん、時間があるなら毎日出たっていいんです。

仲間と時間調整をして、同じ被写体を撮影するなんて事も出来るし、色々な話も聞けるから、私は出来るだけ顔を出してたけど、強制ではありません。

ただし、以前の取り決めでは、週に一度は必ず集まって報告会をしていました。

その時に、情報交換や先輩からの技術のレクチャーがあったの。

顧問の先生がいた頃には、撮影旅行とかに行く事もあったみたいだけど、それはさすがに無理だと思います。

要は本人のやる気次第です」


彼女の言った内容はある程度予想の範囲内だが、念のために確認してみる。

彼には他にやる事があるので、それほど時間は取れないのだ。


「例え僕が入部しても、ほとんど活動は出来ないですよ。

僕は、家庭教師を付けていますし、劣等生だから休みの日も勉強しないと卒業するのも大変です。

先輩のような写真好きでも無いから戦力にはならないと思いますよ」


彼女は、ケンの答えをある程度予想していたのだろう。

落ち着いた様子で問いかける。


「マッケンジー君は、今までに写真を撮った事がありますか?

すごく素敵な風景や印象的な光景や面白い事を残しておきたいと思った事はありますか?」


「…それは両方ともありますね。

小さい頃は父さんの受像機(カメラ)を借りて、村の人の写真や虫とかの写真を撮った事があります。

最近は忙しくて受像機を触ってませんけど、この街に初めて来た時は、写真に撮りたいと思いました。

でも、その程度なら誰だってそう思うんじゃないですか?」


「そうでもないのよ。そう思ってくれる人は少ないの。特にこの学校ではそうなの」


ケンは、ハイドの方をチラッと見る。

彼は、当然のように頷いた。


「俺は、必要以外は写真に残そうとは思わないな。

印象的な場面は自然に記憶に残るから、特に必要性を感じない」


(おいおい! 何て極端な意見だ)と思ったケンは反論する。


「それはそうかもしれないけど、写真に残せば、友達とかに見せたりして話のネタにはなるだろ。相手が興味を持てば、共感出来るかもしれないし」


「その場合は、記憶の投写魔術がある。

はっきりと写すのは難しい魔術だが、俺達なら行使出来る」


「それは全然違うぞ。記憶の投写魔術はどうしたって不鮮明だし、術者の主観が入るから正確じゃない。それはそれで面白いんだけど、写真とは別物だ」


「それでも、最低限の役には立つ。言葉で話すよりは正確に伝わる。正式な記録以外は問題ない」


「訳がわからん! …でも、それでいいなら、写真に人気が無くなるのも分かるよなぁ」


ケンの最後の意見を聞いて、メニエル先輩は苦笑しながらも寂しそうに話す。


「ノワール君の言っている事は、普通のウルルス高専生の意見です。

勧誘中に、同じような事を何度も言われたわ。

だからマッケンジー君は、きっと自分が思っている以上に写真が好きなのかもしれないわね。

私の意見だけど、大切なのは、撮りたい気持ちがあるかどうかだと思うの。

時間が無いのは分かるけど、シャッターを切る時間ぐらいはあるでしょ?

それに、最近の受像機は、光画魔術陣を使って直接スクリーンに投写するタイプもあるから、現像する手間もかからないわ。

要するに、写真に残したい物があるか、その時にシャッターを切れるかどうか、必要なのはそれだけだと私は思う」


「そんな程度でいいんですか? 先輩は、写真に対するこだわりがありますよね?

それなのに、他の部員が遊び半分で好き勝手に写真を取っていいんですか?」


メニエル先輩は、少し困った様に控え目に話す。


「それは、出来れば真剣に取り組んで欲しいけど、やる気のない人は続かないから言っても同じです。

簡単に言うとね、写真が好きならそれでいいの。

受像機はあくまでも道具だから、撮りたい物を自分の感性で撮るのが基本です。

技術とか芸術性とかは、気持ちがあれば、ある程度は身に付きます。

…でも本当は、そんなの全然関係ない。

単に私が写真を好きなだけなんです。

だから、写真部に入る唯一の条件は、写真や受像機が好きな人、それだけです」


彼女の意見を信じるならば、ケンは入部する資格はあるのだろう。

週に一度集まる程度で、好きに活動してもいいなら、修業にもそれほど影響は出ないだろうから、こちらこそ望む所だ。

だが、彼女の意見を信じるならば、どうして写真部は廃部になってしまったのだろうか?

頭の良い人間族は写真に興味が無いなんて、本当にそんな単純な理由だけで入部希望者がいないとは、いくらなんでも極端過ぎないだろうか?

こういう時、頼りになるのは横に座っている友人の意見だ。


「なあ、ハイドはどうして写真部が無くなったと思う?

この街のネオジャンヌ広場にも写真屋がたくさんいるから、今でも写真は人気があると思うんだ。

僕の故郷の村では、ビデオカメラなんて使っている人は1人もいなかった。

村長とかはお金持ちだったけど、持っていなかったと思う。

僕の実家は、村で唯一の万屋よろずやだから、それは間違いない。

だったら、せめてビデオカメラと受像機の両方を使ってもいいじゃないか。

どっちにもいい点があるんだから」


「確かにケンの言う通りだ。今でも写真自体は人気がある。

だがそれは、若い頃に写真に親しんだ大人達が多いはずだ。

写真部の入部希望者が減ってきていても仕方がないだろう。

そもそも、家庭用ビデオカメラが発売された時に写真部の名称や活動内容を改めるべきだったんだ。

どんな事情があるにせよ、過去の写真部員達は、写真だけにこだわって、動画撮影を排除すべきでは無かったと思う。

ウルルス高専では複数クラブへの在籍は認められないから、両方興味ある生徒は選択を迫られる。

写真部の廃部以前なら、そんな生徒は写真か動画のどちらかを選ぶしかなかったはずだ。

クラブ活動にそんな制約があるなら、両方とも選ばないかもしれない。

それでも普通の学校なら、予算の問題で写真部は残ったかも知れん。

ビデオカメラは最低でも30万ギルはするが、中古の受像機なら2万ギル以下で買えるからな。

つまり、記憶の投写魔術が使えて、裕福なウルルス高専の生徒なら、個人でビデオカメラを買える。

だから、写真部が無くなったのは必然だったと思う」


ハイドの『分析』を聞き終わると、メニエル先輩は辛そうに話し出す。

同じような事を以前の生徒会長に言われた事があるからだ。


「ノワール君も、ウルルス高専で写真部が復活しても未来が無いって言うのね。

でも、私は撮影部に入部する気はありません。

彼らと一緒にいても、写真部の伝統を受け継ぐ事は出来ないと思います。

あまりにも考え方が違いすぎるの」


彼女の言い分は認めるが、ハイドは更に厳しい事を言う。


「メニエル先輩は勘違いをされています。

写真部は、もうすでに廃部になっています。

伝統を受け継ぐというのは、完全に手遅れなんです。

ですがそれは、メニエル先輩の責任ではありませんから、どうせならば新しいクラブを作って、動画撮影を排除してきた悪い伝統を断ち切ってみてはどうですか?

論理的に考えても、将来の存続の為にも、写真部の名称や過去の活動内容にこだわるべきではありません」


彼女は、その意見を聞くと黙り込んでしまう。

今の彼の意見は、過去に相談に乗ってくれた、前生徒会長の提案とほとんど同じだった。

その時は、写真部の先輩が在学中だったので踏ん切りが付かなかった。

今はもう誰に気を使う必要も無いし、それが正しいと理屈では解ってはいる。

でも、過去の出来事を思い出すと納得が出来ない部分はある。

彼女が決断出来ずに悩んでいると、ケンはそれを見かねて意見を言う。


「なあ、生徒会の規則を改正出来ないのか?

複数のクラブに所属出来れば解決出来ると問題だと思うけどな」


「そうなると、かなり大がかりな変更になる。

予算や部室やクラブ開設要件、全てを見直す必要が出てくるな。

例え改正出来たとしても、混乱するだけで、特殊な場合を除いてメリットは無いだろう。

とても、現状より良くなるとは思えん」


「でもさ、ウルルス高専生は、ただでさえ人数が少ないんだから、部員を融通し合った方がいいんじゃないか? 大会に参加出来ないクラブも出てくるだろ?」


「ケンは知らないだろうが、人数の足りない部活には、生徒会の仲介があれば助っ人も認められている。

それに、籍さえ2重に申請しなければ、運動系クラブと頭脳系クラブへの活動参加は認められている。

つまり、現状でも複数クラブへの参加は認められているし、それでも足りなければ生徒会を通じて助っ人を募集すればいい。

生徒会メンバーとして、メニエル先輩を特別扱いする様な提案には、俺は反対だ」


ハイドの意見は最もなので、ケンは反論しない。

やはりこれは、撮影部の在り方と彼女の気持ちの問題なのだ。

それが解っている彼女は、ケンに向かってニッコリと微笑む。


「マッケンジー君、ありがとう。…あなたは優しいのね。

でも、ノワール君の意見が正しいです。

例え特別扱いしてもらったとしても、気持ちがある人が集まらなければ長続きはしないと思います。

それに、一度無くなった部活をそのまま復活するなんて、単なる私のわがままだと思います。

実は以前にも、キュンメ先輩がノワール君と同じように言ってくれてたんです。

でも、私が頑固で、キュンメ先輩の意見を聞き入れなかった。

ちょっと冷静に考えてみれば、そんなの撮影部がやっている事と変わらないわ。

そんな私が、彼らを非難なんて出来ないです。

だから、新しい部活は動画撮影も認める事にします。

いいえ、写真と動画の垣根を無くします」


一気にそう言い終わると、彼女ははかなげに微笑んだ。


「…本当はね、別に動画も嫌いじゃないの。

写真がそれ以上に好きなだけ。

私は、受像機もビデオカメラも両方とも扱えます。

受像機は趣味だけど、ビデオカメラは日常を記録するのに使っているんです。

そもそも、学生のクラブ活動なんだから、思いっきり楽しんで、自分の考えで撮影したらいいと思います。

それに、写真や動画に関係なく、それぞれが精一杯頑張れば、参考に出来る事があるかも知れません」


ケンは、その意見に満足する。

ハイドにも文句は無いようだ。

それならば、この問題は解決したも同然だ。


「なあ、ハイド。ちょっといい方法を思いついたんだけど、協力してくれるか?」

「…予想は付くがな。俺の気持ちは無視か?」

「撮影部をやめた奴を当たれば、人員は増えると思う」

「…なるほどな、その為の俺か」

「ああ、学年一の優等生で、3年の生徒会メンバーなら、効果は絶大だろ」

「俺はサブメンバーだから、効果のほどは保証出来んがな。…ともかく、ケンの行き先だけは決まる。それなら、この茶番にも意味はあるだろう」

「だったら決まりだな。後は撮影部だけど、そっちは何とかなりそうか?」

「そっちはまかせろ。予算をぶんどってやる」


3年の男2人が勝手に話を進めているのをメニエル先輩はビックリした表情で見ている。

ケンはハイドと共に立ちあがると、彼女に話しかける。


「じゃあ、生徒会室に行って、クラブの申請をしましょう」

「えっと? どういう事なの?」

「僕とハイドが入部します。3人になりますから、新しいクラブが認められます」


彼女は2人を交互に見ると、恐る恐る話す。

「…本当にいいの?」

ケンは頷いて、彼女に手を差し伸べる。

彼女は少しためらったが、その手をつかんで立ち上がる。

ハイドはそれを確認すると、教室の入り口に向かい歩き始める。

それから思い出したように振り返ってから、彼女に説明する。


「俺の場合は、生徒会がありますから籍を置くだけです。

それと、生徒会室に着くまでにクラブの名称を考えて下さい。

もう時間がありませんから先に行きます」


「ちょっと、いきなり言われても困る」

彼女がうろたえているのを見て、ケンは説明を始める。


「ハイドは、撮影部の問題を生徒会に提案するので急いでいるだけですよ。

僕達は、クラブ名を決めましょう。

それと、活動内容も決めておいた方がいいですよね。

正式な活動開始は、部室が決まってからになりますけど、どうせなら元写真部の部室がいいと思います。今は空いてますか?」


「ええ、写真部の部室には現像室が付いているので、空いています。

…でも、何でこんな急展開なの?」


「早い方がいいんですよ。今日はクラブ活動の初日ですからね。

撮影部の実態を見た3年生が、鞍替えするかもしれませんから」


「…なるほど、解りました。それなら4年生にも1人心当たりがいます。

クラブが正式に認められたら勧誘してみます」


事態は一気に動き出した。

もちろん、誰にとっても良い方向で。



それからも色々あったが、たった2週間程で話はまとまった。

撮影部は、名前を映画撮影部に変えて、写真や動画撮影を担当する事は無くなった。

そして、新たに写真動画撮影部が作られ、旧写真部の部室を使って活動を開始した。

写真動画撮影部、略して写動部には、ケンとハイドとメニエル先輩に、撮影部をやめた2人が加わり、5人が在籍している。


それからケンは、一週間に一度は部室に顔を出す。

鞄の中には、ヨシトからもらった中古の小型カメラが入っている。

今は写真専門だが、将来は動画撮影にもチャレンジしてみようと思っている。

狙っている機種は、修業の様子を撮影している高性能のビデオカメラだ。

値段が高いので、購入資金を貯める為に、自分の造った魔道具を姉に頼んで販売してもらっている。



ケンのウルルス高専3年目は、友人も出来て、クラブ活動にも参加し、人間関係もそれなりに順調のようだ。

後は、勉強さえ上手くいけば言う事無しだろう。



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