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第50話 ケンは学校で孤立する


ウルルス高専に入学してから2週間、ケン=マッケンジーの苦闘は続いている。

彼の苦手な学科授業もそうだが、今一番深刻なのは人間関係だった。

ケンが鼻血を出して倒れた後、入学式は一時中断してしまい、出席していた医師から簡単に彼の事情が説明されたのも、混乱を収める為とはいえマイナスに働いてしまっている。


あれから2週間経った今では、ケンの悪い噂が広がっていた。

来賓らいひんや生徒の親達がいる入学式で、あれほど悪目立ちしたのだから学校外でも話のネタにされている始末だ。

まあそれは、ケンの個人名までは特定されていない笑い話なので、直ぐに収まるだろう。


だが、学校内ではそうはいかない。

彼の事を知らない者は、ウルルス高専内にはもういないだろう。

『補欠合格の鼻血男』とか『51番は病気持ち』とか、ともかく酷い言われ様だ。

いっそ、笑い話にしてくれたのならいいのだが、賢い生徒の集まる学校ではそうならない。


結局、彼の同窓生が取った対応は、出来るだけ関わらない様にする事だった。

平たくいえば、ケンは必要以外は無視されていたのだ。


それでもケンはあきらめずに、積極的にクラスメイトに話しかけているのだが、いまだに友人と呼べる人はいない。

完全に孤立してしまった彼は、それ以上はどうしようもなくて、嵐が収まるまでじっと待つ事しか出来なかった。



一方、ヨシト=ウッドヤットは、今回の事に強い責任を感じていた。

今思えば、ここまでひどい状況になる事を回避する手段はあっただろう。

だが、一度起こった事件は無かった事には出来ないし、一度定まった悪評を覆す事も難しい。

まして、自分が表立って解決出来るとは思えないし、何より目立つ事は出来ない。

今はケンを慰める、それしか出来なかった。

だから、いつもの朝の診察の後にヨシトはケンに提案する。


「なあ、ケン。少し落ち着いたら、クラスメイトを家に招待してみたらどうだ?」

「…難しいと思いますよ。もう何人かを誘ってみたんですが、『君と友人になる意味は無いよ』とまで言われました。クラスメイト12人中6名に断られた時点でやめましたけど、多分全滅ですよ」

ヨシトは思わず絶句したが、なんとかフォローしようとする。


「なぁーに、ケンが頑張れば、きっと誤解は解けるさ。それからまた誘えばいいだけだよ」

「…そうですね、僕も焦り過ぎていたと思います。それにもう、なるようにしかならないと思います」

「…そうだな、まだ後5年もある。頑張ればきっと認めてくれる人も出てくるさ」

「…僕の場合は、進級が出来るかどうかですね。能力値強化の授業は全部見学ですし、魔術の実技も見学する場合が多いですから、学科で相当頑張らないと多分落第します」


珍しくケンはネガティブで元気が無いようだ。

さすがに色々な事があって、こたえているのだろう。

だが、この程度の事で収まっている彼の精神は、間違いなく強い。

普通は、登校拒否になってもおかしくないのだから。


「よし、じゃあ今日帰ってきたら勉強を教えてやる。もちろん、修行の手も緩めないぞ。あれから体調は良好だから、鍛えてやるのが問題の解決の近道だろう」

「それは望むところです! 見学の時間は学科の勉強してるんですが、クラスメイトの中で、やっぱり僕が一番馬鹿だと思いますから」

ヨシトの提案に、ケンは明るく返事する。

今はそれしか出来ないのだから、気持ちを切り替えたのだ。



朝食後に、ケンはいつものようにウルルス高専に通学する。

学校までの足には大型魔動車を使っていて、家から約30分ほどの道のりだ。

今日も、最寄駅である学園通り駅で降りてから、歩いて5分ぐらいの高専までの舗装された歩道を進む。

目の前に校門が見えて来て、そこを過ぎてから校庭を横切って1年8組のる校舎の中に入る。


ウルルス高専の1年生は、2月入学生が1から4組、8月入学生が5から8組の計8クラスで、生徒数は約90名だ。

ただし、2年生は80名ほど、3年生は70名ほど、5年生になると毎年50名ほどしかいなくなる。

つまり、それだけ落第や退学して、他の魔術系高校に転校しているのだ。

ただし落第生といっても、他の魔術系高校ならトップクラスなので、転校は当たり前に認められている。


彼らが学校を去る理由は、1、2年時は能力値強化に耐えられない者がほとんどで、それ以降は学校の基準を満たさない成績を1教科でも取った生徒が対象になる。

ウルルス高専は、知能、魔術、精神、体力、全てに優れた者にしか卒業できない過酷なエリート校なのだ。


ケンは自分のクラスの1年8組に着くと、鞄を下ろして教科書とノートを机の引出しにしまう。

多くの高校がそうだが、教室には個人ロッカーや棚があり、机も椅子も長机でなく個人専用だ。

ただし、ウルルス高専ではその豪華さが違う。

日本での40名クラス同等の広さを持つ教室に生徒数は13名、机や椅子も大きくてゆったりした造りになっている。

ロッカーや棚の数は16個あるが、余った分は成績上位者が使って良い事になっている。


これからも分かるように、学校内では完全に実力優先であり、成績は常に細かく貼り出されて衆目にさらされる。

それによると、ケンの魔術の能力値は52人中11位だ。

だがこれは、今後は落ちる一方だろう。

魔術の実技と理論を合わせた総合成績は、テスト結果がまだ貼り出されていないので解らないが、恐らく平均より少し上程度になると予想している。

これも目立たない為に、実技試験を抑えた結果である。


体力テストの成績は22位で、これもヨシトの指示通りなので、今後も平均点辺りを目指すつもりだ。

ただし、学科の成績は51位である。

せめて、後3つくらいは順位を上げないと、学科だけで落第する可能性は十分にある。


これによりケンは、現在の総合順位は52人中28位、1年8組の13名中8位という成績になる。

つまり、ロッカー2つはもらえない平均以下の生徒というのが、今の彼の立ち位置だ。


だが、ケンは気付いていない。

これから学年が上がるごとに、魔術や実技テストの難易度が上がるはずだ。

せめて今の時点では、怪しまれないギリギリ程度の優秀な成績をしておくべきだったのだ。

何故なら表向きには能力値を伸ばせない彼にとっては、魔術実技や体力テストの成績だけ上がるのは逆に不自然になるのだから。


もちろん少しくらいは大丈夫だろうが、2,3年への進級はともかく、卒業できるかどうかはかなり微妙である。

エリート高専は相対評価では無くて一定以上のレベルを求められるので、高学年になればなるほど、落第をギリギリ免れる順位辺りが適当になってしまう。

だがこれも入学式と同様に、一度出した結果は簡単には覆せない。

つまり、全ては後の祭りなのだ。



ケンは、今はまだその事に気付かず、授業前の予習をしている。

最初の授業までには、まだ40分ほど時間がある。

クラスにはまだ彼しかいないが、ほとんど無視されているので、他の生徒がいてもいなくても関係ない。

予習を始めてから5分後、突然に声をかけられるその時までケンはそう思っていた。


「マッケンジー君、ちょっといいか?」

ケンは、ノートから目を離して顔を上げる。

そこには、クラスメイトの男の顔がある。

彼は確か、ハイド=ノワールという名前の同期で1番の優等生だったはずだ。


「もちろんいいよ。何か用かな?」

ケンは嬉しかった。

この二週間で、初めて彼から声をかけられたのだから。

しかも、まだクラスにはケンと彼しかいない。

個人的な話なのかもしれない。


「なあ、マッケンジー君は、何でここに入学したんだ?」

「え? どういう意味?」

「そのままの意味だ。君はここに来るべきじゃないだろ」


あまりにぶしつけな質問に、ケンは言葉が出てこない。

だが、ケンカを売っている態度にも見えなかった。


「俺は、ここ1週間ほど君を観察していた。君の噂は自然に耳に入ってきたが、全然理解出来なかったからだ」

「理解できない? 僕の何が解らないんだ?」


ケンの質問に答える前に、ハイドはケンの横の席に座る。

そして、ケンの方に向き直ると、紳士的な表情と声で話す。


「君は、全ての能力値強化の授業を見学している。つまり、今までの3分の1近くの授業をまともに受けていない。理由はもちろん知っている。入学式の事もあるし、君が体質的に強化薬を受け付けない事も先生から聞いて理解している。だからもう一度聞く、君は何でここに入学したんだ?」


いくらなんでも、これほどストレートに聞かれるとは思っていなかった。

だが、チャンスかもしれないと感じる。

自分を理解してもらうには、腹を割って話すしかないのだから。


「僕は、ウルルス高専が総合的に鍛えてくれる学校だと思って入学したんだ。特に学科については、他のどの高校より上だと思っているよ。僕は勉強が苦手だから」

「将来、頭脳職に就く気もないのに?」


これには、ケンは驚く。

将来の夢や進路については、クラスでの自己紹介の時にも言ってないのだから。


「僕、そんな事言った記憶が無いんだけど。どうしてそう思うんだ?」

「俺が見るに、君は研究職や教職の話題には興味を示さない。今の様子を見ても、興味が無いようにしか思えない。俺のギフトは『分析』だから、その派生能力で相手が何に対して興味を持っているのかが何となく解るんだ」


『分析』ギフトは、一応レアギフトになる。

『解析』ギフトの劣化版だとも言われているが、現象を要素に分け理解する事が出来る。

だから、論理的思考を目指す人にとっては憧れのギフトの一つである。

一番の特徴は、その応用範囲が広い事で、物理現象以外、例えば文章や芸術にも応用できる。

このギフトの持ち主は、生まれながらの評論家であるといえるのだ。


つまり彼は天性の評論家で、ギフトの派生能力で個人の持つ好き嫌いが解るのだろう。

その彼から見て、ケンは非論理的な存在なのだ。


ケンは、正直に答えるべきか悩む。

自分の目的や夢なんて、他人には理解されないだろう。

まして今は、クラスで孤立している状態だ。

冒険者になりたいなんて言ったら、新たな悪い噂のタネになりかねない。

だから、話せる事だけ話そうと決めて慎重に質問に答える。


「確かに僕は、頭脳職になるつもりはないよ。でも、論理的思考を身に付けたいし、魔術のレベルも上げたい。能力値強化の授業を受けられなくったって、この学校に来る意味はあるよ。だって、ウルルス高専は、国内で3本の指に入る高校なんだから」


ケンの答えに首をひねりつつも、ハイドは言葉を返す。


「急に論理的な考えになったな。でもそれなら、医療系か学術系の高校を選ぶ方がいいだろ? ここにいると、ほぼ確実に1、2年の授業の4分の1近くを無駄にするんだ。転入試験を受けて転校しても、今ならすぐに追いつける」


能力値強化は最大2年間である。

その時点でも魔力体が安定しない生徒も多いが、3年目以降は非常に効率が悪いとされているからだ。

ケンはこれから2年間は能力値強化授業を見学する事になり、その間は1人教室で自習する事になる。

だから、ケンの事情を知らないハイドの意見は正論で、確かに時間を無駄にする可能性は高い。

だが、この質問は想定の範囲内で、ケンは用意していた模範解答をハイドに答える。


「僕は魔術に興味があるんだ。ウルルス高専は応用魔術系の学校だから、3年生からが本番だよね。だから1,2年で少し時間を無駄にしても、3年目以降はレベルの高い魔術を覚えられるから、十分に元が取れるよ」

「でも、マッケンジー君には3年目は無いかもしれない。3年までには3割が退学する高専で、君は能力値が上がらないんだからギリギリのラインだな。自然増加もそれほど期待できないかもしれないし、体調が悪いなら実技授業も見学がちになるはずだ。とても卒業出来るとは思えない」


ケンは、ハイドに言われて初めてそれに気が付いた。

目立たない事も能力値が表向き伸ばせない事も、ヨシト先生と決めたルールなので、今より強くなったり、急に魔術が得意になったりは出来ないのだ。

更に病気持ちという設定なので、ハイドの言うように魔力体が安定するまでは実技の授業も見学する機会が多くなるはずだ。

彼は、自分が予想以上に追い込まれている事をようやく自覚した。


「…大丈夫だよ、見学中に学科の勉強をすれば、その分はカバー出来ると思うから」

「それは、意味が無いだろ。俺が言っているのはそこだよ。ウルルス高専は、魔術系とはいっても実情は違う。ここの2本柱は、能力値強化と頭脳職を目指す人材の育成だ。両方に関係の無いマッケンジー君が来るべき学校じゃないんだ。俺の言っている事が解るだろ? 間違いは、早めに正した方がいいと思う」


一つだけ間違いが無いのは、ケンは口ではハイドに勝てない事だ。

『分析』ギフト持ちで、頭の良い彼は、論理的に矛盾をついてくる。

しかも、全く悪意が無いから始末に負えない。


「ノワール君は、僕にさっさと退学しろっていうのか?」

「それが良いとは思うが、それは君が決める事だ。何故なら、俺は君じゃない」

「それはどうも。でも君は、僕に退学して欲しいようにしか思えないよ」

「…参考までに言うと、高度な勉強がしたかったら、総合大学院か専門院に行けばいいだけだ。わざわざウルルス高専に来なくても、順番に上の学校へ進めば無駄な時間を過ごさなくていい」


ケンは言い返せなかった。

事情を知らなければ、ハイドの言う事は完全に正しい。

実家が貧乏である事や一刻も早く冒険がしたい希望を彼に教えればいいかもしれないが、そんな気持ちにはとてもなれない。


例えハイドの意見が好意からであっても、ケンだってプライドがある。

実家の事や、自分の夢を笑われたらきっと我慢出来ない。

まして今は、体調も悪いし気持ちが落ち込んでいるのだ。

だから、開き直って一言だけ返す。


「それがどうした!」

「へ?」

「君の言う事なんか知ったことか! 僕にだって事情はある」

「…マッケンジー君は面白いな」

「何でそんな返事になる。君の方がよっぽど面白いよ」


その時、教室のスライドドアが開き、2人組の女生徒が現れる。

ケンとハイドの声は外まで漏れていたようで、いぶかしげにこちらの様子を見ている。


「ノワール君、勉強の邪魔だから、もういいだろ」

「わかった、じゃあなマッケンジー君」

ハイドはケンの横の席を立つと、自分の席に向かおうとして立ち止まる。

そして、振り返ってからケンを真剣な目で見つめる。


「マッケンジー君、俺達が君を避けているのは、入学式の件とは関係ないよ」

「え? どういう事?」

意外な言葉に、ケンはその意味を理解出来ない。

それ以外には、ここまで無視される覚えは無いのだ。


「君は知らないのか? 俺達の一期上の2月入学生は、もう十人以上も退学しているんだ。その理由の全てが、能力値強化に耐えられなかったからだ。現実問題として、入学して2年間でウルルス高専を去る理由の9割がそれだよ」

「…そこまでひどいなんて知らなかったよ。つまり、君達にとっては僕は卑怯者なんだね」

ケンの返事に、ハイドは首を横に振って否定する。


「君の事情は知っているから、そこまで思っている人はいないと思う。

でも、最も辛くて苦しい授業を受けていない君を尊敬できないし、友人にしたいとは思わない。

…俺達がここに入学するのは、並大抵の努力や覚悟じゃ無かった。

犠牲にしてきた事も多いし、甘えは許されなかったんだ。

ウルルス高専に入りたくても入れなかった友人も俺にはいる。

彼らの事を思うと、どうしても複雑な気持ちになってしまう。

まして、君は補欠合格だから尚更なんだ。

だから、ケン=マッケンジー君。

君とは友人になれないんだ。少なくても3年になるまでは」


その言葉を証明するかのように、クラスにいた2人の女子生徒も頷いている。

能力値強化授業を受けられない生徒はウルルス高専生では無い。

だから、能力値強化に耐えられない者は辞めて行く。

それが、ここの慣例なのだ。


だから、病気という表向きの理由はあっても、授業を受けられないケンは同級生とは認められていないのだ。

これは、彼が馬鹿にされているのではなく、ウルルス高専生としての在り方の問題なのだ。

ケンは、一言も言い訳出来ない。

逆の立場だったら、自分だってそう思うかもしれない。

だから、ケンはウルルス高専で友人を持つ事は難しいだろう。


「…そうか、わかったよ。ハイド君の言う通りだ。教えてくれてありがとう」

「…2年後に、まだ君がここにいたら、その時に改めて友人の申し込みをするよ。だから、君の事情は知らないけど、頑張れ」

そう言い残して、ハイドは自分の席に戻って行った。


ケンは思う。

ハイド=ノワールと言う男は、親切でおせっかいで自分にも他人にも厳しいのだろう。

そうでなければ、わざわざ憎まれ役をかってまでケンに忠告する理由が無い。

これから2年間、ウルルス高専で友人が出来ない事は間違いないだろう。

でも、3年目にハイドが友人になってくれるなら、それも悪くない。


後、たった2年。

今まで自分の持つ冒険心を7年以上我慢して来たケンには、それが長い時間だとは思えなかった。

彼だって、並大抵の努力や覚悟でここまで来た訳ではないのだから。


解説

ケンが無理してまでウルルス高専に通うのは、彼の希望を一刻も早くかなえる為にも、成人までにレベルの高い高校を卒業する事が最善だと信じているからです。

ヨシトが仕事を持っているので、高校に通わないという選択肢はありません。

ちなみに、ヨシトはケンがウルルス高専に通う事は、未だによく思ってはいません。

ケンの決断を尊重しているので、文句一つも言わずに認めているだけです。

もちろん、ヨシトはエリート校の慣例なんて知りませんでしたし、知っていたらさすがにウルルス高専への受験を反対していたかもしれません。


もうお気付きでしょうが、ケンの希望は、

水精族のノッコに認めてもらう程、優秀な人物になる事。

レクサとの人生をかけた『決闘』に手を抜かず、女神様に認めてもらう事。

世界の不思議を知るためにも、知能も体力も出来るだけ鍛えて冒険する事。

そして、何より両親より先に死なない事です。

その為には意味無く危険な事はしませんが、ゾンメル教徒である彼は楽な道を選ぶつもりもありません。

彼は一度決めた事はそう簡単にはあきらめませんから、保守的で、レベルが高くて、課題をクリア出来なければあっさりと落第するウルルス高専での学生生活は苦労の連続だと思います。



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