第53話 ケンとキュンメ先輩
「あなた、51番君よね」
マリアネア第二孤児院の事務室の奥にある院長室の前で、ウルルス高専の前生徒会長であるリエリス=キュンメからそう言われたケンは、一瞬顔をひきつらせると、振りかえって返答する。
「さて、なんの事でござんしょう。あっしには関わりのねえ事でござんす」
彼女は少し呆気にとられ、不可解そうな表情でケンを見る。
これは、伝説の傭兵の物語に出て来た流れ者のセリフそのままだが、お嬢さまは読んだ事は無いらしい。
まあ、獣人族のフリーの傭兵の話を読む女性はめったにいないだろう。
「…いったい、どこの訛りなのかしら? でもちょっと面白そうだから続けていいわよ。ねえ、51番君。あなたは私の事を知らないかしら? ウルルス高専で生徒会長をやってた事もあるのだけれど」
「ボク、ワカリマセンコトヨ」
「今度はカタコトなの? じゃあ、次は何かしら」
煙に巻こうと思っていたのに、彼女は興味深そうな瞳でそう言ってくる。
何だか期待されているみたいなので、破れかぶれ気味に話してみる。
「自分は分からないであります。軍曹どの!」
「それは、あんまり面白くないわね。実際の軍人は、そんな話し方はしないわ。何より敬礼の角度が甘い! キュンメ一族としては許せない所ね」
そういえば、彼女は軍人の家系の、しかも直系のお嬢様だった。
ケンの軍人ごっこが通用しなくて当然だろう。
だが、馬鹿なケンはそう簡単にはあきらめない。
「ご教授ありがとうございます。軍曹どの! こうでありますか?」
「…そう来るとは思わなかったわ」
ケンが敬礼の角度を変えると、キュンメ先輩は彼の右手をそっと修正する。
内心驚いたケンだが、ここで引いては負けの様な気がする。
「それでは、敵陣に特攻するであります! さらば軍曹どの!」
「ちょっと、お待ちなさい!」
彼女はまわれ右したケンの襟首をむんずとつかむ。
「離してください軍曹どの! 小生はお国の為に散るのです!」
「はいはい、ところでどうして軍曹なのかしら?」
「まさか曹長殿でありますか? それより離してください。軍服が破れます!」
「…ふぅ~ん、あくまでも軍人だと言い張るんだ。じゃあ命令よ! こっちを向いて私の目を見なさい!」
完全に墓穴を掘ったケンは、キュンメ先輩がつかんでいた襟首を離すと、大人しく向き直って彼女の目を見る。
彼女の視線に射抜かれた彼は、何だかいたたまれなくなって視線をそらす。
とても勝ち目がないと思ったので、完全撤退を決意する。
「…じゃあそういう事で」
まわれ右して立ち去ろうとするケンの服を後ろから引っ張るキュンメ先輩。
彼は嫌そうな顔で再び振り向く。
「服が伸びるから離してください。安物ですけどお気に入りなんですから」
「あなたが逃げるからです! ちゃんと喋れるんだったら、始めからそうしなさい!」
どうやらケンは逃がしてはもらえないようだ。
大きく一つ溜息をつくと、今度はちゃんと彼女の目を見て話す。
「なんの用です? 僕は家に帰りたいんですけど」
「ちょっと話したいんだけどよろしいかしら?」
「よろしくありません、さようなら」
「だから、ちょっとお待ちなさい!」
今度は右手を引っ張られて止められる。
ケンはだんだん腹が立ってきた。
「話したくないのに話をしろとは、なんの権利があって言ってるんです?」
「私が話したいから! それだけで十分です」
「それは、権利じゃありません!」
「それでは、私の話を聞ける権利をあなたにあげますわ」
「先輩、意味が解りません。わざと言ってますよね?」
「当り前です。でも、私と話をしたい男性はたくさんいるのよ。チャンスだとは思わないの?」
「…やっぱり帰っていいですか?」
「駄目に決まってます。観念なさい」
さも当然のように言うキュンメ先輩。
それが板に付いているのが、何とも憎たらしい。
(これだからお嬢様は始末に悪い。でも、このまま言い合っていてもらちが明かない。それに、タラチナさんや院長先生にも迷惑がかかるだろうし)
そう思ってナタリーメイ院長の方を見ると、何だかニコニコしている。
「2人がそれほど仲の良い友人だとは知りませんでした。学生時代の友情は、かけがえのないものです」
ケンの気持ちも知らず、ナタリーメイはそんな的外れな事を言う。
訂正しようかとも思ったが、話が更にややこしくなりそうだから止めておく。
すると、ケンの背中をツンツンとつつく人がいる。
確認するまでもなく、タラチナだ。
悪い予感しかしないが、体をひねって、顔だけを彼女の方に向ける。
すると、彼女は満面の笑みを浮かべている。
「2人は芸人コンビ? 面白いから、もっと続けて」
「違いますから。…そんな期待した目をしてもダメですよ」
そういえば、彼女はお笑いが大好きな人だった。
同じ学校の2人を学生漫才コンビだとも思っているのだろうか?
もちろん、ウルルス高専にそんなクラブ活動はない。
タラチナの希望はともかく、さすがにこれは否定する他ない。
下手をしたら、孤児達の前で漫才でもやらされかねないからだ。
何だかどっと疲れたケンは、早く終わらせようとキュンメ先輩の方に向き直る。
「それで、話って何です? 可及的速やかに終わらせたいんで、とっとと話してください」
ケンの声は、明らかに不機嫌な感じだ。
さすがに、キュンメ先輩もケンが気分を悪くしているのに気付いたのだろう。
「ケン君、…でいいのかしら? 名前を知らなかったとはいえ、番号で呼んで悪かったわ」
「初対面なんだから当然です。僕は先輩ほど有名人じゃありません」
「そんな事はないと思うわよ。あなたは私と同じくらい有名よ」
(それは悪名ですけどね。それに、周りからは無視されてますから)
そう思ったケンだったが、言葉をぐっと飲み込む。
鼻血ブーだと言われなかったただけでも、まだましだろう。
それに、入学式での失態は、ナタリーメイやタラチナは知らないのだ。
せっかくヨシトが気を遣って黙っていてくれているのに、自分から墓穴を掘る必要はない。
ケンとしては、一刻も早くこの場から去りたいだけだ。
「話が進みませんね。用件をしゃべってくれませんか?」
「…どうせなら場所を移しましょう。あなたにも知られたくない話はあるでしょ?」
これには異論はなかったので、ケンは黙って頷いた。
ケンはナタリーメイとタラチナに帰る事を伝える。
「じゃあ、院長先生、タラチナさん、また来ますから」
「マッケンジー君、また遊びに来なさい」
「これからデート? それとも漫才の稽古?」
「はい院長先生、ヨシト先生に飛空車の件、必ず伝えておきます。…それと、タラチナさんはわざと言ってますよね?」
その会話を興味深そうに聞いていたキュンメ先輩も、2人に声をかける。
「それでは院長先生、ありがとうございました」
「ええ、キュンメさん。あなたもまた遊びに来なさい。あまり悩み過ぎないようにしなさい」
「はい。…それと、事務員の方にはお詫びいたします。騒がしくして申し訳ありませんでした」
「気にしないで、面白かったし。…それよりケン君は、もう出て行った」
タラチナが指差した先には、もうケンの姿は見えなかった。
「失礼します」とだけ言い残し、彼女は早足で事務室を出て行く。
キュンメが急いで孤児院の入り口を出て辺りを見回すと、ケンはもう30m先の歩道の上を歩いている。
「ちょっとお待ちなさい! ケン君」
大声で待てと言われて、ケンは大人しく立ち止まる。
逃げる事は出来るが、間違いなく彼女は追いかけてくるだろう。
休日の朝っぱらから、こんな有名人相手に追いかけっこはしたくない。
もし知り合いに見られたら、ひどい誤解を生みかねないのだから。
今は休日の朝9時頃なので、幸い辺りに人影は見当たらない。
だったら、この場でさっさと済ませた方がいいだろう。
ケンは、彼女がゆっくりとこちらに近付いて来るのを見ながら、そう考える。
キュンメ先輩がケンの目の前で立ち止まる。
「ありがとう、待ってくれるとは思わなかったわ」
「…用件を聞かせて下さい」
不機嫌なケンに対して、キュンメ先輩はすごく楽しそうだ。
2人の身長はほとんど変わらないのに、わざわざケンの顔を覗き込むようにして彼女は話す。
「意外とせっかちなのね。私はあなたとじっくりと話してみたいだけ。今から喫茶店にでも行って、話をしましょう」
「貧乏学生ですから、お断りします」
ケンの言葉に、ひどく驚いた様子の彼女。
「貧乏って本当なの? 先程も服の事を安物と言ってましたけど…」
「先輩の基準は分かりませんけど、僕は奨学生です。少なくてもキュンメ先輩よりは貧乏なはずです」
「…だったら私が支払います」
「おごってもらう理由がありません」
「私は、あなたと話がしたい。立ち話は嫌です。あなたは奨学生で私の実家は裕福。何か問題があって?」
ケンは、とりあえず彼女の誘いに乗る事に決めた。
不快な話になるかもしれないから、お茶の一杯程度じゃ割に合わないが、逆らえば逆らうほど時間がかかるだろう。
それに、どうして嫌という訳でもない。
「…僕は、先輩の気に入るような喫茶店なんてどこにあるのか知りませんよ」
「それは、私にまかせなさい」
そう言って涼やかに笑う彼女は、舞台女優のように様になっている。
もうすっかり観念した彼は、歩道を歩いて行く彼女の後ろをトボトボと付いて行った。
2人は、孤児院から歩いて5分くらいの小さな喫茶店に入る。
3席ほどしかないテーブルの一番奥の席に向かい合って座る。
喫茶店には、カウンター席に客が1人、その奥には人間族の女性店主らしき人がいて、店内にはクラッシックの静かな音楽が流れている。
内装も古風で、かなりオシャレな喫茶店だといえる。
しばらく待っていても店員が来ないのでケンが戸惑っていると、キュンメ先輩がテーブルに備え付けてある紙を取りだした。
どうやらこの店は、メニューの中から選んだ品を紙に書いて、自分から店主に届けて注文するシステムらしい。
「何か頼みたいものはあるかしら?」
「先輩のおごりでしょ? お任せします」
キュンメ先輩は、メニューも見ずに注文用紙に書き込むと、大気を操作して用紙をカウンターに届ける。
周りにほとんど風の影響を感じさせない、見事な魔術の腕だ。
しばらくすると、フルーツジュース2つがトレーに乗ったまま、操作魔術でふわりと宙を運ばれてくる。
静かにテーブルの上に置かれると、キュンメ先輩はフルーツジュース2つをトレーから取り出す。
すると、テーブルの上のトレーだけが音もなく浮き上がり、店主のいるカウンター奥に回収されていく。
これなら、店主1人だけでも店を回せるだろう。
ただし、店主が人間族だから出来るやり方だろうが。
キュンメ先輩は、フルーツジュースに刺してあるストローに軽く口を付けてから話し始める。
「私ね、ずっとあなたと話したいと思っていたの。だけど、なかなか機会が無かったから、卒業前に知り合えてよかったわ」
ケンは目線を合わせず、窓の外をずっと眺めている。
ジュースにも口を付けていないし、無駄話をする気もない。
「自己紹介がまだだったわね。私はリエリス=キュンメ、5年生よ。今年の7月でウルルス高専を卒業予定。こんな所かしら。あなたも自己紹介してくださらない?」
「…ケン=マッケンジー、2年です」
視線を彼女に向け、無表情で話すケン。
話を早く終わらすには、それが一番だと思ったからだ。
それに、気に入らないからといって、あまり失礼な態度を取り過ぎるのは問題があるだろう。
彼はそこで、ふと気付く。
(僕は何が気に入らないんだ? 彼女の事なんてほとんど知らないのに)
気に入らないというより、何だか無性にイライラしている感じだ。
51番と言われたくらいで、そんな気持ちになっていたら、ケンはとっくにウルルス高専を退学していただろう。
理由が解らないので、とりあえず彼女と話してみる。
「僕から質問していいですか?」
「もちろんいいわよ」
「先輩は、何でこんな朝早くに孤児院にいたんです?」
「…ウッドヤット院長先生に、ギフトの事で個人的に相談に乗ってもらっていたの」
この意外な答えに、ケンは俄然興味がわく。
何せ彼は、好奇心の塊なのだから。
「先輩のギフトって、『予測』でしたよね? ウッドヤット院長は確か『予感』だったはずです。両方とも未来視に関係していますけど、レアギフトとオリジナルギフトの違いはあるし、内容もかなり違うはずですよ」(文末参照1)
「…あら、すごく詳しいのね。ちなみに、あなたのギフトは何?」
「『曲折』というオリジナルギフトです。簡単に言うと、意志付けした物質を曲げたり折ったりする能力です」
「職人系ギフトなの?」
「…そうですね。でも、難しい加工は苦手です」
「中途半端なのね」
「そうかもしれませんね。…それより、『予測』と『予感』の持ち主同士が話し合うなんて、何かとんでもない事でも起こるんですか?」
ケンが心配するのも仕方がない。
『予感』は何の根拠も無しに未来を予知するギフトであり、『予測』は論理的な予測が出来るギフトだったはずだ。
この2つの持ち主が、休日の朝にギフト関係の話をしていたならば、社会的な大問題が発生する可能性まである。
だが、彼女は自虐的な笑顔で否定する。
「そんな大したことじゃないのよ。特に私のギフトは、そこまでの予測なんて無理よ。だって、前提条件を知らなければ『予測』出来ないし、それが間違っていれば、予測結果だって違ってくるのよ。まだ『予感』の方が未来視に関しては上だわ」
ケンは少し安心する。
いきなりこの街でテロが起こるなんて事はなさそうだ。
「じゃあ、本当に個人的な事なんですね。ちょっと安心しました。…もしよかったらですけど、問題無い範囲で教えてもらえませんか?」
「…そうね、一言でいえば、私も院長先生もギフトを制御出来ないのよ。例えば私の場合、話している相手の嘘がいきなり解ったり、テストの答えだけが解ったりするの。あんまり楽しい事じゃないわ」
「先輩は、試験で満点以外は取った事がないんですか?」
「…まあ、ほとんど無いわね。わざと間違える訳にはいかないでしょ?」
「それそうですけど…、でもテストで落第する心配がないなんて、すごくうらやましいですね」
ケンの素直な感想に、彼女はその凛々しい顔を歪める。
「何言ってるの。そんなの問題集の答えだけ見てるのと同じよ。問題を解く楽しみが無いじゃない」
「応用問題はそうですけど、基礎やひっかけ問題はただの作業でしょ?」
「そんな簡単な問題、ギフトを使わなくても間違えないから関係ないでしょ?」
(間違える人もいるんですけど、例えば先輩の目の前に)
あまりカッコ悪い事を言いたくないので心の中だけで反論する。
ケンが返事をしないのを肯定と受け取ったのか、彼女は頷く。
「これは、体験してみないと理解できないわね。そんな訳だから、似たギフトの持ち主であるウッドヤット院長に悩みの相談をしていたのよ」
確かに、意に反して未来が分かるのは面白くないだろう。
しかも、それが正確な予測でなければ辛いだけかもしれない。
「事情は分かりました。でも、解らないのは先輩が今僕と話している理由です。わざわざ呼び止めてまでなんて、一体何故なんです?」
彼女は、理知的だが好奇心丸出しの顔で、質問を質問で返す。
「あら、予想出来ないの? ウルルス高専の学生なら、それくらいは解るべきよね?」
「僕は先輩の事をよく知りません。だいたい、目の前に答えを知っている人がいるのに、わざわざ予想なんてしたくありませんよ」
「意外に合理的なのね。嘘をついてるようには見えないし、ますます興味深いわ」
今度は完全に、研究者の様な引き締まった表情で考え込む。
ケンは、何となくわかってしまう。
詳しい理由は解らないが、彼女の研究者としての部分が、自分に何らかの興味を持っているのだろう。
つまり、自分は実験動物扱いな訳だ。
これは非常にまずい。
もう能力値強化は終わったが、ケンの体は詳しく調べられると色々と問題が出てくる。
ただでさえヨシト先生に迷惑をかけているのに、これ以上厄介事を持ちこむつもりはない。
それに、キュンメ先輩の前で下手な嘘は禁物だ。
『予測』ギフトの持ち主の前で辻褄の合わない事を言うと、簡単に嘘がばれるはず。
残念だが、もう帰った方がいいだろう。
(残念? 何でそう思うんだ?)
その疑問を並列思考の一つに預けて、ケンはキュンメ先輩に話しかける。
「先輩が話す気が無いなら、もう帰りますから」
立ち上がろうとしたケンの両肩が急に重くなる。
どうやら、キュンメ先輩が重力のベクトル操作をしているようだ。
これくらいなら立ち上がれるが、並の人間族には無理なはずだから自重する。
「何のつもりです? 下手をしたら犯罪ですよ」
「あら、完璧な制御でしょ? この程度なら問題無いわ」
確かに、今まで話していた相手の両肩を押さえつけたくらいでは犯罪にはならない。
そして、口では彼女には勝てそうもない。
「僕は、先輩のおもちゃになるつもりはありません。これ以上は、何を聞かれたって黙秘します」
それを言うと同時に、彼の並列思考が答えを出す。
ケンがキュンメ先輩の言葉を気にするのは、どうやら彼女の事を好きだからであると。
これが、彼にとっては初恋であると。
しかも、完全に一目ぼれである事にも鈍くないケンは気付いてしまう。
(どうしろっていうんだ、こんちくしょう!)
彼は内心で毒づいた。
設定および解説
(1)『予測』ギフトについて
非常に強力で有用なレアギフトです。
もちろん万能な物ではありませんが、前提条件さえそろっていれば、高い確率で事象の論理的な予測が出来ます。
作者のイメージとしては、コンピューターのような数値解析に基づくシミュレーションと本人の推理が合わさったプログラムの様な力と考えています。
ですが、途中経過をすっ飛ばして結果だけ分かるので、本人でも論理的に何故そうなるかの証明出来ません。
このギフトの持ち主は、試験問題はもちろん、魔術シミュレーションや簡単な物理的なシミュレーション程度なら完璧に結果が予測出来てしまいます。
しかも、相手の話や文章の論理的な矛盾に完璧に気が付いてしまいます。
だから、頭脳職や研究職にぴったりのギフトといえます。




