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第42話 ケンの責任の取り方


ヨシト=ウッドヤットは、マッケンジー夫妻と共に、ステラ村のマッケンジーとルルの店を訪れていた。

昨日ケンをこの店に送っているので、ここに来るのは2回目である。

今朝別れたばかりのマリは、ミレーヌ町の祖母の家に帰るので別行動だ。

今の時刻は午後2時過ぎ頃、今日中にケンをネオジャンヌに連れて帰る予定である。


店の入り口に着くと、店主のダンは臨時休業の札をはがし、早速店を再開するようだ。

3人が店の中に連れ立って入ると、ダンは窓を開けて空気を入れ替えて、店の照明をつけて開店準備を始めている。

ヨシトは、このままルルも手伝うのかと思い、「じゃあ、マッケンジー夫人。俺はケン君の部屋に行ってきます」と彼女に声をかけてから横を通り抜けようとすると、「待って、ウッドヤットさん。私も一緒に行きます」とルルが答える。

断る理由も無いので、2人で2階にあるケンの部屋に向かう。



ルルはケンの部屋の扉をノックし、中からの返事を待ってから、靴を脱いで中に入る。

ケンは机の前に座っているので、今まで勉強していたのだろう。

彼女は息子の前に立って優しく声をかける。


「ケンちゃん、ただいま。何か変わった事はあった?」

「何も無いよ。魔術の修業と、それと勉強してた。もう引越し準備は完璧だよ」


ヨシトも彼女の後からケンの部屋に入り、中の様子を見る。

部屋はきれいに掃除されていて、荷物も一カ所にまとめられている。

彼の言うように、もう引越しの準備は終わっているようだ。

ルルもその様子を確認し、「そうみたいね、それならケンちゃんに渡す物があるの」

そう言って、ルルが鞄から取り出したものは、預金通帳だった。


「このお金は、ケンちゃんの生活費に使いなさい。少し多めに入れているから、計画的に使うようにね」

ケンは母親とヨシトを交互に見ると、黙って通帳を受け取った。

その通帳は、ネオジャンヌにある有名な銀行の物だ。

恐らく、今日の午前中に両親が作ってくれたのだろう。


「預金の引き出しは、ケンちゃんでも出来るようにしているわ。中を見てみなさい」

ケンは頷くと通帳を開いて中身を確認する。

預金引き出し可能な人物欄には、両親とケンの名前が登録している。

そして、通帳に記載されている金額は200万ギル。

半年の生活費には、十分すぎるお金だろう。


「お母さん、ありがとう。僕、大切に使うから」

ルルは笑って頷く。

それから彼女は後ろに向き直って、唐突にヨシトに話しかける。


「ウッドヤットさん、少し話をしたいのですけど、よろしいですか?」

「ええ、構いませんよ。俺は部屋を出ましょうか?」

「いいえ、ケンちゃんとあなたと3人で少し話をしたいんです。それほど長くはならないとは思いますけど、どうぞ座ってください」

彼女はそう言うと、じゅうたんの上に腰を下ろす。

ヨシトとケンもルルの前に同じように座ると、彼女は少し厳しい表情で話し始める。


「ウッドヤットさん、マリちゃんと別れたんですか?」

これにはヨシトは驚く。

彼女の話は、しばらく会えなくなる息子に関する事だと思っていたからだ。


だが、聞かれれば答えるしかない。

聞かれなければ、言うつもりは無かったが。

ヨシトは居住まいを正し、冷静に彼女に話しかける。


「ええ、その通りです。今朝別れたばかりです」

その答えを予想していたルルは、厳しい表情を崩さずに更に質問する。


「恋人関係もパートナーも含めて全てですか?」

「はい、今の俺と彼女の関係は、魔道具造りの師匠と弟子というだけです」

「…それは、ケンちゃんの家庭教師を受けたからですか?」

「…そうなりますね。ですが、それだけが理由ではありません」

「その理由を聞いてもよろしいですか?」

「…お互いが話し合った結果です。それ以上は話すつもりはありません」

「…解りました。ウッドヤットさん、息子をよろしくお願いします」


そう言い残して、ルルは立ち上がり部屋を出て行こうとする。

呆気に取られていたケンは、ようやく2人の会話の内容を理解すると、勢いよく立ち上がって母親の背中に向けて叫ぶ。


「待って! お母さん。一体どういう事なの? 何で先生とお姉ちゃんが別れなくちゃいけないのさ!」

ルルは、振り返ると息子に厳しい口調で話す。


「それは、ウッドヤット先生に尋ねなさい。

…ケンちゃん、自分の行動が周りに影響を及ぼすのは当然よ。

その責任は、私も含めて、自分で何とかするしかないのよ」


全く理由が分からないケンは、狼狽して今度はヨシトの方に向き直る。

「…そんな、…ヨシト先生、お姉ちゃんと別れるなんてダメです。仲直りしてください」

そんな失礼な事を言う息子に対して、ルルの叱責が飛ぶ。


「ケンちゃん、黙りなさい! あなたにそんな事を言う資格は無いわ。

…申し訳ありません、ウッドヤット先生。息子の教育がなっていないのは、私達の責任です。

教育されるのにはご苦労が多いでしょうけど、出来れば見捨てないであげて下さい」


ヨシトは紳士的な表情を崩さずに黙って頷く。

そして、落ち着いた声で彼女に話す。


「彼女は強い人ですけど、しばらくは辛いと思います。

俺が言うべきではありませんが、出来れば支えてやってください」

彼女は一瞬悲しげに表情を崩す。


「当り前です。私達にとっても大事な娘ですから。

…あなたが誠実な方で本当に良かった。安心して息子を預ける事が出来ます」


今度こそ、彼女は振り返らずに部屋を出て行った。

その場には、唖然と立ち尽くしているケンと、落ち着いて座っているヨシトが残される。


ケンは力無く、そのままじゅうたんの上にへたり込む。

それから顔を膝にうずめるようにして座ると、肩を震わしている。

ケンは、泣きだしそうな気持ちを必死にこらえて歯を食いしばる。

母の言う言葉が真実なら全ては自分の責任で、涙一つ落とす資格は無いのだ。


ヨシトは、しばらくはケンの好きにさせていたが、それほど長居するつもりは無かったので、目の前に座る子供に声をかける。


「ケン、もう行こうか。荷物はこれで全部なのか?」

ケンはその質問には答えずに、つぶやくように尋ねる。


「…ヨシト先生、僕が弟子をやめると言ったら、2人は元に戻れますか?」

「そうだと言ったら君はどうする?」


ヨシトの何の感情もこもらない声を聞き、ケンの全身は小さく震える。

しばらくうつむいて考えているが、「それでも、僕は強くなりたい」と、膝を抱えながらこもった小声でつぶやいた。

「それなら、この場所に閉じこもっているなんて何の意味も無い。俺が君にほどこす能力値の強化は、かせが外れた後、なるべく早く始めた方がより効果が上がる。ケン、貴重な時間を無駄にするな」

ケンはうつむいたまま目をこすり、顔を上げると「はい」とだけ答えた。




マッケンジー夫妻と別れを済ませると、ケンとヨシトは村の道を外に向かって歩く。

2人の横には、浮遊結界に包まれた大きな荷物がプカプカと浮いている。

だが、そんな様子など目に入らないケンは、歩きながらヨシトに話しかける。


「ヨシト先生、僕には何でお姉ちゃんと先生が別れてしまったのか解りません。理由を教えて下さい」

「それより、村の人達と別れを済まさなくていいのかい? しばらくは戻ってこれないぞ」

「もう済んでいます。今朝起きてから挨拶に行ってきました。それより、じらさないで教えて下さい」

ヨシトは、その真っすぐさに苦笑する。


「まずは、強くなる為の『レッスンワン』だ。

情報は、聞けば教えてもらえるものじゃない。

聞きだす相手の様子や、出来れば情報を前もって確かめて、それに応じたやり方で手に入れるんだ。

もちろん、周りの状況も見る必要がある。

この場合の正解は、今ここでする話じゃ無い」


言われてみればその通りなので、我慢して口を閉じる。

後で教えてくれるなら、問題は無いのだから。


それから、ケンは気持ちを切り替えて、ステラ村の説明を始める。

昨日はヨシトが急いでいたので、あわただしくて説明する暇など無かった。

ケンは、自分の生まれ育った大好きな村を少しでもヨシトに知って欲しかった。

指を指しながら、しばらくは帰ってこられない故郷を胸に刻みこむように話す。


「ずっと向こうに見える、箱型の2階建てがステラ村の集会所です。それから…」

ケンの一生懸命な様子を見ると、ヨシトの頭の中にマリと初めて会った時の事が自然に浮かび上がってきた。

(やっぱり兄弟だな。マリと初めて会った時も親切に大学の説明をしてくれたな)

少し感傷的な気分になりながら、ヨシトは黙って内弟子の説明を耳を傾けて、2人並んで村の道の上を歩いて行った。



村の外に出てしばらく歩くと、ヨシトは立ち止って声をかける。

「じゃあ行くか。さすがに直接は無理だが…、って昨日も説明したよな」

「その前に、さっきの質問の答えを聞かせて下さい」


ケンのまっすぐな視線を受けて、ヨシトは少し目をそらす。

どうやら、これ以上は一歩も引く気は無いらしい。


「何というか、君は素直でせっかちすぎる。

…まあいいか。確か、何で別れたのかだったかな?

簡単な事だよ。それは、けじめをつける必要があったからだよ」


ヨシトは簡潔に説明する。

人間族の常識の話や、それを無視した場合の悪影響について。

だが、ケンは納得がいかないようだ。


「そこまでする必要があるんですか?

プレイの事なら、つい最近、授業を受けたから知っています。

僕は別に気にしません。だから、恋人を続けたって問題無いと思います。

それに、悪口を言いたい奴なんて、無視すればいいじゃないですか」


ヨシトは人差し指を立てて、チッチッチッっと横に振る。

何ともキザなやり方だが、妙にさまになっている。


「ケンが気にしなくても、俺達は気になる。

そこまでする必要があるかと聞かれれば、必要があるんだ。

ネオジャンヌには昔から住んでいる人が多いから、新参者に対しては敏感に反応する。

そんな人達から見れば、これは格好の噂話のネタだ。

3年以上付き合っていたんだから、マリが俺の恋人である事は周りには知られている。

ケンを預かった事も、俺がマリと別れた事もすぐに知れ渡る。

だから、こちらが言い繕っても、マリが魔道具造りの修行以外で俺の家に来ると、嘘をついてそのままの関係をずるずると続けていると思われるのが普通だ。

外で会うくらいなら構わないが、半年くらいならともかく、5年は長すぎる。

それに、悪意ある人は無視すればいいだって? 商売人としては、一番言ってはいけないセリフだね。

ここは、『インターネットの世界』じゃないんだよ。

相手も顔をさらす必要がある以上、簡単には引き下がらない。

きちんと対処しないと、被害は拡大する一方だよ」


ケンは言い返す言葉が無い。

浮かんでくるのは、『それでも、好きな人同士が別れるなんて間違っている』という安っぽい言葉だけである。

そんな事は、自分が言うまでも無く、姉とヨシトなら分かっているはずだ。

それに、社会的なダメージなんてケンには解らないのだ。

解りもしない事を言うほど、ケンは馬鹿では無い。


つまり、母親の言うように、全ては自分の責任だという事なのだろう。

自分の希望を無理に通したが為に、2人は別れざるを得なくなったのだ。


『責任は、自分で何とかするしかない』

先ほど言われた母の言葉が彼の頭の中にこだまする。


「先生、お母さんは何で解ったのかな?

僕が5年間もお世話になるって知らないはずなのに、始めっからお姉ちゃんが恋人もパートナーもやめた事を知ってるみたいだった」


母親の毅然とした態度を思い出して、ケンの口からはそんな言葉が出る。

彼には解らない事だらけだった。


「それは多分、母親だからだろうな。

…なあ、ケン。君は何か気付かなかったのか? 昨日は一緒に過ごしたんだろ?」

「…昨日、お姉ちゃんは悩んでるみたいだった。でも、先生に会えないからだと思ってたんだ」


ヨシトは、内心で溜息をつく。

やはり、家族の絆は素晴らしいと改めて感じる。

自分には決して手に入らない兄弟の絆。

それを守る為にも、マリから託された使命を全うする。

ケンを導く先生として、教える事は多い。


「ルルさんとケンの差は、分かりやすく言えば、社会の常識を知ってるか知らないかの差だ。

今さっき説明したけじめなんて暗黙の了解ってやつだから、法律にも教科書にも書いてない。

でも、社会で生きて行くためには、知らなくちゃいけない事なんだ。

それは、どんな場所にだって必ずあるはずだ。

君が世界を旅するなら、それを前もって知らないとトラブルに巻き込まれる。

『郷に入っては郷に従え』って日本のことわざがあるだろ? つまりそういう事さ」


ケンは初めて自覚する。

自分勝手だけでは、社会では生きていけない事を。

いかに自分が世間知らずかという事を。

ケンは、知っていなければならなかったのだ。

前もって知っていれば予想は出来たし、例え避けられなくても覚悟は持てた。

一度決まってしまった事は、簡単にひっくり返す事など出来ないのだから。


そして、母親がわざわざ自分の前でその話をした理由も解った。

自分の行動が周りにどんな影響を及ぼすのかを自覚させ、彼の覚悟を見極める為だろう。

つまり、全てはケンの成長を促すためにやった行動である。

だからこそ、ケンの覚悟は決まった。

もう、後戻りは出来ないし、するつもりは無い。


「先生、僕は謝りません。先生にもお姉ちゃんにもです。

前もって知っていたって、僕は先生の内弟子になっていたと思います。

今の僕が出来るのは、絶対にあきらめない事だけですから」


ヨシトはニヤリと笑う。

それが今のケンに返せる、最高の答えだからだ。


「当然だ。ケンの選んだ道は、簡単じゃ無い。

人と違う価値観を持って人生の選択をするのは、相当の努力や覚悟がいる。

その程度であきらめるくらいなら、始めから大人しくしているべきだな」


ケンは首を横に振る。

言葉には出さなくても、『あきらめないと』彼の目が語っている。

それから2人は無言で頷き合う。

それが、今から長く続くはずの戦闘開始の合図である。


「じゃあ、まずは俺の魔力体の強さに慣れてもらおう。自由魔素防御結界を破棄するからな」

「えっ?」


いきなり目の前に、怪物が出現したようにケンには感じられる。

ヨシトのスパルタ教育が始まったのだ。

それからヨシトは、ネオジャンヌに帰る為に、移送魔術の準備を始める。


「それとケンの修業は、ちょ~っぴり厳しくなるかもしれないな。

な~に、簡単に死なすようなヘマはしないから大丈夫だよ」


ヨシトはどこまで冗談か分からない感じでしゃべっているが、多分かなり本気だろう。

ケンの表情は引きつり、冷汗が全身に噴き出した。

自然に声が震えるが、文句の一つくらいは言っておきたい。


「先生、何だか恨みが入っていませんか?」

「はっはっはっ、ケンが何を言ってるのか分からないな」

ヨシトが移送魔術を発動すると、2人は西の方角へ向かって空をかける。

逃げるつもりは無かったが、悲鳴を上げる暇も無かった。



このようにして、完璧超人と呼ばれるオタクおじさんヨシト=ウッドヤットと、異世界の秘密を探る同士でもある熱血馬鹿ケン=マッケンジーとの奇妙な共同生活が始まった。

その結果がどうなるかは、女神様でも簡単には解らないだろう。

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